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お忍びに付き合うのは

そうこうしているうちに、2度目の王都行きの時期が来た。

僕とエリスの組と、アークとリズの組に基本的には別れて、僕たちは月に一度王都に向かう。

一番最初は、アークとリズが行ったのだが、その時は館の新しくした光の魔道具や火の魔道具を、待ってましたとばかりやって来た陛下と王妃様と王女様に説明することで用が済んだらしい。

ただ、この時に自らも魔技師であると自認している陛下が、魔道具の話をアークとして、大いに話が盛り上がったらしい。


水の魔技師の頂点ともなっている陛下は、自分でも魔技師としての腕も磨きたいと思っているらしいが、周りの者との忌憚ない意見を戦わせるなどということが、その立場故かほとんど出来ないでいたらしい。

僕はもちろんだが、アークも今は貴族としての栄達を望む気持ちはないから、陛下に対する尊崇の気持ちはあるけれど、魔道具に関する技術論だとかで、陛下にゴマスリをしようとは全く思わない。

だから、陛下との議論も、陛下の考え違いなどは正すし、異なる意見を持つ時は自分の意見もはっきり言う。

それに正直、自分たちはこれで身を立ててきたのだという自負もあるし、魔技師としての実務にはほとんど当たったことのない陛下に、魔技師としての技術で負けるとも思えないし、そこは負けたくない気持ちもあるのだ。


「それで陛下たちはお忍びでの外出はしているのかな?」

僕は僕たちの王都の館の大きな存在理由であることを、もう陛下たちがされているのかなと思った。

「ああ、俺も王都に行って、やはりそれは一番気になっていたから、すぐにウィークに訊ねてみたのだけど、俺たちが行くまで外出はしてなかったみたいなんだ。

 というか、俺たちが行ったら、待ってましたとばかりに、陛下たちが館に来られたんだよ。」

「その話ぶりだと、アークたちが一緒にお忍びで外に出られたのか?」

「まあ、さっきも話したように、館の光の魔道具の説明とか、魔道具の話で俺と陛下が盛り上がっていたのだけど、それでちょっと王妃様が焦れてしまわれたんだ。

 それでも使える時間が少なくなったが、王妃様と王女様は出かけたいと言って、どこに行きたいかを伺うと、ボタンを買いたいというのさ。

 前にリズやエリスが着ていた服のボタンが綺麗だったから、そのボタンを売っているところに連れて行って欲しいという訳さ。」

 

