王都の館のお披露目
僕たちから一週間遅れて、アークとリズが領地に戻って来たのだが、また一週間したら大挙して王都に行かねばならないこととなった。
なんでも王都の館が僕の持ち物になったことを、館の近所の人に知らせるパーティーを開く必要があるらしい。
そのお披露目のパーティーは、とても重要な儀式であるとのことで、少なくとも館に部屋を持つ者は基本全員参加しなければならないらしい。
「という訳で、おじさん、おばさんに加えて、ペーターさんとラーラも王都に行くことになるけど大丈夫かな。」
「王都に陛下から館を下賜してもらって、そこに儂たちの部屋も用意したという話は聞いていたが、まさか儂らまで最初のお披露目パーティーに出なければならないとは思わなかったよ。」
僕の言葉におじさんがそんなことを言う。
「カンプ、一体どんな人がそのパーティーに来るの?
私たちには貴族なんて縁遠いから、どうして良いか困るわ。」
「おばさま、貴族と縁遠いって、カンプとエリスは今では一番有名な子爵夫妻ですし、それ以前から私とアークは貴族だったんですけど。」
おばさんの言葉にリズが笑いながら反論すると
「エリスは娘だから当然だけど、あなたたちも私にとっては子供の様な者だから、貴族との付き合いには入らないわ。」
と、おばさんに軽く一蹴された。
「ま、僕らがいただいた館の周りは、騎士爵の館と庶民の館が混在する場所ですから、周りの人へのお披露目パーティーですから、そんなに格式ばる必要はないと思いますよ。」
僕はおばさんにそう言って安心してもらう。
もっと驚いて、慌てているのがペーターさんだ。
「カンプさん、私たちもそのパーティーに出なければいけないのですか?」
「はい、ペーターさんとラーラの部屋も館にはありますから。」
「私やフランの部屋より広い部屋になっていますから、ペーターさんとラーラさん、それにお子さんも一緒でも十分な部屋ですよ。」
僕の言葉に加えてリネもペーターさんに説明した。
「いえ、私は部屋を貰えると言うから、荷物を運んだりした時に泊まれるだけの、狭い簡単な部屋かと思っていたんですよ。
そんなパーティーに参加しなければならないような、立派な部屋をお館にもらえるなんて思っていなかったんで。」
「それは当然ですよ。
ラーラさんはブレイズ家の家臣順位では私たちより上なんですから、それにペーターさんも夫として加わって働いているのだから当然です。
ダイドールさんとターラントさんが自分の部屋と同じ広さなのが申し訳ないと言っているのですから。」
フランもそんなことをペーターさんに言った。
「あら、私ってブレイズ家ではそんなに高位の家臣なの?
そもそも私たち夫婦って家臣だったんだ。」
「高位に決まっているじゃないですか。
ラーラさんより上なんて、上位貴族であるアークさん、リズさん、それに王都の館を任されたウィーク准男爵しかいないですよ。」
ラーラの言葉にフランが答えたが、僕も口を挟まない訳にはいかなかった。
「ラーラ、勝手に家臣扱いにしちゃって駄目だったかな?
