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「最高の牛車を作る」 ~平安最強の車大工、左大臣の無茶振りから始まる技術革命~  作者: 紡木 綸


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最高傑作を超えよ

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

今回は、権力者の理不尽な要求に絶望する職人たちの帰り道。

「100点満点」を出した技術者に、「次は120点を出せ」と命じる恐ろしさ。最強の家族に最大の試練が訪れます。

白砂の上に平伏する俺たちの頭上で、藤原様の言葉は、絶望の淵に立たされた親子の予想を、さらに残酷な形で裏切るものだった。


「これほどの風雅と心地よさ、ただ私一人が楽しむには惜しい」


藤原様の唇から紡がれる言葉は、まるで絹糸のように滑らかで、そして鋼のように冷たかった。


「……この車は私の乗用とするが、これよりさらに『良いもの』をもう一つ作れ。それを私から、みかどへの献上品として朝廷へ納めることとする」


俺は、自分の耳を疑った。

隣で平伏している親方と兄上が、ビクッと大きく肩を震わせる気配が伝わってくる。


「お前たちの最高傑作を、お前たち自身で超えてみせよ」


それは、都の最高権力者からの、雲の上におわす帝への献上品の直命。


市井の職人にとって、これ以上ない最高の名誉であることは間違いない。

だが同時にそれは、もし少しでも帝の御意に召さなかったり、期日に遅れたりすれば、工房の取り潰しどころか、一族郎党の首が鴨川の河原に並びかねない、恐るべき死の命令でもあった。



帰り道。


行きにあの完璧な牛車を引いていた時の、誇らしく天にも昇るような高揚感は、もはや欠片も残っていなかった。


夕暮れ時。茜色に染まる美しい都の大路を、俺たち親子三人は、まるでお通夜の帰りのような重く引き摺る足取りで歩いていた。


「……最高傑作より、さらに良いものだと?」


親方としての威厳をすっかり失い、背中を丸めた源次郎が、虚ろな目で宙を見つめながら低く呟いた。


「あんな図面通りの『四方柾しほうまさ』が寸分の狂いもなく取れる五百年物の檜なんて、そうぽんぽん山に生えているわけがねぇ。山の神に一生分の運を前借りして、ようやく見つけた一本だったんだぞ」


親方の呟きは、絶望の吐息となって夕暮れの空気に溶けていく。


「板バネの革だってそうだ。藤太、お前が血の滲むような思いをして、十日も狂ったように油と格闘して、ようやく辿り着いた究極の答えだ。あれ以上、どうやって質を上げろってんだ……」


その横では、兄の惣太郎が力なく両手で頭を抱えながら、フラフラと歩いていた。


「……終わりだ。他家への商売を禁じられた時点で、工房の未来の利益は吹き飛んだ大赤字だってのに。その上、帝への献上品なんて、予算も納期もあってないようなものじゃないか」


兄上は、うわ言のようにブツブツと計算を続けている。


「もし失敗すれば、俺たち、本当に鴨川の河原で首を刎ねられることになるぞ……。いや、失敗しなくても、材料費だけで工房が潰れちまう……」


俺もまた、無言で深く俯いたまま、ただ機械的に足を動かしていた。


俺は技術者として、持てる知識と技のすべてを、論理の限界まであの車に注ぎ込んだという絶対の自負があった。


100点満点を出したのだ。

だからこそ、「あれ以上(120点)」と言われても、頭の中の図面は完全に真っ白なままだった。


これ以上、木をどうやって硬くする?

これ以上、革をどうやって強くする?

