第四十二話 ~情報共有~
気に入らない。
その人をことを皮切りにして、師匠の解析結果が齎された。
「オルトルートの予測した九相図研究、それは間違いがない。死者から生者を生み出すという根本原理だな」
「概念的に死んでいるため、それ以上死ぬことがない、と」
「ああ、そうだ。厳密には生きているとも呼べないと思うがな。まあそれはどうでもいい」
そうだ。死者をモチーフ、材料とした研究はどうしてもそこで行き詰まる。概念的に死を超越できても、超越できる理由が死んでいるからであるため、無限に矛盾を繰り返してしまうのだ。
要は、死を回避できても結局は死んでいる、という点が問題になるのである。
―――ただ、これには一応の回避案がある。
「部分的に死んでいても、全体でみれば生きている。逆に、全体的に死んでいても、部分的には生きている………生者であり死者であるという状況を作れれば、死者の研究は一定の成果を出せますよね」
「うむ。そうして生まれたのが、そこで凍り付いているゾンビどもだな」
ゾンビは元をたどれば別の研究から生まれたものだが、派生として様々な制作方法がある。死を扱う命核解者は皆、先兵としてゾンビを生み出すといっても過言ではない。
脳を薬品で制御することで死後も動く死体として機能する研究、神経網だけ生き永らえさせる手法、外付けの動力機関を備え付け、死体を操る方法とゾンビの製作法に対してあげればきりがない。
………だが、これもこれで限界がある。
「一定の成果は一定でしかない………そうした場合、物質の概念に縛られ、破壊されればそれで終わりになってしまいますよね」
「ゾンビが永遠になれない理由だな。あくまでもゾンビによる不老不死は、生物学的不老不死の範疇を出ない。我々命核解者が望む真の不老不死とは縁遠い」
俺の場合、死に至る傷を受けても、或いは行動不能な致命傷を負っても修復される。また、寿命で死ぬこともない。
それこそが完成された不老不死であり、ゾンビたちのものとは大きく、その根本根底から異なるものだ。
「ならば、と………奴は、こう考えたようだ」
奴、とはもちろんこの研究を行っているOBのことだ。
「物質的に死の特性を与え、概念及び精神的に生の特性を与える―――これに関して言えば、君のほうが専門分野ではないかな、オルトルート」
「………そうですね。俺は俺になるために、魂の移行と固定を行っていますから。それにしても………」
やはり、というべきか?
魂の育成に関しては予測していたが、まさかその通りとは。魂の研究のノウハウがあるという点からみて、本来の専攻は死者研究ではなさそうである。
「………死者に、魂を与える、ということですか………?」
「そうだ、ナフェリア。もちろん生き返らせるということではないぞ。死者を死者として、生者にするということだ」
「………矛盾、ですね………そっか。命は尽きるもの、それを永遠とする不老不死の実現は………即ち、矛盾を実現すること………」
ナフェリアの言う通り、俺たちの追いかける不老不死というのは実は実現方法にいくつかの方法がある。
俺が行ったものは………まあ、詳細は省くが無限に関係する不老不死であるが、その他には虚像だったり、再臨だったりがある。どれも名だけが残っており、実際の研究方法は不明だが。ともかくとして、不老不死への道筋は一つではない。だからこそ、多くの命核解者が己の道を信じて研究し続けているわけだが。
「えっと、それで………気に入らない、とは………?」
「なに、単純なことだ。ナフェリア少女よ、私たち命核解者は何のために不老不死を研究していると思う?」
「………?」
突拍子もない質問に思えるかもしれないが、俺を除いた普通の命核解者ならば、その問いは必ず受ける。そして、必ず同じ答えを得るのだ。
「我々命核解者は確かに、自己中心的で自らの研究以外には興味を持たないような非人間だが―――それでも、我らの根幹にあるのは、人間のためにという理念だ。人の世を豊かにし、やがて来る日にはすべての人類が永遠の命を獲得できるように、星すら渡れるようにというのが本質なのだ」
「………人の、ため………」
「故に、私は我慢がならん。奴は生者に価値を見出さず、死者に至るまでの道具とみなしている………この研究はな、人間の尊厳を最低にまで踏みにじり、己の知識欲を満たすためだけに人間を加工しているのだ。それは、そのやり方は最早命核解者とは呼べん」
「………」
最も古き命核解者の一人として、師匠アリストテレスは激怒した。それはとても静かな、気配として感じることも難しい怒りだったが………それでも確かに、この人は怒っているのだ。
俺は、ヴィヴィのために生きている。あいつのためだけに俺は命核解者となって、不老不死すら実現させた。だから、俺は………俺だけは、命核解者として歪だ。
人のためじゃなくて、ヴィヴィのために研究をしていたから。だから、その意味で言えば俺は命核解者として失格なのである。
なぜ、そんな俺を師匠は導いてくれたのか―――それは、師匠の怒りが俺の怒りと共通していたから。
俺の大嫌いな人間と師匠の大嫌いな人間が、同一だったからこそ、師匠はかつて俺を助けてくれたのである。
「………余計な話をしたな。さて、オルトルート。死者と魂のハイブリッド研究ときた。恐らくはほかにもいくつか手があるだろう。君は、どう攻める?」
「んー、そうですね」
どうであれ、情報が欲しいという点に変わりはない。ほかにも手札があるというならば尚更に、だ。
つまり、このまま踏み込むことも変わらないというわけである。
「まずはこの先にある筈の拠点に向かいましょう。本拠地ではないにせよ、工房であることに変わりはないですからね。見つけられるものは多いはずです」
命核解者の工房は、本拠地以外では何かの製造場所になっていることが多い。
研究の根本的なものは見つけられないだろうが、OB本体の情報は得られる可能性が高く、その他関係のあるものも見つけられるかもしれない。
相変わらず、こちらが切れるカードが少ないのが問題だ。状況の打破のためにはやはり、自らが動かなければ。
「休憩は終わりですね。ナフェリアも、もういけるか?」
「………は、い。大丈夫………です」
「では、このゾンビたちは灰に還すとしよう」
師匠が指を鳴らす。その瞬間、解体され、部品のように散らばっていたゾンビたちは一瞬で高温の炎に焼かれてこの世から消滅した。
………いや、この世から解放されたのほうが正しいのかもしれない。奴の研究は先ほど師匠が言っていたように、死者と魂のハイブリッドだ。死者と化したゾンビの中にはまだ、彼らの魂がこびりついている。魂の研究が完全ではない証拠である。
付けこむならば、その隙間しかないだろう。
「ところで師匠、今のはどうやったんですか?」
「うむ。少し前に作り上げた玩具だ。音を媒介にし、指定範囲を高熱で焦がせる」
「………玩具のクオリティじゃないですよ」
さすが天才。
―――さてと!それじゃあいよいよ、踏み込むとしますか。