 王妃様と王女様も、他の貴族の服装とかを見ているんだ、と僕は思った。

「うん、それでどうしたの。」

「そう聞いたので、俺はリズとちょっと御三方から離れて、打ち合わせをしたんだ。

 俺がリズに

 『今、館にボタンの在庫ってあるのかな?』

 と言ったら、リズに

 『バカねぇ、王妃様たちは外にお忍びで出たいと思っているのよ。

  もしここに有ったとしても、外出した先で見ることが出来る様に考えるべきなのよ。』

 と注意されたよ。

 それでまあ、2人で考えて服飾屋に連れて行くことにしたんだ。」


「服飾屋さんには連絡を入れといたのか。」

「そんなことできる訳ないだろ、お忍びでが希望なんだから。

 それでまあ、庶民の服装をしている陛下たちに合わせて、俺とリズも庶民の格好に着替えて、普通の馬車を俺が御者して、服飾屋に行ったのさ。

 着替えに時間を使う前にウィークに何処に行くかは伝えたのだが、誰かしら護衛が付くかと思ったら、誰も護衛がつかない感じなんだ。

 俺もさすがに心配になってウィークに

 『護衛が付かなくて良いのか?』と聞いたら

 『大丈夫、蔭で見てはいる。

  兄さんたちも自衛の手段は持っているのだよね。』

 『ああ、俺もリズもカンプやエリスと同じことはできるぞ。』

 『それならもしもの時は頼むよ。

  ほんの少し持ち堪えれば、あとは大丈夫だから。』

 『俺たちは護衛役もするのか。」

 『それほどのことじゃないよ。

  それに陛下たちをお守りするのは、臣下としては当然のことだよ。』

 『ま、確かにそれはそうだな。』

 なんて話をしたのさ。

 どうやら行く先を告げたから、きちんと見張りは配備されていたみたいだな。」


「それで、その先はどうなったんだよ。」

「うん、服飾屋に行って、一応「俺とリズの知り合いです。」って言って、店長さんに挨拶したのだけど、店長さんも驚いていたから、即座に判っていたんじゃないかな。

 だって俺たち2人も庶民の格好で行ったのは久しぶりだったしな。

 でもまあ、王妃様と王女様は色々なガラスや木のボタンなんかを見せてもらって、興奮していたぞ。

 リズに向かって王妃様が、

 『貴方やエリスたちは、この店でドレスを作っているのね。』

と完全に上から目線で尋ねたりしているから、バレバレも良いところなんだけどな。

 それで結局、王妃様と王女様は、俺はどうするんだろうと思ったのだけど、気にいったボタンを何種類も買っていった。

 陛下も靴べらが気にいって買ったな。

 店長さんが代金を受け取る時に、どうしたら良いのか迷っていたみたいだけど、陛下が普通に払っていったよ。」

「ま、そうだよな。

 陛下に普通に代金を払って貰うって躊躇うよな。

 お忍びで来ているのだって分かっているから、献上いたしますとも言えないし。」

「うん、まあ、そんな感じ。」


という訳で、今回は僕たちの番なので服飾店に寄ると、店長さんにさんざその時の話を聞かされることとなった。

店長さんにしてみると、お忍びなので他の人に話をする訳にはいかず、その時のことを話したくて仕方がなかった様だ。


それから館に寄ってから、とりあえず普通の貴族用の肌水を王宮の係りに納めに行く。

流石に今回は王宮のプライベートの部屋に来る様にという話はなかったので、ちょっと安心した。

館に戻って、今度はゆっくりとウィークと話した。


「ウィーク、どう? もうこの館での仕事に慣れた?」

「はい、王宮での仕事とは全く違う部分もたくさんあり、最初はちょっと戸惑いましたが、今では大分慣れました。」

「そりゃそうだよね。

 この館は子爵の館というだけでなく、魔道具店と雑貨屋の連絡業務や、販売する物の集積場みたいな役までしてもらっているから。」

「本当に王宮で働いていた優秀な貴族だったウィークさんに、店関係のことまでして貰うのは申し訳ない気持ちだわ。」

「いえ、そんなことはありません。

 王宮の仕事は、正直最初はとても誇らしく思っていたのですけど、やはり同じことの繰り返しが多くて、それは当然だし重要で常に細心の注意を払って勤めなければならない事なのですが、どうも私は気が多いみたいで、今の方が楽しいです。

 それからエリス様も私のことは呼び捨てでお呼びください。」


「ところで、アークとリズから陛下たちとお忍びで外出した話を聞いたのだけど、陛下たちは他の時もお忍びで出掛けているの?」

「いえいえ、とんでもありません。

 もし、そんなにちょくちょくお忍びで出掛けられたら、周りの者が堪ったものじゃありません。」

「ま、確かにそうだよな。

 アークたちと服飾屋に行った時も、陛下の目に付かない形で警護の者は配備されていたのでしょ。」

「ええ、まあそういうことです。

 僕はその手配を任されている訳ですが、陛下もそれを分かっていて僕をこの館の管理を任す役としてカランプル様に仕える様にしたのですから、まあ、その辺はもちろん分かっているのですが。」

「そうなのか、でもまあ、自分の身近、目に入る位置に護衛にいられるよりは、確かにずっと開放感があるのかもしれないな。」

「ま、そういうことです。」


「でも、私たちと一緒の時に外出って、もしかして王妃様の希望なのかしら。

 何故か私は王妃様に気にいってもらえたみたいだから。

 でもそれじゃあ、アークとリズと一緒に出かけたのが説明できないわね。」

エリスがそんなことをウィークに尋ねたが、それは僕も聞いてみたいことだった。

何もお忍びで出かけるのに、僕たちと一緒する理由はない様な気がするのだ。

「えーと、それはすみません、僕が進言しました。

 カランプル様たちか、アーク兄さんたちと外出してください、と。」

「え、ウィーク、なんでそんな進言をしたの?

