第十五話 ~深部の森、探索再開!~
ま、そりゃ当然だけどな。
ここはナフェリアにとっては見知らぬ地であり、未開の森。
慣れている人間にとっては初めて足を踏み入れる土地ではマッピングするのは基本中の基本だが、命核解者の研究及び、フィールドワーク自体が未体験の出来事である以上、それに意識が回らないのは当然のことである。
………というか、そうでないと困る。
どんな危険に巻き込まれ、慌ててその場から退避する状況であっても常に頭の中で現在位置を理解しておくためには、それが出来ないとどれだけ困るかを知らないといけない。
これはそのための質問なわけだ。まあ、ちょっとだけ意地悪なんだが、これもナフェリアのことを思っての事なので。
「す………いません、私………全然気にしていませんでした」
「ああ、いいよ。普通に考えて最初から迷子にならないことを意識して移動できる人間なんていないからなー。特に今回は”脳食い”に襲われた直近だし」
頷きながらナフェリアの髪をなでなでする。
俺も最初の頃は師匠にさんざん怒られたものだ。特に師匠に弟子入りしたときにはもう車椅子だったため余計に苦労を掛けた気がする。
うん、俺ってハナさんやサツキちゃんもだけど、師匠にもものすごいお世話になっているよね。あの人は、結局最後には「あ?私の研究のためだ。何を勝手に気にかけているんだ、馬鹿者」っていうけど。
―――まじで、お人好しっていうかなんというか。
「さて!じゃあ………頑張って元のルートに戻る練習を始めよう!」
「は、はい!」
基本、原生生物がとても強力でただの人間では逃げ回ることしかできないこの深部の森においては、初期の探索ルートを放棄することは非常に危険なことである。
探索の道中で危険を感じて他のルートを、ていうのも正直言えば止めた方が良い。ほとんどの人間は死んだら終わりだ、そういう場合は大人しく引き返して、ルート探索からやり直すのが最も正しい回答なのである。
「………地図上での現在地は分かるか?」
「い、いえ。すいません………」
「問題ないよ、現在地の把握からやろうか」
懐、というか持ち歩いている小さな鞄の中から折りたたんだ羊皮紙の地図を取り出し、広げる。
自作のこの地図は俺が長い間にせっせと書き込んだ周辺地形が事細かに書き込まれている。
もっともよいのはこれを自作してもらうことだが、そこまでは最初では無理だ。というか未熟なその時に寄り添い、手助けするのが師匠の仕事である。
「地図の地形を見て、太陽の位置を見るんだ」
太陽が昇る位置と沈む位置は、季節によって多少の変動はあるが、大まかに東から登り西に沈むという不変の理がある。
太陽は現在、中天を過ぎやや西に傾いているが、それ故に西の位置の把握が理解できるということだ。
「地図には方角が書き込まれているから、それと太陽を見比べて………」
「現在位置の方角を確認して………地形から位置を把握する、ですね………?」
「そうだ!これは地図があるからこそできる技だけどな」
無ければ脳内のマッピングから把握するしかない。もしくは何かしらの目印を設定するとかな。
でも、どちらも正確な位置を知るためには経験と知識が必要だ。俺たちはただの人間である、だからこそしっかりと道具を使うことが望ましいのだ。
………人なんて、何も持たなければ貧弱な動物でしかない。生存能力だけでいえば近縁種の猿たちにも劣る。
知識、研究。努力、収集。
見つけ出し、生み出し、作り出し、扱う。
そして応用し、失敗し、また挑戦し、さらなるものを生み出す―――そのプロセス。それこそが人間の本懐だ。
命核解者なんていうものはその極地だな。
「―――ここが、さっきの休憩場所。壁に見える巨大な根っこが近郊の森との境目で、向こうに見える街の残骸から現在位置を把握すると………」
ナフェリアの思考がぐるぐると回りだす。
うんうん、流石だな。ランドマークともいえるもの、つまりは街の残骸と巨大な樹木、或いは根の壁。
それと太陽の位置を把握、まずは”脳食い”との接触地を導き出し、その周囲のあの短時間での移動可能距離を選別している。
