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「最高の牛車を作る」 ~平安最強の車大工、左大臣の無茶振りから始まる技術革命~  作者: 紡木 綸


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木と革の融合、そして雛形

いつもお読みいただきありがとうございます!

今回は、新しいアイデアを実現するための「素材選び」。己の未熟さを素直に認める藤太と、職人の知恵を授ける親方。そして、二人の手によって「木と革の融合」という革新的な技術が産声を上げます!

俺は地面に描いた図面から視線を上げ、親方の鋭い目を真っ直ぐに見返した。


「……親父。俺にはまだ、その『板』にふさわしい木の選び方についての知恵が足りません。どうか、教えてほしいのです」


誤魔化すことなく己の未熟さを認め、深く頭を下げる。

知ったかぶりをして適当な木を選べば、乗っているお貴族様の命に関わる大事故に繋がりかねない。職人の世界において、無知を隠すことほど恐ろしい罪はないのだ。


俺の言葉を聞いた親方は、ふっと息を吐き、口元に深い笑みを浮かべた。


「……へっ、大した閃きを見せたと思えば、そこはまだひよっこときたか。だが、そこですったくれずに素直に頭を下げられるのは、職人として一番大事な『素質』だ。自分の手の届かねぇ領域を知っている奴は、大怪我をしねぇし、必ず伸びる」


親方は椀を置き、膝を乗り出して、まるで長年隠し持っていた宝物を分け与えるかのように語り始めた。


「いいか藤太。午前中に切った五百年のひのきは、建物を支える『柱』としては天下一品だ。だが、お前が描いたような『しなり』を持たせるには、檜は繊維が真っ直ぐすぎて、限界を超えれば一気にポキリと折れちまう。衝撃を吸い、かつ折れない粘り強さを持つ木……それは、槻(つき=ケヤキ)や、たものような、風に煽られて育った広葉樹だ」


親方の言葉に、俺は頭の中で木材の特性を猛烈な勢いで整理していく。重く、硬く、そして粘り強い広葉樹。確かにそれならバネの役割を果たすかもしれない。


「だがな」と、親方はさらに声を潜めた。

「いくら粘りのある槻を使ったとしても、重い牛車を日々支え続ければ、いずれ木目は割れ、弾力を失う。木だけでは限界があるんだ。……そこで、お前が今朝仕上げた『革』の出番だ」


「革、ですか?」


「ああ。薄く削り出した槻の板を何枚か重ね、その周りを、お前が脂を限界まで染み込ませた強靭ななめし革で、隙間なくきつく巻き上げるんだ。そうすれば、木がしなった時に繊維が外へ弾け飛ぼうとする力を、革が押さえ込んでくれる。木の『反発力』と、革の『粘り』。この二つを掛け合わせれば、女を酔わせない、極上のバネができるはずだ」


俺は息を呑んだ。

木だけではない。異素材である「革」の特性を組み合わせて限界を超える。親方の長年の職人としての勘と、俺の新しい閃きが、見事に融合した瞬間だった。


横で聞いていた兄の惣太郎が、興奮で顔を紅潮させて立ち上がった。


「木と革の融合……! 親父殿、藤太、最高の車になるぞ! 俺は午後からもう一度藤原様の屋敷へ行き、この『揺れない車』の仕組みを吹聴してくる。さらに追加の金を引き出せるかもしれん!」


兄さんは残りの麦飯を豪快にかっこむと、嵐のように母屋を飛び出していった。母さんは「本当にあの子は……」と呆れながらも、嬉しそうに笑っている。


「さて、飯も食い終わったな」


親方が立ち上がり、腹帯をきつく締め直した。

「午後からは、いよいよ上屋の土台組みと、その『板バネ』の試作だ。裏の木場に数年寝かせた極上の槻がある。お前が極限まで脂を入れた革紐もたっぷり用意しておけよ」


親方の目に、再び熱い職人の炎が宿る。だが、俺は慌ててその背中に声をかけた。


「お待ちください、親父」

「あ?」

「いきなり極上の槻を使うのは、恐れ多いです。まだ頭の中で描いただけの仕組みですから、まずは端材を使って、小さな雛形(ひながた:模型)を作り、本当にしなるのか、強度は足りるのかを確かめさせてください」


