客
風の魔道具作りはとりあえず失敗したが、また何か新しいアイデアを考えようと思う。 日常に使える風の魔石を使った魔道具、ハードルは高いが何か出来るはず。 ちょっと落ち込んでいるフランをアークが慰めている。
「フラン、そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ。」
「いえ、アークさん、やっぱり風の魔技師って本当に役立たずなんだな、ってつくづく再確認しちゃいました。」
「そんなことないよ。 僕の土属性だって、ずっとなんの役にも立たないと思っていたんだよ。 それが本当にちょっとしたきっかけから、ここでは求められるようになり、全然別の事からの冗談みたいな話の盛り上がりで、魔道具もできたんだ。
きっとそんな風に、風属性も何かのきっかけで、たくさん必要とされる時が来ると思うよ。」
「確かにアークさんは土属性の魔道具をもう二つも作っていますけど、そこまでには大変なご苦労があったことと思います。 でも私の風属性は今回、カンプさんにアークさんも加わって色々試してみたけどダメでした。 やっぱりかなり望みは薄いんじゃないかと思うんです。」
「いや、こういうことは、本当に何かのきっかけなんだよ。 今回はそのきっかけが間違った方向だったということなんだよ。」
どうも今回のことでフランの気持ちが随分とネガティヴな方向に振れてしまったみたいだ。 元々の原因は僕が変に希望を持たせたことにあるので、ちょっと責任を感じるのだが、今のところ次のアイデアが出てこない。
「どちらにしろ、元々魔力を貯める魔石を作ってもらうことが、最初の主な仕事としてこの店に入ったのだから、とりあえずはそれを頑張ろうよ。 そのうちまた次のきっかけが何かあるんじゃないかな。 常に考えていれば良いアイデアは、きっといつか浮かんでくるさ。」
アークの言葉にフランは渋々うなづいていた。
でまあ、なんとなく日常の業務をこなしていた時、北の町の冒険者のアラトさんが訪ねてきてくれた。
アラトさんは、一度この町のおじさんの百貨店に来てからは、冒険の合間にこの町に良く来るようになった。 百貨店が気に入ったらしい。
そしてなんとなく僕たちのところに顔を見せて、話をしていくようになった。
僕たちとしても、ダンジョンで使う魔道具について、その使い心地や、問題点を生に聞かせてもらえるのは、とても有り難い。
冒険者が魔石を割ってしまうことが多いことを聞いたのも、実はアラトさんからだったりするのだ。
「ここに来れば、なんでも必要な物は一箇所で買えて面倒がないからな。
もちろん百貨店は、特別な物や、一品モノなんてのはないが、そういったモノは特殊な店に行くしかないが、普段使う物や、使い捨ての物を買うなら、値段も良心的だし、ここが一番さ。」
「アラトさん、目当てはそれだけじゃないでしょ。」
何度も会っているので気安くなったリズが、そう茶々をいれた。
「ああ、確かに、あのケーキを食いに来ているというのもあるな。」
「わかる。 あのケーキ美味しいもの。」
リネとフランも話に加わった。
百貨店に出店しているベークさんの店では、パンだけではなく、ケーキも作って売るようになっていた。 僕とエリスの結婚式の時に作ってくれたケーキが好評で、「あのケーキは売ってないの?」という声が多く上がり、売り出すようになったのだ。
ちなみに今ではベークさんはケーキを専門に焼き、もう一軒のパン屋さんの方がパンを専門に焼くように分担が決まってしまっている。 そしてどちらも窯を増やして対応している。
「でも、冒険者のアラトさんが、甘いケーキに釣られて、この町の百貨店にいそいそと通っているって、なんか想像すると笑えるというか・・・。」
フランのこの言葉で大爆笑になった。 フランもやっと気分の落ち込みから脱却したようだ。
「ところで一つがっかりしたことがあったんだよ。」
アラトさんがちょっと深刻そうな顔をして言った。
