表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/29

エリオルのトラウマ2

リリーが嫁いでくる前のお話です


みんなニコニコ超大国

憂いなど何もない神に愛されし恵の国

皆太陽を浴びてのびのび羽を伸ばし、ゆったりとくつろぎの午後を過ごす


びっくりするほど日影に身を縮込ませている人間がたった一人


「エリオルは隅っこ大好きだな」

「大好きではない。追い詰められているんだ」


陰からキラッと眼鏡が光って答える


この国の美麗の天才にして第三王子ことエリオル

またの名を残念クレイジーマッド眼鏡


隅っこ大好きエリオルが、限界まで壁にめり込んでプルプル震えている

お紅茶を注いでくれるメイドですら怖いのだ


「あ、服の仕立て人は全員男にしてくれた? 女にベタベタ採寸をはかられた日には、立ったまま気絶する自信があるからね!!」

物凄く情けない宣言をしながら、どこまでも偉そうなエリオル


「うーん、しかし、女嫌いもここまで極まれるとなあ、困るなあ。」

うーんとため息をついた国王様が、ポンと手を打つ


「よおし! ショック療法だ! 女嫌いなんてハーレムに閉じ込めれば治るだろう!!! はっはっは!!!」


獅子は泣き叫ぶ我が子を女体特盛の大浴場へ放り込んだ



エリオルは五十三階の窓ガラスを華麗にぶち破って逃げた


『お父様! 人の嫌がることをしちゃダメなんだよっ! めっ!』

全裸で毛布にくるまり、ガッタガタ震えが止まらない兄を銀の双子達が庇う


『楽しむことがだいじだとおもうなっ!女嫌いなんて、女の子と楽しいことをすれば治っちゃうよ! 双子の楽しいハーレム研究室探検デートツアー!!! みんなで色んなボタンを押そう!』


結果。研究室全壊。エリオルの精神も崩壊。楽しいのは双子だけであった


「おい、やめろよ、もうエリオルが人語喋れなくなっちまってるじゃねーか。少―しづつ慣らしていけばいいんだよ。ほれ、怖くない怖くない」


アクセル監修の元、女体少しづつ触れ合い作戦が、間髪入れずに開始される


そして瞬く間に試合終了、指先が触れただけで全身蕁麻疹気絶であった


「もうこれは正攻法じゃ無理だな。エリオル。この水晶をゆっくり見て」

最後の手段、アンリの催眠術


これは非常に効いた。効きすぎて逆にやばいことになったため緊急中断された


「うーーーーーん。無理だな」


さんざんやりたい放題やって満足した家族たちは、あっさり匙を投げた


「これだけやって僕を見捨てるのか、僕の心と身体と研究室を滅茶苦茶にしてポイ捨てか!この鬼畜どもーーー!グレてやる!!」

涙鼻水その他もろもろでぐっちゃぐちゃに濡れたエリオルが、いろんな飛沫を煌めかせて廊下の果てに消えていく


哀れエリオル。性格が少々かなりゆがんでも致し方ないことであろう

ますます頑なに女嫌いになったエリオルの苦難の日々は続く



***



「うう、ぐすぐす。みんなで僕を虐めてえ……みんなひどいよひどいよ、呪ってやるう」

科学者のくせに呪いに頼るエリオル


噴水のほとりにへたり込んで、一人涙にくれる

ぱたぱた、涙の波紋が美しい水面のおもてを揺らす


「エ、エリオル様……?大丈夫ですか?どこかお加減が悪いのですか?」


頭の上におずおず声がかかる。見知らぬ声

それからすこしためらって、大きな熱い手が背に落ちる。優しくさすられる

落ち着く手


「……君は?」

エリオルが涙にぬれた瞳を上げる

みやれば、優し気な目元の兵士。


「先日から配属された王宮警備の兵士です。でも王家の皆さま大変お強いので私の出番はないですね……」


兵士が少し困ったように笑う。ブロンドの髪に青い目

整っているがどこか豪奢な宮殿に気後れしている、純朴そうな青年だ


「そんなことないよ。僕は弱いから守ってほしいな……。僕はね、怖いものだらけなんだ。強い超大国の王家失格かな」


「そんな事ないです!」

ぶんぶん猛烈な勢いで兵士がかぶりを振る


「エリオル様の研究は凄いです! あなたの新薬がなければ私の妹は今頃この世にいません!私はエリオル様に憧れて王宮警備に志願したのです。大丈夫!どんな苦難からもエリオル様のことは私が必ずお守りいたします!」

