第四十三話 ~錬金術師~
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「よっと………瓦礫の内部に紛れ込ませた、秘密の地下室か。ま、ありがちだな」
旧第六外縁、そのもっとも外側。
最早そこは街の外であると言い換えてもいい場所であるが、崩れ落ちた防壁が散らばり、山のようになっている箇所が多々あるため、秘密の研究所を建築するには成程ちょうどいい。
俺も人のことは言えないが、命核解者というものは地下室に工房を持つことが多い。俺たちは溶液を建築資材として用いるため、柱など通常の建築手段を使わないため、わざわざ地上に建物を作るよりも地面を溶かして空間を作り、それを薬液で補強するという手段を用いたほうが効率がいいのだ。
とはいえ、仮設の研究拠点すら地下に作り出すというのは珍しい。出先の工房なんて、いつかは取り払うものなのだから薬液を用いるほうがもったいないだろうに。
「扉はどうだ」
「………見た感じ罠はないですね。ナフェリア、何か感じるか」
「えっと………えっと………これ、は。なんでしょう、少し、違和感です。でも、危険な感じは、ないと思います………」
「成程。ありがとな」
―――これは俺の推測だが。
ナフェリアには二つの才能が宿っている。一つは、命核解者の心理を見通す目だ。
これはもう既に疑いようがないだろう。瞬時に物事の核を把握し、それを自分の内側、新しい力として身に着けていくのは師匠やヴィヴィと同じ、才能ある命核解者の特徴だ。
そして、もう一つ。この真理の目に紛れそうになってしまうが、確かに存在するその力は―――命核解者としては上古に当たる、とても古い力。
まだ、俺たちが錬金術師と呼ばれていた頃、その頂点に立つものが持ち得ていた、特別な瞳。そして今では魔術師しか持ちえない、錬金術師が魔術師であったという名残の力。
即ち、魔力を感知する力だ。
これに関しては………ヴィヴィに似ているな。師匠は上古の時代から生きる命核解者であり、錬金術師と名乗っていた頃もあるが、それでもこの人は魔術師としての才能は持たない。逆に、ヴィヴィは人造のホムンクルス………その誕生の過程に、魔力というものと密接にかかわっている。
今も眠るあいつの墓所が難攻不落を超え、絶対に破れないのはあいつの力が現在では有数といえるほどの強力な魔法で守られているからだ。
龍騎の鎧………竜王の一柱から抜き出した力はヴィヴィ本人が持つ魔力と相まって、絶対的な要塞として君臨している。それこそが、あいつが眠り姫のままである最大の要因なのである。
弟子として、その二つの才能を育てたいと思う。だが―――ああ、一人の男としては、その力を………いや。この話はいい。また今度だ。
「それじゃ、とりあえず飛び込んでみるわ」
「えっ………せ、先生、危険です………!」
「危険だからこそ、俺が飛び込むんだよ。何せ俺は死なないからな。それに、危険はないって言ってただろう?」
「それは………あの………相対的に見ての話で………感じられないだけで、ないとは………あのぅ………」
「大丈夫だ。そこの男………こほん。小娘は何があろうとまだ死なん。目的を達するまではな」
「そういうこと。それにほら、確認したいこともあるし。すぐ終わるから待っててくれ」
そう。俺の個人的な願いやらナフェリアの才能やら随分と話が飛んだがそれ以上に一つ、今ここで確認するべきことがある。
気合を入れると、地面に作られた扉に触れ、遠慮なく開け放つ。内部から漏れ出た冷たい空気が肌を撫でた。
まず片腕を入れる。獣やら先ほどのゾンビやらはいないようだ。次いで空いた手で片眼鏡のレバーを降ろし、視界を切り替える。いや、これはダメか。何も見えない。
切り替えた視界の中では、白色に覆われ何も認識することができなくなっていた。これは、予測通り、か?
