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心が満たされる者

 

 5年後……



 コツコツと、一定のリズムでヒールの音が鳴り響く。艶やかな白い髪は編み込みしてアップヘアにされ、ダイヤの付いた金のティアラが歩く度に輝きを放っていた。衛兵が扉を開けると心地よい風が頰を撫で、爽やかな海色のドレスが波打つように揺れる。

 王宮の外に出ると、初夏の日差しを浴びながら水面を輝かせる湖が視界に入り、湖の奥にはファブール王国の民達の住宅や商店が軒を連ねていた。湖のそばで元気に走り回る子供達を見て、薔薇色の唇が優しく弧を描く。


「女王陛下。馬車の用意が整っております。」


 声を掛けられてルミナスが視線を移せば、豪華な馬車が自身の前まで進められた。


(おおやけ)の場以外は、前と同じような口調でいいのよ。」


 アル副団長。とルミナスは言葉を掛けた。黒色の騎士服に身を包んでいるアルは、扉の前にいる侍女頭のマーガレットと騎士のダルに一瞬目を向けて「団長が厳しいからな。」と、ルミナス以外誰にも聞こえないよう小さな声で、愚痴を吐くように言った。

 ルミナスが女王として即位する前、人手が必要だろうと考えた父親のダリウスはマーガレットとダル、他にもシルベリア領から人を何人も送っている。マーガレットとダルは1年ほど前に結婚して、ルミナスに誠心誠意仕えていた。


「どうした、アル副団長。」


 体格の良い馬に乗っている団長が近づいてくると、アルは姿勢を正して「なんでもありません。」と若干棒読み口調で団長に返した。その様子を見てルミナスが思わず笑みを漏らせば、白色の騎士服に身を包んでいる団長が颯爽と馬から降りてルミナスの手を取り、馬車に乗せる。


「ありがとう。リヒト騎士団長。」


 扉が閉まる前にお礼を言って微笑むと、臣下の礼を取ったリヒトの、肩で切り揃えられた黒髪がサラリと揺れた。騎士団長を誰が務めるか決める時、手合わせをして勝った者が務めることになった。それ以来何度もリヒトにアルは挑戦している。

 扉が閉められて馬車が進み出し、リヒトは馬車と並行するように馬を走らせる。ルミナスの馬車が通ると外にいる民達が馬車に向かって手を振り、それに応えるように窓から手を振り返しているルミナスは、ある場所に向かっていた。




 ………………



 …………



「今年も綺麗に咲きました!」


 王宮内にも沢山飾ってもらいますねっ!と弾んだ声を上げたマナは、馬車から降りたルミナスの(そば)に駆け寄った。いつもツインテールにしていた髪型は、成人後に髪を下ろすようになり、大人っぽい外見に成長した。誰に対しても明るく笑顔で接するマナは、国内で花屋を営んでいる。


 ………今日はマナも忙しそうだから、アルに関する話は無しかな?


 そう思いながら、せっせと荷馬車に籠の中に入れた花を積み込むマナの姿を、ルミナスは微笑ましい気持ちで見つめる。今年の春にアルと結婚したマナは、度々王宮に足を運ばせてルミナスに愚痴や惚気話をしていた。


 マナから視線を移したルミナスは、セラスチウムの花が咲き乱れている景色を穏やかな気持ちで眺めた。純白の花が広がる光景を一目見ようと訪れる者は多く、ファブール王国の観光名所となっている。ルミナスも見頃の時期になると、忙しい合間にこうして足を運ばせていた。


「立派そうな馬車と、沢山馬に乗った人達が来ますよ〜!」


 マナは道の先を指差して、ルミナスに向かって大きく手を振ると荷馬車を進め出す。暫くすると先行して走る馬に乗った2人の姿と豪華な馬車、後に続くように幌馬車が数台と馬に乗った人達の姿がルミナスとリヒトの目でも確認できた。先行して走っていた馬が一頭、道から逸れてルミナスの元に来る。ルミナスは誰が来たか見当はついていた。


