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第六十四話 ~接近~




***





「ウィスクム。ウィスクム。起きろ」

「ぁ―――………ぁ………」

「………魂の剥離が進んでいるな。死より造った肉体に造物の魂では固着化が難しいのは実験段階で分かっていたが、ここまでとは」


”冥府の医師”。そう呼ばれる男が骨でくみ上げられた寝台の上で藻掻く人形を見てそうぼやいた。

ホムンクルスを始めとして、仮初の生命を作り上げるという研究は遥か昔から行われていた。命核解者などというふざけた名称を持つ愚者が現れるずっと前から、我々魔術師がホムンクルスを使役していたのだから。

だが、ホムンクルスは命を持つ存在だ。その肉体は生きている―――それに対し、ウィスクムを構成している肉体は全て死体より作り出されたものである。

その肉体は九相図の解剖によって魂が完全に肉体から失われ、しかして肉体強度を保った命亡き肉殻。死しているからこそ死に囚われない、冥府を歩む新人類だ。

肉体そのものの不死性は驚嘆に値する………しかし、肉体的には死んでいるという矛盾が、ウィスクムに繋いだ魂が時間が経過するごとに加速度的に欠けていくというどうしようもない欠陥を生み出していた。


「ウィスクムは人を食らうか、死肉を食らうか………或いは人との関わりを繋がなければ物言わぬ死体に逆戻りする。地に隠れるは今宵が限界か」


直接魂を取り込むか、魂が備わっていた肉体を取り込み、記憶を補完するか、人が発する雑多な感情を浴びるかの違いだが、効率は人、死肉、感情の順で高くなっている。本来ならば凡人を食らいたいところだが、この街ではもう既に随分と凡人を使ってしまった。貴族の中でも厄介なライフェンブラーに睨まれている以上、これ以上目立つ行為は避けなければならない。

………魂に替えが効くならばもっと時間をかけ、検証をしながら新人類の構築を行うこともできたが、ウィスクムの魂は残念なことに一点ものだ。これがなくなれば、私の構想は瓦解する。

まあ、構想というほどのものではないが。なにせ、ただ死なずの肉体を手に入れ、魔術の道を究めるという至極単純な願いである。


「ぁぁぁ………ぁぁぁ………!!!ぁ―――!!!ぁ………!!!!!」

「ッチ。五月蠅いな」


最近はいつもこうだ。魂の剥離が進むと、天に手を突き上げて何かを掴むように暴れる。

このウィスクムの魂は、根幹となる魂の周囲に幾つもの魂を重ね合わせた緻密なパズルのようなものになっている。全ての記憶は漂白されており、大いなる魂を構成する部品としての役割を果たしているのだ。

剥離しても補完できるのは、すべてが相互作用しあう部品であるため。死者の肉体を繋ぎ合わせたからこそ死なないウィスクムの五体と同じように、死者の魂をつなげたからこそ、一部が消えても再度再生することが出来る。だが、完全に失われればそうはいかない。


「鎮静剤と補完剤―――長くは持たないが、今はこれで間に合わせるしかない」


あと少しなのだ。あともう少し、魂を持たせれば死者の肉体は完成体となる。魂という定型が肉体という像を結び、虚構を現実に変容させるのだ。

そうすれば滅びず、腐らず、消えず、朽ちず、永遠に生き続けられる新人類の肉体へと変じる。そうなれば肉体に放り込んだこの面倒極まりない魂に別れを告げられる。

………今思えば、この魂を用意すること自体、兎に角面倒だった。だが、その成果も実ろうとしている。慎重に、大胆に、そして確実に。

この人形を不死者として作り上げて見せる。





***




「オルトルート」


仕事が始まってすぐの事。昨日と同じように無駄に大きな窓を拭いていると、近くを通りかかったライフェンブラーに声を掛けられた。昼間だと王の笏の中で話すことは無いようにするという契約だった筈だが。

訝しげに眉を顰めたまま、顔を上げて問いかける。


「ライフェンブラー………様。なにか御用でしょうか?」

「来たぞ。注意しておけ」


そう言い残すと、すぐにどこかに去っていくライフェンブラー。

”来たぞ”という言葉はなにを指しているかなんて、深く考える必要もない。OBが現れたのだろう。

………自分で来たこと分かるなら、そのまま自分で対処しろよって思うが、裁定者であるライフェンブラーが自らの手で敵性存在を葬ることはまず無いので仕方ない。そもそも戦う力は持っていないしな、あいつ。身体能力とかは高いが、命核解者や魔術師を殺せるかといえばまた話が変わってくる。武器を持たないと自らに定めたあいつは、決して人を殺すことはしないのだ。