ぐっと兵士がこぶしを握って笑う。親しみのたっぷりこもった笑み


「本当?嬉しいな」


最後の涙の大粒がコロリと落ちて

エリオルは今日初めてやっと笑った


***


さらさらと噴水の水音が響く

夕去りの空に三日月が白く浮かんでいる


「うう、女怖い、超怖い。どうしてこの城には女の子がわんさかいるんだ!!!スタッフはみんな男で統一すべきだ、いっそ世の中みいんなオスになれば怖くないのに、そうだ、雌が生まれなくなるナノマシンを散布して素敵な次世代を築こう……」

今日も今日とてマッドな作戦をこねくり回すエリオル


「そうだ、今ね、男でも妊娠できる研究をしているんだ、女なんて要らなくなるようにね!」

エリオルの眼鏡がギラリと光る


「は、はあ。凄いです、エリオル様!」

兵士が瞳を輝かせて賛美する

彼の瞳は王家への敬愛でいっぱいだ。もう無条件である


エリオルはなにかと兵士を重宝して傍に置くようになっていた。

兵士も主の期待に応えんと、懸命に身を尽くして答えてくれた


兵士は優しくて気配りが聞いて、なによりエリオルの事を心底尊敬してくれていた!


さりげなく廊下でメイドに鉢合わせしないよう見回りをしてくれる。お紅茶を注いでくれる。服の採寸を測ってくれる。おまけにみんな逃げ惑って嫌がる生体データまでとらせてくれる……!