「よし」
予測は終えた、ならばあとは実践あるのみだ。
軽く呟くと、迷わず扉の中に落ちる。………感じる感覚は落下。しかし、随分と長い。
もしもこれが本当にただの入り口であるというならば、この入り口から入ったものは全員落下死を迎えるだろうというほどの深さだ。ま、そんなことはないだろうが。
落下し続け、一瞬衝撃。体が潰されるような錯覚―――だが、地面に落ちた感覚はない。そして、直後浮遊感に包まれた。
「ん、お、おっとと」
「せ、先生………!?」
「帰ってきたか。お帰り、オルトルート」
「ただいまです」
何も見えない暗闇から抜け出したと思えば、俺は扉の外にはじき出されていた。
案の定ではあるが、さて困った。
「えっと、………どういう、ことでしょう………」
「なに。ナフェリア少女はまだ馴染みがないかもしれんが、古い命核解者ならば日常茶飯事だったことだ。今の時代には少ないがな」
「………?」
「成程、成程な。奴め、命核解者ではなく―――錬金術師だったか」
師匠の言う通りだ。俺たちが追いかけている存在は、魔法を操ることすら出来る、魔術師の一人―――当世に残った錬金術師。
この扉に侵入不可能な結界が施されていたこと、そしてゾンビたちを葬った際にナフェリアが特殊な視界状況を訴えていたことからもしやと思っていたが、その推測が見事に的中した形になった。
「錬金………術師………?」
「ふん。時代遅れの魔術師の名だ。我々命核解者………生命科学に振り切ることもできず、他の魔術師のように神秘に沈み切ることもできなかった半端もの。覚える必要はないぞ、ナフェリア少女」
「え、えっと………」
「元を辿れば俺たち命核解者の祖先。けど今じゃ全くの別物として存在している、近しい何かさ。この時代に残っていることのほうが珍しいが、あいつら命核解者のルールなんてお構いなしだからな」
「なる………ほど?」
感情をそのまま表すならば、現代の錬金術師ってのは典型的なクソ野郎と思えばそれでいい。
「さて。問題はこの扉をどう突破するかだが………」
「貸してみろ、オルトルート。お前はあまり魔術師のやり口を知らんだろう」
「そう、ですね。まあ、まったくとは言えないですが」
勉強途中というのが一番適している状況である。
少なくとも手持ちの道具で魔法をどうにかできるかといえば、答えは否だ。魔法というのはそもそも原理が特殊で、命核解者のやり方が通用しないことも間々ある。
あくまでも俺たちは研究者だからな。エリクシールと呼ばれる欠片を取り出し、それを加工することで現象を発生させる。
だが、魔術師は魔力と呼ばれる特殊なエネルギーを用いて世界を書き換える。そもそもの手法からして違うのだ。まあ、共用できる部分もあるにはあるが―――。
「魔法としては簡素だが。ナフェリア少女、見ておくといい。君と魔法は相性がいいからな」
「………?わ、わかりました………」
「感じるか。私にはわからないが、この空間には魔力の流れがある。君なら五感のいずれかで察することができるはずだ」
「えっと………はい。なんでしょう、淀みの様な感覚と………濁った、水みたいな視界があります」
「ほう、触覚と視覚で魔力を感じ取るか。その淀みはどこが強い」
扉をのぞき込む師匠とナフェリア。うーん、師匠は既にナフェリアに魔術師としての力があること、分かってたのかー。ま、俺が気が付くことなんて大抵師匠は気がついている。当たり前である。
「えっと………手前から、順番に」
ナフェリアが指をさす。扉から見える、見せかけの通路に一筋の線が引かれた。
「悉く気に入らんな。人体パーツを用いた迷宮構築の結界か。起点となる扉に頭蓋、そこから腕、胴、性器に下半身と伸び、最後に再び頭蓋を設置。その回路として血管を用いることでこの扉から延びる通路を人体内部と仮定し、頭蓋―――口から入ったものを再び同じ口から吐き出すようにシステムをくみ上げている」
「だからここから入ったら同じ場所から出てきたんですね」
「そうだ。基礎となっているのは死霊術のものだろうが、命核解者としてのアレンジも効いている。この扉は頭蓋を溶かしこんで作られているし、通路には血管が溶着している―――生きたままな」
「悪趣味ですね………それで、突破はできそうですか?」
「簡素だといっただろう。人体なんぞ爆弾一つで吹っ飛ぶ―――つまり」
「起点の頭蓋、扉を壊せば本当の入り口の出現ですか」
「まあ、それが困難なわけだが。見ろ、この扉を。薬液でしっかりと補強されている。本来ならば鍵を用いることで裏口からこの結界を介さずに入れるのだろうが―――」
「なら」
ああ、なら簡単だ。
「合鍵、ここで作りますよ」




