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第24話 素材を、売るな

本作は全70話で完結予定です。

毎日5話ずつ、06:40/11:40/17:40/19:40/21:40 に予約投稿しています。

続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。

「領の鉄は脆い」という噂は、根も葉もないものだった。


だが、噂というのは、たちが悪い。真実より、速く広まる。レンは、噂を打ち消すために言葉を費やすより、別の手を打つことにした。


「鉄を、そのまま売るのをやめます」


領の工房に集めた職人たちに、レンはそう告げた。彼らは、きょとんとした顔を見合わせた。


「せっかく、いい鉄が採れるようになったのに、売らないのかい?」


「鉄の塊で売れば、ギルドに値を叩かれるし、噂で買い叩かれる」レンは説明した。「だったら、鉄を、鍋や、農具や、刃物に打ってから売る。塊の鉄より、道具になった鉄のほうが、ずっと高く売れる。しかも、できのいい鍋を一度使えば、『脆い』なんて噂は、すぐ吹き飛ぶ。物の良さは、使えばわかる」


職人の一人が、膝を打った。「なるほど。噂と言い合うより、いい道具を、現物で見せるのか」


「付加価値、と言います」レンは言った。「素材のまま売ると、安い。手を加えて、値打ちを足してから売る。鉄を鍋に、羊毛を布に、麦をパンや酒に。同じ素材でも、ひと手間かければ、生み出す富が、何倍にもなる。今までの領は、素材を安く売って、それを加工した品を、よそから高く買い戻してた。逆です。逆をやる」


レンは、鉄だけでなく、領の眠っていた素材を、次々と「品」に変えていった。


北の村で取れる羊毛は、これまで原毛のまま二束三文で売られていた。それを、織り子を集めて、毛織物に仕立てる。冬の寒い辺境で鍛えられた羊の毛は、太く、厚い。それを丁寧に織れば、南の柔な羊毛にはない、頑丈で暖かい布になる。


「辺境の寒さは、欠点だと思われてました」レンは織り子たちに言った。「でも、寒いからこそ、羊の毛が育つ。寒さを、売り物に変えるんです。『北の地で織られた、いちばん暖かい布』。そう言って売れば、南の都の金持ちが、競って買う。弱みは、見方を変えれば、強みになる」


畑で余った麦は、粉に挽き、保存のきく堅パンや、麦酒に変える。麦のまま蔵に積んでおけば、いずれ虫が食い、鼠がかじる。だが、酒にしてしまえば、何年でも保つし、値も上がる。傷みやすい物を、傷みにくい品に変える。それは、砦で鮮度の順に食料を回したのと、裏返しの工夫だった。山で採れる果実も、そのままでは数日で腐る。干して、甘い保存食にすれば、冬じゅう売れる。


どれも、難しい技ではない。ただ、「素材を、素材のまま手放さない」。その一点を、徹底するだけだった。


工房が、一つ、また一つと増えていく。


そして、そこには、仕事が生まれた。


職を失っていた男たちが鉄を打ち、女たちが機を織り、年寄りが果実を干す。子供すら、糸を紡ぐ手伝いで、わずかな駄賃を得る。寂れていた領都の路地に、槌の音と、機の音と、人の話し声が、戻ってきた。


「活気が、出てきたな」リーゼが、工房の並ぶ通りを歩きながら言った。職人たちが、すれ違いざまにレンへ会釈する。「お前が来て、半年もたっていないのに」


「まだ、入り口です」レンは言った。「でも、いい兆しだ。人が働いて、賃金を得て、その金で物を買う。買われた物が、また誰かの仕事になる。金が、ぐるぐる回り始める。富って、こうやって、回ることで膨らむんです。一握りの蔵に貯め込んでも、膨らまない。腐るだけだ」


それは、ギルドと役人が、決してしてこなかったことだった。彼らは、富を回さず、堰き止めて、吸い上げていた。レンは、その堰を、少しずつ崩しにかかっている。


「ガロさんが、いてくれたら、もっと早いんですけどね」レンは、ふと相棒の顔を思い出した。「あの人の足と、外の販路があれば、領の品を、もっと遠くまで運べる。今は、砦と領を行き来してもらってますが、いずれ、領の商いの要になってもらいたい」


「あの調子のいい行商か」リーゼが、わずかに口元を緩めた。「お前の周りには、妙な者ばかり集まるな。倉庫番の老兵に、流しの行商に、私のような無骨者まで」


「俺自身が、いちばん妙な流れ者ですから」レンは笑った。「妙な者同士、案外、うまく回るものです」


工房の窓から、機を織る女たちの歌が、流れてくる。素朴な、けれど明るい労働の歌だった。レンは、その音に、しばし足を止めた。


数字が、人の歌に変わる。前世では、決して見られなかった景色だ。倉庫の在庫表の向こうに、こんな歌があったなんて、あの頃は、考えもしなかった。


だが、富が回り始めれば始めるほど、それを吸い上げてきた者たちは、焦る。レンが工房から戻ると、役所の前で、苦々しい顔をした役人頭が、待ち構えていた。


「代官代殿。少々、よろしいか」役人頭の声は、慇懃だが、棘があった。「あなたの始めた工房やら鉱山やら、結構なことだが――税の計算が、ややこしくなって、かなわん。それに、勝手に人を雇って、賃金を払って。領の金を、何に使っているのか、ちゃんと帳簿に、つけてもらわねば」


帳簿、という言葉に、レンは内心で笑った。


ずっと見せろと言っても見せなかった帳簿を、今度は、向こうから持ち出してきた。領の金の流れに、レンが本気で踏み込み始めたことに、ようやく危機感を抱いたのだ。


「ええ、もちろん」レンは静かに答えた。「では、ちょうどいい。領の帳簿、すべて、見せていただけますね。税の入りと出を、一から、全部」

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