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「だそうだよ、姐さん。
ま、しばらくゆっくりしてってよ。
汚いところで悪いけど・・・、
酒や食い物ならいくら食べてってもいいからさ」
「うん、じゃあお言葉に甘えちゃうわ」
「俺もまだ作業の途中だからさ。
ま、何かあったら遠慮なく呼んでくれよ」
「サンキュー、ボビー」
お礼を言うアリスの微笑みを見て、
照れたように鼻を擦りながら作業に戻るボビー。
今、アリスが歩いてきた通路やこの部屋以外にも人の出入りするような場所があるのだろうか。
ボビーの姿は忽然といなくなっていた。
一人残されたアリスは部屋の中央にあるテーブルに歩み寄り、荷物を傍に下ろすと、備え付けの椅子にようやく腰を休めた。
察しの通りというべきか、テーブルの上は食べかけの食い物や飲み物が転がっており、アリスもさすがに苦笑いを浮かべる。
それでも手の平サイズのガラス瓶に入った酒を見つけると、
アリスは迷わず手に取って、そのまま口につけて喉を鳴らした。
誰かが口を付けたかもしれないのに、躊躇いなくそうしてしまうあたり、細かいことは気にしない性分か。
そして残っていたお酒も一気に飲み干すと、アリスは遠い目で天を仰ぐように椅子に深く背を預ける。
一見、劣悪な環境化ではあるが、
アリスは充分に気持ちを安らげ和んでいるかのような面持ちである。
ーーそれから十数分。
特に何をするわけでもなく、言われた通りに椅子に座って休んでいたアリスの耳に、不意に何かが開くような音が響く。
音の方向に目を遣れば、地面の一部分が開いて穴が開いており、
そこから這い出るように何者かが姿を現す。
「ハロー、ボブ。
相変わらず狭いところで大変そう」
「おぅ、俺の愛する船の整備だからよ。
こればっかりは手を抜くわけにはいかねぇのよ」
地面から這い出てきたやや肥満ぎみな巨漢に、右手を振りながら声をかけるアリス。
口の周りに豊かに髭を蓄えた剃髪の男。
年は五十半ばを越えていよう。
作業服を着ずに、タンクトップに一張羅の長ズボンしか履いていないためか、露出した肌はまるでドブ水にでも浸かったかのように真っ黒に汚れてしまっている。
彼の名はボブ。
ボビーの父親である。
彼は船の整備だと言ったが、この鉄の固まりは建物ではなく船であったのか。
外からこの巨大な四角い固形物を一目見て、船だと思う者はまずいないだろうが。