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13.ありふれた「アドレナリン」と「命拾い」と「つまみ食い」

推敲は急がず密かに。戦闘後の状況が矛盾だらけになってたので大幅修正。寝不足の頭で書くと辻褄がグチャります。

シオンを蹴り飛ばした脚の先が地面に着く一瞬前、化物の捩れた背中側からボクは最後の1歩を踏み込んだ。ボクの副腎髄質から分泌されたアドレナリンが血管を駆け巡り心拍数を倍加させる。放って置くと心拍数200/毎分を超えて理性と自制が消し飛んじゃう。なので、生命力ステータスにある耐久ステータスが働いて、最適な緊張維持の120回/毎分にまで抑え込んでいく。同時にノルアドレナリンが皮膚表面や消化器系の血管を収縮させ、血流量が抑えられた。皮膚は青白くなり胃腸の動きが止まる。外傷を負った場合の出血量を減らすためだ。そこで余らせた大量の血液が、高濃度の酸素とともに全身の骨格筋と脳へ送られる。脳内では恐怖・不安・怒り・緊張が渦巻く。それらは過剰だとパニックを誘発したり身体を硬直させたりして生存に不利な状況を作り出してしまう。だけど適度であれば脳を覚醒・活性化し、集中力と注意力を増して生存に有利な要素となる。ボクのステータスの耐久力に加えて知力の情報処理能力のステータスが強烈に働いて最適な覚醒状態を作り出した。ベータエンドルフィンとドーパミンがボクの集中力、情報処理能力、神経伝達速度を戦闘モードにスイッチする。神経系が活性化して高速思考状態になった。世界がスローモーションに見える。ただもどかしいことに、脳が高速化しても肉体がついてこない。身体が異常に重く感じ、空気がゼリー化したみたいに感じる。


目の前2m7cmの距離に化物が近づく。ボクの『間境《まざか》い』だ。1歩踏み込めば相手を攻撃できて、1歩身を引けば相手の攻撃をかわせる。『間境い』とは攻防の基準となる距離の境界だ。ボクの腕の長さ65cm。打刀《うちがたな》タイプの『霧雨』の刀身の長さ72cm。ボクの1歩の距離70cm。すべてを足した2m7cmがボクの『間境い』となる。その範囲内に入ればボクの攻撃が届く。つまり『間合い』に入る。対して化物の『間境い』は2m10cmと見積もった。得物を持たない相手だけど、テコンドーなどの足技には『跳び浴びせ蹴り』という技がある。化物の身長は頭が抜け殻になる前はおよそ175cm。股下は80cm。身体の傾きによって20cmリーチが伸び、踏み込んで跳ぶことによってさらに打点が80cm伸びる。技後の無防備状態をいっさい考慮しなければ、身体の投げ出しによってはさらに30cm伸びると見積もったほうがいいだろう。合計で2m10cm。ボクの『間境い』より深いけど、それは捨て身のアタックをする場合だ。初撃でボクを完全KOできなければ、身体は伸び切り隙だらけとなってカウンターを食らう。でも警戒するにこしたことはない。


爪先が『間境い』に接する瞬間の視界の奥。岩肌に貼りついてズリ落ちようとしてるシオンの身体が見えた。防具ごとシオンの胸郭がへしゃげている。肋骨が折れ砕け肺に突き刺さっているだろう。背骨と骨盤も砕けた可能性が高い。けれどまだ目に光がある。意識は刈り取られていない。フェムトマシンが活動し始めているはず。シオンの左手が腰のポーションポーチへ伸びようとしてる。フェムトマシンの修復と合わせれば吸血鬼並みに完治するだろう。化物に回転蹴りをする気配はない。ボクは『間境い』を踏み越えた。踏み込みながら右手が背中の『霧雨』を抜き放つ。その瞬間、正面から爆風が叩きつけるような衝撃とともに、信じられないほどの嫌悪感と怖気《おぞけ》が爆発した。ボクの全細胞がまるで細胞膜の内側におぞましい汚辱を流し込まれたかのように泣き叫び、逃げ出せと叫ぶ。絶対に相容れない存在を目の前にしたときの『闘争・逃走反応』だった。


でも逃げるわけにはいかない。歯が折れるほど食いしばり、耐える。『霧雨』を抜きざま、振りおろしながら左手を添えた。化物の足先が地面に着く。背後のボクに気がついている。首から伸び出していた靄の吻が引き戻され、背中に垂れて萎《しぼ》んでいた頭部の肉袋に戻っていった。頭の袋が膨らんで、通常なら頭のあるべき位置へ戻り始める。同時に化物は身体の捻れを戻しつつ、地面を抉るようなフットワークで脚を引き戻した。でも。ボクの『霧雨』の方が速い。不気味に歪んで飴細工のようになった男の頭へ、全身の力を集約した刀身が迫る。男は半分ほど体《たい》を戻しながら、左腕を持ちあげようとしてた。腕にボクの着けているのと同じ魔導籠手が嵌っている。でも無駄だ。最高級のサバイバルナイフで斬りつけてもかすり傷ひとつ作れない魔導具だとしても、いま振りおろされているのは魔剣だ。腕ごと両断できる。『霧雨』の刀身が籠手に触れ‥‥その瞬間、魔剣の纏う魔力の蒼い輝きが爆発した。鼓膜を引き裂くような擦過音。振りおろした力の倍の力で刀身が弾かれた。


