領地に向かう
「それでは10日後に私は戻って来ますので、カランプル様たちはそれまでに移住の準備を進めてください。」
叙爵式が終わった次の日、ダイドールとターラントはそう言って騎馬で領地へと向かって行った。 10日後に戻って来るのは、ダイドールだけでターラントは領地の方に残って、僕たちの移動の間も作業を進めている手筈になっている。
騎馬で向かうのは、馬車ではなく騎馬で向かえば、3日の行程が無理をすれば2日で済むからだ。 今回はダイドールとターラントは大きな荷物を持つ訳ではないので、2人とも騎乗が出来ることもあって、速さを優先したのだ。 ダイドールは領地で6日間仕事をしたら、こちらに戻って来ることになる訳だ。
ダイドールとターラントが騎馬で持つ少ない荷物の中には、リネが徹夜で作った水の魔道具が6個入っている。 昨日家に戻ってから、リネを呼び出して作ってもらった魔道具だ。
僕たちは式が終わって、家に戻ってからリネに式の後の陛下との話し合いを説明した。 リネは自分が魔道具を作って良いことになったことにとても驚いたが、すごく喜んだ。 フランも失敗してまだ実用化したり商品化したりした物はないが僕と一緒に魔道具作りをしている。 リネだけが、水という属性のための制限で魔道具を作るための回路は作れずに、ただ魔力を貯める魔石だけを作っていたのだ。 それが僕の子爵領の領地内のみという制約はつくけれど、作っても良いことになったのだ。 僕らの店に入る時に諦めたはずのことなのだが、実際に魔道具を作れるというのは、魔技師にとってはとても大きな意味を持つから、リネが喜ぶ気持ちは理解できる。
僕の領地でとにかく不足しているのが、水の魔道具な訳で、少しでも早く、一つでも多くの水の魔道具が使えれば、その分領地の開発が進む訳で、ダイドールとターラントも話を聞いたら即座に翌日の出発時に出来るだけ持って行きたいと言い出した。 でもそこでターラントから一つ注文が入った。
「普通の水の魔道具でとりあえずは十分なのですが、出来たら本当に極少量の水が出る様に調節できるように出来ませんか、と。」
リネにとっては、それは難しいことではなかったようで、スイッチの部分を少し普通の物と違う形にしただけで、それ以外の見た目は普通と変わらない水の魔道具を作ったのだった。
移住を真面目に考えてみたら、かなり大変だということが分かった。
自分たちの準備も、それもまあ大変なのだが、それ以上に移住する順番だとか、領地の方の受け入れ準備だとか、すごく綿密に上手く計画しないとダメなのだ。
とにかく僕たちが移住するには、住居や仕事場を作らねばならないし、僕たちが暮らすための食料を、領地で今までより余分に生産しなければならない。 とりあえず現状でも10人程度の人数が増える程度は、領地でというか村で賄えるらしいのだが、それを超えるともう無理があるらしい。
ただまあ、水さえあって、周りを囲うことさえ出来れば、簡単な作物はすぐに作れるとの事なので、すでに村長とターラントの手で農地の拡大は始められている。 ターラントが土魔法で10m四方くらいを高さ1.5mくらいの壁で囲い、そこにタネを蒔いて水を定期的に撒けば簡単な作物は出来るのだ。 まあ土に水分はともかく養分がほとんどないので、作れる物は高が知れているのだが、始めはそんなものだ。 とりあえず僕たちが視察に行った時に置いてきた水の魔道具を使っているとの事だが、そんなに数はないし、広げられる量は限られているだろう。 それに労働力という点でもそんなに農地を増やすこともできない。
つまり、カンプ魔道具店の関係者だけでも、現時点では受け入れが難しいのだ。 僕らが4人、フラン、リネ、ダイドール、ターラントで合わせて8人、この程度までなら現状の村で受け入れられるが、それ以降は開発しながら、受け入れていくことになる。 組合の支部が作られることは決まっているし、ラーラ一家も移住することになっているのだが、もうそれだけで現状では無理なのだ。 広大な子爵領とは言っても、10人新たに受け入れるのがやっとなのだからちょっと笑える。
とりあえず今のところ直ぐにでも移住しなければならないのは、僕たち4人とフランとリネだ。 僕たち4人は立場上仕方ないのだが、フランとリネは、リネは水属性の魔技師で直ぐにでも来てもらわないと困ることになり、セットでフランもという形だ。 だから僕たちの次にはフランとリネに来てもらうことになる。
