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悪魔と人間

開戦の狼煙は、轟音だった。何かが砕ける音がしたと思った途端、教団員たちの立つ中庭の一角が砕けた。屋敷中に降り注ぐ淡い燐光は、砕けた結界の欠片だ。

そしてそれは砕けてなお可視化できるほどの強度で張られていた魔力結界を一撃で砕いた存在がいるということを表す。

下位竜ぐらいなら、群れでも防げる規模の結界が砕けたことから、教団員たちの表情に動揺が滲む。


そして魔力の欠片に紛れ込み、光が降り注いだ。それは何十本もの光線だ。空中で軌道を変えたそれは、的確に教団員の急所を貫き、絶命させる。最短経路、最小火力のか細い光の矢は、使い手の無慈悲な精神と卓越した魔術の腕を反映し、数多の敵を討ち取った。


「かなり残りましたね」


敵の異常な力に怯む教団員たちを、清楚ながらも妖艶さを孕んだ声音が包み込んだ。その声は、魔術など使っていないにも関わらず、中庭中に広まった。それは彼女のカリスマ性がなした技か、あるいは彼女の姿を見た敵が、一瞬我を忘れ、見惚れたからか。


エリスイス・エスティアナ。

音も無く、中庭に降り立った美女の正体を教団員たちは知っている。彼らの最上位の目標であり、同時に最大の障害となるもの。

デネス王国の光の姫騎士だ。


「私は、ガードゥを捕縛します」

エリスイスは、100人近くいる教団員たちから視線をそらし、屋敷を見上げる。まるでそこにいる誰かを見据えるようだった。


「こちらは皆殺しで?」

結界を壊した者、黒牙が確認を取る。


「ええ。お好きにどうぞ」

エリスイスはその言葉を残し、消えた。少なくとも、教団員にはそう見えた。

だが、黒牙の動体視力はその姿を捉えていた。加速の魔術を使わず、魔装術による身体強化だけでその場から走り去ったのだ。


「幹部と呼ばれるだけの実力はあるか……」

ぼそり、と呟く。黒牙はエリスイスに従いながらも、その実力に疑問を抱いていた。

黒牙は竜だ。力を至上とする存在であり、エリスイスの人間性を恐れながらも従っていたのはあくまでゼノンに命令されたからだ。


その力の一端を見れただけで、来た甲斐はあったと、黒牙はすでに戦いが終わった気分でいた。

中庭に残った教団員たちを見る。エリスイスが消えたことに困惑し、残った黒牙に警戒の眼差しを向けている。

彼らは学術都市で見た戦士の中でも上位に位置するような実力者たちだ。確かに強力な軍隊、厄介な存在だ。だが、それだけだ。

所詮人の中の括りで強者なだけであり、黒牙の興味をそそるものはいなかった。

だから黒牙は譲ることにした。


「お前たちで好きにしろ。許可は出た。一人も逃がすな」

黒牙は地面に座り込み、胡坐をかく。そして合図を出した瞬間、周囲が闇に覆われた。

教団員たちに動揺が広がる。空が黒かった。今日は朔の夜。月が無く、灯には乏しい。だが今の空は漆黒だ。自然の黒ではなく、塗りつぶした画用紙を張り付けたような歪な色をしていた。


これは魔術による檻だ。古き悪魔が使う獲物を逃がさないための囲いだ。

だが黒牙の魔術ではない。彼は魔術を使えない。

黒から何かが滲み出す。外から結界内に侵入してきたものだ。それは人ではなかった。


捻じれた角を持つ二足の獣。複数の頭を5本の腕で握る木のような身体を持つ怪物。あるいは人の姿をした何か。そんな多種多様な吐き気を催す怪物たちが、歪んだ喜びの声を上げ、檻の内へと入って来る。

彼らは悪魔。ゼノンにより肉体を与えられ、現世での自由を得た者たち。

古き大悪魔ベルドーナに仕える配下たちである。

彼らは一斉に獲物に群がった。


絶叫が響く。それは身を裂かれた人間の物か、あるいは吸い取られた魂の断末魔か。

教団員たちは優秀だった。突如現れた悪魔たちにも怯まず、数人単位のパーティを組み悪魔たちへの迎撃態勢を短時間で整えた。

彼らは皆、教団員として各地で冒険者や騎士たちと戦い、経験を積んだものたちだ。不測の事態にも死地にもなれている。その経験が、敵への恐怖の中でも迷いなく体を動かし、最適な動きを可能にした。

だが、それだけだった。


戦いは混戦になった。悪魔たちの中にも、聖なる武器に貫かれ、死ぬものもいたが、それ以上の数の人間が死んでいた。飛行能力を持つ鳥のような悪魔が火を吐けば肉が焼ける匂いが漂い、幾重もの魔術の輪唱が重なり、肉体が内側からはじけ飛んだ。

