第十四話 ~森での大逃走!~
それにしても、やっぱり武器不足は痛感してしまう。
武器は研究の副産物だが、それでもきちんと武器として作り上げるにはそれなりに順序を踏まなければならないためだ。つまりは時間かかるんだわ、武器つくりにも。
一朝一夕には行かないのが命核解者の研究とは言え、最短で不老不死に至るためにはその時間さえ惜しかった。
「―――シャァァァァァァァァァァ!!!!!」
「うおっ?!マジでしつこいなあいつ!」
「はぁっはぁっ………!!」
複眼の幾つかから煙を上げているが、”脳食い”の眼は非常に硬い。靭性のあるガラスのようなものであり、耐久性に非常に優れているため、普通に俺たちを認識しているだろう。
見えている限りは逃げられないか。こうなったら、姿をくらますしかないな。
再びナイフで指先を切る。先ほど切ったものは既に不老不死の身体のおかげで再生してしまっているので、その都度斬らないといけないのだ。便利なような、不便なような。
「煙の試験管は………っと、あったあった。ようし、ナフェリア!俺の髪を掴んでて!」
「か、髪ですか?!」
「そう!腕はちょっと掴まれると困るからな!」
懐から取り出した、小さな試験管。正確には小瓶といった方が良い、小指の先程度の大きさのそれに血液を三滴ほど垂らし、蓋をして混ぜる。
それと同時に、ナフェリアが俺の翠の髪を掴んだ。よしよし、これではぐれる心配もないだろう。
じゃあ行きますか、悪いな脳食い、俺たちは逃げさせてもらうぜ?
「そーれっと」
軽く、地面に落とすようにして小瓶を投げる。
体格差の影響ですぐそこまで迫ってきていた”脳食い”が、金属質の甲殻を地面に突き刺し、俺たちに捕食器官を向ける。
”脳食い”は巻貝のような胴体の奥で高圧の気体を生成し、それを使って非常に軽い材質で作られている捕食器官を飛ばしているのだが、やろうと思えば蝶の口のように自力で操作もできる。
蜘蛛の糸のようなものだが、微弱に神経が通っているためだ。まあ、痛覚はないんだけど。どちらかといえば蜥蜴の尻尾か。
本来の気圧による噴出よりは速度に劣るとはいえ、当たれば勝ちなのだからこの距離だったらそのまま噴射することも確かに手段の一つになり得るだろう。
だがまあ、ちょっとばかり遅かったかな。
その”脳食い”の足元で、小瓶が砕け散る。その理由は、硝子製の瓶ですら耐えられないほどに内部の気圧が高まったためだ。
小瓶の中に入っていた淡い青色の液体が沸騰し、気体へと変じて体積を膨張させた。それが気圧を高め、硝子の容器を粉砕したのである。
………そして、その膨れ上がった気体は、抑えていた瓶が破裂した直後―――巨大な煙幕となって俺たちを覆う。
俺は頭の上にある片眼鏡を右目に落とし、そのフレームの横にある小さなレバーを上げた。
「昔器用さ確保のために作ったもんだけど、本当に便利だなぁ、これ」
俺の内職物である片眼鏡には、いくつかのレバーが付いており、それを引くとレバーの先端に付けられた固形化された万物融解剤が片眼鏡側にある現象発生液に付け込まれ、片眼鏡に特殊な作用を発揮させるのである。
今回の場合は透視、というとちょっと違うか。
人間の眼には見えない光を可視化することが出来る、で伝わるだろう。赤や紫の色の外にある色を認識可能になるのだ。これがあれば、煙幕で覆われたこの状況でもどこに何が在るかを判別できる。
あれらの光、特に赤より外にある光は物質を無視して景色を伝えてくれる。まあ、色合いはとっても気持ち悪いけどな。何せ普通の色は見えないし。
「せ、先生………何も見えません?!」
「大丈夫、俺は見えてる!」
ちなみに背後では”脳食い”が俺たちを探そうと躍起になって周りを甲殻の足で踏み砕いているようだが、無駄無駄。
もう結構遠くまで逃げちゃったからな。
「そこ木の根、二秒後にジャンプして!」
「は、はい………!」
俺の指示通りにナフェリアが跳ねる。
「次は下り坂―――ちょっと失礼!」
一瞬考えて、ナフェリアをお姫様抱っこする。いや、体格差的にあれだけどな?
