刃物
明日、夏休み最後の登校日はいつも通り。
結局天城莱壽は明日も帰ってこず、明日にソアヒートと合流して出発することになった。
クラスに入ると休みで浮ついている生徒が散見され、和気藹々とした声が聞こえてくる。
そういえばこの国に旅行やお出かけという概念はあるのだろうか。
諸注意をワンから聞いた後、集会に参加するためスタジアムへ移動する。
学園の全生徒、536名がスタジアムに集まっているようだ。
スタジアムは熱気に包まれており、能技劇場を彷彿とさせる。
少ししてからスタジアムの真ん中に軍服の生徒が登場し、マイクを通して言葉を発した。
制服ではなく軍服。見る限りある人間に酷似している。
「キドナク帝国軍第三部隊隊長、テンハンドレッド・オッド・アルティメットだ。明日からサマーシーズン、3週間の休憩です。皆様死なないよう」
やはりテンだったか。敬語とタメ口を混ぜて説明している。
日本だとこういうのは生徒会長なんかが発言すると思うが、そんなものはないのだろう。
休暇や休みではなく休憩。それに死なないように。変な表現を覚える。
「それでは、学長である天城莱壽氏よりお言葉を頂きます」
照明が落ち、次の瞬間。
スタジアムの巨大モニターに見慣れた男の顔が映し出され、手を振っている。
「やっほぉ〜、良い子のみんなぁ」
「......は?」
何の意識もせず、自然と疑問の声が出てしまった。
左隣に座る霧生知那が自分を冷徹な目で見ている。
逆に、右隣の紫琶葡萄を見ると無言で笑みを浮かべている。
「ごめんね〜、ちょっと予定あってスタジアムには行けないんだけどぉ」
「みんなサマーシーズンエンジョイしてねー」
「来月の戦闘祭は行くからね〜ゲストも来るよ!」
軽くそう言うと映像が切れる。
「......以上だ」
テンが言うと、周りから拍手が起こる。
自分と霧生知那を除く、534名の拍手喝采がスタジアムを埋め尽くした。
「......なんであんたは拍手しないんだ?」
拍手の爆音が響く中、隣人に問いかける。
「......なんででしょうね」
知那はそれ以上話さなかった。
集会終了のアナウンスが流れ、生徒たちが一斉に立ち上がる。
「戦闘祭楽しみ〜!」
「今年誰が優勝すると思う?」
「やっぱぶどう様じゃね?」
そんな声が飛び交う。
誰も、あの男を恐れていない。
むしろ、憧れている。
「......気持ち悪いな」
気づけば、また口にしていた。
* * * * * *
17時30分、完全下校時間となる。
クラスメイトが続々と帰宅するなか、自分は実験での出来事がフラッシュバックしていた。
今更トラウマになっているのだろうか。
「.........」
「手腕くん、あなた帰らないの?」
「.......帰る場所は」
そこまで言って、口を閉じた。
天城莱壽の研究所。
あそこを“帰る場所”と呼ぶのは、どうにも違う。
霧生知那は少しだけ目を細める。
「......変な人ね、あなた」
「そうか?」
「夏休み前なんて、普通は浮かれるものなのよ」
「帰省とか、遊びとか」
「周りを見てみなさい」
ガヤガヤとしている周囲。だがそれは一般的な場合。
「......実感がない」
「でしょうね」
知那は小さく息を吐いた。
「あなた、まだここに“住んでる”感覚がないように見えるもの」
「.........」
図星だった。
学園も。研究所も。この国も。
まだどこか、他人事のまま。
「私は寮に戻るけれど」
「あなたは?」
「......少し歩く」
「そう」
知那は軽く頷く。
「死なない程度にしなさい」
「夏休み前に学園3位が死んだら、流石に寝覚めが悪いわ」
そういえば遅剣様には自分が死なない、厳密には死にはするが再生するってことは知らないんだったな。
何回も実験で死んで、意識を失ってはいるが。そもそも死んでいるのか?
いや、2度と体験したくはないが。
「......そうだな」
二つ返事で返しておくことにする。
昇降口で靴を履き替え、外を歩く。
学園外の目立たない場所でカナリヤードが静かに待っていた。
「......悪いな。今日は歩いて帰る」
「は?」
「あなた何いってるんですか?ヌーンからオーロラまでどれだけの距離があるとお思いで?」
「毎朝運転してるからな。それはわかってる。だが今日はなんか妙な気分なんだ」
「''なんか妙な''、ですか」
具体的な感情はわからない。故に言語化するのも容易くない。
「........お好きにどうぞ。ドクターから指示があれば連絡します」
そう言い終え、指パッチンをするとカナリヤードは青白い光とともに転移した。
自分は、チョークで描かれた白い線を見つめていた。
少し歩くと、空港。鉄道。大型輸送車。
この国と外を繋ぐ設備ばかりが並んでいる。
だが、その先には必ず壁があった。
それは高く、どこまでも続いている。
まるで国そのものを閉じ込める檻のようだった。
「......」
日本にいた頃。
当たり前だがこんな壁は存在しなかった。
学校が終われば家に帰れたし、休日になれば好きな場所へ行けた。
今は違う。
どこへ行くにも管理されている。
研究所も。学園も。
気づけば視線は壁の上を追っていた。
「......あの日」
拉致された日。自分だけが通された小さなゲート。
あの向こうに何があるのか、知らない...というより思い出せない。
「......登ってみるか」
ただの興味。
壁へ向かって一歩踏み出す。
その瞬間だった。
──グサッ
鈍い音ともに、心臓の真ん中に刃物が突き刺さる。
「──見つけた、3例目」
「......は?」
後ろからピーチの香り。振り向こうとすると両手をこっちに回してきた。
バックハグをされている。
その感覚を覚えながら、途端に意識を失った。