悪魔は強かった。人間の戦士などよりもよほど。


「ありがとうございます、黒牙さん!彼らに代わって感謝です!」


座り、退屈な争いを眺めていた黒牙の横に、小柄な少女が現れた。ピンクの髪を一つ結びにした快活な笑顔が特徴の少女だ。元気なスポーツ娘という印象を与えるが、その正体を知る黒牙は胡散臭そうな顔で、ああ、と返した。


「お前はいいのか、トリエ」

かつてデネス王国のココラカ都市でゼノンとゼノヴィアの冒険者活動をサポートしていた『彼岸花』の一員であり、ベルドーナに古くから使える悪魔、トリエは、黒牙の質問に笑顔を浮かべた。


「はい!私は十分食べましたから!後はあの子たちの分です!」

よく見れば、トリエの口元には赤い何かが付着している。黒牙は指で唇を指さし、それを伝える。

トリエは、はっ、とした顔で口をごしごしと服の裾で拭い、照れたように笑った。


「ごめんなさい、まだ肉体に慣れてなくて」

「そうか。悪魔ならではの感覚だな」

最近肉体を得た、とは言っても年単位で時間が経っているが、悠久に近い時を生きているトリエにとっては最近なのだろう。

そして黒牙には人を食べる趣味も無いため、二重の意味で悪魔ならではと口にしていた。


人と悪魔の闘争。それはすでに悪魔による一方的な虐殺へと形を変えていた。

悪魔は精神生命体であり、肉体は入れ物に過ぎない。そのため、悪魔の精神体を攻撃できる特殊な精神攻撃や悪魔払いの聖なる加護を受けた武器でなければ通じない。


ただ肉体をむやみに攻撃したとしても、精神体にダメージが届かない限り、回復魔術で肉体を修理される。そうなれば、相手の魔力切れを待つか、回復できないほどのダメージを肉体に与えるしか討伐する手段は無い。

悪魔が来るとは思っていなかった彼らは、悪魔に有効な攻撃手段を準備していなかった。

それが戦いにもならない一方的な殺戮へと繋がっていた。


このまま一方的に悪魔たちが教団員を殲滅すると思われたその時、宙を飛ぶ悪魔の身体が四散した。あれほど肉体が細切れになれば、悪魔も現世には留まれず魔界へと送り返される。

着地した人影は大きく手に持つ鉄塊を薙ぎ払い、地面諸共悪魔たちを打ち砕いた。

圧倒的な怪力により、戦場の一角に空白地帯ができた。

側にいた悪魔が襲い掛かり、巨大な手で掴まれ、潰される。獣の悪魔の突進を胴体で受け止め、蹴り潰す。

有象無象の悪魔たちでは敵わない圧倒的な個。

それは、戦場で異彩を放ち、終わりかけていた教団員たちの士気を取り戻した。


その男は余りにも大きかった。2メートルを超える黒牙よりも頭半分は大きいだろうか。だが背以上に、肉体が分厚かった。敏捷性を捨て、腕力と防御力に長けた肉体だ。

男は教団の戦闘員だ。そして、ミネルヴァを誘拐した戦士でもある。


その大男は教団員たちに目を向けることすらせず、真っ直ぐに黒牙たちを見ている。

黒いローブで隠され、その顔は伺えなかったが、刺すような殺気にトリエは反射的に魔術を放った。

一瞬で構築された魔弾が放たれ、男を爆破した。膨大な魔力の奔流が溢れ、周囲にいた悪魔も教団員も吹き飛ばした。

だが、男は無傷だった。僅かにローブが焼けてはいたが、その頑丈な肉体に傷一つも無かった。


「俺がやろう」

黒牙はここに来て初めて、退屈の仮面を脱いだ。

恐らく敵は、モルドレッド教団の派遣した最大戦力だ。トリエの魔術を防ぐ肉体といい、ただの人間ではない。


「ええー、私も傷ついたプライドを直すために殺したいんですけど……」

トリエが文句を言うが、黒牙は取り合わなかった。

立場としては、幹部直属の部下である黒牙の方が上なので、トリエもそれ以上は言葉を重ねはしなかったが、不満ですと表情で全力で表現していた。


「お前は、屋敷の中に行け。あまりに動きが無い」

黒牙はエリスイスが突入した屋敷を示す。敵の首魁と思われるガードゥ・バブブを捕えに行き、戦闘になると思われていたが、不気味なほど屋敷内では動きが無い。


何か異変が起きていると察した黒牙は、トリエを助けに向かわせることにした。

この作戦の目的はガードゥ・バブブの捕獲だ。黒牙は大男を自身のみで抑え、トリエをガードゥに差し向けることが最良だと判断を下した。


「はーい、行ってきますよー」

トリエは最後に大男を睨みつけた後、魔術による転移でその場から消えた。

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