でも、俺の身体は治るけどナフェリアの身体は普通の人間のものだ。下り坂を滑り落ちるように移動するとなると、お尻とか足とか痛めるからな。
かなり足りていない筋力で何とかナフェリアを抱えると、そのまま俺は地面にお尻を付けて滑っていく。
「え、あ………きゃ………ひうぅぅぅ?!」
………あ、うん。めっちゃ尻痛いんだけど、それ以上に抱き着いたナフェリアの身体の柔らかさの方がやばいですねこれ。
俺の身体も結構女の子してるとは思うけど、ナフェリアの場合は大人の女性っぽさがあるから、特に特定の一部分がものすっごく柔らかい。
ヴィヴィよりは俺の身体の方が胸も尻もあるけど、似たようなものなんでナフェリアに比べるとうん………うんって感じ。
いや、ヴィヴィの胸もあれはあれでとってもいいんだけどね、ものすっごく可愛くて舐めたくなるような―――いや、煩悩に呑まれ過ぎた。その罰なのか分からないが、木の根に尻ががっつりと激突する。
「あっ………いぅ?!」
「ルートちゃん?!」
「だ、大丈夫だよ」
おのれ巨大樹、巨大樹っていう名前があるくせに俺の胸程度に無駄に慎ましい根っこを地面に露出して、このやろー。
………さて、そんなどうでもいい話はともかく。
「よいしょっと。ふう、とりあえず逃げられたかな?」
「み、みたいです、ね………ちょっと疲れました」
「休んでる暇はないぞー、休憩するならまず周りに危険がないかを確認してからだからな。確認が不足してると、また追われることになる」
「わ、わかりました………!」
ちょっと脅しもかけて確認をさせてみる。
まあ、もう俺が周囲に危険がないことは確認してるんだけどな。片眼鏡の機能を使用したままだったから周囲に何もいないことは分かるのだ。
しかし、あまり長時間は機能を使い続けられないのが難点なんだよなぁ、この片眼鏡。
昔、研究の練習がてら作ったものだから、時代も時代、年季が入りすぎているのである。改良するか新しいの作り直すか。
そんなことを思いながらレバーを下げる。
現象発生液から固形万物融解剤が抜かれ、片眼鏡のレンズが何度か明滅した後に、レンズを通して俺の目に伝わっていた光が、不可視の光へと姿を戻した。
「大丈夫、みたいです………危険な足跡も、痕跡も見当たりません」
「よし。なら休憩!………いやー、疲れた疲れた」
やっぱ運動は疲れるなー。久々に健康的に動けるようになってもそう思うんだから、俺はやっぱり生来の引きこもり気質なんだろう。
「あ、あの、先生………さっきの不思議な現象って、どうやったんでしょう………先生は武器を持っていなんですよね?」
「んー?はは、そうだよ、あれは武器じゃない。道具だ」
「………?何が違うのでしょうか?」
「命核解者の武器っていうのは、不思議な性質を帯びた、それ単体で機能するものが殆どでな。それに対して俺が今やったのは、予め持っていた万物融解剤に他の万物融解剤を混ぜ込んで反応を起こしたようなものなんだよ。つまりは爆薬に火をつけただけ、使いきりの道具さ」
「でも………あれ?性質発現液と現象発生液は元は同じもので、性質発現液から機能を抜いた現象発生液が武器になる………ですよね。つまりは現象発生液自体が武器なのでは………」
定義がちょっと難しいんだよな。まあ道具も武器といえば武器なんだが………。
「命核解者の武器には何個か種類があるんだ。俺が今やったのは、薬品同士の反応によるもので、そっちは基本的に俺たちの中だと道具扱いだな。エリクシールを溶けこませた万物融解剤に現象発生液を入れたり、あとは賢者の石なんかを入れることで効果を齎す。煙を出したり爆破したりしたけど、その使い方からわかるようにまさに爆弾だ」
爆弾は武器にもなるが、形式的には道具。人間の言う武器というのは、剣や槍のような物なので、つまり命核解者の言う武器とは、使いきりではないものを指す。大きな目で見れば消耗品だが、道具とは違い一回きりじゃないのが最大の違いとなる。
「命核解者の武器、その中で道具とは会えて別に呼び名を付ける場合、通称として武装という名前が与えられているんだ。俺の師匠の武装は………まあ、あの人不老だからマジでいろいろ武器持ってんだけど、有名なものとしては周囲の地形からゴーレムを作り出す宝玉とかだな」
一人で一国分の戦力は保有しているが、戦争というか争いごとが面倒だから嫌いという性質の人間なので逃げ回り続けているのがあの人だ。
なお、薬品………つまり、道具でもゴーレム生成は出来るんだが、薬品への調整と時間を大量に消費するのが普通だ。師匠の場合は何度でもゴーレムを作り出せ、好きな時に消滅させられるという阿保みたいな性能しているので、まあ明らかに異常な武装だよねっていう。
原理は企業秘密なんだが、ぶっちゃけ何回か見たことあるのでなんとなくわかります。
「道具と、武装ですか………」
「そう。ちなみに道具は薬品の調整だけで済むけど、武装は設計から実際の使用計測、奪われた場合のプロテクト作成ってかなり手間がかかるから断然、武装の方が製作が難しい」
「なるほど………そういう違いなんですね。わかりました」
なお、片眼鏡は道具だ。これ、眼鏡の内部で薬品混ぜてるだけだからな。片眼鏡自体はただの眼鏡である。
「さて、じゃあ話もひと段落したところで………ナフェリアに問題だ」
「は、はい………!」
原生生物から逃げて、周囲状況の確認も出来た。ここまでは上々といっていいだろう。完璧だ。
なので、ちょっと難しい問題も出すことにする。その問題とは………。
「ふふふ―――今の現在位置、把握してる?」
「………。………ぇぇっと」
ナフェリアが、困ったような表情をした。




