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第六十二話 ~経過報告~




***





「んで………なんでお前がいるんだよ………」


割り与えられた寮の一室。そこに向かい、寝ようとするとすでにその場所には先客がいた。

先程まで大議事堂で会議をしていたはずのライフェンブラーが俺のベッドを占拠していたのである。いや帰れよ、自分の部屋に。


「先生………お邪魔してます………」

「ナフェリア~、大丈夫だったか?そこの変態に変な事されてないか?」

「よし。今すぐこの部屋に貴族共を呼びつけてやろう」

「そんなことしてみろ、俺も全力で抵抗するからな。………まあいいや、それで何の用だよ」


ナフェリアの頭を撫でつつライフェンブラーの方を見る。

邪魔くさい侍女服を脱ぎ捨てて部屋着に着替えると、水がめから柄杓で水を汲んでそのまま口を付ける。俺の身体に栄養は不要で、ついでに言うと水も要らないが、どうもライフェンブラーと話すときには口の中が潤っていないとやっていられない。


「経過報告を聞きに来た。痕跡はどうだ」

「初日だぞ、見つかる訳ないだろ。………いや、痕跡は至る所にあったけどな、相当我が物顔で歩いてたようだったが」

「そうとも。王の笏全体があの男を許容した。そういう能力があったのだろう?」

「まあな。疑問を持っていたのはお前だけか?」

「否だ。リンディスラット卿も警戒していた」

「ああ………そうか、武力担当のあの貴族………」


このフェツフグオルの中で最も武力を保持している男の名だ。軍隊の総指揮権を持ち、黄金塔亡き今フェツフグオルの防衛を一手に担っている存在である。

まあ、黄金塔の一件で俺やヴィヴィへの印象は最悪であり、出会ったら斬りかかられてもおかしくはない関係性である。あいつはフェツフグオルから離れた箇所に防衛陣地を築いており、その指揮を執っているため街に戻る機会が少ないので、そもそも出会わないんだが。


「他は全員術中かよ、情けないな」

「かつてとは違う。この時代、魔術に耐性を持たない人間の方が多い。錬金術師により生み出された生ける神秘やそれを基に作った貴様、そして魔術師としての才能を持つ者以外は魔術に触れる機会そのものが異常事態(イレギュラー)だ。故にこそ、私はあの男を招き入れたのだが」

「―――ああ、そういう事か」


時代が変遷を迎え、長い歴史を持つフェツフグオルにとってすら、錬金術師を始めとした魔術師による、内側(・・)への被害は遥か過去のものとなっている。

ライフェンブラーが錬金術師を王の笏の内側に入ることを許可したのは、その脅威を改めて知らせるためなのだろう。

………黄金塔や第六外縁の壊滅は、一応公式でも錬金術師による実害であると記録されている。しかしあれは本質的には命核解者の暴走と同じ、物理的被害だ。

本来、魔術師と命核解者では扱う領域が違うのだ。物質の構造の変換に最も力を入れる命核解者と違って、人間の精神や魂という領域に強く干渉するのが魔術師である。

魔術師にとっては、人の意識を書き換えることや認識の操作は得意技………もしも国家を始めとした政治の中枢に入りこまれてしまえば、舵を取るべき中枢の破滅によって簡単に滅ぼされてしまう。

それこそ、今回のように。


「博打にもほどがある。もしも第六外縁の時みたいに純粋な悪意で潜入してきていたら俺たちが到着する前にフェツフグオルが滅んでたかもしれないんだぞ?」

「それで滅ぶのであれば、どちらにしてもいずれ滅びる。早いか遅いかだ」

「このハーフエルフは………」


生まれながらに長い時を生きることが出来る種族は価値観がずれている。


「せ、先生………!それで、あの………痕跡って………」

「ん。そうだった、本題に戻らないとな。OBの痕跡は王の笏のすべてに存在していたんだ。隠れることもなく、な。一応貴族に成りすましていないかとか、王の笏の中に隠れられる場所を作ってないかとかいろいろと調べてみたが、今のところは発見できてない」

「王の笏の建造物は緊急時の避難場所でもある。簡易的なシェルターであり、簡単に突破されるような作りではない」

「分かってるよ。ちなみにライフェンブラー、お前はOBが王の笏から出た後、どこに行ったのかとか知らないのか?」

「知る訳がないだろう。ここより外の世界は私の管轄ではないからな」

「普通に職務怠慢だからな、それ」


仕事しろよ、貴族。

まあいい………それよりも考えることがある。さて、今この時にOBは一体どこに居るんだ?