「何があったんですか?」
アラトさんはどちらかというと陽気な質で、あまり深刻な顔を他人に見せるタイプではないので、僕は驚いて話を聞いた。
「北のダンジョンなんだがな、ここにある小さなダンジョンとは違い結構大きいダンジョンだから、広かったり深かったりして、全体の探索はとても大変なんじゃないかと俺たちは考えていたんだ。
それこそ何日も潜って、懸命に前進しなければならないようなダンジョンを想定していたんだ。 魔物も強くなり、倒すことがどんどん難しくなるというような。」
「僕は入口しか見たことないですけど、ここのダンジョンとは違って入口も大きいですから、北のダンジョンはそういうものだと思っていたのですが。」
「そうだろ。 俺もそう思っていたんだよ。
だけど、お前のとこで作った魔道具を持って、いざ長い時間探索ができるようになったら、どうやらそんなに広くないみたいなんだよ。
出てくる魔物も、火鼠以外は、レベル2の雷ウサギと土モグラだけしか出てこないんだよ。 どちらも今までも馴染みの魔物だからな、一気にワクワク感が下がってしまったんだよ。
今ではだから冒険者を辞めて、魔技師で食っていくって、魔技師の勉強を始める奴がかなり出てきている。 冒険者は次に何があるかっていうチャレンジが好きで、それがないなら、食っていくだけなら今は魔技師の方が需要があるから、ってな。」
うーん、そうなのか。 ちょっとそれは考えたことがなかったな。 でもその程度のダンジョンだとしたら、僕の作っているダンジョン用の調理器は絶対売れないな。 僕はアラトさんの話を聞いて、そんなことを考えた。
アラトさんは別に何の用事がなくとも来てくれて嬉しい客なのだが、別の日に来て欲しくない客が来た。 王都から来た、貴族の使いだ。
とても尊大な態度で、僕たちの家にやってくると、前置きもなく勝手に話始めた。
「私は王都光魔導師組合の者である。 この店では光の魔道具を扱うと聞いたが、間違いないか。」
「はい、光の魔道具も扱いますが、それが何か?」
「それならば、当然、王都光魔導師組合の傘下に入るべきである。
ここに、王都光魔導師組合の傘下に入る書類を持ってきた。 早々に記入せよ。」
は、この人何? それにそもそも王都光魔導師組合って何?
僕にはさっぱり訳が解らなかったので、貴族関係は貴族に聞くのが良いと思って、リズを呼んだ。
「リズ、何だか知らないけど、王都光魔導師組合とかいう所の人が来ているのだけど、そういう組合って知っている?
そこの傘下に当然入れと書類を持って来ているのだけど。」
リズの顔色が変わった
「カンプ、まさかその書類に署名したりしてないでしょうね。」
「いや、いくら僕でも訳の分からない書類に署名なんてしないよ。」
「そうそれなら良かったわ。
王都光魔導師組合というのは、組合なんて言っているけど、シャイニング伯がやっている王都の光の魔道具を作っている店の名前よ。 あまりに実態に則さない店名だから、貴族の間ではその名前は使われず、普通はシャイニングのライト屋って言われているのよ。」
「え、何、それじゃあ、この書類って、僕たちにその店の傘下に入れっていう書類だったの、まだ中身も読んでないのだけど。」
「きっと、酷い契約書よ。」
僕たちの会話を聞いていた尊大な口をきく客は真っ赤になって怒って言った。
「無礼者め。 なんたる口の利き方か、貴族をバカにしたようなその物言い、ただでは置かんぞ。」
リズはその物言いにカチンときたようだ。
「あなたこそ、随分と尊大な物言いをしているけど、あなたはどういった身分を持っているの?」
「我は、王都光魔導師組合から遣わされてきたのだ。 それ以外の何をお前たちが知る必要がある。」
「王都光魔導師魔導師組合から遣わされてきた、つまりシャイニング伯から遣わされて来たということで良い訳ね。」
「そういうことだ、我は伯爵の使いである。」
「シャイニング伯の使いであることは分かったわ。 それであなたの身分は?
