天才と美女の執務室
おまけです。
本編は前話にて完結しております。
個人の執務室にしては、少々広すぎる。
無駄な装飾はないものの、造り自体が豪奢で華美だから、部屋一つが丸ごと芸術品と言われても納得するだろう。
部屋に合わせたのか、これも個人の仕事用デスクにしては長大なテーブルの片隅で、彼は慌しく書類をめくっていた。
普段から多忙だが、最近は反乱分子のあぶりだしという作業までくわわり、スケジュールの過密さは殺人的でもある。彼以外の者ならば、耐える耐えない以前に不可能な仕事量だ。
部屋の片隅でそんな彼を眺めていた美女が、ふとドアへ目を向けた。直後、誰かがノックする。
音を立てて邪魔にならぬよう静かに席を立った美女へ、彼は声だけで微笑みかけた。
「このノックはジークだ。来るよう言っておいた」
それは知っているが、相変わらずなんでもかでも見通す彼に、彼女は少しため息をついてしまう。仕事に集中すればいいのに、余事にまで耳目が向かう。悪い癖だ。
ドアを開けて、彼女は長身の美丈夫へ来意を訊ねた。
ジークは笑う。
「すっかり秘書らしくなったじゃないか、ユルマ」
「あなたは、すっかり将軍らしくなったわね。横丁の悪がきが」
「口が悪いのは相変わらずか」
ジークは笑いながら執務室へ入り、真顔で敬礼をした。
「ジーク・ザイツマイトーネ、ただいま参りました」
「いちいち挨拶するのはお前くらいなもんだよ、ジーク。サクントなんて、部屋に入るなり抱きついてくる」
数枚先までの書類をちらりと確認し、彼は顔を上げた。
ジークと変わらない歳の青年。豪華な執務室には似合わない。
「報告書は読んだが、ちょっと信じがたくてね。その、サブライと竜の魔女」
ジークは形式通りの挨拶をすませると、気楽な足取りで彼の向かいに座った。
「この武神の子の一人が、それなりの策士だというのはわかる。恐怖心を植え付けてから、解決策をちらつかせ、奇策を成功させてその小さな戦果を最大限利用し、相手をまるめこむ。まあ、常套手段だな」
「それなりの、とは手厳しいな}
ジークは笑った。
「竜の乱入がなければ、タカシの策は完璧に成っていた。反乱軍を締め出し、街を護るという、ただそれだけの策だが」
タカシが、仲間という最も厄介な敵と戦っていたのだと知った今は、ジークも苦笑するしかない。あの策は、王国軍へ向けたものではなかったのだ。
「ナンセンスな話だ」
「ふッ、そうか?私は、昔のお前を思い出したぞ」
「俺に?冗談じゃない。俺ならこんな手の込んだ猿芝居はしないな。五千の兵で、ローデシアの盾が率いる一軍一万二千を壊滅させてやるさ」
彼なら実際にやるだろう。昔はともかく、今の彼は犠牲や被害に目もくれず、目的達成のために突き進む。最終的にそれが、犠牲も被害も最小限に抑える方法だと知っているが、それでも、昔の彼はできなかった。タカシというあの少年を見た時に、最初に懐かしさを覚えたのは、目の前の王国軍きっての参謀の昔を思い出したからだ。
「それにしても、長男はレイナルト・メッシを圧倒する剣技、長女もそれに匹敵する技量、次男は反乱軍を翻弄する策士で、極めつけは竜を操る末娘。化け物か、この兄弟」
「あの武神の子だ、逸材であってもおかしくはない」
「馬鹿言うな。兄弟全員が逸材なんてありえない。俺は天才だが姉貴は凡才だ。お前は秀才だがお前の兄貴はボンクラだ」
つまり天才にも理解できない兄弟ということか。
ジークは思わず吹き出して、武神の子に関する彼なりの感想を一通り話した。
話し終えても、まだ目の前の天才は納得していない様子だ。
「それより」
とジークは話を変えた。
「黒幕はどうしたのだ?それに、サクントはどうしてる?」
「腹黒の宰相は泳がしてある。あれを操って、反乱分子を末端まであぶりだしてやる。愚か者どもめ、絶好のタイミングで反乱を起こしてくれた。これで一気に改革も進む」
げしげしげしと奇妙な笑い声をあげる友人を見て、ジークは口元に笑みが浮かぶ。
反乱が発覚したのは決起五日前。それから電光石火の荒業で周辺諸国と不戦条約を結び、国内では電撃的に兵を展開。他の方法がなかったとはいえ、実際に反乱勃発を待ってからこれをおさめる、というのは、彼にとっても賭けだったに違いない。それが、成功しつつある。友人として、素直に嬉しい。
「サクントなら、明日にも反乱軍前線司令官の首を届けてくれるはずだ」
「早いじゃないか」
「明日までに報告がなければ、嫁さんにアノコトをばらすと言ってある」
なるほど、なら確実に明日には吉報がここ、首府マムントンにまで届くはずだ。
「その後は、士気を失った反乱軍どもを木っ端微塵に叩き潰す。ローデシアの剣と盾、それにこの俺マムントンの奇跡が直々に乗り出して片っ端から皆殺しだ。片付けたら愚か者の宰相と決着だ」
その時を想像しているのか、げしげしげしと奇妙な声で笑う。
やれやれ、忙しくなりそうだ。ローデシアの盾は肩を揉んだ。
現在ローデシア国内で使える最高の手札を三枚切るというのだから、反乱軍に加担する者には、哀れさえも感じてしまう。
茶を運んできたユルマに、ジークは肩をすくめてみせた。
「明日からこき使われるみたいだ」
「いいんじゃないの?昔からそうじゃない。ジークとサクントは、いつもあの人にこき使われるだけなんだから」
「・・・・・・そんな目で見ないでくれ。自分なりに頑張ってはいるんだ」
「知ってるわ」
げしげし笑って書類の上に処刑者リストを作成し始めたマムントンの奇跡を見やり、ユルマは悲しげな顔を作った。仕事も、あれくらい集中してやってくれればいいのに。
「あの人の仲間は、今だにあたしたちだけよ。あたしがそばにいないと、すぐに暗殺されてしまうわ」
「私がついていてやれればいいんだが」
「いいのよ。これがあたしの仕事。あなたは、あなたの仕事をして、ジーク」
指を落としてから手足切断して耳をそいでそれから、と処刑方法も細かく記載する狂気の天才は、友の憂鬱に気付いているかどうか、まだげしげし笑っていた。
本編ともに喜んでいただけたなら幸いです。
それにしても長かった。途中で話が変わってしまうし。パニックになりましたし・・・
また、私の作品を読んでみてください。
ありがとうございました。