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第三十九話 ~追いかける者~ 




***




硝子瓶から液体が零れ、地面に染みを作る。

しかし、それは一瞬のことだ。瞬時に気化するその液体は、簡単に視界で捉えることは出来なくなった。


「臭気感知か」

「はい。匂いを検出し、それを追いかけます」


先も調べた通り、手掛かりと唯一呼べるのは偶然の結果、ハナさんのお店で姿を合わせることになった際に手にした金貨だけだ。だが、あの金貨には指紋等はなく、通常の方法では手掛かりとみなすことは出来ないかった。

―――故に、匂いだ。金貨に付着した微弱な匂いをエリクシールとして抽出し、その中から香りの成分をさらに分解。通常街の中で発生している臭気を除外して、最後に残ったそれを感知するようにしている。

OBに関わりがあると思われる物質、人物の臭気の欠片を幾つか用意し、感応させれば精度も安定する。


「これは、金貨と死肉の匂い、そして………ふむ」


師匠は俺が何を使ってこの検知薬を作り出したのか、凡その察しは付いたようだ。見ただけで分かられてしまうというのは流石の一言である。

ナフェリアの方は興味深そうに見守っているだけだ。まだ、一目で看破するには経験が足りていないため、俺のこの薬に用いた材料を推理は出来ていない。

………いやまあ、今回に限ってはナフェリアの場合は仮に経験があったとしても、分からないかもしれないな。

そんな感想を胸の中に仕舞い込みつつ、片眼鏡を掛け、レバーを降ろす。


「薄らと、匂いが残ってる。でも結構前だなぁ」


検知薬で臭気を感知したとしても、俺たちの五感はあくまでも人間のものであり、微弱な匂いをかぎ取ることは出来ない。

師匠なら犬並みの嗅覚を得ることが出来る薬品を作れるかもしれないが、大体そういうものは副作用もあるので、戦闘に入る可能性があることを考えると除外。ならばどうするのか、答えは簡単だ。

若干の改良を施したこの片眼鏡は、匂いを視覚として捉えられるのだ。こう、湯気のように臭気が漂っている様子を認識が出来る。匂いを立体的に検知できるという土竜の嗅覚機能をベースに、それを視覚的へ応用したものだ。

勿論、全ての匂いを視覚化してしまっては雑多な臭気に囲まれ、見たいものが見えなくなる―――だから、これは検知薬とセットで使用するものなのである。

検知薬によって浮き上がった………世界から溶かされた匂いだけを見る。そういうシステムにしてある。これがなかなか便利で、俺の見ている景色はいわば衛兵が使う犬と同等な訳だからな。追いかけるという点において、これ程使えるものはそうはないだろう。

臭気の量や濃さによって経過時間までわかる。いやー、便利便利。


「方向は?」

「第四………いえ、第五外縁ですね」

「最も壁が低く、最も身分の低いものが集まる第五外縁。昏いモノを抱える身には丁度いい隠れ蓑だろう」

「第一外縁の管理者たちも第五外縁の全ては把握できませんしね」

「………第一、外縁………街の王、ですか」

「王といっても便宜上の呼び名だけどな。あくまでもフェツフグオルは都市だし」


都市国家であることは間違いないが、貴族が集まって議会を行い、政治の方向性を決めているので突出した権力を持つ王というのはいない。ナフェリアの言った街の王というのも、個人を現したものでは無く、街の方向性を定める意思決定機関そのものを示している。

他の街では王が居たり、逆に完全民主主義制で民から選ばれた代表者が居たりと様々だが、統治者の差によって街の在り方にも差があり、それが雰囲気にも現れてくる―――という。

