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第四十六話 ~錬金術師の研究拠点~



嵌め込んだ瞬間、小さく鳴り響くのは水が滴るような音だ。

沈み込む音の波。それらが徐々に強くなると同時に、扉の奥に広がる通路がゆがみ、霧のように溶けていくのが見える。


「………消えていきます………」

「魔術作用の消失だ。本質的に言えば化学も魔術も同じ科学の一種類。根源より繋がるエネルギー、方程式、原理を解体してしまえば全て同じように無に帰る」

「魔術師は俺たち命核解者には扱えない魔力を用い、魔力を導線として仕組みを組み立てるけどな。魔力を感知できないからと言って解体までが出来ないかといえば否―――っていうことを、証明して見せたわけだ」


一応、瓦礫の一つを掴み正体を現した穴………いや。本来の入り口に向けて放り投げる。

反響する音は内部にしっかりと空間が広がっていることを理解させ、さらには瓦礫が返ってこないことから最初の魔術作用は完全に消え失せていることも認識できた。

つまり、もう既にこの扉から効能は失われたというわけだ。いや、鍵たる目を取り外せばまた結界発動するけど。


「とはいえ、とはいえだ」


………多分、扉の結界を超えられたこと。感知されているだろう。

その程度の防犯意識は、錬金術師でも命核解者でも変わらずに所持し、そして持っているのだから当然のように施す。そもそも、この場所のはるか前方から感知結界を張っていたのだ。内扉にあたる研究所の扉がこじ開けられたことに関し、通知が飛ぶくらいのことはしていて然るべきである。


「何で作動する警報か、それが分からないのが困りものだけどな」


なにせ相手は俺たち化学の世界に身を置く(どちらかといえばという注釈が付く)命核解者とは違い、魔力という不定形極まりない力を扱える存在だ。研究内容、研究産物、武装に至るまで常識が通じると前提においてはいけない。

炭鉱に入るのに常人はカナリアを使う。俺たち命核解者は、毒素を目に見えるようにする道具を使う。常人でもあり、命核解者である俺たちは手段を知っているからそのように定義できる。だが、魔術師―――こと錬金術師に関しては、何も分からない。古すぎるのだ、単純に。

古代に属する者のことなど、古代種を情報不足のまま解き明かすことと同義かもしれないな。では、ここで考えていても意味がないか。相手のことをより深く知りたいならば、この先の光景から情報を引き出せばいい。


「オルト。行くぞ。というか先に行け」

「あ、はい」


露になった、真なる入口。

そこにかかっている縄梯子に手をかけると、先陣を切って中に飛び込んだ。ま、俺は死なない、つまり幾らでも死ねるからな。道の先が不明な場合に於いて、飛び込むのは俺の役目である。

………握りこんだ縄の触感は、硬質なものだった。

これも薬液で補強されているのだろう。まあ小道具関して言えば命核解者は割と拘る。使いまわせるものに関しては消耗を抑えようとする心理が故だ。

ある程度下がり、地面に降り立てばすぐに開けた空間が広がる。内部は岩石と骨によって構成された大部屋といえるだろうか。骸骨を梁代わりに使っているのは、まったくもって趣味が悪い。まあ、単純に要らない素材を再利用したんだろうけど。


「呼吸はできる、か」


酸素が欠乏しているという危険はない。まあ、地下深くというわけじゃないから、まだ呼吸可能な領域だろう。それに大抵の場合、命核解者は地下空間を建設する際に空気を取り入れるための機構を内包する。錬金術師であってもそれは変わらないと判断できる。そうしなければ、研究する当人が二酸化炭素中毒で死ぬことになるからな。


「師匠!!!中は安全です!!」

「ああ。さて、ナフェリア少女。行こうか」

「は………はい」


と、ナフェリアも慣れたものだ。

一回きりとなったフィールドワークとはいえ、命核解者の才能を持つものは学習能力も高い。野外活動の経験はもう生き始めているのか、縄梯子を降りるのも随分と様になっていた。

師匠?師匠は俺のフィールドワークの師匠でもあるのだ、何も心配なんてしちゃいませんよ、ええ。

そんな訳でするすると降りてきた二人を迎えると、改めて大部屋の中を見た。


「典型的な命核解者、或いは魔術師の研究場所といった体だな」

「確かに………先生の、地下部屋に似ています………」


どこでも命核解者の部屋構成というのは似るのだろうか。いや、師匠に関しては完全なる汚部屋のようになっているため、万人が似るわけではないだろう。

常人に属するものが効率を求めるならば、整理整頓が必須だ。そうすれば、部屋の構造は似る。だが、すべての物品、書物の場所を覚えておけるならばわざわざ綺麗に保つ必要などはない。それでも、覚えて置けるにも関わらず綺麗にするというのであれば、それは本人の趣味嗜好の領域だ。