「マ」


マジか、の最初のひと文字も呟けなかった。弾かれて伸び切ったがら空きの胴へ、化物男の右拳が迫ってくる。喰らえばボクの肋骨も無事じゃ済まない。軋む筋肉と腱を収縮させ、左手を柄から離して、曲げた肘を脇へおろした。肘のガードに男の拳がめり込む。とんでもない力だった。ゴリラかこいつ。ボクの前腕の尺骨が肘の上で折れた。橈骨にもヒビが入ったかもしれない。身体が『くの字』に折れて沈み込む。苦痛と衝撃で握っていた『霧雨』が吹っ飛んだ。化物男の見事なまでのコンビネーションがボクを襲う。右フックをぶち込んだ反動を利用して左の打ちおろしを放ってくる。右フックのガードのために腕がさがり、頭部のガードが開いていた。そこへ死角からの打ちおろし。喰らえば側頭骨か下顎骨が砕けたかもしれない。ボクは膝の力を抜き、重力で身体を沈めて下にかわした。痛めた左腕がメキッて軋んだけど、我慢して身体を回転させる。回転の遠心力を利用して左脚を伸ばし、化物男の脚を刈った。化物男は空振りした打ちおろしパンチで体勢が崩れている。とはいえ、軸足ではない脚を刈られても、出した脚を持ちあげるだけで簡単にかわせる。


ボクの脚刈りは空を切った。空振りした左脚を地面に当てて急停止させる。化物男の顔の歪みが幾分戻り、冴えない中年オヤジの顔に収束しつつあった。虚ろにニヤついているのが不気味だ。化物男が脚をあげるため、やや後に引いた重心が戻される。そのタイミングでボクは痛めてない右手を地面に突いた。脚先が地面を蹴り、全身のバネを使って身体を倒立させる。ボクの踵が化物男の顎に突き刺さろうと伸びあがった。化物男は移動した重心を戻そうと始動した矢先。瞬間には止まれない。ボクの踵が男の顎先1点に急接近していく。ボクの全身が伸び切った。でもあと数cm。届かない。化物男が体を開くと同時に頭を後ろに反らしていた。しかも顎先が肉袋のままで、ぐねっとありえなく歪んで逃げる。ボクの踵は男の顎を捉えることなく突き抜けてしまった。くっそ。ずるいぞ。身体が伸び切り、ボクは隙だらけ。やばい。化物男の右手が円を描いて打ちおろされた。ゴリラ並みの打撃が来る。全身の筋肉を硬直させて備えるしか打つ手がなかった。


化物男の右手が円軌道の頂点に達し、打ちおろしの軌道に入る瞬間。その手首を光の線が貫いた。光の矢の軌跡だ。放たれてから着弾まで1億分の3秒。光の速さ。加速状態のボクの視覚でも一本の線にしか見えない。化物男の右手首が倍に膨れあがる。肘から先が、光に呑み込まれるように消失した。男が弾かれたように後へ飛び退る。それを追うように放たれた4発の光の矢。見事にことごとく避けられた。矢の軌道を目視してから避けられるはずがない。矢が光速で飛んでくるんだから。おそらくは射手である姫宮2等陸曹の筋肉や目の動きを視て、矢の軌道を割り出しているのだ。こいつ。戦闘能力も化物級だ。ボクたち全員掛かりでも勝てないかもしれない。


「いってーなあ。よーくもやってくれたにゃー。コノウラミハラサデオクベキカ。ウチの恨みは浦見魔太郎くらい深くて暗いぞー!」


シオンがポーションの瓶を振り捨てて起きあがる。よくそんな古い漫画知ってるなあ。藤子不二雄の『魔太郎がくる!!』の決まり台詞だな。シオンの親父さんが漫画とアニメの超オタクで、シオンはそれを読んで観て育ったらしく。昭和の漫画に滅茶苦茶詳しい。化物男がちらっとシオンに目をやる。


「ほう。フェムトを飼うか。お前たちは『サキモリ』ということか。なるほどな。ここで邪魔が入るとは。弁当も1匹、食べ残してしまった。後顧の憂いは断つべきなのだが‥‥時間切れだ」


化物男がなにかを唱える。黒い靄でできたみたいな魔法陣がふたつ現れた。粘土色になって倒れている冒険者ふたりの上に生じた魔法陣から黒い靄が滲み出し、彼らの中に吸い込まれていった。軟体動物みたいだった。倒れていた冒険者ふたりがぐねぐねと沸き立つように起きあがる。黒い霞がすっかり吸収されると魔法陣は消えた。化物男の身体から流れ出したみたいに見える靄が男自身を隠す。姫宮2等陸曹の放つ光の矢と花斗1等陸曹が放つ物理的な矢が靄を貫いた。回転する矢によって巻き込まれ、霞に穴が開く。それが凝集力を解除したのか、滲むように靄が消えた。すると化物男も消えていた。