「あの遠くの山が地図のこれ………?じゃあ、私たちは本来のルートから南にずれているんですね………現在地は、山と根の壁に挟まれた盆地の近く、つまりはこの位置です、か?」
「はは、そうだ。大正解だよ、ナフェリア」
「あ、ぅぅ………」
髪を撫でるだけでは飽き足らず、胸元にナフェリアの顔を寄せて抱きしめる。
うーん!なんて優秀な弟子なんだ、先生として取っても鼻が高いぞ~。
現在地の把握は結構難しいんだ。迷ったとき、一回目で完璧に自分の場所を把握するのは、いくら地図があってもなかなかに大変なのである。
うん、ならばもう少しレベルの高いことをしてもいいかもしれない。きっとこの子なら出来る筈だ。
「………ふふ。じゃあナフェリア。ここから当初の目的地に行くためにはどうしたらいいと思う?」
そう言いながら、俺は頭の上に戻してある片眼鏡をナフェリアに渡す。
「えっと、先生………これは?」
「研究の時に使ったものと仕掛けはあんまり変わらないぞ。レバーは道具としてのものだけど………この筒を追加で取り付ければ」
片眼鏡を取り付けたナフェリアに、懐から取り出した筒を追加で握らせ、片眼鏡の先に取り付ける。
「あ………遠くの、景色が見えるように………!」
―――レンズが二枚。
物質から反射され目に届く光。それを二つの硝子で曲げることで、遠くのものも鮮明に見れるようになるわけだ。
研究の時に使ったものは小さなものをよく見るためのものだが、基本の原理は同一である。ちなみに踏破したことのない場所まで詳細に地図が書かれているのは、これで把握し、地図を描いてから探索をしていたからだ。
下半身が不自由だった俺は、尚更にこういう安全対策をしてからじゃないと速攻で詰むからな。
それはさておき………ナフェリアにこれを渡したのは、地図と現在位置の照らし合わせが終わったからこそである。
「本来の目的地は見えるな?俺たちはそこに行きたいが、しかし元のルートには戻れない」
「”脳食い”がいるから、ですね………?」
「そうだ。あいつらは基本縄張りを移動しない。今回みたいに飢餓状態なら多少は離れるが、狩れないと気が付いたなら元に戻るだろう。そこにまた戻ったのであれば、今度は食ってくれって言っているようなものだからな」
深部の森の原生生物は非常に賢い。
煙による逃走などはまあ、出来るだろうが―――次はもっと精度よく俺たちを殺しにかかるだろう。俺は別に死んでも問題ないが、ナフェリアは駄目だ。大切な弟子だからな。
故に、こうして次の策を自分で考えさせる。
自己学習と対策を繰り返させ、一人でも探索が出来るようにするためだ。決断力、判断力がない命核解者は長生きしないし、長続きもしない。
「………先生、この赤点はなんでしょう?」
「それは危険な生物の縄張りだな。付近にすら近寄らない方が良い」
「なるほど―――では、この山を越え、川の支流を沿って移動するのはどうでしょうか………?」
「うーむ。確かに危険なルートを全て超えられるが………駄目だな」
なぜならば、答えは単純。原生生物も水を飲むからだ。また、危険な原生生物の餌となる動物が水を飲み、それを狙いに来たものについでに狙われる可能性もある。
川には基本、様々なものが集まるといってもいい―――様々なものの中には鉱石類も含まれるため、最終的には無視できなくなるのだが。
「では北西に森を抜けるルート………危険な箇所の周辺を通ることになりますけど………ああ、そっか」
二重のレンズ越しに、ナフェリアの瞳が瞬きをする。
「危険を避けるだけでは、駄目なのですね………」
「ああ。―――正解だ」
命核解者のフィールドワークは危険が付き物で、それ故に安全第一にしなければならない。
でも、リスクを冒さなければ、何も手に入らない時もある。
全てを入念に準備し、不測の事態を予測して、危険地帯に対策を施す。ルート探索はその第一歩なのだ。
「ルートは見つかったか?」
「はい………!」
「よし!じゃあ、ナフェリア。次は、君が案内をするんだ………もちろん、俺から離れすぎちゃだめだけどな」
「わ………分かりましたっ」
よしよし、それじゃあ………休憩も終わりにして、探索を再開するとしますか。