話が飛んだ気がするな。それよりも部屋の中身について思考を回そう。


「本棚に研究用の錬金釜」


この辺りはあるのが当たり前というやつだ。

本棚に収まっている本を覗いてみる。面白そうな内容ではあるが、研究内容に直接かかわりがあるかどうかは現時点で判定することは出来そうにない。

研究ノートでもあれば、と思うが。まあ流石にないか。あれほど扱いに慎重を期すものを仮の研究拠点の放置するような相手であれば、もっと簡単に決着がついている。


「先生、あの………こちらに」

「お、何かあったか?」

「はい………多分、その。素材、貯蔵庫が………」


ナフェリアの歯切れが悪そうなのは、この研究所の持ち主の研究内容を理解しているから、か。

素材、材料。つまるところ死体だ。九相図研究をベースにした、死者から人間を生み出すという研究は素材として大量の人間の死体を必要とする。死体、人間であったものを素材としか言えない状況に、思わず口を閉じたくなる気持ちは分からないでもない。

………と。待てよ、九相図研究?


「そうだ、九相図っていうのは本来は死体が朽ちていく様子を段階に分けたもの………ナフェリア。その死体、もしかして綺麗に分けられたうえで、分類(・・)されていないか?」

「………はい。死体の状態に応じて、動かされた形跡もあります………」

「なら、そうか。九相図が本来持つ煩悩除去や死に対する諸行無常を完全に捨て去り、単純に死を観察し、死後の変化を分類わけするための道具として使い捨てたのか」


一つの概念を道具扱いとは、なんという傲慢かと思うがまあそれはいい。

問題は、九相図研究は本当に、奴の研究の物質的な構造には影響がないという点だ。ならば、九相図研究で相手はいったい何を確認しようとしていた?


「見せてくれ」

「こ、こちらです」


臭気除けの機能が施された隠し扉。それを開くと、内部から腐った匂いと腐ったが故の酸っぱいガス臭が漂う。

………九相の名があらわす通り、隠し扉の奥には九つの空間があり、一つ一つ死体が置かれ、まさに実験途中という体で放置されていた。

脹相から焼相まで、名が与えられた計九つの部屋に一つ一つしか死体が置かれていないのは、その死体の分解、崩壊の進行を丁寧に確かめるためであることは明白だろう。

―――さて。九相図とは死体が朽ちてく様を図に表したもの。だが、死体というのは知っての通り、腐り果てるまでに長い時間が必要なのだ。

命核解者ならば、死体の保存技術には優れているだろう。だが、腐らせることを促進させるというのはあまり手を出したものがいなかったりする。ゾンビ等の研究もまた、如何にして腐らせないかを観点にしているので、死後反応を高速化させるという効果からは真逆といってもいい。

よって、奴はこの中央から随分と離れた場所で死体を用意し、長時間かけて観察するという手段を取るに至ったわけだ。加速させられないからという、単純な理由でな。

逆に言えば、そうまでして死体の腐敗進行を観察する必要がある研究であると、逆説的に証明できるわけである。

ならば、いや。やはりというべきだろう。俺たちは既に情報の共有時に相手の研究内容を推測していたのだから。


「九相図による腐敗進行。それによって、どの時点で魂が死ぬか、精神が死ぬか―――それを、観察していたわけだ」


死より生み出される新人類を形作るために、唯の人間がどこで死ぬのか、魂がどこで剥離するのか。それを見極めていた。


「やれやれ、精神の根幹は本当に魔術師のようだな。思考回路が人間をモルモットと思うそれそのものだ」


周囲を見聞した後、隠し扉の先の光景を見て思わずといった感情をこぼした師匠の毒色の舌に苦笑する。


「ですが………この死体の山は、かなり使えるかと」

「そうだな。地道な作業が待っているだろうが」

「慣れたもんですよ。俺がどれだけ地道に生きてきたと思ってるんですか」


―――死体となろうとも。いいや?

死体だからこそ、俺たち命核解者が得られる情報というのは、非常に多い。錬金術師め、命核解者というものがどういう存在なのか、存外理解できていないらしいな。

髪の毛一つ、肌一片。たったそれだけで、俺たちは千の情報を獲得する。これは、この死の山は膨大な情報という宝物そのものだ。

つまりは、OBへの足掛かりそのものである。


「私なら、侵入者が入ってきた時点で素材はすべて消滅させる。その手段を取るという選択肢を持てなかった時点で、命核解者としては二流だ。尤も、魔術師として二流かどうかはわからんがな」

「師匠の場合は侵入自体出来ないでしょうが………」


まあ、この人は本当に規格外で、スケールが違うので。

溜息を吐くと、死体の山の前に跪き、小さくつぶやく。


「必ず、役に立てる。かつて生者だった君たちを、俺は無駄にはしないぜ?」


狩りの時間だ。逃げ惑うのも限界だぞ?






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[一言] 魔術師よりの錬金術師だったのかな?
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