「あ。あのオヤジ。逃げやがった。待てやこりゃー。ギッタギタにしてやるっていってんねん」


なんかシオンの台詞がエセ関西風になってた。階段の開口部まで10m。その距離を走って逃げたようには見えなかったのに。残されたのはクネクネと身体を揺らして歩み寄ってくる粘土色の顔色をした冒険者ふたり。


「どーするよ。ミナト。あの化物ヤバイよ。追う?」


追うったって、なんか動きがおかしな冒険者のお兄さんふたりが立ちはだかってるし。


「あのー。お兄さんたちおふたり。大丈夫ですか。気分でも悪いとか。休んだほうがよくないですか」


ボクが声をかけるとふたりのうちボクに近い1人がグキキっと首を捻ってボクを見た。ていうか。目がないみたいに見える。眼窩にどす黒い靄が渦巻いているみたいだ。首も、なんていうか、骨が折れてるんじゃないかなって思うほど不自然に曲がってるし。うっすら開いた口の端から、涎みたいに靄が流れ出してる。よく見ると鼻からも耳からも靄が滲んでいた。もうひとりの冒険者、馬面のお兄さんは下を向いたまま。っていうか、首をがっくり前に垂らしたままブラブラさせて、シオンとへたり込んだお姉さん冒険者の方へよろめき歩いていた。ボクの声掛けが聞こえた様子はない。ふたりの手が同時に腰に伸び、横に差しているロングソードをずりずりと抜き始めた。


「なんかー。様子が変だよー。魔法掛けられてたし。やばくない?」


シオンがわずかにスタンスを広げ、腰を落としながらいった。


「物騒な武器はしまってください。あなたたちは魔法で操られています。抵抗できたら抵抗してください」


まったくの無反応。馬面の冒険者がロングソードを振りかざした。


「しょーがないわね。拘束させてもらっちゃうねー。恨みっこなしよー」


さっき『コノウラミハラサデオクベキカ』とかいってた口でいう台詞じゃないな。剣が振りおろされたけどシオンの速さについて来れるはずがない。ギャリンって鼓膜が痛む音を立ててロングソードが地面にめり込む。手加減なし。躊躇なし。容赦なさすぎだ。全力攻撃。反動も強烈で、馬面冒険者さんの手首の骨が折れた音がした。手首が変な角度に曲がっていたけど、馬面さんは気にもしていない。前腕の筋肉がメキメキと盛りあがる。収縮する筋肉の力だけで骨折部位を真っ直ぐに整復したみたいだ。その腕が再び振りかぶられた。風切音が聞こえるほどの勢いで振りおろされる。


「制圧させてもらっちゃう、よっと」


いとも簡単に体を開いて斬撃をかわしたシオンが、馬面さんの手首を取って捩じあげた。そのまま体重をかければ地面に押し倒して動きを封じることができる。でもそうはならなかった。キャッと悲鳴を漏らしたのはシオンの方。捻じあげようとした手を離して飛び退る。片膝を突いて手を何度も振った。


「なによこれ。痛ったああ。ミナト。このモヤモヤ侵食してくる。痺れる。なんか。なんか吸われてる」


吸われる‥‥。靄じゃなくて蚊の大群か。触れないと困るなあ。


「シオン無理しないで離れて。ポーション使って」


フェムトマシンが対抗してくれると思うけど、周りの目があるし。ポーションの回復力が重複したところで不都合はない。シオンがポーションを引き出しながら退くタイミングに合わせて、ボクは声を張り馬面さんの注意も引こうとした。


「攻撃を止めなさい。じゃないとかなり強硬な方法になっちゃいます」


馬面さんの垂れた首がゴキッと音を立てて回転した。顔面が前へ向く。ていうか首伸びてるし、捻れて皮が皺寄ってる。馬面さんの目にも目玉がなかった。でも見えるのか、目のない眼窩をボクに向ける。うーむ。気を引くことには成功したのかな。けど攻撃は止まない。こんな幼気《いたいけ》な美少女のお願いに聞く耳持たないとは。朴念仁《ぼくねんじん》か。


「ミナトくん。なにかおかしいぞ。自分たちが対応しようか?」


後から旗島陸曹長の声が掛かる。


「いえ。いまのところは。まだなんとか」


ご遠慮した。自衛隊さんに任せたらやり過ぎてしまいかねない。眼球があったら結構ハンサムだったろう冒険者さんが、ロングソードを横薙ぎに振る。それを1cmで見切り、スエーでかわした。