 僕たちと一緒しても、まあ、確かに陛下や王妃様にとっては珍しいかもしれない庶民の生活の一端は見ることが出来るかもしれないけど、他にメリットは無いように思うけど。」

「はい、確かに陛下と王妃様の直接庶民の生活を見たり、声を聞きたいという希望を何とか叶えたいということもあります。

 でも、やはり一番は安全上の問題でしょうか。」

「安全上の問題って、アークとリズは貴族の嗜み程度の護身術は出来るかも知れないけど、僕とエリスはそんなのも知らない素人だよ。

 とても陛下たちの護衛として役に立つとは思わないのだけど。」

「カンプ様、それは謙遜が過ぎるでしょう。

 あのシャイニング伯をギブアップさせられる者なんて、他にはいませんよ。

 エリス様も強盗を撃退したのですから、正直お二人以上の護衛なんて考えられませんよ。

 それで、これは私の勝手な想像なのですが、アーク兄さんとリズ姉さんも同じようなことが出来るんじゃないですか。」

僕はちょっと苦笑気味に答えた。

「うん、確かにウィークの言うとおり、アークでもリズでも僕たちと同じことが出来るだろうな。」

「やっぱりそうですか、そうじゃないかなとは思っていたのですけど、何か秘密の魔道具がありそうですね。」


エリスが僕の肘を突いて小声で言った。

「ウィークさんにも、渡しておいた方が良いんじないかしら。」

「そうだね。 向こうに戻ったらアークたちに相談してみよう。」

僕たちの小声の会話が聞こえたみたいだ。

「何かしら私にいただけるのですか。」

ウィークは、ちょっと躊躇いながら、ちょっと期待を込めて僕たちに聞いて来た。

「うん、まあ、相談してのことだけど、少しは期待してくれても良いかな。」

僕がちょっと期待を煽るような感じで言うと、エリスは「ダメでしょ。」という顔をして、ウィークはちょっと嬉しそうな顔をして言った。

「これはアーク兄さんに手紙を出しておかないといけないですね。

 反対はしないで賛成してくれるようにって。」


王宮には僕たちが王都に来る予定はしっかりと連絡されていたのだろう、翌日の午後にはもう陛下と王妃様が遊びにやって来た。

その日は表からは隠されている、日差しがたっぷりと入る秘密の部屋でお茶を飲みながら、お忍びで何処に行くかの相談だった。

僕とエリスは正直、何処に行くと言われるかとドキドキだった。

ちょっと挨拶代わりの普通の話題をしたと思ったら、すぐに王妃様が話を切り出した。

「私と娘は、エリス、貴方のところでやっている東の町の百貨店にぜひ行ってみたいわ。」

「え、百貨店ですか。

 東の町の百貨店は、あくまで庶民の店というのが父の経営方針でして、私もカンプもそれに従っていますから、庶民と、そして冒険者のための物しか売っていないので、王妃様と王女様が見に行くような物はないのではないかと思うのですが。」

