第四十五話 ~”螺旋と命の華”~
やはり、師匠は腕がいい。肉体に刃を差し込まれつつ、俺はそう思った。
刃といっても、用いられているのは通常時に研究対象を解体するためのナイフではなく、人体を最も効率よく裂くことが出来、尚且つ繊細に、精度よく分解するためのメスである。
師匠の手際によって俺の身体は俺が想定した以下の痛みの量で順調にばらされていた。
眼は閉じているので耳だけの情報だが、助手をしているナフェリアは師匠が欲しいといった道具を手際よく渡し、不要になった道具を回収、これまた手際よく洗浄して再び使えるようにしているようだ。
偶に息をのんだり、嗚咽を堪えたりする音が聞こえるが、まあそれは仕方がない。まだまだ普通の女性である彼女にとって、人体を解体する作業っていうのは直視するには難しい光景だろう。
ああ、通常の医療現場では今の時代はメスは使い捨てを使用するのが普通だが、俺たち命核解者の場合は殺菌困難な病原体やらもすべて複数の溶液によって完全に洗浄できるため、しっかりと洗浄すればメスを廃棄することなく使用することが出来る。
この技術は勿論病院でも使われている。命核解者というのは意外と日常生活の中で役に立つものも提供しているのである。
「頭蓋骨、一部摘出。腕も切断完了。胴部分は臍周辺の皮膚をはぎ取るぞ」
「は、はい………」
さて。痛みに慣れてきたところではあるが、残念ながら今の俺は再生能力を抑えるのに精いっぱいで、話すまでには至らない。
こうして思考するだけで脳内リソースの大部分が持っていかれている。正真正銘の不老不死である俺の身体は、完全に死ぬことがない。窒息したとしても苦しいだけで、意識が途切れるだけで生き続ける。空気がなくなっても理論上は生き続け、長い時間の果てに環境に適応して無酸素でも活動可能になる肉体設計だ。
そんな俺の身体からすれば、逆に再生を抑えるほうが労力を使う。爪が伸びるように、髪が伸びるように、俺はごく自然に肉体の不老不死が保たれているためである。
「ナフェリア少女、切り取ったものは細かく裁断し、釜に放り込め」
「わ、分かりました………」
「いい手際と返事だ。命核解者足るもの、研究対象は生きたままでも解体するからな、いい実験と体験になるぞ」
「………えと、はい………」
師匠、流石の俺たちも人間を生きたまま解体する経験はほとんどないと思いますよ。そんなことしたらOB指定待ったなしだ。
「足の骨は簡単に摘出できるな。叩き切ってしまえばいい。問題は………」
「性器の一部………」
「ああ。錬金術師の場合は私たち命核解者以上に、物理や生命学に囚われない魔術的な意味を重要視する。それに則れば、果たして目に見える結合部に価値は宿るのか、という話だ」
「………多分、骨盤内部の、えと」
「子宮か。ナフェリア少女もそう考えるならば、それしかないだろう。では、やるか」
ぐちゃりと鈍い音か響き、下腹部に熱い感触が広がる。
骨が砕け、筋繊維が千切れる感覚を存分に味わうと、体内から大きく何かが欠けていったのを理解した。
「オルトルート。これで全てだ。あとは―――眼球を入れれば終わる」
師匠の言葉に頷く。そして、瞼を開いた。
鈍く光るのはメスの先端。一瞬、ただ触れただけで皮膚を割くほどの鋭利なそれに恐怖心が浮き上がるが、意図的に無視してそれを眺め続けた。
瞼の内側からメスは進む。ぐちり、ぐちり、ぐちり―――眼球と肉体をつなげるいくつもの管が切断され、それを瞼を閉じることもできずに直視し続ける。
口の中に血の感触が広がる。痛みへの拒絶反応で、強く噛み締めた唇を噛み切ったのだ。だが、叫んだり暴れたりすることは出来ない。集中力が切れれば再生が始まり、もう一度これをやり直す羽目になる。そもそも、暴れてしまっては師匠の施術の邪魔をしてしまう。
………頭を吹き飛ばしても、意味がないのだ。意識が失われるような一撃では、俺の肉体は自動再生を開始してしまう。意識を保ったまま、俺が身体能力を抑えることが出来る状況のままでないと、俺の身体から肉体や血液を摘出することは不可能なのである。
肉体構成時に失敗したかなぁとも思うが、善人ばかりではないこの世界の中で不用意に不老不死の秘密をばらまくわけにもいかないため、こういうプロテクトはどうしても掛けざるを得ない。困ったものだ。
そして、すべての管が切断されて、眼球が眼孔の中で血を潤滑油にしてくるりと回る。恐らく、俺には見えないがそれは師匠の手に掴まれて、素材を溶かした溶液の中に放り込まれたのだろう。
音でそれを認識すると、一息つく。
「酷い有様だな。猟奇殺人の被害者のようだ。………もう治していい、鍵は出来上がった」
「アリス師匠………えっと、幾ら先生が不老不死だとしても………こんなすごい傷、完全に治せるのですか………?」
ん。―――ははは、治せるのか、だって?
