第二十九話 ~OBの研究内容は?~
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深追いしないという鉄則に従い、俺たちはいったん捜索を辞めると、その後に軽く食事でも行こうかという話になった。
まあ、あれ以上共同墓地に居残ってても手に入る情報もないだろうしなぁ。
どちらかといえば、喫茶店にでも入って情報を整理する方が優先事項になるだろう。
「ということで第三外縁の喫茶店にやってきましたー、お邪魔しまーす!」
「いらっしゃいませ、三名ですね?」
「は、はい………そう、です………」
「個室で頼む」
「はい、分かりました―――ふふふ、可愛らしい妹さんですね」
「い………いもう、と………」
いや、うん。師匠が一番背が小さいから、確かに妹って思われても仕方ないかもな。
ショックを受けている様子の最年長が固まっているのをさて置き、案内された個室へと向かう。
そうなんだよなぁ、なんだかんだ言っても、今の俺よりもまだ師匠の方がちんまいんだよなぁ。ちなみに胸も俺の方がおっきいです、えっへん。
「―――さて。情報を整理しようか」
「あ、立ち直ったんですね」
「若く見られたということだ、気にする必要はないと思い直した」
「………実際、アリス師匠は若々しいですから………」
「ははは嬉しいことを言ってくれるなお前の弟子はあははは」
「楽しそうで何よりです、師匠………で、共同墓地での発見物ですけど」
物として発見したのは少ない。まあ、長年違法な研究を行っていたものがそう簡単に尻尾を出すわけがないのは当然といえるので、これは仕方ないだろう。
というか、馬の尻尾のように分かりやすいものを垂れ流しているのであれば、早々に退治なり拘束なりされてしまっているからな。ここまで生き残っているという時点で、ある程度の警戒心や慎重さは持っている筈である。
ということで、ここから大事なのは物品証拠以外から真相へ辿りつくための糸口を見つけ出すことだ。
「注文は如何いたしましょう?」
「珈琲とホットサンドを三つずつ、ミルクと砂糖は二つだけでお願いします。あ、ナフェリアは何か食べたいものある?」
「い、いえ………私は、そんな………」
「んー、んー。なるほど、チーズケーキ一つお願いします。食後で」
「ふふ、はーい、かしこまりました♪」
ナフェリアの視線がメニューのチーズケーキの上を彷徨っていたのを、俺は見逃さなかった。ふふ、恐ろしいほどに主張がないナフェリアの物欲、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
「え、えっと………」
「分かんだからもっと食べなきゃだよ~、それに、お菓子を食べるのは乙女の嗜みだし!」
「お前が言うのか、それ」
「………受け売りですから」
ヴィヴィのね。
「あ………ありがとう、ございます、先生………」
「うん。大丈夫だぜ」
と、やり取りをしつつ。
頼んだものが運ばれてきた後に、まず取り出したのはスカラベの石像だ。これ自体はただの形でしかないが、形状は意味があって作り出されるもの。
これに関する考察を続ければ、ヒントを得られる可能性もある。命核解者なんて可能性を追いかける存在だ、こういうことは得意なのである。
「オルトルート。まずあの共同墓地の状態から、相手の研究を何と見る」
「間違いなく死体を使った研究ですが、どういった方向性なのか………死体といっても、いろんな使い道がありますからね………」
死に纏わる研究は、実をいえば命核解者は遥か過去から繰り返してきたという事実がある。
無限の生を得るということは、死を克服することと同義だ。故に、どのようにして死を回避するか、或いは死を解明するか―――それを追いかけるのは当然のことといえた。
だが、あるときから倫理観の問題から、研究の道具に人間の遺体を使用することを禁じられた結果、その研究速度は非常に低下し、効率の悪さから今では死の研究を行う者どもは少ない。
………表の世界では、な。
OBに代表されるようなアウトロー、法律の頸木から解き放たれた者たちは、今も変わらずに死の研究を行っている。勿論、様々な死者を使って、だ。
そんな死の研究は、長い間先駆者がいるということで、多くのバリエーションが存在している。
例えば、病に関する研究。
人を殺す病気、それを解明しようとする者どもだな。後にこれらは派生し、ゾンビ作成や脳手術といった医療分野の研究へと変わっていった。いや、ゾンビは正確には死者を使ったものなので違法ですけどね?
他には、死体の分解メカニズムの分析に関する研究だろうか。これらは基本的には人間である必要もない、というか多様性確保のために様々な生物の死を観測する必要があるため、今でも表で研究されている数少ない死の研究ジャンルだ。これは表でも研究出来るため、人間の死体にこだわっている今回のOBは無関係であると見て言い。
「………だけど、この分解メカニズム、確か厄介な派生があったよなぁ」
いや、思想自体は大して問題はない。しかし、性格が歪んでいる命核解者にとってみれば、その思想は立派な研究ジャンルとして確立されてしまう。
本来の思想の捉え方を無視して作られる、飛躍した考え方ってやつだ。
「死体の分解から生じた、今では魂の研究に分類される派生ジャンル………」
―――それは、九相図に端を発した研究だ。
とある宗教において、死体が朽ちていく段階を九つに分けて絵画にして表し、それによって修験者に現世の肉体は穢れており、何の意味もないものだという理解を与えるための修行法だ。
殆ど研究している人間がいないため、詳しい研究内容は分からないが、この研究では必ず人間の死体を使う筈である。
「九相図研究―――そこからさらに、別のものへと変化した研究じゃないでしょうか」
「ふ………相変わらず良い思考回路だ。直感で理解する天才とは違い、君は才能がない代わりに思考によって答えに辿りつく。故にこそ………お前は真なる理を手に入れたのだろう」
「ん、ちょっと、褒められると嬉しいです」
照れくさいけどね。
「魂の研究………です、か」
「私の推測では、九相図の概念に西洋の冥界概念が付与されたものだろう………いや、西洋概念だけではない、か」
「それは………このスカラベですね?」
「ああ。成程、研究内容は大体読めてきた、が。では、目的の方は一体どうなるかな」
………目的。研究内容は目的ありきだ。
何を目的として、そんな研究をしているのか―――。
「死者の蘇生………いいえ………死者の継ぎ合わせによる………新人類の作成………で、しょうか………?」
「成程。死から生まれた、死に囚われる事のない不死者の作成か。大いにその可能性はあり得る」
「九相図は死へと至るまでの肉体変化の様相で、それに加えて冥界概念………魂の復活、或いは冥界旅行という伝説を組み合わせれば」
「死なずの死人か。面白いことを考えるじゃないか」
面白いでは済まないでしょうよ、師匠………。
その研究が仕上がるまでに、一体どれ程の人間が犠牲になることか。今はまだ遺体漁りをしているようだけど、もしも死者を得るために、この街で暮らしている人間を標的にし始めたら………考えるだけでゾッとする。
そうなればこの街における命核解者の信用も無に帰るだろう。
「それほどの研究となれば、現時点で生まれている副産物もあまり油断は出来ないだろうな。気を引き締めろよ、弟子共」
「はい。………武装、そろそろ考えないとなぁ」
喫茶店の個室の天井を見上げながら、冷めてしまった珈琲を飲む。
ちょっと酸っぱくなっちゃったかな。隣を見れば、ナフェリアは最後に残したケーキの欠片を頬張って幸せそうだった。栗鼠みたいで可愛いなぁ。
「OB退治、あんまり時間はかけられなさそうですねぇ」
「そうだな。しっかりと頭を回せよ、オルトルート」
分かってますよ。俺は死なないにしても、弟子の命はかかってますから。
―――本気で取り組みます。