「大丈夫なのか?」


花斗1等陸曹も心配してくれてる。後ろ手のサムズアップを軽く振って『大丈夫だ』アピール。


「お兄さん。攻撃を止めてくれないと、ちょっと痛い目に遭いますよ。あとでポーションは使いますけど。でも痛いからね。んっと。止める気ないのね。んじゃ。制圧します」


突きがとんでもない速さで飛んでくる。上体を3度傾けてかわした。まだレベルの浅い冒険者だと思うけど、攻撃の速度が尋常じゃない。そんな勢いで剣を振ったら肘と肩に壊滅的な負荷が掛かる。現に馬面さんは勢い強すぎて手首骨折してるし。ハンサムさんも全身の筋肉がブチブチ千切れてそうな勢いだ。化物男が仕掛けた魔法陣から靄のようなものを注入されたことで触れないなら、得物で叩くしかない。ボクは2歩さがってさっき弾き飛ばされた『霧雨』を拾いあげる。魔力が相殺されて、いまはただの鋼の棒だ。とにかく目の前のハンサムさんを無力化する。ハンサムさんが2撃目として突き出した突き。フェンシングでいうところの『トゥシュ』。右脚で踏み込み右手を伸ばす。身体の開きと伸長を最大限に活かして突き出される、深く伸びる片手突き。でもボクの目には遅すぎる。かわして踏み込み、右からの斬りあげ。ハンサムさんの突きの倍の速さだな。伸びたハンサムさんの肘を下から叩く。伸びた腕が上に盛りあがるように曲がった。可動域ではありえない曲がり。肘関節を粉砕してる。そのまま下に振りおろして踏み込んだ脚の膝の皿を叩く。骨の砕ける嫌な振動。膝の支えを失くしたハンサムさんがグネって倒れる。これで行動不能。残るは馬面さん。一瞬目が離れてた間に馬面さんが方向を変えていた。シオンにではなく、へたり込んだ冒険者仲間の女性へ迫っている。剣がゆっくり持ちあがった。女性はへたり込んだ場所から動けずにいる。あまりのパニックに脳がフリーズしてるんだろう。命の危険すら意識していないようだ。腰が抜けているのかもしれない。冴えない中年冒険者の顔が急にズル剥け、中から現れた黒いヒルみたいなモヤモヤが仲間ふたりを襲ったら‥‥。だいたいの人は腰を抜かすよな。しまった。シオンが適当にあしらってくれると思ってハンサムさんに時間をかけすぎた。この距離だと間に合わない。


「動くな!」


花斗1等陸曹の凛とした声。馬面さんはこの声を聞いても止まらない。その右脚のふくらはぎにカツンと矢が突き立った。でも馬面さんはピクリともしない。脚に突き立った矢を蚊に刺されたくらいにしか感じてない様子。平然と次の1歩を踏み出そうとした。その左脚の膝裏に矢が突き刺さる。なのに歩みが止まらない。嗚咽とともに失禁した女性冒険者が、目の前に立ちはだかる馬面を見あげた。馬面はゆっくりと剣を振りかぶる。目前に迫った死。


「止めなさい!」


花斗1等陸曹の気合が飛ぶ。それでも馬面は斬りおろそうとした。その頭にスコッと矢が突き立つ。鏃が鼻から抜けた。さすがに馬面が突き飛ばされたように横倒しになる。制止に従えば死ななくて済んだろうに。魔法で操られていたために抗いようもなかったのだろうか。


「ミナトちゃん。後ろ!」


ミカンさんの声。振り向くと右肘と右膝を砕かれたハンサムさんが、手を突いて起きあがろうとしていた。肘が砕けた腕を平気で突っ張り体重を掛けたためだろう、肘から骨が飛び出していた。マジか。思わず見入ってしまった。ハンサムさんはなんとか立ちあがり、一歩踏み出そうと膝の砕けた右脚を出してあえなく倒れ伏してしまう。それでもそれが日常動作のように立ちあがろうとする。


「うっそー!」


背後からシオンの声。目をやると‥‥矢に頭を貫かれた馬面さんがモゾモゾと立ちあがる途中だった。脳味噌を貫かれているのに。ゾンビだって頭やられたら御臨終するはずなのに。死んでいるはずなのに動き回る。まさしくゾンビだな。あ。ゾンビといえば‥‥。


「シオン。これ使って。手にかけて。その死なないオジサンにもぶっかけて」


ボクは宝箱から出た聖水の瓶をシオンに投げた。痛む手をものともせずシオンがキャッチ。歯で咥えてキャップを外し、右手に垂らした。両手をあわせて揉む。


「効く。凄おー」


馬面さんが立ちあがる。脳を射抜かれているためだろう、さすがに動きがフラフラしていた。シオンが近づき、まずへたり込んだ女性冒険者の襟首を掴んで馬面さんから引き離す。完全に放心しきった女性冒険者さんは、荷物みたいに引きずられても文句をいわなかった。地面に失禁の筋を残して安全な距離が開く。


「父と子と精霊の御名において」


シオンが祈りの言葉を唱える。シオンの学校はカトリックの学校だった。静と動。厳かに祈りを終えたシオンの姿がぶれた。シオンが馬面さんの目の前まで軽快なステップインで接近し、顔面に聖水をぶちまける。反応は劇的すぎた。真っ赤に焼けた鉄板に水滴を落としたときのジュワッという音。馬面さんの顔面が溶けた。目鼻が陥没し、肉色の穴となって落ち込んでいく。頭蓋骨も頭髪も下水溝に流れ込む汚物のように体幹に生じた穴へ雪崩落ちていく。骨も細胞も、すべての結合力を失い単細胞の塊に戻っていくみたいだ。ガランっと剣が転がり、抜け殻になった衣服がベチャッと地面に崩れ落ちた。溢れ出した血泥が山をなす。ブクブクと泡立ち、数分後には衣類と装備を残して完全に消えてしまう。でもボクにはその過程をすべて眺めている暇がなかった。ハンサムさんが壊れたロボットのように起きては倒れながら、じりじりとボクの方へ近づいていたからだ。ボクは迷っていた。どうみてもまともな状態ではない。馬面さんと違ってハンサムさんはまだ致命傷を負っていない。なんだけど‥‥折れた骨の飛び出した肘からは、血の1滴も流れてない。肌色といい、どう見ても死んでいそうだけど‥‥触れないから脈を確認することもできない。死んでいる確証が持てないってことは、生きている可能性があるってことだ。なにか正しい治療をしたら、正常に治療できるかもしれない。なのに馬面さんと同じように聖水をぶっかけたら、治癒する可能性があるのに分解死させてしまうかもしれない。


