獣人の国、グラウス王国
森を抜けると門が見えてきた。
獣人の国グラウス王国
ルミナスがグラウス王国について知っている事はないに等しい。この世界でヒロインはマーカス王子ルートにいったから、というのもあるのだろう。前世の記憶で知っているのは、ゲームでのイアン王子の設定とヒロインとのシナリオだけだ。
ルミナスはイアン王子とヒロインの、出会いの場面を思い出す。
学園に入学して初めての学園の長期休みの際に、獣人の国ともっと交流を深めるべきとマーカス王子が国王に進言し、年の近いイアン王子を訪ねにマーカス王子がグラウス王国に向かうイベントがあって、ヒロインが共についていけばイアン王子ルートになる。
マーカス王子と共に獣人の国に向かったヒロインは、道中に兎を追いかけて一人で森の中を迷ってしまい、盗賊に襲われる。その時狩りの最中だったイアン王子が出くわし助けてくれて恋に発展する話だった。
…私の今の状況って、もしかしてヒロインポジションなんじゃ…などと馬鹿な事を考えたけど、この世界のイアン王子がゲームと同じ設定だとしたら、イアン王子は女嫌い・年上嫌いのツーコンボだ。
ゲームでヒロインは年上だけど、守ってあげたくなる、かよわく愛らしいヒロインにイアン王子が恋心を抱くようになるのだ。
出会ってから私は変な姿しか見せてないし…………
ああああーっ!本当に何やってるんだろう私は!
前世30歳+現在18歳=精神年齢48歳のおばさんが!
みっともなく泣き喚いて、あまつさえイアン王子を、前世で飼っていた猫のヒカルと重ねるなんて!
うぅ…この年になって黒歴史を量産している気がする…。
「ライラ王女!無事でなによりです!」
門につき、門番の声がしてルミナスは逃避行しようとしていた思考を、なんとか現実に戻す。
「ただいま!ハンス!」
ライラが門番のハンスと呼ぶ獣人に向かい、笑顔で答える。ハンスはライラがイアンを追いかけていったのを止められず、かといって門番が門の前から離れる訳にはいかないので兵に伝えたが、ずっとライラが心配だったようだ。
この世界で獣人は人型の姿を皆していて、見た目の特徴として分かるのは耳と尻尾があることだろう。
ハンスは犬の獣人で、ライラと話ながら尻尾が左右に揺れている。
ルミナスはその様子を見ていたのだが…ふと、ハンスの尻尾がピンと止まり、こちらに視線を向けた。
「イアン王子…戻ってきた兵から話は聞いていますが…中に入れていいのですか?」
門番はルミナスを警戒しているようで、こちらをジッと見ている。
「色々事情があってさ。不審者じゃないことは俺が保証するから、とりあえず怪我の治療をしてあげたいから入れて。」
イアンがハンスに向けて話し、ハンスも王子がそう言うのでしたら…と通してくれることになった。
すみません!イアン王子!本当は私のこと不審者に見えてるはずなのに…門番が私を警戒する目で見るのは仕方ないよ!森の中で延々と泣いてた私の事を気にしないで、走る間ずっと無言でいてくれたし…いや、気にはしてたはずだよね、何泣いてんの?うわー引くわーて感じかな…ヒカルの名前何度も呟いてたし…あああ!もう本当にすみません!!
ルミナスはイアンに背負ってもらいながら表情は取り繕っていたが、心の中でひたすらイアンに謝っていた。 あとで直接謝罪もしなければ、と思いながら。
「それでは…その女性を兵の者に城まで運ばせますか?イアン王子が背負ったままでなくても…」
「いや、俺が城まで連れてって医者にみてもらうからいい。」
心なしかイアンの、ルミナスを抱えている腕の力が強まった気がする。
門を抜けて中に入ると――…
うわぁ…!
思わずルミナスは声をあげそうになる。
門を抜けた先には、木造二階建ての建物がズラリと立ち並んでいた。一軒一軒見てみると、野菜などの商品が並んでいるお店、肉を捌き調理している店、剣や武器を手入れしていたり、鍛治仕事をしている店もある。
ルミナスは領地でも王都で学園に通っていた時も、移動は馬車だったし、こうして街並みをみることはなかった。服や装飾品の買い物も屋敷に商人が来ていたし、大抵の物は使用人が買い揃えていたためだ。
ルミナスは自分が街を歩いてることに興奮している。いや、実際はイアンに背負ってもらったままなので、自分で歩いているわけではないが。
そのうちルミナスの目線は、作業をしている人、売り子の人、街を歩く人の方に移っていった。
あの人は狐かな?あ、あっちの人は熊だ…わっ!兎の人もいる!
