9 情けないカーライル
俺は、カーライル・ハイデンマルク。
栄えある王国軍第二騎士団の副団長を仰せつかっている。出自としてはハイデンマルク子爵家の次男であったが、現在は個人で騎士爵を賜ることができた。後は妻の実家であるジョナリス侯爵家の持つ予備爵の伯爵位を貰い、侯爵家の後ろ盾で団長へと至る。継ぐ家のない貴族子息からしたら、夢のような成り上がりストーリー。
ただ、それが自ら望んだものであれば……。
俺には、愛する女性がいた。
『真実の愛』
そう、真実の愛としか言いようのない女性。その名は、ナタリア・ブロッサムス。出会った時に、全身を衝撃が奔った。俺は、彼女と結ばれる為に頑張った。死に物狂いに訓練し、命をかけて戦った。そして、記録とまでよばれるスピードで副団長になった。
これで、彼女を安心して迎えられる。彼女にプロポーズするぞ!と、いうところで、今回の結婚。気が付けば、逃げることなどできなかった。
だからだろう──俺はバカな事を言ってしまった。
『お前を生涯愛することはない』なんて。
相手は、新婚初夜を迎える新妻。俺よりも年下の人形のような女性。ナタリアと同じくらいの年齢か。結婚相手の年齢も知らないなんて、本当に最低だと自分でも理解してる。
そんな俺に彼女は、『当然ですわ』と返してきた。
真面目な顔でそう言った彼女の意図が分からず、俺は邸を飛び出した。
せめて怒ってくれたなら良かったのに……。
せめて悲しんでくれたら良かったのに……。
彼女に何の罪も無い事は知ってたのに……。
俺は逃げるしかできなかった。
それから俺は、ナタリアの部屋で過ごしていた。
日常が過ぎていく。
会議、訓練、職割、団長の世話、経費、書類の確認と忙しさの中に漬け込まれた騎士団副団長の毎日は、新妻に対するモヤモヤとした遣る瀬無い気持ちを忘れさせてくれた。
日が落ち、宿直と言葉を交わすと、帰るのはナタリアの部屋。
家に帰ることは、ほぼ無い。五日に一日有るか無いかといったところ。
「ミラ様とお会いしました。お綺麗な方ですね」
ある日、ナタリアが笑顔で話してきた。
放ったらかしにしている妻が、ナタリアに接触してきた?
何故、ナタリアの存在を知っている?
ついつい不安が声に出る。
「虐められたりはしなかったか?」
「いいえ、虐められるなんてとんでもない。とても優しい方ですよ。お茶に誘われたので、今度行ってきますね」
あっけらかんと話すナタリアに、行くなとも言えず、適当な相槌を打つしかなかった。
正直、素行調査をした事もある。自分の事を棚に上げてとは思うが、愛人がいるのではないか?と、気になったからだ。
結果は、品行方正。
何か企んでいるという事もなく、慎ましく暮らしているという報告だった。
「何やら浮かぬ面持ちですが、ナタリア嬢と喧嘩でもしましたか?」
声をかけてきたのは、フレイマン・トレンディウス。伯爵家の出自の先輩騎士で、第二騎士団では副団長補佐をしてもらっている。伯爵家といっても三男なのでと、子爵家出身の俺に尽くしてくれる良い人だ。確かに、伯爵家といっても、三男では家を継げる可能性はほぼ無いし、嫡男が家督を相続した途端に爵位を持たない貴族になるか、平民に落ちるしかない。だとしても、二年年下の俺に不満を溢す事なく丁寧に対応してくれる。職務以上に俺の事を気にしてくれて、世話を焼いてくれるフレイマンと出会えたことは、副団長になれた事以上の幸せだと、声を大にして言える。
ついつい、独身のフレイマンに愚痴を言ってしまう。
俺の恋人がナタリアで、妻のミラとは仮面夫婦なのは、周知の事実。その上での愚痴だ。
「いや、最近、ナタリアがよそよそしいんだ」
「何か思い当たる事でもありますか?」
「ミラ……妻のミラと頻繁に会っていると、聞いている」
「えっ、正妻と愛人がですか?」
「そうなんだよ。きっとミラが、ナタリアに何か言ってるんだ。そうに違いない!」
「しかし、ミラ様は正妻ですし、侯爵家の血族ですから……。下手に疑うのも…………問題になりかねませんね」
「だから悩んでいるのだ。どうにもならないから!ああ、正妻がなんだと言うんだ、ナタリアは真実の愛なんだ…………」
「いきなり劇風にならないでください。あ〜、だから最近は騎士団の仮眠室で寝泊まりしているんですね」
「だって、ナタリアが泊めてくれなくなっちゃったし……」
そう、あの日、風呂上がりのナタリアを見た日から止めてくれなくなっていた。
大事にしたい。真実の愛なんだから、体の関係は結婚できてから、なんて考えていたのに、風呂上がりのセクシー過ぎる彼女に、思いっきり息子(聖剣)が元気になり過ぎてしまった。俺の聖剣(息子)は、ちょっと自慢できるサイズ。とは言え、刺激が強すぎたのだろう。彼女は真っ赤な顔で泣きながら、俺を追い出した。
「いきなり甘えん坊にならないでください。だったら家に帰れば──って、帰りたくないんですね」
「うん」
「子供にならない!いいです、付き合いますから。飲みましょ、飲んで、飲んで、飲みまくりましょう」
「ありがとう、友よ」
俺とフレイマンの夜は更けていく。
結局、男は酒に逃げるんだよね。
『酒と泪と男と女』良い歌ですよね~。
ちなみに、作者は下戸です。