物理法則を無視したような無理難題を前に、俺の思考は完全に停止していた。


これまでの極度の緊張と無理が祟ったのか、胃の腑が重く鉛のように冷え切り、吐き気すら感じ始めていた。



すっかり日が落ちた頃。

ようやく見慣れた職人街の匂いが漂い、俺たちの工房へ辿り着いた。


「お帰り!」


門口で落ち着かない様子で待っていた母さんが、俺たち三人の姿を認めて、ホッとしたように小走りに駆け寄ってきた。


「……って、お前たち、どうしたんだい? せっかくの晴れ着を着ているのに、まるで羅生門の鬼にでも魅入られたような顔をして……」


母さんは、魂が抜けたような親方と兄上、そして疲労困憊の俺の顔を交互に見比べ、サッと血相を変えた。


「まさか、お貴族様の勘気に触れたのかい!? 罰を……罰を受けたの!?」


母さんの悲痛な声に、親方はゆっくりと、ひどく重そうに首を横に振った。


「いや……車は、大層お気に召された。……お気に召されすぎたんだ」


親方は、喉の奥から掠れた声を絞り出すようにして答えた。


母さんは訳が分からないといった様子で首を傾げた。

だが、男三人のただならぬ疲弊ぶりと、絶望の底にいるような暗い空気を察すると、それ以上は何も問い詰めなかった。


パンッ!


母さんは両手を強く打ち合わせ、沈み込んでいた空気を強引に断ち切った。


「……ええい、難しい話は後回しだ! とにかく中へお入り! 立派な藍染めの着物が、汗と土埃で台無しじゃないか」


母さんは、俺たちの背中をバンバンと強く叩き、無理やりに前を向かせた。


「お前たち、朝からお貴族様に気を遣って、ろくに水も飲んでないんだろう。今、熱い茶と、腹にたまるものを出すからね。さあ、早く上がった上がった!」


母さんのその力強く、日常に根差した声に背中を押されるようにして、俺たち三人は逃げ込むように母屋の敷居を跨いだ。


囲炉裏の火がパチパチとはぜる明るい音と、母屋に満ちていた温かい匂いが、俺たちを包み込む。


母さんが素早く膳に並べてくれたのは、たっぷりの根菜と、叩いた鶏肉を丸めた大ぶりのつみれがゴロゴロと入った、熱く塩気の効いた汁物だった。


獣や鳥の濃厚な脂の旨味と、出汁だしの力強い香りが湯気となって立ち上る。


「さあ、まずは腹に入れなさい。腹が減ってちゃ、鬼にも勝てないよ」


熱い汁をすすると、鶏肉の野性味あふれる濃い旨味が、冷え切って鉛のようだった胃の腑にジンジンと染み渡っていく。

噛み応えのあるつみれを咀嚼するたびに、極度の緊張と恐怖で強張っていた三人の心が、ほんの少しだけ、生きた人間のいる現世へと引き戻されていくのを感じた。


だが、囲炉裏の火を見つめる俺の頭の片隅には、依然として「帝への献上品」という重く巨大な暗雲が、べったりと居座り続けていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


100点満点の作品を出したのに「それ以上のものをよこせ」と言われる恐怖。クリエイターや技術者にとって、これほど残酷で恐ろしい要求はありません。


絶望に沈む男たちを、美味しいご飯と持ち前の明るさで現世へ引き戻す母さん。やはりこの家族の最強の柱は、この母さんなのかもしれませんね(笑)。

鶏肉のつみれ汁で少しだけ元気を取り戻した藤太たちですが、果たして「最高傑作を超える」アイデアなど見つかるのでしょうか?


次回、親方と藤太が、都の裏社会(?)の材木ネットワークを駆使して「未知の素材」を探しに出ます! お楽しみに!


―――

【読者の皆様へ】

いつも応援ありがとうございます!

理不尽な貴族の要求に対し、職人の意地でどう立ち向かうのか。新章となる「帝への献上品編」がここからスタートします!


もし「この先の展開が気になる!」「母さんのご飯が美味しそう!」と思っていただけましたら、ぜひページ下部の【★で称える】から評価ポイントを入れていただけますと、執筆の大きな励みになります! 引き続きよろしくお願いいたします!

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