第六十三話 ~花火と監獄~
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朝。小さな窓から光が差し込み、目が覚めた。
隣のナフェリアを起こさないようにそっとベッドから出ると、軽く伸びをしてから侍女服に着替えていく。ガーターベルト付きのストッキングに変な下着、着るのが面倒くさいエプロンドレスと、よくもまあ毎日こんな時間のかかる服を着れるものである。
基本お洒落とかしないからなぁ、俺。女性の身支度っていうのは普通に重労働だと思う。元男の俺としては慣れない。
「さてと、まずは………」
調理場から寸胴鍋を持ってくる必要がある。
ライフェンブラーの名前を出せば大抵の要望は通るだろう。部屋の前に置いてある花でも持っていけばそれだけで証拠にもなるし。
という事でヒールも履いてベッドから出る。朝っぱらから夜伽に来るような阿呆は流石にいないので、ナフェリアが部屋の中にいても問題はなし。つうか朝からの夜伽ってもう夜伽でも何でも無ぇよな。
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「ライフェンブラー様の言いつけなら仕方ないわねぇ。でも、何に使うの?」
「さー良く分からないですねー頭から被って仮装でもするんじゃないですかーあははは」
適当なことを言いつつさくっと寸胴鍋を入手する。ついでに朝食のサンドウィッチを二つとボトルに入った紅茶を貰うと、一旦部屋に戻る。
例によって完全なる不老不死である俺の肉体には栄養補給は不要だが、潜入時に人と同じ活動をすることは必要だからな。つまり食事はしておくべきである。そもそも飯食うのが嫌いなわけじゃないし。
というかまだこの身体に完全に慣れているわけでもないから人間の生活パターンに引きずられるんだよなぁ。眠らなくても活動は出来るけど、夜になると多少は眠くなるし。
そんなことを考えながら寮の部屋の扉を開けると。
「ふー、ただいま~」
「あっ………えっと………お、おかえりなさいです、先生………」
「おおっと失礼しました!!!??」
中で、ナフェリアが着替えていた。
―――当然のことながら、ナフェリアもこの王の笏の侍女である以上、俺と同じような侍女服を身に纏っている。ノーブラだし、パンツも際どいというか夜伽用の破廉恥な奴だ。
そして、それを着替えている最中という事は………うん、大変失礼いたしました、弟子とはいえ気にしないという訳にもいかないからなこれ………。
ナフェリアの綺麗な背中が思いっきり目に焼き付いてしまったので首を振ってその光景を振り払う。邪な気持ちなんて抱いてはいけません、弟子なんだから。
「だ、大丈夫です………よ?私、気にしません………」
「そういうわけには行かないだろ、一応プライバシー的なものもあるし」
「………本当に、気にしませんのに………」
あれ、なんでちょっと寂しげなんだろう。
扉の向こうから聞こえてくる衣擦れの音が鳴りやみ、ナフェリアから合図が出ると改めて部屋の中に入る。
王の笏の侍女服を完全に纏ったナフェリアが綺麗な姿勢で俺に微笑みかけた。
「お待たせ………しました」
「ああ、うん。ごめんな?」
「いえ………」
まったく。ナフェリアは本当に美人だから、不意打ちされるとやばいんだ。いや俺からぶつかりに行ったんだけどな。体が以前のものに引きずられている余波がこんなところまで………朝は頭が回りにくい。俺の肉体の性能なら扉の向こうの音を聞き逃すことなんてないのに、意識が定まっていなかったな。
最近のナフェリアは魔力の循環や操作を憶えてきて、初期の頃の存在感の薄さ、現実からの乖離感がなくなってきている。儚げな美人としての性質を強く発揮しているので、気を付けないとな。
「荷物、預かります………」
「おう。あ、これ朝食な。カップは戸棚のどっかにあるだろうからそれ使ってくれ」
「はい………」
寸胴鍋以外をナフェリアに渡すと、部屋の中央にその大きな寸胴鍋をドンっと置く。髪の内側から師匠が飛び出すと、寸胴鍋の縁に留まった。
「材質はただの鉄製か。研究に耐えうる釜の材料、錬金鋼に変化させるのは手間がかかるぞ」
「俺の血を使いますよ。賢者の石なら物質転換も簡単ですから」
「間抜け。オルトルート、君の血だけでは内部の溶解液と同化してしまう。私の血を混ぜろ」
「………そっか、そうですね」
俺の血を使って補強したとしても、その内部に入れる溶解液が補強材と同じものであっては同化して分解してしまう。補強材か溶解液か、どちらかの性質を微妙に変えておかねばならないのだ。
つうかなんで師匠の方が俺の血の性質と応用について詳しいんですかね、これだから天才は。
「いや、血にしても今の師匠の姿、小鳥じゃないですか。血液貰うの難しくないですか?」
「ならば私の羽でも使っておけ。溶かし混ぜれば多少エリクシールの変動も起こる」
「わぁい不老の遺伝子ゲットだー」
不老不死なんで要らないですけどね。他の命核解者からすれば垂涎ものだろうが、最早俺たちにとっては無用の長物なのである。
という事で適当に持ってきたお皿に俺の血液と師匠の羽、そして持参していた万物融解剤を少量混ぜ込むと、出来上がった薬液を塗料のように寸胴鍋に塗りたくる。
鈍い灰色の寸胴鍋が赤黒い質感へと変わり、錬金釜へと変質する。浸透した薬液が物質の内部構造を変換させたのだ。これは人間が普通に作り出した物質でも起こることなので、錬金釜にしたという点を除けば大して特別な事ではなかったりする。
「よいしょっと」
さて、その中に血液をドバドバと注ぎ、余った万物融解剤を全部投げ入れる。
これで錬金釜の完成だ。研究の下準備が出来るようになったわけである。いや、より正確に言うならば研究ではなく発明だろうか?
………そうだな、道具の製作というのが最も正しいか。
「何を作るつもりだ、オルトルート」
「そうですね、なんというか―――」
唇に指をあてて、構想を細かく言語化する。ここまで随分と遠回りをさせられたOBだ、そろそろ痛快に、盛大にやっていやりたいところではある。
瞳を閉じて、想像。そして創造―――ああ、いいな。これで行こう。
「でっかい花火、或いは巨大な監獄。そんな感じですかね」
実験段階の武装、そのメカニズムを応用する。だが、少しばかり時間が必要だ。材料に関しては持ち歩いているため何とでもなるのだが、製作時間を兎に角食うことになりそうである。
一日。丸一日確保できれば、道具は完成する。だが、運命のいたずらってやつはどうにも信用ならない。こういう時に限って現れたりするものだ。
………時間を稼ぐ手段も確保しておくべきだろう。たとえ、身を削っても。
相手は錬金術師。ああいう手合いに相対するのは二度目だ。どうとでもしてみせる。
「先生………紅茶とサンドウィッチ置いておきますね」
「ああ、ありがとうな」
―――だが。俺がどうとでもできるのはOB本体と、あいつを見つけだすところまでだ。あいつの研究そのものは恐らく、俺単体では破壊できない。
「ナフェリア。一応確認なんだが、前に渡した六つの道具、持ってるよな」
「………道具、ですね。はい………持っています」
「よし。多分だけど、OB狩りで切り札になるのはナフェリアだから………頼んだ」
「………分かりました」
空色の髪が揺れる。さあ、OB狩りもそろそろ佳境。いい加減、尻尾を掴んでそのまま首根っこまで引っこ抜いてやるとしよう。




