エピローグ
ガドフリーの退位の宣言から三ヵ月後。
宣言通りガドフリーは退位し、新たにアレクシス・ルーズヴェルトが即位した。
傍らには最愛の妻フィオレンツァが寄り添い、新国王より王妃に任命される。
フィオレンツァ妃の生家が力の弱い伯爵家であることで難色を示す貴族もいたが、議会は特に波乱もなく彼女を国王の正妃として認めた。
王妃の公務のために相応しい教育に関しては、もともとバーンスタイン夫人の後継者としての指導を受けていたこともあり、不安なのは社交といくつかの外国語くらいだった。
さらに一番の弱点とされる後ろ盾も、テルフォード女公爵をはじめスピネット父娘、テッドメイン家などが名乗りを上げていた。
ユージーンの廃太子に始まる混乱を早々に収めたかった議会は、今をときめく貴族たちと事を構えてまで別の令嬢をねじ込もうとはしなかった。
さらに新王妃の第三子妊娠も発表され、誰もがルーズヴェルト王国の末永い繁栄を確信した。
その後のガドフリー前王とグラフィーラ妃であるが、南東の離宮で共に静養に入っている。
公式の記録ではその後八年過ごした後、ガドフリーが心臓発作で亡くなり、看取ったグラフィーラも一年経たずに後を追った。アレクシス王は離宮に入った両親の面会の要請に一度も応じず、ガドフリーもグラフィーラも息子はもちろん孫たちの顔を二度と見ることはなかった。
アレクザンドラ王太后は前王夫妻と入れ替わりに東館に部屋を与えられたが、病に勝てず二年後に亡くなった。前王夫妻同様、二度と政権に関わることはなかった。
アレクシス王との関係はもともと良好だったのだが、彼が即位した前後にこじれ、以降政治への口出しは許されなかったという。
ユージーン廃太子は南西の離宮に幽閉されたまま数年を過ごした。
しかしある時、廃太子を抱いて王位を簒奪しようと目論んだ一派が現れ、それを知った彼は潔く自害を選んだと言われている。
「まあ!なんてみすぼらしい姿なのかしら」
「うふふ…お似合いよ、そのワイン色のドレス。生意気なあなたに相応しい装いになったのではなくて?」
「わたくしが誰なのかご存じないの?…男爵家程度の教育では、王族の顔と名前を勉強させないのだから仕方ないのかしら」
「あなたごときが私と張り合おうなどとおこがましいわ!もっとましな教養を身に着けて出直してくることね!!」
「…王妃様!『…ことね!!』の『ね!!』の部分でびしっとポーズをとらなければ!今のでは遅すぎです」
スカーレットは扇子をびしっと突きだして見本を見せてみせた。
「え、ええ…」
虚空に向けて罵詈雑言(?)を放っていたフィオレンツァは、直前の凛とした雰囲気が嘘のようにおろおろとし出す。
「それからワインをかけるときは、もっと手首のスナップをきかせてください。あの動きでは逆に王妃様にかかってしまいます」
「…はい」
「それと『男爵家』のところで少し台詞がまごつきましたわよ」
「だ、だって…。あのセリフだと男爵家の方々全てを見下しているようで…。きちんとしたお家もありますよ」
「そんなことは分かっています!でも今のシチュエーションは、元平民で男爵家に引き取られた某令嬢が、礼儀も知らずに社交界をふらふらし、挙句うっかりアレクシス陛下に懸想。王妃になることを夢見てフィオレンツァ様に失礼な態度をとるというものです。合わせていただかないと」
「…あの、スカーレット様。本当にこんな訓練が王妃教育に必要なのでしょうか?」
まるで芝居のようなことをさせられ、フィオレンツァはドン引きだ。
しかしスカーレットは逆に鼻息を荒くした。
「何を世迷言を!二ヵ月前の騒ぎのことをもう忘れたのですか!!?」
「あ、ああーー。あの王女様のことですよね」
八ヵ月前、アレクシスがルーズヴェルト国王となり、フィオレンツァはその正妃となった。
その後二人の間には待望の第一王子が誕生し、めでたしめでたし…。
になったかといえば、そんなに都合よく話は進まない。
八ヵ月の間に色んなことがあった。
ロージーにまさかの求婚者が現れてちょっとした騒動になったり。
アレクシスからちゃっかりこの国の子爵位をもぎ取ったルスランとイリーナ公女が駆け落ちしてきたり。
挙句が二ヵ月前の、同盟国の王女の襲来だった。
「自分こそがアレクシス様の正妃に相応しい!」と王宮に乗り込み、あれやこれや引っかき回し、最終的に大自爆をして、鬼の形相の兄王子に引っ立てられていった。
慰謝料こそもぎ取ったもののあちこちに被害が出て、宰相になったばかりのデクスターの顔色が白から青になっていた…。
本当に台風のような女だった。
「でもいざとなれば『黒い君』が…」
「王妃様!!例の黒い方々は、いざという時に…本っ当にピンチの時にだけ使ってください。ぽこぽこ投げないで!」
この国の品位が!とスカーレットが頭を抱えている。
スカーレットもとうとう先日妊娠が分かり、数か月後に長期の休暇を取ることになっている。
初めての妊娠で気が高ぶっているのと、自分がいない間にフィオレンツァや王子王女たちに何かあってはという心配が高じて、出した結論が(見た目だけでも)悪役王妃を作り上げるということだった。
何が何だかさっぱりだが、ともかく気が弱そうに見られがちなフィオレンツァが周囲に舐められないようにしたいらしい。
「さあ!もう一度最初からやりますよ」
「…わかりました」
フィオレンツァは苦笑いしながら立ち上がった。
ここまで来たらとことんやろう。
だって高給取りの女官になるべくこの王宮にやってきた自分は、いまや王妃になった。
それでも未だアレクシスやスカーレットたちに守られている。
先日の騒ぎがいい例で、フィオレンツァは翻弄されるだけで大した戦力になれなかった。
王妃は王妃でも、もっと強い王妃にならなくては。
「私、必ず悪役王妃に成り上がってみせます!」
「その意気ですわ、フィオレンツァ様!あなたならできます!」
「ほーほっほっほっほっほっ!!」
「おーっほほほほほ!!!」
しばらく続いた悪役夫人たちの高笑いに、使用人たちは戦々恐々したという…。
ルーズヴェルト王国の中興の祖として知られるアレクシス王の正妃フィオレンツァ。
貧しい貴族の四女として生まれた彼女はアレクシス王に見初められ、五男三女もの子供を儲けるほど夫に愛された。
フィオレンツァは常に夫を立て、自らは表に出ることが少なかったと言われており、実際彼女に関する記述は少ない。
しかし国王が国境を守るための親征に赴いた際は、持ち前の親交の広さを利用して見事に議会をまとめ上げ、親征が終わるまでの政務を取り仕切った。
以降議会からも一目置かれる存在となったという。
しかしアレクシス王の死と共に長男クラウスが王位を継ぐと、彼女は表舞台からあっさりと姿を消してしまった。
ちなみに数少ない彼女についての記述の中に、何度か「黒い君」について話していたというものがある。
彼女の初恋の人だとか。
秘密の恋人だとか。
様々な憶測がされ、歴史フィクションの題材にまでされた。
しかし彼女の友人や子孫たちはその秘密を固く守り続け、今日に至るまで謎のままである。
ロージーは幸せになったのかとか、エステルの行方とか、色々書きたいことはまだ残っていますが、フィオレンツァ視点の話は一度完結とさせていただきます。
感想や誤字報告などありがとうございました。
また落ち着いたらその後の話も書きたいと思います。