「あら、そんなことはないわ。

 私や娘が使う物となると、みんな妙に気取った物や、実用性を無視して飾り立てたような物を持ってくるのよ。

 人が使う物なのだから、王宮に居る者が使う物だって、庶民が使う物だって、使い勝手が良い物なんて同じに決まっているじゃない。

 だから、きっと私や娘が欲しい物が、東の町の百貨店にはたくさんあるんじゃないかと期待しているのよ。」

「そうでしょうか、私は心配なんですけど。」


僕はお忍びの外出ということだから、王都内でのことだと思っていたので、静かにウィークに近づいて聞いてみた。

「王妃様、東の町の百貨店が希望だとのことだけど、王都から出ても構わないのか?」

「えーと、とりあえず百貨店なら大丈夫でしょう。

 一応、想定の範囲内です。」

「なら、良かった。」

小声でウィークと話しているのに気づいていた陛下に言われてしまった。

「ウィークも東の町の百貨店は許してくれただろ。」


その次の日には、僕らは庶民の服装に着替えて、準備万端という形で昼食を取った。

僕らが昼食後のお茶を居間でまだ飲んでいるうちに、王女殿下が自分で扉を開けて居間に入って来た。

「エリス、早く行きましょう。

 お父様も、お母さまもすぐに来るわ。」

王女様もちゃんと庶民の娘の格好をしている。

「こら、まだ子爵夫妻はお茶を飲んでいるところじゃない。

 そんなに急がせるものじゃないわ。」

王女様を追って来たという感じで王妃様も部屋に入って来られた。

エリスが2人に近づいて苦笑しながら言った。

「王妃様、王女様、お茶でもいかがですか、と勧める暇はなさそうですね。」

少し遅れてやって来た陛下が言った。

「ああ、エリス、急がして済まないが、カランプルも、すぐに出掛けることにしてくれるとありがたい。」


僕とエリスは用意しておいた、ごく普通の馬車に3人を案内した。

「カランプル、御者がいないようだがどうするんだ。」

「今日は庶民ですから、御者は僕がします。

 陛下たちはエリスと一緒に馬車に乗り込んでください。」

「いや、そういうことなら私もカランプルの横の御者席に座ろう。」


馬車で東の町に向かいながら、陛下が僕とエリスに言った。

「お忍びの時に、陛下とか王妃様とか言われたら元も子もないからな、このような姿をしている時は、私のことはフランツ、王妃はマリー、王女はネリーと呼ぶように。

 我々はカランプル夫妻の王都で知り合った庶民の友人だ。」


百貨店に着くと、王妃様と王女様は大興奮で百貨店の中を見て回っていた。

庶民の格好はしているが、百貨店の中を物珍しげに興奮して見て回っている2人は、普通の百貨店に初めて来て興奮している庶民とは、やはりちょっと物腰が違っていたので目立ってしまっていた。

百貨店に出店している店の店主さんや、百貨店の店員はちょっと疑問に思ったみたいだが、僕とエリスがちょっと目配せをすると、ちょっと訳ありなのだなと察してくれて、目立っているのを見て見ぬ振りをしてくれた。

2人は色々な店で、かなりの買い物を楽しんだようだ。


陛下はというと、冒険者用の魔道具に夢中になっている。

僕は陛下の横で付きっきりで、道具の説明をする羽目になっている。

「このライトは冒険者がダンジョンの中で落としたりぶつけたりしても光の魔石が割れないように丈夫に作られています。

 それでも割ってしまう人もいて、冒険者は予備を持つのが常識になっています。

 魔力を溜めた魔石も予備を持って入るので、それを割ってしまう人も多くて、これが魔石の持ち運び用の道具なのですが、隠れたヒット商品なんです。」

「この携帯用の調理器具は、元々ダンジョン内で使うことを目的にしていたのですけど、ダンジョンで使われることはほとんどなくて、どちらかと言うと、僕の領地と行き来する人の今では必需品になっちゃっています。

 一部、このギミックが受けて、それで買ってくれる人もいるのですけど。」

陛下も携帯用の調理器具のギミックはとても気にいってくれたようだ。

でも、陛下が一番興味を示したのはトイレの魔道具だ。

「これは一体どういうことから開発したんだ。」

「これは元々は、女性冒険者がダンジョンでトイレに困るという話があって、それで開発した物なんです。

 ただ、この魔道具は土、光、火、そして魔力を溜める魔石と、こんな小さい道具ですが4つも魔石を使う高価な道具になってしまい売れないかと思ったのですが、女性冒険者だけでなく、冒険者必須の道具となりました。

 そしてこれもそれだけでなくて、砂漠を旅する者にとっても必需品となり、僕の領地の女性たちは、「これのお陰で女性も砂漠を安心して旅が出来るようになった。」と言ってくれた、カンプ魔道具店の自慢の商品なんです。」

僕は百貨店の横の空き地で、陛下に実際に使ってみてもらいながら、トイレの魔道具の説明までしてしまった。

陛下はとても熱心に僕の説明を聞き、結局、冒険者用に作った魔道具を全て一揃い買われた。


王都に戻る帰りの馬車の中、王女様が満足そうに言った。

「ああ、楽しかった。 また百貨店に来たいわ。」

「そうね、私も買い物が出来て楽しかったわ。

 エリス、本当に肌水は庶民にあの容器で売られていたのね。

 同じ容器が並んでいて、ちょっと驚いたわ。」

「王女様、楽しかったなら本当に良かったです。

 王妃様、私が言ったことを疑っておられたのですか。」

「そういう訳じゃないけど、庶民に売るには凝った作りの容器だと思っていたから。」

エリスは王妃様たちに慣れてきて、こんなちょっと冗談口も言えるようになってきた。

「ねえエリス、今日は買って食べてる暇がなかったけど、私、百貨店の中のお店で売られていたケーキを次の時には食べたいわ。」

「はい、あのケーキを食べなかったのは、ちょっと残念でしたね。

 あのお店はベークさんのパン屋なのですが、あのケーキは絶品なんですよ。

 私たちの結婚式の時も、アークとリズの結婚式の時もベークさんがケーキを焼いてくれたんですよ。」

「あらそうなの、それじゃあ、私も次の時にはぜひ食べてみないと。」

「お母様、絶対ですよ。」

馬車の中では楽しそうな会話が弾んでいる。

それを陛下は嬉しそうに聞いていたが、僕に向かって言った。

「私も楽しかったが、今日はカンプ魔道具店がとても繁盛したのを、またまたその理由を確認できたぞ。」


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