「……頭を上げてちょうだい。」


 穏やかな声で言葉を掛けたルミナスに、馬から降りて跪いていた人物が頭を上げる。


「女王陛下、クレアからの手紙を預かって参りました。」


「ご苦労様です、ラージス副団長。わたくしも王宮に戻りますから、着いてから手紙を受け取るわ。」


 クレアからの手紙と聞いて胸が弾むルミナスに、立ち上がったラージスは顔を綻ばせる。3年前にニルジール王国の騎士になったラージスは、クレアと結婚して現在副団長を任されていた。緑色のマントをなびかせて馬に乗ったラージスは、ルミナスから馬車に乗っている人物への言伝を頼まれる。ラージスは止まっていた馬車と合流して再び馬を走らせ、ルミナスも馬車に乗って王宮へと戻った。



 ………………



 …………



「〜〜〜〜っ!? こ……これは……ッ! なんて美味な……!」


「ふふ。コルテーゼ国王陛下に喜んで頂けて良かったわ。」


「以前こちらに来た時に飲んだココアも大変美味しかったですが…。このチョコレートという菓子は絶品ですな!」


 頰を赤らめて興奮した様子で、コルテーゼは初めて食べたチョコの味わいに舌を巻く。『 美味しい菓子を用意してあります 』とライアンからルミナスの言伝を聞いて、移動中コルテーゼはずっとソワソワしていた。応接室に通されてルミナスと挨拶を交わし、一口サイズのチョコが並べられた皿が運ばれてきた時は目を丸くしたコルテーゼだったが、口にいれた瞬間に頰をだらしなく緩ませた。


 ………量産するには人手がもっと必要になるかぁ…。リゼ会長に相談してみよう。


 瞳を輝かせて食べるコルテーゼの姿を見ながら、ルミナスは今後のチョコ生産について考えを巡らせた。


 原料となるカカオ豆は、二度目にルミナスが島に訪れて探索をした時に、カカオの木を発見した。村長達は全員ファブール王国へ移り住み、現在王宮で働いている。ルミナスは様々な商品を生み出したが、自分の欲求を言っただけで、甘いものと聞いて乗り気になったリゼや、周りの助けがあってこそだ。1年ほど前にリゼを会長としてルコラ商会を立ち上げ、品数が少ないため各国の王室御用達の品となっている。


 暫く菓子の話題で盛り上がり、客間に案内するよう使用人に任せたルミナスは、コルテーゼと別れる。


「女王陛下。」


 廊下を歩いていたルミナスを、杖をつきながら歩いてきた宰相が呼び止めた。コルテーゼと話をしている間にナハト国王が到着して、ギャラリーを見学してから客間へ案内したことを教えてもらう。

 ギャラリーには、5年前にスティカから受け取った肖像画と、他にも絵が飾られている。現在、画家として活躍しているスティカの絵に興味を持ち、王宮に来た者はギャラリーを見学することが多い。


「あとは二国だけじゃ。対応は儂に任せて少し休んだらどうかのぅ…。」


 心配そうに赤い瞳が揺れたのを見たルミナスは、ニッコリと笑みを浮かべた。


「そうね…ナハト国王陛下に挨拶してから自室で少し休むわ。」


 そう返すとルミナスは歩き出し、護衛として常にルミナスの近くにいるリヒトも、歩幅を合わせるように歩き出した。挨拶なんぞ…せんでも良い。と言おうとして口を開きかけたフラムだったが、口を結び、軽く肩を上下させる。ルミナスの負担が少しでも軽くなるように、自分の出来ることをしようと考えたフラムは執務室へと足を進めた。


「……騎士達の受け入れは大丈夫かしら?」


 廊下を歩きながらルミナスは、隣を並んで歩いているリヒトに尋ねた。


「問題ございません。」


 キッパリと断言したリヒトに、ルミナスは頼もしいなぁ…と思いながら薄く笑みを浮かべた。


 ………今年で2回目かぁ……


 各国が良好な関係を築き、交流の場を設けたいと考えたルミナスの提案により、昨年から毎年ファブール王国で五カ国会談を開くことになった。

 王宮には各国の国王と従者、騎士団長が泊まり、護衛として付いてきた騎士達は、演習場の近くに騎士達専用の宿舎で寝泊まりする。





 それから3日後。


 サンカレアスとグラウスの2国が先に到着する予定だった為、到着が遅れていることに何かあったのでは…と不安に思ったルミナスは迎えに行こうとして、周りに強く引き止められた。その日の昼過ぎに先触れの騎士が王宮に訪れ、ホッとしたルミナスは王宮の裏手にある庭園でナハト、コルテーゼと共にお茶をしながら待つ。