誰もがバカにするか、血相変えて止める研究のお話を、凄い凄いと褒めてくれる……


「嬉しいな。僕ずっと君とお話ししていたいなあ」

「そんな、私なんて、エリオル様のお傍に並んで座るのもおこがましいです……!」

所在なく目を伏せて身体を固める兵士


「そんな事ないよ、君は十分とっても美しいよ!王宮警備隊はルックスも厳選されているし……。それに鍛え抜かれたその身体!この厚い胸板憧れちゃうなあ。僕華奢だから」


ぺたぺた


体型チェックもかねて兵士を撫で繰り回す。アクセルが逃げた実験に耐えられるだろうか。


「エ、エリオル様……その、あんまり触られると困ります。エリオル様は物凄く美しいですから…。」


よじよじ身を捩って逃げられてしまう

? そんなに照れなくてもいいのに。

何と殊勝な青年だろう。エリオルはじいんと感動する


「ああ。みんなが君みたいに僕を敬ってくれたらいいのに。憎たらしい家族なんていらない。そうだ!粛清してしまおう。僕に優しくない世界なんて滅んだらいい……」


遂にマッド眼鏡が気づいてはいけない発想に至る


「あっ、世界が滅んでも君だけはシェルターに入れてあげるからね! アクセルは殺す」

純真無垢。にこっと天使の笑みが花開く。破滅のラッパを吹く気満々である


「それから動物さんも番にして保管してね、世界を浄化したあとにハトを飛ばすんだ……!」

どこかできいたような話である


「は、はあ、身に余る光栄ですエリオル様……」

兵士が戸惑いまくっているのも気にせず、手を取ってキラキラ素敵な構想に思いを馳せる


そうだ、どうして気付かなかったんだろう。世界が優しくないのならば、優しい世界を作ればよい。

僕にはその力がある。もう何も怖くない。僕は新世界の神になる


***


「あううううう、痛いよう、痛いよう。アクセルのバカ。あんなに殴る事ないじゃないかあ。暴力反対いいい…。」


ぐすぐすえぐえぐ

エリオルがべそをかいている。

ぼろっぼろの満身創痍だ


「僕の完璧な人類リセット計画があ……。せっかく北極で真っ白ふわふわ熊さんも捕まえたのにい……僕の何がいけないわけ」


もう何もかも駄目だったのに違いない


長いまつげに真珠の涙が灯る

ぽふっと兵士に肩を預けるエリオル


「エ…エリオル様……あの…」

戸惑う兵士も気にせず、こしこし頬を寄せて涙を拭く

足をパタパタさせて、ぶつくさぶうたれる


「そもそも女嫌いのなにがいけないわけ。生物は多様性を持って進化存続してきたわけ。大体僕は女なんて要らないし、女とイチャつきたいともお、おおお思わない…し!別に興味がありすぎて怖いわけじゃない…し!!!女なんて……女なんて嫌いだあ!みんな嫌いだあ!そうだ、僕は君がいれば何も要らない。ねっ?」


ニコっ!


エリオルが懐こい猫の様な瞳で兵士を見上げて


ギラギラ野生の雄の瞳にぶちあたる


!?


笑顔のままエリオルの時が止まった


「……女なんていらないんですよね?」


低く引き絞られた欲望の声が響く


がっ


硬直した肩を荒々しく掴まれる


「エリオル様ー!!もう辛抱たまりません!女なんて捨てて俺と倒錯しましょう!愛してますエリオル様!!!いいですよねーっ」


がばっ!!!


感極まった兵士が覆いかぶさる。硬い雄の筋肉に包まれる。むせ返る男の香

ああ! 目くるめく耽美の扉が開かんとして、エリオルは本能的に


「ううわああああああーーーーーっ!!!!!!!」


ぼぐっしゃああああああー


殴った

力の限り殴った


見事なアッパーが決まって、天に駆け上る龍のごとく舞いあがる狼藉者。


どごどごどごどご!!!!!


次々繰り出される乱打。強い!見事なコンボ。オーバーキル必至の完全なるハメ技である。「僕は弱いから守ってね」とは、何だったのだろうか


「なっ、なんか凄い事になってる!!!」

通りがかりのアクセルが必死に止める


「それ以上いけないから!死んじゃうから」


「ふううふぐ、えぐえぐ」

じたじた羽交い絞めでもがくエリオル、涙と震えが止まらない


ああ、もしも、もしもこの兵士が理性を手放さず、絹布で包むように優しくエリオルを篭絡したのならば、猫の気まぐれほどの望みがあったかもしれない


だがエリオルはビビりあがるとボッコボコにカウンターを決めてしまう、キュウソネコカミ的習性の持ち主であった。


「信じてたのに……信じてたのに。守ってくれるって言ったのに…」

エリオルの嗚咽が夜の始まりの空に溶ける


いや、この場合、ここまで気を許したエリオルも相当悪いのではないだろうか……

喉まで出かかった言葉をアクセルは飲み込む


エリオルの涙と返り血がキラキラと夕陽に瞬いては儚く散る……




エリオルは男も嫌いになった


***


「いや、お前、あれだけ女嫌いって公言して、その手の男が寄ってくるって思わなかったのか…? 」

心底呆れかえったアクセルがティーカップ片手に弟を見やる


「ていうかお前ホモじゃないわけ?」


「僕はホモじゃないい!ぎいいいい!」

唇噛み締めてワナワナ震えるエリオル。マジギレである。


『ぎゃはは、ひいひい、死んじゃう』

床を転がりまわって爆笑の双子


「笑うなああああ!!!!」

だんっだんっ地団駄を踏んで悔しがるエリオル。コロコロ避ける双子


「ううう、なんで僕の周りは変態ばかり寄ってくるんだ!!うわあん」

「そりゃあれだ、類は友を呼ぶってやつ……」

「僕は変態じゃない!!みんな僕の純真さ美しさに惑わされて、野獣のように襲いかかってくるんだ……うう、もう女も男も世間も何もかもかも怖い」


「いや、あれだけ思わせぶりな態度とっておいて、容赦なくボコボコにできるお前が一番こええよ……」


エリオルは研究室に引きこもってしまった

まあ、ほっとけばそのうち出てくるだろう


楽観的な王族一家なのであった


ああ、なぜこれほどまでに彼の世界は厳しく無情なのか

頑張れエリオル

負けるなエリオル

世界を滅ぼしてはいけないぞエリオル

エリオルの試練の日々は続く



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