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第22話 商人ギルドの、爪

本作は全70話で完結予定です。

毎日5話ずつ、06:40/11:40/17:40/19:40/21:40 に予約投稿しています。

続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。

その晩の商人ギルドの宴は、目がくらむほど豪勢だった。


長卓に、肉と果実と、見たこともない南方の料理が並ぶ。香辛料の濃い匂いが、広間に満ちている。街の路地で物乞いをしていた子供の顔が、レンの頭をよぎった。この一卓の費えがあれば、あの子らが何日、腹を満たせるか。


上座に座る男が、ゆったりと杯を掲げた。


「ようこそ、ヴェルクへ。私が、商人ギルドを束ねるザッハです」恰幅のいい、脂の乗った笑顔だった。指輪の宝石が、燭台の灯を弾く。「噂はかねがね。辺境の砦を、たった半年で甦らせたとか。たいした手腕だ」


「運が、よかっただけです」


「ご謙遜を」ザッハは杯を置いた。「ですが、領は砦とは違う。広く、複雑で、人も多い。そして、商いの網は、すべて我々ギルドが握っている。塩も、鉄も、布も、麦も。領の物の流れは、我々を通らねば、一歩も動かん」


牙を、隠そうともしない言い方だった。


「つまり、こういうことです」ザッハは身を乗り出した。「代官代殿が、我々と仲良くやってくだされば、領は滞りなく回る。逆に、我々に逆らえば、物は止まり、街は飢える。あなたの評判も、地に落ちる。どちらが利口か、聡明なあなたなら、おわかりでしょう」


広間の商人たちが、薄笑いを浮かべて、レンを見ていた。


レンは、すぐには答えなかった。代わりに、盤面で、この広間に集う商人たちの「流れ」を読んだ。誰が、どの品を握り、誰と組み、どこへ金を流しているか。複雑に絡んだ網の中心に、ザッハがいる。そして、その網の一本が、役所の蔵へ、太く伸びていた。


役人の横領と、ギルドの談合は、繋がっている。役人が税を甘くする見返りに、ギルドが袖の下を流す。持ちつ持たれつで、街の富を二人がかりで吸い上げている。


レンは、その金の流れを、もう少し丁寧に追った。ギルドは品の値を吊り上げて差額を抜く。役人は税の一部を帳簿から消す。抜かれた金は、いくつもの商館を経由して、最後はザッハの手元と、役人頭の蔵へ集まる。途中で何度も持ち主を変えるのは、流れを辿りにくくするためだ。盗んだ金を、わざと遠回りさせて洗っている。前世でも、似たような帳簿のごまかしを、嫌というほど見てきた。やり口は、世界が変わっても、変わらない。


見えてしまえば、単純な構図だった。富を生む街の上に、二匹の蛭が吸いついている。だが、見えても、すぐには引き剥がせない。蛭を無理に剥がせば、街の物流ごと止まりかねない。今のヴェルクは、その蛭に血を吸われながら、辛うじて回っているからだ。


「ご忠告、痛み入ります」レンは静かに言った。「たしかに、領の物流は、ギルドが握っている。それは、認めます」


ザッハの笑みが、深くなった。


「ですが」レンは続けた。「ひとつだけ、確かめたいことがある。領の民は、なぜこんなに貧しいんでしょう。これだけ豊かな商いの網がありながら、路地では子供が飢えている。物が回っているのに、末端に届かない。それは、誰かが、流れの途中で堰き止めているからだ。違いますか」


広間が、しんと静まった。


ザッハの笑みは、崩れなかった。だが、その目の奥が、わずかに冷えた。


「……面白いことを言う」低く、ザッハは言った。「だが、代官代殿。商いには、商いの理がある。素人が口を出せば、火傷をしますぞ」


宴は、それきり白けた空気のまま終わった。料理は、ほとんど手をつけられずに下げられていく。レンは、その膨大な食べ残しを横目に、また路地の子供を思い出した。


翌日、レンは、さっそくギルドの反応を味わうことになった。


宿の主人が、申し訳なさそうにやってきて、「明日から、食材の仕入れが難しくなりそうで」と告げた。ギルドが、レンに宿を貸す店への卸を、渋り始めたのだ。続いて、領の役所に出入りする商人たちも、ぱたりと協力をやめた。レンが領政に必要な物を頼もうとすると、「あいにく品切れで」と、どこも口を揃える。


物を止める、という脅しは、ただの脅しではなかった。ギルドは本気で、新しい代官代を兵糧攻めにかかってきた。砦でバルガスにやられたのと、同じことを、今度はレンがやられる番だった。


「やられっぱなしか」リーゼが眉をひそめる。「剣で蹴散らせるなら、楽なのだがな」


「剣で商人を斬ったら、それこそ奴らの思う壺です」レンは苦笑した。「『代官代が乱暴を働いた』と触れ回られて、おしまいだ。これは、剣の戦じゃない。物と金の、流れの戦いです」


宿へ戻る道で、リーゼが押し殺した声で言った。「あの男、お前を、明確に敵と見なしたな」


「でしょうね」レンは夜空を見上げた。「でも、こっちから喧嘩を売ったわけじゃない。あいつらが、自分から牙を見せた。物を止める、街を飢えさせる。そう脅してきた。それは裏を返せば、物を止められると、自分で認めたってことだ」


「どういうことだ」


「ギルドに頼らなきゃ領が回らない、というのが、奴らの力の源です」レンは言った。「なら、ギルドに頼らなくても回る仕組みを、作ればいい。脅しの効かない領を、こっちで用意する。それができれば、あの爪は、ただの飾りになる」


言うは易い。ギルドが握る物流を、どう迂回するのか。当ては、まだなかった。だが、レンの頭の中で、盤面の線が、少しずつ別の道を描き始めていた。

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