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第三十五話 ~少女の家名~



そうして向かった場所は、フェツフグオルの第二外縁(・・・・)だった。

………街の中心部、そして重要な家柄を持つ者たちが住まう第一外縁ほどではないにせよ、豪商や貴き血を引くものもいるという、貴族外縁の一部分。

第三外縁までとは全く高さの違う外壁を見上げながら、俺は思わず唸った。


「まさか、俺が第二外縁以降に進むことになろうとは………」

「久しぶりだな、内部に入るのは。数百年ぶりか?まあ、知っている者どもはとっくに死んでるだろうが」

「積み重ねてる年齢の次元が違うなぁ」


一緒について来ている師匠に対してぼやく。

まあ、師匠は顔も名も知れた命核解者だ。現代における命核解者の頂点の一角といってもいい程に、知識と経験を兼ね備えた人物なので、もしもナフェリアの実家で主に俺の実績に対する事柄で猛反対にあっても、師匠が一緒だと分かれば何かと便宜を図ってくれるかもしれない。

………ま、分からないけど、いないよりは確実にいいもんな。俺が見てないと何やらかすかも分からないし。


「えっと、こちら………です」


そんな俺たちを連れていくのは、いつもより整えられた空色の髪を揺らすナフェリアだ。

髪が整っているのは身だしなみも重要だからだろう、貴族というものはあまり知らないし良い思い出もないが、それでもしきたりやら規則、伝統っていうものを重要視していることは知っている。

命核解者の中にもかつて貴族としての地位を授かり、今でも貴族として生き、そして研究を重ねている者もいる。そういった手合いには厄介者も多いが。

とはいえ、俺の家にあるものじゃあんまりしっかりと綺麗にするっていうのは難しいよなぁ………なんせ研究道具以外は元男もむさくるしい部屋だ。

最近女性比率が増えてきたため、可愛い小物や俺のものも含めて服とかも増えてきているにせよ、所詮は庶民の服装である、第二外縁に居を構える家柄の前では安っぽい服装にしかならないだろう。

せめて靴だけはと、お金を半ば押し付ける形でナフェリアに渡し、良いものを買わせたが。なに、商人やら貴族やら、品格を問い始める連中は大抵最初に足元を見て、それ以降は顔程度しか見ない。ナフェリアの実家の人々はどうか知らないが、少なくとも足元を固めておけば侮られる回数も減らせるだろう。

その点………師匠は場合によっては裸足ですからねぇ………足元を見た連中がぎょっとして、そしてその名を聞いて震えあがる―――そんなことは日常茶飯事だった。


「あの、大きな建物が………私の実家です、先生………」

「おー、立派だなぁ」


俺の知識だとあれがどういう様式の建築なのか等は分からないものの、それでも模様入りの硝子や所々本物の金によって装飾が施されたあの建物が手間と金をかけていることは理解できた。

というよりも、だ。あの建物、何かに似ているんだよなぁ。


「うーん?」


貴族が住むような立派な家………住むようなではなく住んでいる………なのは事実。

だが、家の所々にまるで戦に備えたかのような、装飾とは言えない箇所があるのが見える。

外からは見えにくい箇所に弓矢窓、外壁の上には岩を落とすための仕掛け床。


「城みたいだなぁ」


思わず零れた呟きに師匠が納得したように頷く。


「………ああ、そうか。ナフェリア、お前はヴェルゲンフラットの家柄か」

「………えっと、あの、は、はい………」

「そうか。だがヴェルゲンフラットは命核解者の家系では無かったはずだが」

「私は………傍流の一族の末娘で、運よく引き取られた………だけなので」

「ふむ。運がいい、か。さて」

「あのー、師匠?」


この人は頭の回転が速すぎて思考が一足か二足飛んでいるので、急に物事の本質を理解してしまうけど俺の方はそうはいかない。

話に割り込むと、分からない単語から攻めていく。


「ヴェルゲンフラットってなんですか?」

「―――シュフェリアの黄金塔。かつてこのフェツフグオルの黎明期に、あの最高の防衛塔と称されたあれを設計した建築士の家系がヴェルゲンフラットだ。作り上げた当初はそんな名前を持たん、ただの平民の餓鬼だったが、黄金塔が圧倒的な防衛能力を持つことが分かると貴族身分を与えられ、家名を与えられた」


師匠の言葉に、ナフェリア自身も首を傾げる。


「………そう、なんですか?」


それにうむ、と頷いた師匠はさらに話を続けた。


「事の起こりはな。このフェツフグオルの街が出来た頃の話だ、第六外縁の崩壊すらつい昨日のことと現せるほどの過去の話、恐らく当のヴェルゲンフラット家にもシュフェリアの黄金塔を自らが作り上げたことを覚えているものなどいるまい」

「記録に残さなかったんですか?」

「どこかの馬鹿が崩壊させなければ今も街の外縁を守り続けていた魔導塔だぞ。そんなものの設計図を残してみろ、あちこちで溢れ出した死の技術による破滅が世を覆う。そして設計者も同じことだ、命核解者でもなく、ましてや魔術師でもないただの建築士が、その知識のみで道具や構造を調整することで不落の城を作り上げたとなれば、当然のこと狙われる」


………技術を求められ、か。

ましてや設計図を残していないならば、その設計者をこそ多くの街は狙うだろう。

さらに、その設計者は只人―――特別な力を持たないものが、頭脳だけで多くの外敵を追い払う防衛機構を作り上げることが出来たとなれば、只人だけの国が放っておくものか。


「狙われないように、設計者をひた隠し、さらには逃げられなように貴族の名を与えて―――第二外縁に縛り付けた、ってことですか?」

「ああ。ま、あの餓鬼はその後もこの街で外縁の境界壁やらなにやら、様々作っていたから嫌では無かっただろうがな。そして餓鬼が死んで以降はヴェルゲンフラットはただの一貴族でしかない。秘密を知るものも、秘密を作れる者もいなくなり、貴族の身分を受け取った理由すらどこかへ消えてしまった―――」

「それを………傍系である、私が知るのも………不思議な話です」

「血は血だ。傍系、傍流?それが一体どうしたというのか。生物の血などまぐわれば半々ずつ混ざるだろうに」

「ま、まぐ………」

「師匠、変なこと言わないの」


明け透けすぎますよ?

………さて。そんなことを話しているうちに、そのかつてシュフェリアの黄金塔を作り上げたという男が興したヴェルゲンフラットの敷地へと足を踏み入れる。

芝などはきちんと手入れされているか。貧乏貴族、というわけでは無いらしい。

ならば、何かの手段で稼いではいるのだろう。商売か、或いは専門としている仕事があるのか。まあ、どっちでもいんだけどな。

視線を上げれば、やや緊張した様子のナフェリア。芝を抜け、庭木を抜け、辿りついた先にある、オークの巨木から削り出された重厚な扉の前に立つと、深呼吸をしてそのドアノッカーを叩いた。


「………ナフェリアです。只今、戻りました」


恐らくは扉に命核解者が作り出した、音を正確に、そして遠くに伝える金属糸が仕込まれているのだろう。

ナフェリアがそういった後、外からでもわかるほどに屋敷の内部が慌ただしくなった。

大声やら怒鳴り声などは聞こえないものの、走り回っていることは理解が出来る。そして、少しの間を置いてから………ナフェリアの前の扉が壊れんばかりに勢いよく開かれた。


「―――ナフェリアさん!!貴女、どこに行っていたのッ?!!?」






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― 新着の感想 ―
[一言] すごい人が先祖にいたもんだな
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