誘拐した人間を集めていた拠点は潰した。だがあれは外部拠点であり、本拠ではない。錬金術師とはいえ人間であり、そしてあの不老不死の卵とでもいうべき存在を連れ歩いている以上、どこかしらに滞在する必要がある。

命核解者の研究にも言えることだが、途上の研究というのは兎に角手間がかかる。俺だってこの肉体を完成させるまでに随分と時間を奪われた。

更に言えば、中途半端に生み出された刹那の永遠―――出来損ないの不老不死というのは、そのメンテナンスにも多大なコストがかかるのだ。俺の場合は培養槽に安置していたのでその点、何も問題がなかったが、ああやって出歩かせている以上はその消耗の補填をするためにも、どこかに大きな設備を備えた拠点を持っている筈である。

とてもじゃないが宿の一室を借りる等では出来ないことだ。錬金術師の秘術を扱うにしても、あまりに現実と齟齬のある場合、効力が失われることもある。つまり、確実な策を取るのであれば、旧第六外縁にあったような隠された大規模拠点が必ずある。


「それも、この付近に、だ」


OBを見つけてもその隠された拠点に逃げ込まれれば多分アウト。門にセキュリティシステムの大部分を依存していた外部拠点とは違って本拠は最早工房と呼んでも過言のないものだ、不用意に攻め込んでは時間を食われるだけ。

逃げ込ませる前に捕まえるか、或いは………。


「ライフェンブラー。この部屋、少し改造するぞ。研究設備を持ってきたい」

「好きにしろ。だが部屋を壊すな」

「壊さねぇよ………」


俺の事なんだと思ってるんだ。

とりあえず言質は取ったので、少し本格的な研究設備を用意するとしよう。錬金釜も普段持ち歩いている携帯用より大きいものがいい。小さい錬金釜だと出来ることが限られるからな。

うーん、厨房から寸胴鍋でも貰ってくるか。薬剤で材質を強化すれば短期間なら持つ筈である。ま、最悪穴が開かなければそれでいい。


「今日の成果は大したことはなさそうだな。では明日も励め」

「五月蠅いわ、言われなくてもやるっつうの。やってさっさとこんな場所出ていくわ、お前から逃げたいし」

「つれない奴め。旧知の中の人間に再開したというのに随分な言い分ではないか」

「人間関係と損得勘定がイコールになってるやつに言われたくないが?」


絶対に俺の事便利に使える奴だとか思ってんだよなぁ。


「ところでオルトルート。王の笏の規則上、私はお前を抱ける訳だ。一度まぐわってみないか」

「死んでも嫌だわ。というかナフェリアの教育に悪いからお前さっさと帰れ!!」

「あ………あはは………」


ほらナフェリア苦笑してんじゃん。子供に聞かせる話じゃないんだよ。

両刀なのは好きにしろという話だが、俺を巻き込まないでくれ。初恋第一なんだから。

無表情の鉄面皮のままライフェンブラーがそうか、と呟くとベッドから立ち上がる。


「ナフェリアはここに置いておく。お前と同室の方がいいだろう。扉の前には私の花を飾っておく」

「………ん。了解」

「ではな」


そういうと俺の部屋から出ていくライフェンブラー。横目でそれを見送ると、溜息をついて先程まで占領されていたベッドの上に飛び込んだ。

そのまま枕に顔を埋めて呻く。今日一日慣れないことをしていたためどうにも疲れた。


「あー………ふぅ。よしナフェリア、寝るか」

「は、はい………」


とはいえ弟子の前なので、ずっと呻いているわけにもいかないしな。

さて、それじゃあ明日のために早く寝るとしますか。肉体面は兎も角、精神面を休めるために十分な睡眠は必要だ。貴族の股座を蹴り上げない忍耐力維持のためともいう。

光源の蝋燭を吹き消し、あれ?と思う。この部屋、ベッド一つしか無くないか?

………一緒に寝ればいいかぁ。


「ナフェリア、おいで」

「え、え………あ、ええと………はい………」


ベッドに弟子を招き入れて。そして、眠りにつく。




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[一言] 師匠静かだなあ 寝てるのかな? ナフェリア、何か想像した?
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