門を抜けてから、ルミナスはずっと辺りをキョロキョロ見回している。その表情はとても楽しげだった。
グラウス王国はサンカレアス王国とは違い貴族制度がない。国王を君主としているのは同じだが、後は国王の下に役職があるだけだ。民は皆お互いに協力しながら暮らしており、そもそも獣人の人口は人間に比べると圧倒的に少ない。今でも差別的な目をする人間は確かにいるし、二百年ほど前には種族間での争いもあったのだ。
獣人の方もその歴史がある為か、人間に対し警戒心が強い者も多い。人間と交流が全く無いわけではないし、もちろん人間に対し好意的な者だっている。
イアンが背負っている為近づきはしないが、周りはルミナスを観察するような目で見ていた。
ルミナスは周りが自分を見ていることに気づき、上げていた顔を引っ込めて、イアンの背に額を押し付けて顔を伏せる。体が小刻みに震えていたため、心配したイアンが「……獣人が怖い?…国に入らない方が良かったかな。」とルミナスに言うが……
「そんな事はないです。ここはパラダイスです。」
「……ぱら?え?なにそれ?」
聞きなれない言葉だった為イアンは聞き返すが、なんでもないです!とルミナスが言うので聞くのをやめた。イアンの隣ではライラが「ぱらだいすー?なんか美味しそうー。」と笑っている。
今ルミナスは必至に自分を抑えていた…
もふもふ…もふもふパラダイス。
私ってば、さっきあれだけイアン王子に触らせてもらったのに!だめだめだめ!
兎の人の尻尾フワフワしてる…
だめだめ!考えちゃダメだ!
……再び触ってみたいと湧き上がってきた欲求を。
「あの…今どこに向かっているんですか?」
ルミナスは他の事を考えようと思い、イアンに質問する。
「あ、そういえば話てなかったっけ。今俺とライラが住んでる所に向かっているから、そこでまず枷を外してもらって怪我の治療を…」
「ライラーーーー!イアンーーーー!!」
その声にイアンは、ビクリと肩を揺らして振り返る。
イアンの言葉を遮り、自分達が来た門の方から馬で突進してくるサリシアの姿があった。そしてサリシアはイアン達の前で馬をとめる。
「あ…姉上?なぜここに?任務はどうしたのですか?」
「ライラが攫われてイアンが助けに行った、と私達の方にライラの捜索に来た兵士に聞いたのだ。任務は隊の者達に任せた。ライラ、イアン…無事で良かった。」
サリシアは馬から降りてライラと抱擁を交わす。イアンにも抱擁を…と後ろに女性を背負っていることに気づいた。
「その人間はどうしたのだ?枷をつけているではないか。」
「ルミナスさんはねー!私を助けてくれたんだよー!」
「なに!?ではライラの恩人ではないか!それは本当か!?」
「い、いえ!私は何もしていませんよ!」
むしろイアン王子がライラ王女を助けるのに邪魔になっていたんじゃ…と考えるルミナス。
「いや、ルミナスさんが男の気を引いてくれてたからライラを助けられたんだ。」
「そうだよー!」
「そうか!ありがとう、ルミナス!」
サリシアはイアンとライラの言葉を聞き、ルミナスにお礼を言う。
「それで俺達はこれから城に戻って、ルミナスさんの怪我の治療してもらうから。」
だから姉上は任務に戻って…と、イアンがサリシアに言おうとしたが…
「何!?怪我をしているのか?何をのんびりとお前は歩いてるのだ!」
そうサリシアが言って、イアンに背負われていたルミナスを離して自分の方にルミナスを横向きに抱き上げる。
お姫様抱っこというやつだ。
ルミナスは突然のことに驚き固まるが、サリシアは馬の方が早い、と言って抱き上げていたルミナスを馬の上に乗せ、自分もルミナスの後ろに乗る。
「先に城に行くから私に任せておけ!」
そう言って街中を素早く駆けていく。
イアンとライラは呆然としたまま、その場に取り残された。