「王配殿下の姿を見かけないと思っておりましたが、港まで迎えに行かれていたのですね。」


「ええ。あの子も一緒だから心配で…先ほどは取り乱してしまって申し訳ございません。」


 ルミナスは頰に手を当てて、恥ずかしそうに目を伏せた。「心配されるのは当然でございます。」と穏やかな口調で返したナハトは目元を綻ばせる。

 今回陸路で来たコルテーゼは、昨年船で来船酔いが酷く、今年は断念した。ニルジール王国にいるシルフォードが新たな領主となった後、オスクリタ王国で造船技術を学び、各国で港ができた。海路での移動の方が早く、多くの荷物を運べるとシルフォードが各国に直接赴いて説明したが、グラウス王国だけは難色を示し、ルミナスが間に入ることで事なきを得た。


「女王陛下。ご到着されましたが…」


 ダルがルミナスに知らせに来たが、言葉を濁した。

 すぐに全員で移動を始めると、まるで競うようにバラバラに到着しているとダルから聞いたルミナスは、何故そうなったか予想する。



 …………………




 ……………



「サリシア女王陛下。……もしかして、誰が1番早く王宮に着けるか競争していたのですか?」


 王宮の前。

 ルミナスから質問を投げかけられて、短剣を二本腰に下げて水色のマントを羽織っているサリシアが、腰に手を当てたまま軽くため息をつく。


「……ああ。」


 間をあけて返したサリシアが自分の後ろにいる男達に一瞬だけ目を向け、フンと馬鹿にしたように鼻で笑う。1番に到着したのはサリシアだった。


「いやぁ〜…遅れちまって、すまねェなぁ。」


 ナハトとコルテーゼの姿を見たライアンは、頰を指で掻きながらハハっと軽く笑い、サリシアが鋭い視線を向けた。


「貴様が島に行きたいと言いだして、勝手に進路を変えたせいだろうッ!」


 サリシアの怒鳴り声を聞いて船が遅れた理由を察したルミナスは、船に乗って来た隊長のハクヤ、隊員のトウヤとシンヤ、ライアンの護衛としてガルバス騎士団長の姿を目で見て確認した。


………あれ??


 辺りを見回しているルミナスの姿を見てサリシアは「もうすぐ来るだろう。」と声を掛け、ルミナスはそのまま大人しく待つことにした。ナハトとコルテーゼがサリシアとライアンに挨拶をしていると、蹄の音がルミナス達のいる場所に向かって近づいてくる。


「僕らは2人乗りだから不利だよね、ライラ。」

「そうですよ〜お姉様ったら。」


 髪型をショートヘアに変えて身長が伸びたアクアは、声変わりもしている。子供らしかった姿は逞しい少年へと成長していた。現在は隊の副隊長を務めるアクアは、グラウス王国の城で暮らしている。

 アクアとライラが馬から降りてルミナスと挨拶を交わしていると、遅れて最後の一頭がルミナスの視界に入った。


「おかあさま〜〜っ!」

「こらッ! ちゃんと馬が止まるまで待つんだッ!」


 元気な声を上げて、1秒でも早く大好きな母親の元に行こうとする幼い子どもを、イアンは片手を手綱から離して強く抱きしめ、叱りつけた。ムッと頰を膨らませた子どもは、馬が止まった瞬間にイアンの緩んだ腕からスルリと抜け出して馬から飛び降りると、金色の瞳は真っ直ぐルミナスへ向けられる。両手を広げて駆け寄ろうとした瞬間に、イアンが素早く子どもを捕まえた。


「……ビアンカ。勢いをつけて抱きつくのはダメだと教えただろう。」


 しょんぼりと猫耳を垂らした子どもに、ルミナスは歩み寄って微笑みかける。


「おかえりなさい、ビアンカ。寂しかったの? 優しくだったら、お腹にいる赤ちゃんはビックリしないから大丈夫よ。……さぁ、おいで。」


 そう言葉を掛けると、嬉しそうに顔を綻ばせたビアンカはルミナスにそっと抱きついた。2歳のビアンカはまだまだ甘えたい年頃だ。ルミナスと同じ白い髪、髪と同じ色の猫耳と尻尾があるビアンカは、ファブール王国第一王女であり、僅かにだが魔力を身に宿している。ルミナスは現在妊娠4ヶ月で、お腹の膨らみはまだ目立たない。ルミナスとしては隠しているつもりはなかったが、国内でも一部の者達しかまだ知らない事実であった。その為、今の会話を聞いて始めて知った面々は、会談を開いて大丈夫か、座った方が…と口々に話しかけて、ルミナスの体調を気遣う。