「そこでしゃべることが出来ない弟子の代わりに言ってやろう、ナフェリア少女。治せる、我が弟子オルトルートの不老不死は、完璧だ」
………その通り。さあ、再生開始だ。
傷だけの肉体に純白の花が咲く。傷を包むように、傷から生まれるように。
それは生命のカタチそのもの、命が具現化した幻想の花。花の根から螺旋が広がり、身体中に文様のように広がりだす。螺旋の通り過ぎた場所からは、植物が根を張るように深い緑の蔦が傷と傷に跨り、失われた器官の造形を象り―――そして、肉体へと変容していく。
「オルトルートの不老不死は、厳密には再生とは呼べん。あれは無限の進化にして、無限の不変だ。変わらず、しかし変容は続けるという矛盾こそがオルトルートという生命を構築している」
「………変化と進化、けれど不変………」
「生命とは歪なものだ。なにせ、すべての生命は死ぬために生きているという説すら出てきている―――ならば、不老不死とは。歪な生命の究極足る永遠の命を持つものは、すべての生命の中で最も歪んだ命の形と概念をしているのは、道理だろう」
「………そう、なのかもしれません………でも、歪でも、それでも。先生の不老不死は………綺麗です、ね」
「………ふ、ははは。そうだな、同意しよう」
瞳の上を花が覆う。咲き、開き、蕾となり、枯れ果て、肉体へと戻れば―――俺の眼球は、再生を終えていた。
そっと体を起こす。俺が丹精込めて作り上げた、愛すべき人の肉体を模した自身の身体は、幾つかの花弁を落とし、元の美しい体を取り戻した。
宛らそれは、神話において蓮の花から生まれなおした美しき仙人のように。
「君の肉体に備わる完全再生機構、”螺旋と命の華”………成程、しっかりと見させてもらった」
「個人的には満足の行く性能なんですけど、師匠的にはどうですか?」
「不快感へと変わりそうなほど、完全な出来だ。良くやったな、馬鹿弟子」
そういって、師匠は俺に対して服を放り投げる。受け取り、纏えば肉体を襲った痛みも完全に消えてしまった。
手を開き、軽くジャンプして、眼球を動かす。性能に問題は無し、まあ当然だ。
確認してしまうのは、ただの人間の肉体を持っていた頃の名残である。さて、視線を錬金釜の方に向ければ、これだけの痛みを支払った成果がきちんと、出来上がっていた。
―――血と呪いで真っ赤に染まった、深紅の眼球が二つ。
それを指先で拾い上げると、新しくできた眼球でじっくりと凝視する。
「自分で作っといてなんですけど、悪趣味ですよね」
「これを最初に思い付いた人間はより趣味が悪いといえる」
「………先生とは違って、あの頭蓋骨の持ち主は………もう、生きていない………のですよ、ね」
悲しそうに目を伏せるナフェリア。そう、俺は再生したが本来の鍵は普通の人間を材料にして作られているのだ。その思考は間違いなく残虐で………いや。
そもそも人を人と認識していないのだろう。子供が蟻を潰しても何も思わないのと同じように。
二つの眼球を放り投げ、ジャグリングのように片手でもてあそぶ。研究解体をするという事は、相手の思考回路を除くという事。段々と、何を思っているのかがわかってきた。
手元で遊んでいた眼球を掴みなおすと、溜息をつきつつ扉の前に座り込む。
そして、その二つの物体を、頭蓋骨の空洞へと押し込んだ。