その提案を聞いた親方は、ピタリと足を止め、ゆっくりと振り返った。

親方の顔には、先ほどの熱に浮かされたような興奮は消え、代わりに、底知れぬ深さを持った静かな感嘆が浮かんでいた。


「……お前、本当に俺の息子か? 俺が若い頃なら、新しい閃きに酔いしれて、ためらうことなく一番いい木にのこを入れて大失敗していたところだ」


親方は自嘲気味に鼻を鳴らすと、手近にあった木箱にどっかりと腰を下ろした。その眼差しは、もはや「腕のいい見習い」を見るものではなく、同じ高みを目指す「同志」を見るそれに変わっている。


「いいだろう。見切り発車で極上の材をふいにするより、雛形で理屈を叩き出す方が、結果的に一番近道だ。……よし、土間の隅にある端材箱から、適当な槻の木っ端を拾ってこい。俺はその間に、余り物の革を細く裁いておいてやる」



午後。

静まり返った工房で、俺と親方の息の合った細かな手作業が始まった。


俺はよく研がれた小刀こがたなを使い、手のひらサイズの薄い槻の板を何枚も削り出す。シュッ、シュッと心地よい音を立てて木屑が舞う。木目を読み、どこまで薄くすれば理想のしなりが生まれるのか、指先の感覚だけで微調整を繰り返していく。


それを数枚重ね、親方が裁いだ細い革紐で、隙間なく、そして力一杯にきつく巻き上げていく。腕の筋肉を限界まで使い、革が悲鳴を上げるほどに締め上げるのだ。


一刻(約二時間)ほどが過ぎた頃。

俺の手のひらの上には、長さ一尺(約三十センチ)ほどの、木と革で作られた小さな「板バネの雛形」が完成していた。


「よし、出来たな。……試してみろ、藤太」


親方の促しに従い、俺は雛形の両端を木の台座に固定し、中央に短い木の棒(車軸の代わり)を当てた。

そして、息を詰め、上から体重をかけてグッと押し込む。


ギチッ……ギチギチッ……!


静かな工房に、限界まで張り詰めた革が軋む重い音が響いた。

槻の板は、俺が込めた体重に逆らうように美しい弧を描いてしなり、限界まで曲がっても決して折れる気配を見せない。革が木の繊維の「逃げ場」を完璧に押さえ込んでいるのだ。


そして、ふっと力を抜いた瞬間――。


バンッ!


小気味良い音を立てて、雛形は一瞬で元の真っ直ぐな状態へと弾き戻った。

恐ろしいほどの反発力。


「……凄まじい粘りだ。これなら、牛車の重みと石畳の衝撃を見事に吸い取っちまうぞ」


親方は身を乗り出し、興奮を隠しきれない声で唸った。


確かに、木と革の融合は成功した。凄まじい復元力だ。

しかし――実際に自分の手で雛形を押し込んでみた俺の「手のひらの感覚」には、ある拭いきれない『違和感』が残っていた。


(……いや、これじゃダメだ。このままじゃ、貴族を乗せることはできない)


俺は雛形を見つめながら、眉間に深い皺を寄せた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


ただの木材ではなく、「木」と「革」という異素材を組み合わせることで、強靭なサスペンションを生み出す。そして本番前に必ず「雛形」を作って検証する藤太の冷静さが光るエピソードでした。


しかし、大成功に見えた雛形の実験で、藤太の手にはある「違和感」が残りました。

一体何が問題なのか? そして、それをどう解決していくのか……!?

次回、職人としての「感覚」がさらに研ぎ澄まされていきます!

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