そうすると魔石への回路の書き込みはその多くが領地の方ですることになるので、大体リネとフランが領地に移動するのに合わせて、組合の支部を立ち上げてもらうことになった。 組合の方は領地に組合の建物を作る土地さえ用意をしておけば、あとは組合の方で自主的に作るとの事で気が楽だ。 とはいっても、作るときは作業している人が領地に来るし、業務が始まったら、新しく領地の支部の組合長になる職員さんの他にも組合の人は常駐するのだろうし、常に魔石の運搬をする人が入れ替わり立ち代りやってくることになる。 その人たちの食事や、馬の飼料まで全て運搬してというのは大変だし、実際問題無理がある。 早急に組合に関わる人の食料や、馬の飼料も領地の方で確保できるようにしなければならないと思う。
その次にラーラを呼び寄せることになるのだが、ラーラには家族もいるし、そのあたりをどうするのかもきちんと尋ねないと。
僕は最初ここまでしか考えていなかったのだけど、ラーラも移住することを決心したら、今まで店の仕事を手伝ってくれていた女性魔技師さんたちが、どういう訳か次々と家族で移住すると申し出てくるようになった。 確かに領地に人手という大きな問題があるから、嬉しいことではあるのだけど、とりあえずは待機してもらって、順番にという感じかな。
王都光魔導師組合が僕たちの店の傘下に入ることになってしまったため、王都の光属性の魔技師が、みんな僕の店の傘下となってしまった。
僕らは独占して何かをしたい訳ではないから、シャイニング伯が無理やり傘下に納めた魔道具店との契約などは全て破棄しようとしたのだが、それらの魔道具店も契約内容の変更は求めたが、傘下には止まりたいという話になってしまった。 王都光魔導師組合直属の魔技師さんたちは、僕らの店の傘下にしなければならないとは、行きがかり上仕方ないと思っていたのだが、他はちょっと誤算だった。 理由は僕たちの店で売っている光の魔道具を自分たちでも売りたいということらしい。
結局、王都光魔導師組合は、カンプ魔道具店王都店と名前を変えて、僕らの店の傘下ではあるけれど別組織とした。 他の傘下の店はそれぞれに今まで通り自分の店の名で続けてもらう。 僕らの店の傘下としての義務は魔道具を作るための魔石と線は僕らの店から仕入れること(ま、それ以外の選択肢はないのだけど)と、利益の1割を僕たちの店のモノとすることとなった。 あと例外としては、吸収の魔石も付ける様な大掛かりなモノを作る時は、僕らに連絡してこなければいけないことにした。 吸収の魔石は取り扱いに問題があると組合長から注意されているからだ。 ま、これもきちんと連絡がなければ売らなければ良いだけだから、問題にはならないだろうけど。
実際問題として、僕たちは利益の1割をもらわなくても良かったのだが、それでは傘下としておかしいと、傘下になる店の人に言われてそう決まったのだ。 僕たちが傘下から利益の何割かが欲しいと言わなかったのは、魔力を貯める魔石を使った魔道具が増えれば、その魔石の方で、僕たちの店は利益が出るからで、別に慈善事業をしている訳ではない。
また王都でも僕たちの魔道具を正式に売り出すことになったので、王都の組合でも魔力を貯める魔石を扱ってもらうことになった。
結局、今回のことをきっかけにして、僕たちの店は、自分たちの東の町と北の町の魔道具は一手に僕たちの店で引き受け、南の町と王都の魔道具店もみな関わりを持つことになり、水の魔道具を除いた魔道具は、いくらかの例外を除けば、みんな僕たちの魔石が使われる様になった。
10日後にダイドールが視察に行った時に乗ってきた大きな荷車で戻ってきた。 僕たちはその荷車に当座必要だと思われる家具や日常雑貨を載せていく。 僕たちの計画では、まだ領地の家は僕たちが生活するためにギリギリの大きさでしか作っていない。 最初にダイドールとターラントが出してきた計画では、とても立派な屋敷を作ることになっていたのだが、僕たちでそれを修正した。 今はその労力を他に回したいからだ。 そもそも僕たちはそんな大きな館に住むような生活をしていなかった訳だし、領民もそんなにいないのに、そのような家というか建物は要らない。 それに何らかの必要な時がきたら考えれば良いことだからね。
そして僕たちは、叙爵式の時にダイドールが必要だからと独断で先に作った馬車に乗って領地に向かった。 御者は僕とアークで交互にこなす。 僕とアークが御者をすることにダイドールは難色を示した、貴族が御者をするなんて、と。 でも僕たちは領地の食糧事情に問題があることが分かっていて、御者を雇って人を増やすことはしたくなかったし、御者するためにターラントに戻ってきてもらうのも、それよりは現地での仕事を優先して欲しかったので嫌だった。 ダイドールが渋々折れた。
僕たちが自分たちの馬車の荷物としたのは、魔石とリネの作った水の魔道具だ。
リネはこの10日間1日も休まずに水の魔道具を作ってくれた。 まだどんな魔道具が領地で必要とされているか分からないので、2つ程シャワーの魔道具を作っただけで、他はみんな普通の単純な水の魔道具だ。 ただし、ターランドに言われたとおりに、極少量の水を出せるようにしてある。 1日に6個の魔石を作れるので、ラーラとアークの協力もあって、全部で60個の水の魔道具を積んである。