王都の館の部屋割りをしていたら、自然とそういう話になっちゃって。
でもほら、今では魔道具店の話だけじゃなくて、領地をどうするかという話にもラーラもペーターさんも参加してもらっちゃっているから、もうカンプ魔道具店の店員という枠には全然収まっていないと思うから。」
「ま、それは構わないけど、私が家臣の中で高位に遇されるって問題じゃないの。
私たちは本当に単なる庶民だけど、ダイドールさんとターラントさんは騎士爵をもらったし、フランとリネも家名を名乗れるようになって晴れて一人前の貴族と認められたんでしょ。
貴族の身分の人より、私たちの方が高位って問題じゃないの?」
「ラーラさん、それは何も問題ではない。
ブレイズ家との付き合いの長さでも、ブレイズ家に対する貢献でも、我らよりずっと上なのだから、逆に我らの方が上だとしたら、それの方が余程おかしい。」
ターラントもそう口を出した。
「私たちだって、ラーラさんより立場が上になったりしたら、どうして良いか分からないです。」
リネがそう言い、フランがウンウンと肯いている。
「ウィークはアークの従兄弟でもあるし、准男爵という爵位も持っている。
それは別に判断材料になる訳じゃないのだけど、それ以外にもちょっと複雑な事情があるので、一応立場的にはアークとリズのすぐ下ということにしたんだ。
ま、こういうのって、あくまで対外的な事柄で、何かの時の為に一応決めているだけで、僕たちの中では今まで通り、僕やエリスも含めてみんな対等だから、そこは間違えないで欲しい。
今の話で、変に順位を気にしたりすることは絶対にしないでね。」
僕は全員に向かってそう言った。
ペーターさんは、まだ何か言っているけど、まあ仕方ないね、諦めてもらおう。
「ところで、大きな問題があるわ。」
おばさんが少し大きな声で言った。
「私、何を着てそのパーティーに出れば良いの?
前に王宮の叙爵式の時に着た服で良いのかな。」
「おばさん、大丈夫ですよ。
僕があの服飾店に服は注文しておきましたから。
ラーラとペーターさんたちのも頼んでおいたから、王都についた最初の日に最後の寸法合わせに行けば大丈夫だよ。
今回に合わせた服を作ってくれているはずだから。」
アークがそう答えると、おばさんは
「そうなの、なら安心していて良いのね。 ですって、お父さん。」
と軽くおじさんの方に向かって言った。
「アーク、私たちの分まで頼んできてくれたの、気が利くわね、ありがとう。」
「そりゃ、ラーラはどうにかしちゃいそうだけど、ペーターさんは困るかと思ってね。」
「何よ、私のためじゃないの?」
「アークさん、ありがとう、助かります。」
ということで、僕らは大勢で移動をしている。
これだけ人数が多いと、砂漠の途中の小屋の寝床が足りないかと思って、今回は村でまた寝床に敷くマットなどを調達して、持って行って置いてきた。
小屋自体もアークとターラントが少し広げた。
馬の放牧場は牧草が青々と茂っているし、もちろんラルドの実の木は大きく茂って、日射しや風から小屋を守っている。
僕はもうここで誰か宿屋を開いてくれないかな、なんて思った。
馬車は3台で、僕の馬車におじさんとおばさん、アークとリズの馬車にフランとリネ、そしてペーターさんの馬車にはすまないけど荷物を多く載せてもらった。
ラーラの子供はまだ小さいけど、何枚も重ねられたマットの上で初日は楽しそうだった。
御者は1人が続けるのは辛いから、次々と交代だ。
今は僕が御者をしているのだが、隣にはアークがいる。
「こうして今は僕が御者をしているけど、王都に向かう時だけはダイドールとターラントが僕たちには御者をさせないんだよな。
それだから僕らが王都に行く時には、どうしてもダイドールかターラントどっちかが一緒に行くことになる。
なんかすごく無駄な気がするんだよな。」
「ま、確かにそうなんだけど、ダイドールとターラントにしてみれば、ブレイズ家の貴族としての体面を重視しているんだろうさ。」
「で、考えたのだけど、陛下もお忍びで町に出ているのだろ。
これからは僕らの王都の館は結構人の出入りはあると思うんだ。