あなたは爵位をお持ちなの? それともどこかの貴族の身内なのかしら?」
尊大な客はちょっと詰まった。
「いや、私はそういったものではない。」
「あら、それなら少なくとも家名を持っていて、家名を名乗る許可を得ている人なのかしら。」
「いや、我はそのような者ではない。 だが、我は伯爵の使いである。 それに準じた物言いをするのは当然のことである。」
「あなたは、まさか礼儀作法を全く知らない人なのかしら。 そんな人をシャイニング伯爵は使いに使っているの?」
「無礼な!! 我を礼儀知らずなどと言うのはなんたる無礼な言葉か!!」
尊大な客は頭から湯気をたてそうな感じで怒鳴った。
リズは平然としている。
「礼儀知らずを礼儀知らずと言って、何がおかしいの。
あなたの態度は身分が下の者が上の者にして良い態度ではありません。」
「ふっ、何を言い出すかと思えば。 このような店の者が身分が上のはずもないであろう。」
「あら、あなた本当に何も知らないのね。
私は伯爵の娘だし、魔技師をしているけど、国王様直々に家名を名乗ることを許されているわ。
あなたが先に話していたこの店主も、国王様が直々に家名を名乗ることを許した家名持ちよ。
あなたとは身分が違うのだけど、その私たちに対して先ほどからの様な物言いがどういう意味を持つか考えてみた方がよろしいのではないかしら。」
尊大な口を利いていた客は、顔色を急に青くして、口調を変えた。
「申し訳ありません。 私は貴方様方が私より身分が上の方達だとは全く知らず、ご無礼な口の利き方をしてしまいました。 お詫び申し上げます。
でも、王都光魔導師組合の傘下になる書類に署名をお願いしなければならないことに変わりはありません。
どうか速やかに署名してください。」
「何で私たちの店が、シャイニング伯爵の店の傘下に入らなければならないの。
どこにそんな必要があるのかしら?」
「光の魔道具を作っているならば、当然のことだと。」
「だから何故、それが当然なの?」
「光の魔道具を作っているということは、魔石に光の回路を組み込んでいるはず、それならば当然傘下に入らねばならないはずです。」
「だから、どうしてそれが当然なの。」
「光の回路は全て王都光魔導師組合のものであるからです。」
「何、バカなこと言っているの。 この店では王都光魔導師組合の誰かが権利を持っている回路なんて一つも使ってないわ。 そのことは、組合。 おっと、きちんと正式名称で言わなければ紛らわしいわね。 そのことは、魔技師冒険者組合できちんと確認されていて、どこからも何か言われる筋合いはないわ。」
「そんなことはないはずです。
この店で売られている魔道具には、我々が作っている魔力が少なくなると色の変わるライトの技術が使われていると聞きます。 明らかに、我らの技術を盗んでいるではないですか。」
リズは急に凄く怒りにかられた様だ。
「ふざけないで。 確かにこの店で作っているモノには、色の変わるライトの技術を応用した技術が使われている。」
「ほら、自分から白状したではないですか。」
「でも、その技術はもう誰が使っても構わない公開技術よ。 貴方、そんなことも知らないの。
それに何より、その色の変わるライトの技術を開発したのはシャイニングではないでしょ。 その技術を開発したのは、グロウヒルよ。 私の4代前の祖先よ。
ふざけたことを言ってないで、さっさと帰って頂戴。」
流石に尊大だった客は、それ以上は何も言えず帰って行った。
後から、置いて行った書類を読んで僕らはびっくりした。
もし、その書類に署名してシャイニングの傘下になっていたら、利益の90%はシャイニングの物になるという契約書類だった。
うん、リズ様様だな。
 




