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「最高の牛車を作る」 ~平安最強の車大工、左大臣の無茶振りから始まる技術革命~  作者: 紡木 綸


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静かなる大一番と、究極の土台

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

今回は、いよいよ「組み」の作業。釘を一本も使わず、木と木を噛み合わせる極度の緊張感。職人としての技術だけでなく、「己を律する心」が試されるエピソードです。

翌朝。


冷やりとした冬の空気が張り詰める工房の土間に、複雑な切り欠きを持つ硬木こうぼくの部材がずらりと並べられた。


いよいよ「組み」の作業だ。


昨日、俺が一家相伝の技術を用いて、己の魂を削るように刻んだこの木組みは、一度はめ込んでしまえば二度と外すことはできない。


内部でくさびが噛み合う構造になっているため、途中で無理に抜こうとすれば、木が内側から割れてしまうのだ。


組み込む順番を一つでも違えれば、最後の一本がどうやっても入らなくなり、苦労して切り出した極上の硬木を完全に台無しにしてしまう。


高級な材を前にしての「やり直し」がどれほど気を萎えさせ、工房に大きな損害を与えるか、職人である俺は痛いほど理解していた。


「焦るなよ、藤太。一つ一つ、頭の中の図面とすり合わせろ」


親方もまた、腕を組んで少し離れた場所から見守っている。


今日ばかりは一切手を出さず、この複雑怪奇な土台の構造を頭の中で完全に把握している俺に、現場の全権を委ねてくれていた。


「……はい」


短く応え、俺は一つ、また一つと、木と木を噛み合わせていく。


直接叩いて傷をつけないよう当て木を添え、使い込まれた重い樫の木槌きづちで慎重に叩き込む。


寸分の狂いもなく刻まれたホゾは、最初こそ「入るのか?」と疑うほどきつく反発する。

だが、木槌を叩き込むごとに、「ギチッ……ギチギチッ……」と、まるで互いの体を喰い破るかのような重い音を立てて、吸い込まれるように収まっていく。


釘やかすがいなどの鉄の金物を一本も使っていない。

それなのに、木同士が互いの繊維を摩擦で圧縮し、強烈に締め付け合い、すでに恐るべき剛性を生み出し始めていた。


四分の一ほどを組み終え、土台の四角い輪郭が見え始めたところで、俺はふと木槌を振り上げる手を止めた。


極度の緊張と、一瞬の瞬きすら惜しむほどの集中からか。

視界の端がわずかにぼやけて明滅し、木槌を握る右手に、コントロールの効かない余計な力が入り始めていることに気がついたのだ。


(ここで無理をして、ほんの数ミリでも叩く角度を誤れば……すべてが水泡に帰す)


俺は大きく息を吐き出し、静かに木槌を床に置いた。


「親父。少し、休憩を挟みます」


そう告げて、俺は土間を離れ、母屋へと向かった。


「おや、もう休むのかい? 珍しいね」


驚く母さんが淹れてくれた温かい茶をすすり、庭先へ出る。

火照った顔と、木屑にまみれた首筋に、冬の冷たい風を真正面から受ける。


強張って石のようになっていた肩や腕の筋肉をゆっくりとほぐし、目を閉じる。

そして、頭の中にある立体の図面をもう一度、最初から最後まで、パズルのピースを嵌めるように論理的になぞり直すのだ。


失敗した時の取り返しのつかない状況をあえて冷静に想像し、己の心の底にある「早く完成形を見たい」という逸る気持ちを、冷水で叩き潰すように引き締め直す。


完全に鼓動が落ち着き、指先の感覚が澄み渡ったのを確認してから、俺は再び土間へ戻った。


その慎重かつ確実な歩みは、午後になっても決して崩れることはなかった。


集中が切れかかれば、どれほど作業の途中でも潔く手を止め、休む。

息を整え、頭の中の図面と目の前の部材が完全に一致するという「確信」を持ってから、また木槌を振るう。


地味で、もどかしいほどに時間のかかる作業だ。

だが、それこそが、この一発勝負の木組みにおいて「絶対に失敗しない」ための唯一にして最短の道だった。


そして、西の空に日が傾き、工房の中に長い影が伸び始めた頃。


最後の一本となる、「せん」の役割を果たす太い木材を、土台のかなめの穴に差し込む。


俺は全身の力を木槌に込め、真っ直ぐに振り下ろした。


「カンッ!!」


ひときわ高く、澄んだ音が工房に響き渡った。


力強く叩き込まれたその瞬間、今まで組み上げてきたすべての接合部が内部の楔で一斉に引き合い、目に見えない強烈な張力が、土台全体に電流のように走るのが、当て木に添えた左手を通じてはっきりと伝わってきた。


決して外れることのない、揺さぶられるほどに強固に噛み合う「究極の土台」が、ついに組み上がったのだ。


親方が腕を組んだままゆっくりと近づき、その頑強な枠組みを、丸太のような太い足で力一杯蹴りつけた。


ドスッ!


重い音が土間に響いただけで、土台は微塵も揺らがず、木の軋む音ひとつ、いや、微かな振動すらも立てなかった。

まるで、最初からそこに生えていた一つの巨大な岩のような絶対的な剛性。


「……見事だ」


親方は大きく息を吐き出し、深く、何度も頷いた。


「お前の言う通り、焦らず、無理をせず、着実に歩を進めた結果だ。一分の隙もねぇ。最高の木材の命を、お前は完璧に生かし切ったぞ、藤太」


俺は土間にへたり込むように座り込んだ。

体には鉛のような心地よい疲労感が広がり、絶対にミスを犯さないという途方もない重圧から解放された、静かで確かな達成感が胸を満たしていく。


俺たちの目の前には、揺るぎない最強の土台。


そして傍らには、十日の狂気の中で仕上げた究極の板バネと、出番を待つ五百年檜ひのきの柱が、次なる結合の時を静かに待っている。



最後までお読みいただき、ありがとうございます!


職人にとって「休憩をとる」というのは、実はとても勇気がいることです。早く完成させたい、中途半端なところで手を止めたくないという誘惑に打ち勝ち、あえて手を止めて冷静さを取り戻す。藤太の精神的な成長と、職人としての凄みが垣間見える回でした。

そして、ついに完成した最強の土台!

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