とにかくこの10日間は、また前のように魔石への回路の書き込みに追われてしまった。他にもすることが多かったのに、王都の光の魔道具店からの注文も多くて、リズが掛り切りになり、リネの水の魔道具の分も含めてお知らせライトの魔石も大量に必要になり、ラーラも大忙し。 リズとリネが新たに作った分に加えて、僕らが領地の方に魔力の充填されている魔石を100個ほど持って行こうと組合から買ったので、組合長に
「とりあえず向こうに行くまでに、その分と少し予備を多く置いていけ。」
と言われ、フランだけでなく、僕とアークも少しでも空いた時間は魔力を貯める魔石を作ることに追われてしまった。
話が少しズレていってしまった。 つまり僕たちの馬車の方にはリネの作った魔道具が60個と魔力が充填された魔石が100個、積まれている。 それから回路の書き込まれていない魔石も300個積んでいる。 もう動かしている魔石の数が多すぎて、魔石の組合への支払いとかもどれだけになっているのか、僕には全くわからない。 エリスが組合に毎日通っていたから、たぶんちゃんと出来ているのだろうと思う。
それから僕らが載っている馬車についている紋だが、僕が子爵として王宮に行ったりする公式の時以外は、僕の家の紋ではなく、カンプ魔道具店の紋にすることにした。 アークとリズも乗っているのだから、店の紋なら2人の紋の一部も入っているのでちょうど良いと思ったのだ。 それに僕の紋を付けた馬車に乗っているのは恥ずかしいしね。
僕たちは視察に行った時と同様に領地への道を進んでいく。 前回は普通の馬車での旅だったから何も注目を集めることはなかったのだが、今回は正式に領主である子爵が領地に向かうということになるので、一応貴族の体裁を取らねばならず、貴族用の馬車に乗っている。 どうしてもちょっと注目を集めてしまうのが、ちょっと恥ずかしい。 1日目の宿に着いて、明日からは注目されずに済むと思ったら嬉しかった。
2日目に中間点に着くと、僕たちは驚いた。 腰の高さ程の苗木になっていたと聞いていたのだが、もう僕の背の高さ近くの木になっていたのだ。 ほんの5日程度しか経っていないのに、もうそれだけの成長をしているのだ。 この分なら、あっという間に木陰が気持ちいいと言える様な大きな木になるのではないだろうか。
「これからは領地に移住する人がここに泊まって、きっとみんなシャワーを浴びたりしますから、排水や下水が多くなって、もっと素早く大きくなるのではないでしょうか。 この感じで育つなら、もう何本かこの木を植えられるだけの水分がありそうな気がするのですが。」
ダイドールの言葉に僕とアークも同意して、アークは今回の小屋の改造に排水や下水の配管工事もした。 今の木も含めて、小屋の四方に木を植えられる様に排水が流れて、水分がある場所を作ったのだ。
「今の時点では3カ所の水分が勿体無い感じになっちゃうけど仕方ないな。 次にここに来る時に必ず種を植えよう。 それにしても今回はこの工事は予定外だったから、計画していた小屋の改造が少ししか出来なかったよ。 次に改造できるのはいつになるのか。」
アークが排水の改造が出来たのには満足していたが、考えていた小屋の改造があまり出来なかったのを残念がっていた。
ちなみに今回アークが一番力を入れていた改造は、小屋のトイレの改造だった。 町のトイレは水洗式になっていて、その汚水の先は処理施設となり、貴重な肥料が作られる。 村ではそこまでの施設が作られてはいないし、町の処理方法は貴重な水分を無駄にしている部分がある。 村のトイレはどうなっているかというと、汚物は液体と固体に分けられて、液体は他の排水と共に直接、家の前に植えられた日除け・風除けの木の下に送られ、固体部分は別の場に溜まる形になっている。 液体部分を直接木に送って大丈夫なのかなとも思うのだが、大丈夫とのことだし、乾燥の酷い土地だから分けて貯められる固体部分もすぐに乾燥してしまうので、臭いの問題もほとんどない。 乾燥して溜まった固体部分は時々取り出されて、肥料として利用されることになる。 かなり合理的で優れたシステムなのだ。 この村のトイレに小屋のトイレも改造したのだ。
「これでベッドが硬く無ければ、私としては不便さも旅の一幕として嫌じゃないのだけど。」
リズがそんなことを言うと、
「それは俺の土属性じゃどうにもならないよ。 何かマットの様な物を運んで来て設置するしかないな。」
うん、確かに硬いベッドの上で寝袋に包まって寝るのは、ちょっと辛い。 早急に対策が必要だな。