「ミナトくん。気持ちはわかるが、もう充分だと思う。彼はすでに‥‥生きてはいない。我々が引導を渡す」


旗島陸曹長の重い声。反論できなかった。ハンサムさんがボクを捕まえようと手を伸ばす。中指の爪が剥がれて捲れあがっていた。その傷跡から血ではなく黒い靄が立ちのぼっていた。これは靄というより瘴気だな。


「わかりました。楽にしてあげてください。お願いします」


自衛隊さんが所持する聖水の瓶がすでに用意されていた。蓋が開けられ花斗さんがつがえた矢の鏃に数滴垂らされる。一呼吸置いて花斗1等陸曹が矢を放った。矢はハンサムさんの額のど真ん中に突き刺さる。感電したかのようにハンサムさんが棒立ちになった。伸びあがり、砕けた膝から倒れ伏す。あとは馬面さんと同じだった。肉体のみが汚泥と化して溶け崩れる。地面で泡立ち、消えてゆく。それを見届ける気力がなく、ボクはへたり込んだ。ミカンさんが駆け寄ってくる。自衛隊さんが進み出てボクやシオンをガードする位置に散った。ミカンさんから水のペットボトルを手渡される。一気に半分飲み干す。生き返った。


「シオンさん。大丈夫?」


ボクの肩をひとつ叩き、シオンに駆け寄っていく。ボクの迷いに共感してくれたってことが、肩を叩く手の平から伝わってきた。シオンも座り込み、後ろに手を突いてかろうじて上体を起こしている。


「ダイジョブ。っていいたいとこだけどー。ボロボロだよー」


ミカンさんはシオンの横に膝をつき、水と携帯食料バーを手渡す。そしてすぐに立ちあがった。奥で膝を抱えて震えている生き残りの女性冒険者へ向かう。片膝を突いて横にリュックを置き、丸めて留めてあった万能マントを解く。フード付きの大型マントは防水で防寒で耐酸・耐熱性まで併せ持つ。冒険者にとって必需品だ。寝袋がなくてもこれ1枚に包《くる》まって眠れば、そこそこ快適に眠れる。ミカンさんは大きくマントを拡げると、女性冒険者の肩に優しく掛けてた。


「旗島さん。まだ行軍再開して3時間も経ってないけど、ちょっとキャンプ休憩させてください。生き残った冒険者の女性もまだパニック状態ですし、ボクもシオンも休養と栄養補給が必要です。この広場の奥の一角にスペースを作ります。すみませんけど見張りをお願いできますか。結界魔導器も張ります」


「了解した。で、生き残りの彼女はどうする。第5時階層のセーフゾーンまでは往復で6時間だ。その間君たちが待てるなら自分たちが送るが」


「そうですね。いますぐ6時間の移動はしんどいですね。シオンは特に。あの女性はかなりショック状態ですから、少し休ませないと移動も難しいでしょう。1時間ほど休ませましょう。それから護衛つきで送っていただけると助かります。戻った方の休憩も含めてこれから8時間なら、ちょうどいい静養と回復時間になります」


「わかった。では花斗1等陸曹と柾木2等陸曹、和楽2等陸曹の3人に送り届けさせよう。その間、我々はここでキャンプだ。ただ送り出す前に事情を聴取したい。あんな魔物は聞いたこともない。あの化物に関する情報は重要だ」


「聴取‥‥必要ですよね。彼女のトラウマを抉っちゃいますけど‥‥。いやー。思い出すとよく生きてるなーボク。あんな化物、見たことも聞いたこともない。とにかく強かった。先を急いでいたみたいだから助かったけど。急ぎの用がなかったらボクたち全滅させられてたかも。これから先、もしまた出会ったらって考えたら。彼女から聞いておく情報は重要ですね。ただ、少し時間が必要でしょう。彼女をまずは落ち着かせないと」


ボクは重い身体に鞭打って立ちあがった。いったんリュックを放置した場所までさがる。ボクとシオンのリュックを持ちあげようとしたら、日向1等陸曹が慌てて手を貸してくれた。自分が持ちますっていってボクとシオンのリュックを軽々と担ぎあげる。お言葉に甘えて運んでもらうことにした。いまは肋骨と腕の修復中で、猛烈にダルいからありがたい。手ぶらでシオンの前まで行く。日向1等陸曹に惚れちゃいそうだ。シオンの前に到着。無言で手を差し出す。シオンが唇の端をわずかにあげて微笑み、小さく息を吐いてから手を掴んだ。立ちあがらせ、肩を貸す。なんでもないみたいに繕《つくろ》っているけど、泣きたいくらいしんどいはず。階段口に対して左奥にあるわずかな窪みを休憩スペースと決め、シオンを壁際まで運ぶ。日向1等陸曹がその横に運んだリュックを置いてくれた。シオンがもたれることができる。さり気ない気遣い。惚れちゃいそう指数が跳ねあがった。さて。できるだけ速く目隠しターフを設置して、女性冒険者さんを隠してあげないとね。