それなら何も貴族の紋章を馬車に付けないで、というかこんな貴族然とした馬車じゃなくて、普通の馬車だったら、着ている服装を庶民のに戻せば、僕なんて誰にも貴族だとは思われずに出入りできるんじゃないかな。
それならばわざわざ2人どちらかに同行してもらうことないから。」
「あ、確かにそうだな。
俺だって普通の庶民の服装したら、誰にもバレないよ、きっと。
だって俺も学校時代から庶民の生活が普通になっていて、もう貴族の生活に違和感感じるんだから。」
「ま、確かに、学校時代のアークは、どちらかというと庶民以上になんとなく小汚かったからな。」
「いや、俺はちゃんと貴族らしく、あの当時も身だしなみには気を使っていたぞ。」
僕たちは笑い合ったが、アークも僕の提案には賛成のようだった。
「ところで話が変わるけど、今更だけどウィークってどういう人?」
「ああ、ウィークか。
ウィークは俺の一族で、俺たちの世代で一番優秀なんだ。
俺の実家の分家の子爵家の三男なんだけど、とにかく優秀で、魔力はレベル4に近いんじゃないかな、それだけでなく、学業その他なんでも出来る。
あまりに優秀なんで、三男だけど子爵家を継がせようという話が一時出ちゃって、少し親戚中で揉めそうになったことがある。
本人はそういうのが嫌で、あっさりと王宮勤めしちゃったという訳さ。
きっと優秀だから陛下の目に留まったんじゃないかな。」
「そうなんだ。
そんな人が僕なんかの寄子の家臣になってもらって良いのかな。」
「ま、陛下の意向だから、良いんじゃないか。
それを言うなら、従兄弟で俺を兄さん扱いしてくるけど、レベル1の俺がレベル4近い奴を下位にしているっていうのも、今までの価値観からすれば変な話さ。
ま、その今までの価値観があるから、家がどうとかで揉めるのだけど。」
「ま、そうだよな、陛下の意向だからな。」
「そうそう、それに陛下も自分たちがお忍びで外出するために必要だからの措置だからな。
何も俺たちが気を使う必要はないと思うぞ。」
「そうなのかな。」
お披露目パーティーはなかなかの盛況だった。
ウィークは館近くの騎士の家を中心に、そんなに多く誘った訳ではないらしいが、このパーティーは基本誰でも参加して良いというものということで、話が広がり沢山集まったようだ。
まあ最初から声をかけた以上に集まることは想定していたみたいで、パーティー会場として用意された一階の客間とロビーだけでなく、館の前の広場となっている部分にも、テーブルが用意されていた。
館の前の広場はこの館が横長な為か、かなりの広さがあり、僕らは物の搬入・出荷に都合が良いので、ちょっと気に入った部分だ。
まあ、それは今は関係ないのだけど、その広めの広場にも人が溢れた。
「カンプ様も、エリス様も、王都では有名ですから、多くの人が訪れるのではと思ってはいましたが、流石にここまでとは思っていませんでした。」
ウィークも想定以上だったらしくて、ちょっとびっくりしていた。
「王都に館を持たなかった新入り貴族である私たちを陛下が哀れんで、この館を下賜してくださいました。
皆さんもたぶんご存知かと思いますが、私たちは子爵という爵位をいただきましたが、元々魔道具店と雑貨店を経営していて、今でもそのまま経営しています。
その為、ここも普通の貴族の館とは違い、この館にも荷物が出入りしたり、人の出入りが多くなると思います。
近くの方々の迷惑にならないように気をつけますので、これからよろしくお願いします。」
僕はそう言って、色々な場所で挨拶をしていったのだが、その挨拶を聞いてウィークが、
「カンプ様、ここに来ているのは、皆、カンプ様より身分の低い者たちです。
そんなに下手に出た丁寧な言い方をしないで構いません。
ただ、この館はブレイズ家が陛下より下賜していただいたと宣言するだけで良いのです。」
「うーん、僕は貴族というのが良く分からないから、もしかしたら子爵としてはウィークの言うような態度が正しいのかもしれない。
