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「最高の牛車を作る」 ~平安最強の車大工、左大臣の無茶振りから始まる技術革命~  作者: 紡木 綸


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二十通りの地獄と、執念の結晶

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

今回は、藤太が「究極の板バネ」の正解を導き出すため、狂気とも呼べる実験に没頭するエピソード。論理と執念が交差する、職人・藤太の真骨頂です!

俺は目を閉じ、頭の中で猛烈な勢いで算段を始めた。

平安の世にあって、俺のその思考法は、もしかすると異端とも言えるほど論理的だったのかもしれない。「職人の勘」や「偶然の閃き」だけに頼るのではなく、条件を細分化し、一つずつしらみつぶしに最適解を導き出す。


脳内に浮かぶ、素材と技法の組み合わせ。


【革の種別】 まずはベースとなる革だ。狂いが少なく強靭な「牛革」。しなやかで水に強いが伸びやすい「鹿革」。そして剛健だが加工が難しい「猪革」。


【油の種類】 次に摩擦を減らす油。木にまで浸透しやすい「荏胡麻えごま油」。粘り気があり熱で溶け出す「牛脂」。そして摩擦を極限まで減らし、表面を保護して撥水はっすい性も持たせる「蜜蝋みつろう」。


【巻きの技法】 最後に、木と革を一体化させる巻き方。単純だが力が逃げやすい「平巻き」。革紐が互いの張力で締め付け合い、決してズレない「網代あじろ編み」。そして、水で濡らした状態で巻き上げ、革が乾く際の強烈な収縮力を利用して、木を万力のように締め上げる「濡れ掛け」。


(三種の革 × 三種の油 × 三種の技法……およそ二十七通り。強度の足りない明らかな無駄を弾けば、ちょうど二十回。一日二回試せば……十日で必ず『答え』に辿り着ける!)


俺がカッと目を見開いた瞬間、目の前で図面を睨んでいた親方が、驚いたように息を呑んだ。


「親父。十日ください」

俺の口から出た声は、自分でも驚くほど低く、そして澄み切っていた。

「毎日二回、革と油と巻き方を変えて、台車に組み込んで実験を繰り返します。必ず、絶対にへたらず、摩擦熱を持たない『最高のバネ』の答えを見つけ出してみせます。……俺に、時間をください」


俺の静かだが凄まじい熱量に当てられ、親方は太い腕を組み、深く、深く頷いた。


「……よかろう。他の仕事は一切やらなくていい。惣太郎には、藤原様への納品は『十日のちの吉日より作り始める』と伝えさせて、時間を稼ぐ。お前の気の済むまで、革と向き合え」



それからの十日間は、まさに「狂気」とも呼べる没頭の日々だった。


朝靄の中、冷え切った井戸水で革を揉み、繊維をほぐすところから俺の一日が始まる。

昼には土間で獣脂と蜜蝋を火にかけ、むせ返るような匂いと目に染みる煙の中で油の配合を行った。そして夜は、手が血まみれになるほど強い力で、革紐をケヤキの板に編み込んだ。


指先は摩擦で擦り切れ、爪の間には油と泥、そして自身の血が真っ黒にこびりついている。大鋸おがを引いた時とは違う、神経を削るような疲労で足元がふらつき、視界がぼやけることもあった。だが、不思議と空腹は感じなかった。

(実際には、俺が作業台に突っ伏している間に、母さんが握ってくれた塩飯を無意識に胃に流し込んでいたらしいが、俺にはその記憶すら曖昧だった)。


失敗の連続だった。

鹿革は柔らかすぎて、三度目の実験でだらしなく伸びてしまった。

荏胡麻油だけを塗った五度目の実験では、激しい摩擦熱で革の隙間から白煙が上がった。

平巻きで挑んだ九度目の実験では、数里の振動に耐えきれず革がズレ、中から槻の木肌がむき出しになって無惨に折れた。


しかし、俺の心は決して折れなかった。

失敗するたびに、俺の頭の中の図面には確実に「データ」が蓄積されていく。熱の逃げ方、革の伸びる限界、木の悲鳴。それらが俺の血肉となり、次の一手へと繋がっていくのだ。


そして、約束の十日目の夕暮れ。

茜色の陽光が差し込む工房の土間に、俺は座り込んでいた。


目の前には、二十回の実験の果てに辿り着いた**「究極の板バネ」**が置かれている。


それは、あらかじめ重石を吊るして限界まで引き伸ばした強靭な【牛革】に、【牛脂と蜜蝋を独自の配合で熱して練り込んだもの】を分厚く塗りたくり、さらに【水で濡らした状態の革紐を網代あじろ編み】で、薄い槻の板にガチガチに編み込んだものだった。


革が乾いて縮む凄まじい力で木と完全に一体化し、内部に閉じ込められた蜜蝋が、板がしなる際の摩擦熱を完璧に逃がす。

指の関節で叩けば「コンコン」と石のように硬い音を立てるのに、上から体重を加えれば生き物のようにしなやかに曲がり、そして絶対に伸びない。

木と革、相反する二つの素材が、限界を超えて融合した姿。


これこそが、俺の十日間の「執念の結晶」だった。


「……できたな、藤太」


いつの間にか背後に立っていた親方が、低く嗄れた声で呟いた。

親方は、赤く腫れ上がり、傷だらけになった俺の両手をじっと見つめ、そして、完成した究極の板バネを、分厚く震える手でそっと撫でた。


「お前はもう、見習いじゃねぇ。俺の手の届かねぇ高みへ、自らの力でよじ登りやがった。……立派なもんだ」


親方の目には、夕日を反射してうっすらと光るものがあった。

それは、自分を超える技術を生み出した息子への、職人としての最大の賛辞だった。


俺はゆっくりと立ち上がり、親方と真っ直ぐに視線を合わせた。

「揺れない仕掛け(心臓部)」は、完璧な形で完成したのだ。


いよいよ明日から、あの五百年の檜で作った「究極の柱」と、この「板バネ」を組み合わせ、藤原様の牛車を組み上げる最終工程(本番)に入る。

泥と油にまみれ、体力は限界に近い状態だったが、俺の内なる熱気は、かつてないほどに最高潮に達していた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


20通りの組み合わせを一つずつ潰していく。平安時代にして、現代のエンジニアや科学者のような論理的なアプローチをとる藤太の執念が、ついに完璧なサスペンションを生み出しました。

血滲むような努力の末に完成した「究極の板バネ」。親方の目からこぼれた涙が、その重みを物語っていますね。


さて、心臓部は完成しました。次回からは、いよいよあの「五百年の檜」と組み合わせて、世界で一台の牛車を組み上げる大詰めへと入ります! どうぞお楽しみに!

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