この階層では天井が遙か高みなので、天井に固定フックを貼り付ける手法は使えない。ボクは地面の具合を確かめる。しっかり締まった砂利混じりの礫土だ。農作業には適さないけど支柱の固定具を打ち込むには適している。タープの幅に合わせて2.5mの間隔でチタン製のペグを2本打ち込んだ。価格は鋼鉄製の3倍。1本3000円近くする。高いけど圧倒的に軽い。鋼鉄製の5分の1の軽さ。重いリュックを背負って10kmだの20kmだの歩くくらいなら、1万円くらい惜しくない。30cmの長さのペグを20cmまで打ち込む。飛び出した10cmの根元部分に支柱固定具を嵌め込む。折り畳み式の支柱を伸ばして固定具に差し込めば完成。支柱の4箇所にタープの4隅の金具を引っ掛ければ簡易目隠しの完成だ。風があったら脆いけど、特殊な階層以外のダンジョン内は吹いても微風だからオッケー。男女混合パーティではなにかと役に立つ。役に立つはずなんだけど‥‥自衛隊さんたちは猛者だらけ。サバイバル訓練で蛇やカエルを食って生き延びなければならない極限状況を経験すると、排泄を見られることが恥ずかしいとかの感覚が擦り減っちゃうらしい。


ミカンさんが女性冒険者さんを優しく導き、失禁で汚れたパンツとショーツを脱がせる。身だしなみにこだわるユーチューバーだからウエットティッシュは必携。ポーチから出して箱ごと渡してた。リュックの中にまだ5箱くらい入ってるらしい。女性冒険者さんは病人のように力なく身体を拭く。タープの外では旗島陸曹長が隊員を振り分けてた。花斗1等陸曹と日向1等陸曹にお湯を沸かしてからのスープ作りを命じる。自身を含め残る4名で周辺警戒に散った。花斗1等陸曹は口癖のように料理が壊滅的にダメだといってたけど、お湯を注ぐだけだから失敗のしようがないよね。最初にできあがった4カップ分をもらって奥の女子コーナーに向かう。シオンにカップを渡し、放心して座り込んでいる女性冒険者さんの横に腰をおろす。下半身を外套で覆っていた。湯気の立つカップを手渡す。


「ボクは神代湊っていいます。ミナトって呼んでください。スープどうぞ。飲んでください。温まります。気分もマシになると思います」


「あ。あ。ありが‥‥とう‥‥ございます‥‥。あ。あたし新井《にいい》‥‥咲希《さき》っていいます」


「新井咲希さん。よろしくお願いします。気分がマシになったら着替えましょう。コンバットパンツは洗濯しますね」


新井咲希さんが応える前にミカンさんが答えた。


「彼女、日帰り想定だったみたいで替えを持ってないみたいなの。なんで私のを使ってもらうわね。サイズ的には私の方がよさそうだから」


ミカンさんがリュックを引き寄せ中を漁った。ボクの場合ダンジョンアタック中は3セットの下着をローテーションで着る。シオンもそんなものだろう。ミカンさんは6セット持ち運ぶっていってた。ミカンさんといるとだんだん自分がガサツに思えてくる。ミカンさんがリュックの底から引き出した新品のショーツを手渡してた。レース付きのオシャレショーツだ。


「ミナトさん。無限水筒、借りるね。洗濯しちゃうから。あ。スープ置いておいて。冷めてから飲むね」


ミカンさんはかなりな猫舌である。ミカンさんが無限水筒を取りに立った。シオンの横に置いてあるボクのリュックから、無限水筒を引き出す。脇に挟み、新井咲希さんの脱いだコンバットパンツを持っていちばん奥に向かった。みんなからいちばん遠い壁際で、他のメンバーに見えないように洗ってくれてる。無限水筒の恩恵でダンジョン内でお風呂に入れるボクたちパーティは、残り湯で洗濯もできる。なので洗剤だって持っているのだ。新井咲希さんはスープを飲み終わり、ほっと息をついた。下着も履いて安心できたみたいだ。顔色に血色が戻って来てる。ボクもスープを飲み干し、空いたカップを花斗1等陸曹へ返した。ボクがタープの陰に戻ったとき、ミカンさんも絞ったコンバットパンツを持って戻って来た。ミカンさんから洗い終わったコンバットパンツを受け取る。地面に敷いたサバイバルシートの上に広げて置いた。ミカンさんには新井咲希さんの横へ移動してもらい、地面に置いたコンバットパンツの周囲3mの範囲に人がいない状況を作った。