でも、集まってくれた人は、つい最近まで僕らが単なる庶民だったことを知っているだろうし、そんな僕らがそういった貴族然とした横柄な態度だったら、きっと反感を覚えるんじゃないかな。
僕が逆の立場だったら、やはり何なんだこいつはと思うだろうから。
それに商人は誰に対しても平等に丁寧に接するのが基本だからね。
魔道具店と雑貨店の店員という立場の方が、僕やエリスにとっては本来の姿だから、やっぱり貴族らしい態度は取れないよ。」
「なるほど、そういうモノなのですか。
私はどうも生まれた時から貴族として育ち、学校から王宮に入ってしまったので、そういうことに疎い様です。
これから覚えていきたいと思います。」
館近くの人へのお披露目パーティーが終わってから、次はお祝いに来てくれた王都の魔道具店の人たちや、雑貨店と取引のある人たちと、一階に別に事務所として用意した部屋で会った。
もちろん今度はしっかりと顔つなぎの意味もあるから、領地から来た者全員揃って、その場で挨拶を受ける。
「カンプ様、こちらの館を下賜していただいたとのことお喜び申し上げます。
我々としても、王都にカンプ様たちの拠点ができたことは、とても嬉しく思います。」
一番年長に思われる人が代表して、そう口上を述べてきた。
「どうもありがとう。
これからはより親密に取引をさせていただけると嬉しいです。
とは言っても、僕たちは領地に居ることが常態で、この館に滞在することは少ないのだけど。
今回は領地とこことを行き来する全員が一堂に揃っているから、皆さんもなんとなく顔を覚えておいてください。
少なくとも二週間に一度は誰かしらが、ここに来ますので、急ぎの用がありましたら、ここにいる誰かに伝えてください。
それから、こちらがこの館を預かるウィークです。
普段何かありましたら、この者に言ってくれれば対応できると思います。」
「カンプ様より紹介していただいたウィークと言います。
私はこの館にほぼ常におりますので、何かありましたら、声をおかけください。」
ま、これからどうなるか分からないけど、一応顔つなぎというか、挨拶を交わしておけば、徐々に物事が回っていくだろうと思う。
「もう儂は引退した身で、店のことは娘夫婦に任せているのじゃよ。
じゃから、仕事の話なら娘にでも持っていってくれ。
何、2人とも爵位などもらったが変わりはせんから大丈夫だ。
そなたらも隠居したら、領地の方にでも遊びに来てくれ、歓迎するぞ。
ただし、まだ開発し始めたばかりで何もないがな。」
おじさんは傍らで、古くからの取引先らしい知り合いとおしゃべりをしていた。
僕たちが、それら商売上の付き合いのある人たちとのやり取りを終え、やっとお披露目が全て終わったと、居間で寛ごうと部屋に入ると、先に2人の人物がお茶を飲んでいた。
普通の庶民の格好をしているので、最初誰かと思ったのだが、驚いたことに陛下と王妃様だった。
「これは失礼しました。
いつからお待ちいただいたのでしょうか。」
「ああ、カランプル、なかなか盛況なお披露目だったな。
全て終わったか。
何、もう随分前から来ていたのだ。
この格好だったからな、人混みに紛れれば誰にも気付かれなかったぞ。」
どうやら陛下はパーティーの人混みに紛れて、そのスリルを楽しんでいたらしい。
「もう、陛下は。
護衛の者たちは、近付いて陛下を囲む訳にもいかず、困っておりましたよ。」
その非難する言葉と違い、王妃様は楽しそうに笑っていた。
「お前だって、それを見て楽しんでいたのだろう。
ま、とにかく、こうやって普段王宮に居たのでは聞くことのない、様々な言葉を直接に聞くことができるのは、なかなか得難い機会だ。
これでまたやっとお忍びで町に出れるな。」
「ええ、それは嬉しいですね。
エリス、ぜひ付き合ってね。」
王妃様はそう言って笑っていたが、ウィークが苦情を言った。
「陛下、お越しになるなら、そう先に伝えてください。」
「ウィーク、伝えたら、お前は反対したじゃろ。」
「当たり前です。
陛下が一子爵の館のお披露目に出席するなんて、そんなことあり得ません。」
「な、王妃よ、言った通りだろ。
ウィークは歳は若いが、頭は固いと。」
 




