襲撃
ゼノンがティーリアたちと話し合いをした日の夜は月の無い静かな夜だった。
いつもは人が騒いで夜など訪れない繁華街も、今日はどこか閑散としている。
月のない夜が人を遠ざけるのか。あるいは、彼らも気づいているのかもしれない。この都市で人知れず起こっている異常に。
初めは中小商会の頭取や下級貴族たちを狙い、誘拐を重ねていたモルドレッド教団もついにはデルウェア帝国の王女をもさらい、活発に活動をしている。
ある日急に閉店した店。来なくなった客人。友人が消えたことを嘆く学生たち。活発に見回りを行う都市騎士団。異変の魔手はすでに表に出始めている。
すでに市政の噂になっていてもおかしくはない。
学術都市側も動いている。都市騎士団が見回りを行い、暗部の人員が闇から教団員を探している。それでも、見つからない。
なにも、学術都市の捜査が杜撰なのではない。ただ、権力者の手が足りないのだ。
この都市の権力構造は、都市議員5名による議員制だ。そのため、学術都市の法律や方針の最終決定権はこの5人の議員による決議で決まり、彼らが最高権力者ということになっている。
この都市の顔でもある運命の魔女アルフィアは政治には関わらず、魔術学院の学院長という立場だ。
だが、議員の内、3名はアルフィアのシンパであり、実質的な最高権力者はアルフィアである。
そのアルフィアは、不気味なほど沈黙を貫いている。モルドレッド教団の暗躍を知らないはずがない。運命の魔女の力であれば、教団員が侵入する前からその存在を察知していてもおかしくはなく、察知できていなかったとしても、その存在を都市議員の一人のボブス・マイヤーから奏上されているはずだ。
それでもアルフィアは無視をしている。それにならい、都市議員三名は沈黙を貫き、反アルフィア派の二人の議員も仲が悪く、モルドレッド教団の対処に乗り出しているのはボブスただ一人だ。
ボブス一人の権力では、表の戦力である騎士団は動かせても、裏の戦力の『暗部』は全て動かせない。
そして何より貴族への捜査権も取り付けることが出来なかった。いかに学術都市が中立都市とはいえ、貴族の権力を無視することは出来ない。
怪しい貴族に当たりはつけていても、彼らの屋敷の中までは踏み込めず、決定的な証拠は掴めずにいた。
都市の動きは行き詰まりを迎えている。
不気味だ、とエリスイスは息を吐いた。智謀に長け、天より全ての才能を与えられたエリスイスであっても、アルフィアの動きは推測できない。
分かることはただ一つ。アルフィアは教団を討伐する積極的な意思は無いということだ。
都市側の動きは期待できない。だがエリスイスの主であるゼノンは教団の討伐を求めている。なら、エリスイスの選択肢はただ一つだけ。
エリスイスは眼下に広がる街並みを眺める。ぽつりぽつりと疎らに魔力灯が付けられ、等間隔の街路を浮かび上がらせている。
月明りの無い夜には、それだけが唯一の導きだった。
(都市側の戦力は掌握できましたが、足りるかどうか)
この視界のどこかに教団員がいる。数はそれほど多くはないはず。
エリスイスがある事実を使い、都市権力者を脅迫をした結果、使えるようになった戦力は多いが、敵の中には数では届かない力を持つ者もいるだろう。
エリスイスが動かせる全戦力を以てしても、モルドレッド教団を討伐できるかどうかは賭けだった。だが、今は違う。
エリスイスは隣に立つ男を見る。獣の獣性を頑強な肉体に秘めた男を。
黒牙。エリスイスの主であるゼノン・アリスティアが連れてきたアリスティア家の臣下だ。
それに加え、悪魔たちの集団である『彼岸花』。
戦力は十分揃ったとエリスイスは判断した。
「準備はできていますか?」
エリスイスの装いは普段の制服姿でもドレス姿でもない。動きやすさを重視した軽装の上から、体の急所を守る白銀のプレートアーマーを身に纏っている。腰に差しているのは彼女のイメージから離れた漆黒のロングソードだ。
その姿はまるで、英雄を天に導く戦乙女のように可憐で、現実離れした美しさと危うい妖艶さを宿していた。
「はい。問題なく」
対する黒牙は、無手、無防具。だがそれは、手を抜いているわけではない。これが黒牙の戦闘姿だ。己の肉体の身が、彼の武器で防具だった。
高台からガードゥ・バブブが居住する屋敷を見下ろすのはエリスイスと黒牙だけだ。
都市側の人員はあえて屋敷から遠ざけて配置した。いても邪魔だと判断したためだ。
そして『彼岸花』はすでに屋敷を包囲させている。
彼らもまた、召喚主であるゼノンを守るため、ベルドーナが集めた精鋭たちだ。その戦力は教団にも通用する。
すでにガードゥたちは、屋敷を取り囲む襲撃の気配に気づいているだろう。だがそれでも構わない。
エリスイスはむしろ、敵に準備をする時間を与えるように慌ただしく動く屋敷を見下ろしている。
圧倒的な力への自信と傲慢さ。油断とも取られかねないそれを、許される力が二人には合った。
「そろそろ行きましょうか。やりすぎないように」
「はっ。分かっております」
改めて作戦の念を押すエリスイスに、黒牙は重い声音で返す。その姿は、主であるゼノンと接する時よりも緊張に満ちていた。
未だ初対面の時に植え付けられたトラウマは消えてはいなかった。
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ガードゥの屋敷の地下には広大な空間がある。商人の屋敷を奪った際に、ガードゥが魔術で広げた場所であり、今はモルドレッド教団の隠れ場所となっている。
教団員に特徴は無い。普段は学術都市の市民に紛れ込めるように変装をしている。
そんな多様な身分に扮した彼らは各々の武器を持ち、屋敷の中庭に布陣していた。それをガードゥは屋敷の中から見ていた。
ガードゥにとって、屋敷の中は己の体内に等しい。屋敷内に存在する教団の兵隊たちの強さも数も手に取るように分かる。例え都市の騎士団であっても返り討ちにできるだけの戦力だ。
そんなガードゥを襲う者たちとなれば、必然候補は限られる。
(都市の暗部か?アルフィアは動かないという話だったが……。あるいは帝国派閥か。どのみち、戦いは避けられまい)
敵の正体を推測するガードゥはすぐに思考を打ち切った。例え相手が何であろうと戦いになると張り詰めた空気が教えていた。
それに敵の正体は捕虜を捕まえ、聞けばいい。
ガードゥは自室のソファに座る男に目を向ける。体格が大きすぎて、二人掛けのソファが小さな椅子のように見える。身じろぎするたびに、ぎしりと不安な音を立てる。
敗北はあり得ない。教団はアルフィアと戦闘になっても対処できるだけの戦力をガードゥの部下として派遣した。相手が誰であろうとも勝利できるという確信を抱き、とガードゥは、冷めた目を細めた。