「生命の源(いのちのみなもと)。万物の始原。流れたゆとう雫。覆い包み浮かべる青。集い満ちよ」


チリチリチリっと聴こえるか聴こえないかの音が響き、コンバットパンツを中心に直径6mの巨大な球空間がうっすら白濁した。うん。うまくいきそうだ。球空間の中の水分が中心の1点に集まる。水魔法だ。集めた水を集約して線状の圧縮水流に変えれば、ウォータージェットカッターとなって鋼鉄でも切れたりする。今回はその第1段階として空気中の水分を凝集して1点に集める魔法作用を利用した。球空間がめり込んでいる地面の中と球空間内の空気、および湿ったコンバットパンツの水分が吸い出されて球空間の中心に集められたわけ。集まった水分の球をそっと横にずらして、ゆるやかに地面へに着地させた。水捌けの良い地面があっという間に吸収する。残ったのはサラサラに乾燥した洗濯物。


「うまくいったー。おっけー。新井さん。もうパンツ乾きましたから履いてください」


ボクがドヤ顔で振り向くと、新井咲希さんは口をあんぐり開けて固まっていた。


「おーい。新井さん?」


はっと気を取り直した新井咲希さんがボクを見る。


「な。な。な。‥‥なんですか。いまの?」


「あ。魔法です。いまのは水魔法の応用というか。一定範囲内の水分を集めちゃう魔法です。意外と知られてないんですけど、ダンジョンの中って魔法が使えるんですよ。そちらのミカンさんのYouTubeチャンネルでボクたちが解説動画をあげてますから、地上に戻ったら観てくださいね。チャンネル登録もよろしくです」


なんというか、一種のショック療法になったのかもしれない。仲間が惨殺されてゾンビになったという衝撃のトラウマ体験が、魔法を目の当たりにするっていう驚愕体験に上書きされてショックが薄らぐという感じかな。新井咲希さんが頭を振りながら立ちあがった。立ちあがる気力が戻ったようだ。コンバットパンツを手に取りしげしげと眺めてから脚を通してた。


「あっちの炉端に移りませんか。火のそばって落ち着くし、みんなも紹介します」


「あ。はい。よろしくお願いします」


炉端では這いずって近づいたシオンがスープのお代わりをせがんでいた。新井咲希さんを火のそばに案内し座ってもらう。順にみんなを紹介していった。ひと通り紹介が終わったところで、日向さんが淹れた香り高い珈琲が手渡される。新井咲希さんはひと口啜って、ほっとため息をついた。急に思い至ったように膝を正す。正座し、深々と手を突いた。


「みなさんは、命の恩人です。ありがとうございました」


この場にエスコートしたのはボクなんで、ボクが代表して応えたほうがいいんだろうな。


「偶然通りがかっただけなんです。結局お仲間は助けられませんでしたし。お言葉だけいただきます。歩く元気が戻ったら、第5階層のセーフゾーンまで自衛隊の方々が送ってくれるといってます。安心していいです」


シオンが2杯目のカップスープを飲み干して口を挟んでくる。


「日本が誇る自衛隊の特殊部隊の方々ですからー。シュワちゃんの『ターミネーター』とー、スタローンの『ランボー』とー、キアヌ・リーブスの『ジョン・ウィック』に護衛されるくらい安全よー。ウチは個人的にキアヌ推し」


『ジョン・ウイック』シリーズは行く先々の宇宙でシオンにつきあって、延べ100回は観させられている。近接射撃術の勉強になったな。それから見張りを交代する時間が来て人員が入れ替わる。雑談。当たり障りのない話が続き、新井咲希さんの精神状態が安定したように見えた。あの化物との顛末を話してもらうならいまかな。旗島陸曹長を見ると、頷いてくれる。


「新井さんが遭遇した化物はかなり危険度の高い存在だと考えます。いままで報告されたことのない脅威です。今後ダンジョンに潜る冒険者のために情報共有をしたいと考えています。大変な経験をされたばかりで話をするのは辛いでしょうが、どういう経緯であの化物と行動を共にしたのか、お聞かせ願えないでしょうか」


旗島陸曹長が柔らかく落ち着いた声で聞いた。イケオジだなあ。


「はい。といってもほとんどなにも知らないんです。どこから話せばいいんだろう?」


「話しやすいところからでいいですよー。脱線、寄り道、余計な話。なんでもありで大丈夫ー。そこのミナトで慣れてるから」


話がややこしくなりそうなので反論はしない。目力3倍増しで睨みつけるのと、今度寝坊したときに蹴っ飛ばす力2倍増しが確定する。


「えっと。はい。私たち3人は‥‥生田顕と林真司と私は、予備校の同級生で。ダンジョンができてから予備校を辞めて、冒険者になりました。勉強はそれなりでしたけど冒険者の適性はあって、そこそこ稼げてはいたんです。幸運にも、この前ドロップキーをゲットして‥‥。生田の知り合いの2チームに声を掛けて、合同でコボルド部屋を攻略したんです。犠牲者がひとり出ましたけど‥‥凄い経験値と宝箱から10ctのダイアモンドが3個も出て。ひとり3000万円の収入になりました」


「経験値いくつゲットしたの?」


シオンが鍋に残ったスープを飲みながら聞いた。5杯目だ。


「えっと。40800ポイントでした。それでステータス覚値が、一度に13ポイントもついて。それを振り分けしたら目に見えて強くなった実感があって。装備もグレードアップしました。コボルドが魔石と一緒に聖水をドロップしたんです。それで第7階層に降りようという話が出て」