伝聞風なのは、実際にそうらしいという話を聞いただけだからだ。いや、ほら。俺はこの身体になるまで外を出歩くなんて探索だけだったし、他の街に行くなんてとてもとても。

師匠やハナさんの話を見聞きしただけなのである。


「とはいえ、だ。オルトルート、君は本拠地が第五外縁にあると思うか?」

「どうでしょうかね。第五外縁は潜むにはもってこいですが、それでも本拠を築くには不向きです。本格的な研究設備は他に用意しているとは思いますが」

「同感だ。二人の意見が一致したならば、その可能性が高いだろう」


OB狩りを何度もしている師匠も同じ考えならば、的を外している心配は少ないか。


「………?何故でしょう、隠れやすい………のでは?」

「そうだなぁ、第五外縁はその通り、隠れやすい。でも永遠に隠れ忍ぶことが出来るわけじゃないんだ」


ナフェリアが首を傾げる。それに笑いかけると、その頭を撫でた。


「すぐに解るさ」





***






「娘を連れた男の情報をくれ、だ?」

「そうですそうです。何か知っていませんか?」

「知ってたとしても教えてやる義理は―――」

「これ、切り傷に良く効く薬です。第三外縁で商人に売ればナーフ金貨二枚程度にはなります」

「………見た目の年齢に似合わず、やり方分かってんな、嬢ちゃん。その男なら、あっちでよく見る。今じゃ殆ど人は近寄らねぇ」

「ははは、どうも~」


浅黒い肌をした男に赤い色をした薬液の入った小瓶を渡し、情報を買う。

笑いながら「また」と離れれば、ほら情報が集まった。


「あっちだそうです。旧第六外縁残骸近く、か」

「君の黒歴史だな」

「それについてはほっといてください。さて、ナフェリア。なんで隠れ続けられないか、分かったな?」


ナフェリアの方を見れば、彼女がゆっくりと頷いていた。


「………貧困層の多いこの地域では、情報すら売り物………なんですね」

「その通り。第五外縁に住む人全員が、とは言わないがそれでも大なり小なり、この外縁の人間は小銭稼ぎが得意なんだよ」

「そうしなくとも生きてはいけるが、そうした方が他人よりもいい暮らしができる。この差はでかいのだ、凡人にとっては」


そして生きていれば必ず、情報として他人に伝わる。人間であれば飲み、食い、買い物をし、排泄をし………と。痕跡は必ず生まれる故に。

師匠があまり同じ場所にとどまらないのもそれが理由だ。定住するたびに大戦争に発展してしまうので、それを嫌って師匠は旅を続けていた。


「基本狡猾な相手だ、第五外縁に居を構えることのリスクを考えていないとは思えない」


あの偶然の邂逅は、リードの外れた子犬が違法薬物の匂いを嗅ぎつけ、衛士を連れてきたような物。相手からすれば想定外そのものだろう。

………いや。本当に偶然なのか?想定外なのは事実だろうが、あの娘が俺の元に来たのは、もしかしたら。

首を振り、仮設でしかないそれについての思考を一旦止める。考えても結果は出ないだろう、気に留める程度でいい。


「で、匂いはどうだ?」

「男の言った通りです。情報に間違いはなさそうですね」


偽情報を売ってくることも多い。情報を信じて向かったらならず者共に囲まれるってのもよくあると言える程度には頻度が高い。

どの街にも言えることだが、外縁都市の最遠外縁というのは基本的にスラム街が密集したようなもので、治安が悪いのだ。ま、フェツフグオルに限ってはその傾向は最近のことなんだが。

第六外縁があった頃は完全に街は治安が保たれており、第六外縁の門扉の外にスラム街が形成されていた。第六外縁消滅と共に、その外周スラム街が第五外縁に溶け込んでしまったのだ。もともと第五外縁に居た人間は殆どが第四外縁以内に引っ越してしまったし。

と、それはともかく。


「一つ一つ足を運べばいつか辿りつく―――けど、このまま進むにはちょっと怖いなぁ」

「ここまでは想定内だろう。ここから先は出たとこ勝負だ。得意だろう?」

「苦手ですよ!懲り懲りです!」

「………危険という、ことですよね………?」

「ああ。敵の本拠と言えないにせよ、アジトに突っ込むわけだからなぁ。相手だって防護策を怠るわけもない、無策で突っ込むのは本当ならやめたいところだが」


しかし、出方も分からない以上は突っ込むしかないのだ。

追い立てる側の宿命というやつである。籠城戦とは違い、攻めるのではなくあくまでも逃げる相手を捜索する立場だからな。準備も用意も、相手の方が上になる。

それでも、解決するには。先に進むには、歩くしかないのだ。


「………よし!行くぞ」













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[一言] 匂いか なるほど あの継ぎ接ぎ少女が、見つけてもらおうとした?
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