 抱きしめてもらって満足したビアンカは「お菓子の用意ができております。」と侍女に声を掛けられて、ルミナスから離れた。


「おかあさま―! おとうさまも寂しい、寂しいしてたから、だっこしてあげてね〜。」


「び、ビアンカッ!」


 去り際に放ったビアンカの言葉に、顔を真っ赤にしたイアンは周りからの視線を感じて、居た堪れない気持ちになる。くすくすと笑っているルミナスの手を取ったイアンは王宮の中へ視線から逃げるように入ると、続けてサリシア達も足を進めた。


 各国の国王と女王が揃い、五カ国会談を開かれる。翌日には観客席が設けられた演習場で各国の騎士団長、副団長、隊長、副隊長による試合も予定されていた。



 …………………




 ……………



 会談後には晩餐会が開かれて、ルミナスは眠たそうにしていたビアンカを連れて先に休むことにした。


 楽な服装に着替えたルミナスは、大きなベッドでスヤスヤと眠っているビアンカから離れて日記をつけ始める。女王に即位してから、毎日欠かさずつけていた。机の上に置いてある宝石箱の中には、魔力がなくなったルミナスの嵌めていた指輪と、イアンが付けていたブレスレットが入っている。


 蝋燭(ろうそく)の明かりが手元を照らし、ルミナスは今日一日の出来事を簡単に書き終えると、日記を引き出しにしまって物思いに耽る。


 ………出来ることを、精一杯がんばろう……


 そっとお腹をさすり、ルミナスは5年前を思い返す。ルミナスは高熱が出て、3日間ベッドから動けなかった。熱が下がった後にイアン達から話を聞くと、最初に目覚めたのはアル、マナ、イアンの3人だ。神の姿はどこにもなく、倒れていたアクア達も暫く経ってから目覚め、魔法を使えなくなっていた。

 唯一魔法を使えるのはルミナスだけとなったが、その身に残った魔力では、大規模な魔法を一度使えば気絶して倒れてしまう。その為、なるべく魔法を使わない生活を送るよになり、妊娠中は危険なために魔法の使用をイアン達から禁止されている。アクアが成長を見せたこと、人と同じように傷を負っても治らないことが分かり、不老不死は神によって解除されたとルミナス達は思っている。


 瞼を閉じれば、ルミナスは5年前に見た温かな光の光景を思い返すことができた。その時に目にした光景をアクア達に話しても身に覚えがないと言われ、白い光はお母様だったのでは…とルミナスは思っている。


 瞼を開けると、水色、緑、赤、黒…四色が混ざり合ったような複雑な色合いをしたルミナスの瞳が露わになった。5年前からルミナスの目の色が変わり、全属性の魔法を使えるようになっている。



「……神様……貴方は、魔力だけが目的だったんですか…?」



 ビアンカの寝息だけが微かに聞こえて、神からの返答はない。ルミナスは椅子の背もたれに背中を預けて、軽く息を吐いた。5年間の間に何度か神へ言葉を掛けてみたが、返事が返ってくることはなかった。


 扉が開く音がして視線を移すと、イアンがルミナスの(そば)に歩み寄る。


「体調はどうだ? ……もう休んだ方がいい。」


「大丈夫だよ。ビアンカの時に比べて、つわりは軽いから。」


 背中を優しくさするイアンにルミナスは、くすぐったい気持ちになって、ふふっと笑う。イアンの手を取って立ち上がったルミナスは、つま先立ちをしてイアンの頰に軽くキスをした。嬉しそうに顔を綻ばせたイアンとルミナスは唇に甘いキスをした後、ビアンカを間に挟むようにしてベッドに横になる。


 愛する夫と娘の(そば)で心が満たされているルミナスは、心地よく眠りについた。






 ファブール王国は身分制度がなく、女王が国を治める。獣人と人間の2つの種族が住まう自然豊かで交易も盛んなファブール王国は、民達の笑顔が満ち溢れていた。




最後までお読み頂き、ありがとうございます!





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