「レベルアップ前はレベル17だったんですね。一気にレベル30になったのか。たしかに気が大きくなってもおかしくないな」


このつぶやきはボク。


「でも。コボルドの部屋でひとり亡くなってますし。9人いてもギリギリの戦いでした。第7階層は特殊ですし、3人だと戦力が足りないんじゃないかって林がいって、みんなも感じてたんだと思います。話し合いして‥‥仲間を増やそうって話になりました。それでギルドにパーティメンバー募集の依頼を出したんです。あとふたり募集するつもりだったんですけど‥‥ひとりしか応募がなくて。それがあの男でした。『クチバ・シュウメイ』って名乗りました。朽ちるって‥‥落ち葉とか家とか腐って崩れるって意味の字ですよね。それに場所の『場』。名前はお坊さんみたいって思ったんですけど円周率の『周』に『命』でした」


「偽名にしては特徴的な名前だな。とにかく調べさせよう」


旗島陸曹長がつぶやく。


「ステータスも開示して。レベル25だったの覚えてます。レベルアップした私たちより低いレベルだったんですけど、ダンジョンに詳しくて‥‥なんか慣れてて。だから順調に進んでここまで来たのに。急にあんな‥‥あんな‥‥」


ミカンさんが肩を抱いて落ち着かせる。


「レベル25の強さじゃなかったわよー」


シオンが鍋の残りを一気に飲み干していう。確かにレベル72のボクやシオンが太刀打ちできなかった。レベル25が本当なら、パーソナルアビリティボーナスが超人レベルに付与されているってことになる。パーソナルアビリティボーナスって、ダンジョンに入る前にその人の人生で積みあげた経験や訓練に対して付与されるポイントだ。ボクたちがマルチバースを旅して得たパーソナルアビリティボーナスでさえ30から40。地獄の訓練で有名なレンジャー資格持ちでさえ裸足で逃げ出すという超人訓練を経てきた自衛隊特殊作戦群の面々ですら最大で50。それを凌駕するパーソナルアビリティポイントを、ひとつの宇宙で生まれ育って数十年で得るなんてあり得ない。じゃあ、あの化物はいったい、なんなんだろう。


その後の様子はボクたちが耳にしてる。仲間になってパーティ登録をしてからダンジョンに入り、ここまでくる道中で話したことなどを聞いてみた。思い出すのがつらそうだったけど、つっかえながらも話してくれる。つらい思いをさせただけで重要な情報はないみたいだった。寡黙な男だったようだ。それでも話すことで少しは身体の芯に氷結した恐怖が緩んだみたい。3人の自衛官に護衛されてセーフゾーンへ戻っていった。新井咲希さんは曲がりなりにも4階層を突破した冒険者だ。ショートカット印章保持者だから、セーフゾーンで休むことも地上へ帰還することもできる。ボクとシオンとミカンさんは、旗島陸曹長から休憩を勧められた。ミカンさんが自分も見張りに参加すると立候補した。さすがに経験の浅いミカンさんを最前列で見張らせるのは心許ないので、生体探知機を渡して後方で探知結果を見張りに伝える役をしてもらった。結界魔導器は範囲設定が難しい。なにせ第7階層へ降りる2箇所しかない階段のひとつなので、時折パーティも通る。なので完全に経路を遮断するわけにはいかない。広場の最奥に設置し、階段前広場の半分をカバーするにとどめた。奥にもう1枚タープを設置し、寝袋を敷いてボクとシオンはおネンネさせていただく。5時間後に起こされて食事を取った。シオンが4人前を平らげる。さすがの自衛隊さんも引いていたと思う。そこから1時間ほどして送りに行ってた花斗さんたちが戻る。


「送り届けると同時に、地上に連絡を取って朽場周命の人定を依頼しました。結果は『該当者なし』でした。戸籍にも免許にも朽場という人物は該当しません。朽場の『ば』が場所の『場』ではなく葉っぱの『葉』でしたら日本全国に20人ほど存在しますが『場』の姓名を持つものは人名にも、地名にも存在してません。ギルドに登録してあるマイナンバーカードの紐づけ情報もいっさい使用された形跡がありません。病院にも薬局にも行ってませんし、現住所は2年前まで住んでいたようですが解約されてます」


「あんな化物が社会に紛れて住んでいるなんて」


姫宮2等陸曹がつぶやいた。


「とにかく。この先にあの化け物がいるのは覚悟しましょう。ですけど光明もあります。姫宮さんの光の矢は効きました。不死身でも無敵でもないんです。ボクたちがやらなくちゃいけないのは、レベルをあげること。それと集団で対応すること。シオンはひとりで突っ走らないこと」


そういってシオンを見ると花斗1等陸曹たちのために残しておいたハンバーグをハムっと頬張っていた。お代わりもあるかと6人前は残してあったんだけどね。


「んみゅ?」


シオンがハムスターみたいはホッペタして振り返った。聞いてないなコイツ。


「それとつまみ食い禁止な!」





to be continued


この物語はフィクションです。そもそも時間線も違えばマルチバースにおいて宇宙そのものが違う世界です。そのため登場する人物・団体・組織・国家・名称などは実在のものとはぜんぜんまったくこれっぽっちも関係ありません。


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イラストはChatGPTで生成しています。

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