意識を切り替える。王の笏の至る所に痕跡があることからわかってはいたが、本当にOBの野郎堂々と出入りしているらしいな。

さて、一体何が目的だ?警戒されていることは理解している筈。それでも王の笏に来るという事はそれなりの理由がある。来ざるを得ない理由と、来るに足る理由を。

熱を持ち、痛みすら発する眼球に手を置く。来るに足る理由については一旦思考の外に置くとして。


「来なければならない理由なんて簡単だ」


自身の研究内容の補完だろう。九相図研究を見るに、OBの肉体製造分野への理解はまだまだ未熟である。不老不死に到達した俺や寿命という概念を超越している師匠に比べれば特に。

そもそも死体を扱うという時点でその肉体の発展性や拡張性に大きく制限がかかるのだが………まあいいか、その話は。

魂は肉体の奴隷である。しかして、魂無くして肉体は維持できない。魂と肉体、双方備わって漸く人として定義され、生命と為る。

勿論、疑似的な魂の製造技術は確かに存在する。ヴィヴィが造物の魂であるし、その肉体と魂を参考にした俺もこの身体に移り変わる前に、多少の調整を加えている。だが、俺もヴィヴィも朽ち逝く肉体から解放されている状態で魂が入ったという形になっているので、OBの研究内容とは大きく前提が違うのだ。

さて、それらを加味したうえでOBが王の笏に訪れた理由といえば、まあ間違いなく魂の補完だろう。痕跡から推測するに、どうやらOBはライフェンブラーにご執心だったようだが、それは長命な種族の要素を肉体か魂に加えることで補強材としたかったのだろうと考えられる。

本当に人間を部品としてしか考えていないようだが、まあ魔術師なんてそんなものだ。大抵、あいつらは強烈な選民意識に囚われているから。


「ま、ライフェンブラーを害することは難しい。王の笏でしかあいつに接触することは出来ないが、王の笏の中であいつに危害を加えることは不可能だ」


それくらい重要な存在として守られているからなぁ。王の笏の誰もが正しい道を選択できない状態に陥った場合、最終決断を下すのがあいつだ。王の笏の裁定者とは即ち、最後の審判を行う存在でもある。実際に、黄金塔が崩れ去ったその時、即座にリンディスラットに全ての軍事権を与え、徴兵した兵士を展開させ、それに伴う制度を整備したのはライフェンブラーだった。

まあそれはどうでもいいとして。そうなれば、OBが実際に取りうる手段はライフェンブラーを害することではなく、ライフェンブラーの肉体の一部を始めとした要素を回収することだろう。有体に言えば落ちた髪の毛とかそういうのである。いや、想像するとそれを集めに来ているってかなり気持ち悪いな………。

うぇっと舌を出すと、首元を師匠につつかれた。


「オルトルート。ある程度リスクを冒してまでここに来ているという事は、ハイリスクを踏むつもりか、或いはローリターンでも研究が完成するかのどちらかだという証左だ。ここで逃がせばそのままゲームオーバーだぞ」

「分かってます。でも、相手は命核解者じゃなくて魔術師でしょ?なら、どっちを選ぶかなんて考えるまでも無いですよ」


―――あいつらは、絶対にハイリスクハイリターンを選ぶ。そんなことをする必要が無くても、だ。

愉快だからとか、只の人は道具でしかないからとか。いろいろな理由があるが、結局性根が腐っているという点は共通している。そして自己への圧倒的な自信があるという事も。

OBが来たのであれば、絶対にここで何かをやらかすつもりだろう。


「やらかしてくれるなら、いいんですけどね」


問題は即逃げに徹せられると困るという事。まだ、俺の道具は完成していない。

だから、ここは一芝居打たなければな。気は進まないが、ライフェンブラーにも協力してもらうしかない。

ああいう手合いは美味しい林檎が眼前に吊るされれば手を伸ばす。ならば、俺がその林檎になり、時間を稼げばいい。最も厄介なタイミングで来たもんだと溜息を吐きたくなるが、以前に邂逅した際に無駄に街中を歩いていたことを考えれば、これもまた必然かもしれない。

魂も肉体も、そんな簡単に弄繰り回せるものじゃないのだ。無理をして、無茶をすればその分どこかで必ずボロが出る。ヴィヴィの肉体を基にした俺ですら、不老不死の完成に長い年月を必要とした。俺とは違うベクトルから不老不死を完成させようとする師匠は、人類史において肩を並べるものの少ない天才でありながら、今だ不老不死に到達していない。それほどの成果(・・)を、傲慢な魔術師が達成できるものか。

否―――絶対にさせるものか。







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― 新着の感想 ―
[一言] 自分を餌にするのか てことは、不老不死の片鱗でも見せるのかな
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