ルミナスは、スッピンになる
――あれからルミナスは、サリシアに連れられて城内にいた。
城へ向かう間ルミナスは、馬の走るスピードが早かった為に振り落とされないよう必死だった。サリシアも早く城に着けるようにと集中していたため、お互い無言のまま城に着く。
城に着くとまず、サリシアは城内にあった罪人用の枷の鍵を使ってルミナスの手足の枷を外した。
この世界で鍵の種類は多くはない。前世の世界では用途によって、鍵一つ一つが違う形をしていたが、この世界では枷の鍵は共通の物だった為、すぐに外すことができた。
次にルミナスはサリシアが手配した医者による診察を受けた。手足の傷の血はすでに止まっていたので、傷口を消毒し、薬草で作った軟膏を塗ればよいと言われた。後は痣が小さいのが体に数カ所あるのと背中の痣が一番大きかったが、骨に異常は無いとのことだ。
次に体を綺麗にすることになったが、この世界のお風呂は大きなタライにお湯を入れて体を洗うというもので、ゆっくりお湯に浸かる習慣はない。前世の日本人だった記憶を取り戻したルミナスにとって、温泉がない事が非常に残念だったが無いものは仕方ない。
サリシアはルミナスが診察中にお湯を沸かし、診察が終わるとすぐに体を素っ裸にひん剥いた。ルミナスは恥ずかしがる暇もなく、タライに入れられて、あっという間にお湯を頭からかけられる。
ルミナスは驚いたが、顔も化粧したままだったし全身ベタついて気持ち悪かったので、サリシアが用意してくれた石鹸で全身を念入りに洗わせてもらった。
メイク落としやリンスインシャンプー作れば売れそう…とルミナスは思うが、前世では使っていたが製法は全く知らないので実現は不可能だろう。
体をサリシアに拭かれそうになり「大丈夫です!じ、自分でやりますから!」と言ったのだが「私がやりたいから良いのだ!」とキッパリ断られてしまった。
サリシアはイアン王子ルートでの、イアンの姉で国の第一王女であり、イアンの最も苦手な人物と語られるのみでゲームでの登場シーンは一切無かった。
ルミナスが実際に受けた今のところの印象は、優しい世話好きなお姉さん、である。
サリシアが丁寧に体を拭いてくれたのだが…
「ルミナスの髪は艶があって、体も白く滑らかで美しいな。」と拭きながら言うので、なんだかドキドキして体が強張ってしまった。
次は服を…と、サリシアは私を見ながら何色を着せようか迷っていた。
サンカレアス王国では女性は皆平民でもワンピースだったし、貴族の女性もドレス姿が一般的だったけど、サリシアもズボンだし街の人も皆ズボンスタイルだった。この国の女性は動きやすさ重視みたいだ。
それでもスカートが全く無いわけではなく、最終的にはライラが着ていたのと同じ水色のワンピースに決まった。
サイズはもちろん大人用だけど、前世では会社で着る制服以外ズボンばかり好んで着ていた。ふくらはぎまでの長さで足首が見えるスカートはルミナスにとっても幼少の頃以来なため、少し恥ずかしい。
手足には軟膏を塗った上に包帯が巻かれて、履いてたヒールの靴では無く、歩きやすいようにとヒールがない革製の靴を用意してくれた。
「うん!良し!美しい!ルミナスは本当に美しいな!見違えたぞ!」
サリシアは視線を上から下へ動かし、ルミナスの全身を見て、頷きながらルミナスを褒めちぎる。
その表情はとても満足気だ。
…そんなに酷かったのだろうか私は…スッピンの今の状態でこんなに褒められるなんて…。
ルミナスは複雑な気持ちで褒め言葉を受け取っていた。
…確かに好んで厚化粧をしていた記憶がある。特に卒業パーティーはいつもより気合を入れていた。使用人がこれ以上は…と、止めるのも構わずに、もっとやりなさい!と言って白粉を顔にふんだんに使い、紅も塗りたくってアイメイクも濃かった。つり目な目がそのメイクのせいで余計にきつめな印象だったし、ある意味悪役令嬢らしい顔をしていたと思う。
もしかしたら汗を掻いてたから、化粧が落ちてきてて妖怪みたいになってたのかも…。
ルミナスはそう思いながら、今の自分の顔を確認したくて鏡を探す。ルミナスはいつも使用人に身支度をしてもらい、鏡を見るのは化粧をした後の姿ばかりで自分のスッピン姿を知らないのだ。ゲームのルミナスはいつも化粧とドレスの完全武装した状態だったから、もちろん前世の記憶でもルミナスのスッピン姿を知らない。
この世界で鏡は高価な物であり、ルミナスが暮らしていた屋敷でも自室に全身鏡が一つと手鏡が一つだけだった。この国では鏡の需要が無いのか部屋のどこにも見当たらない。
サリシアに鏡が無いか聞いてみよう、と思ったルミナスだったが…
「後はそうだな…あ!腹は空いてないか?」
「空いてます!」
サリシアは少し思案しながらルミナスに問いかけると、その言葉にルミナスは即座に反応した。
……色気より食い気である。自分の見た目など前世の頃の地味顔に比べたら何倍も良いだろう、と結論づけ、気にしないことにしたのであった。
――そして現在、サリシアに案内されてルミナスは城内の食堂にいる。外はもう日が落ち始めており、城の料理人がちょうど晩の食事作りを始めるところだった。
食堂と聞いて大人数で食べる広い部屋をイメージしたが、そこまでの広さはなく部屋の中には大きい木造のテーブルに椅子が6脚。それが2セット設置されていた。まだ誰もいないが食事の時間になると、城で遅くまで働く者達はここで食べたり休憩もする。しかし殆どの者は自分の家に帰って食べたり、店で食べたりするようで実質国王やその家族の食べる場所になっていた。
サリシアは木製のコップを二つ手に持ってきて、ルミナスの正面に座りお互いの前にコップを置きながら話かける。
「今急ぎで料理人に作らせてるからな。すぐ料理を運ばせるからもう少しだけ待っていてくれ。喉も渇いただろう?果実酒を先にもらってきたんだ。」
「はい!ありがとうございます!」
ルミナスは果実酒を、ゆっくりと味わうように飲む。
料理人には急がせて申し訳なく思うが、ルミナスは空腹だった為サリシアの気遣いに甘えることにした。
ゆっくり飲んでいたが、あっという間に飲みきりフゥ…とルミナスが一息ついた…
……その瞬間、バン!と食堂の扉が勢いよく開けられ、ルミナスは視線を扉に向ける。
「お姉さま!ルミナスさん!」
扉を開けたのはライラであった。そのままこちらに走って寄ってくる。私の服装をみてライラが「あ!私とお揃いですね!うれしい!」と言って自分の服と見比べていた。
ライラはルミナスがサリシアに連れていかれた後、遅れて城にはもう着いていたが、ルミナスが落ち着くまで待っていたのだ。ライラの後ろからイアンの姿も見える。
「ライラ!そんなに慌てたら転ぶ……」
イアンもこちらに向かって歩いていたのだが、視線をルミナスに向けた瞬間、ライラへの言葉も自身の動きもピタリと止まり………
その場で固まった。




