風と水の魔技師
「カンプ、何だか思ってもみなかったところから、あなたの家名が判明したわね。」
「そうだな、それもまさかブレイズだもんなぁ。」
「そうね、ちょっとびっくりね。」
リズとアークが何に対して驚いているのか、僕には全く見当がつかなかった。
「そのブレイズって名前、何か問題があるの?」
僕は何となくちょっと心配になって二人に聞いてみた。
「問題があるんじゃなくて、名門なのよ。
この国最初からの4伯爵家、その一つなのよ。」
「国王陛下が俺たちの店の紋章に注意が向いたのも、その一部がブレイズ家のモノだったからだな。 俺とリズの家の紋章の一部が入っているのはすぐに分かっただろうから、上側のもう一つは何だ。 でもどことなく見たことがある気がするって感じかな。」
「きっとそうね。
私も今となると、何でカンプにその紋章を見せられた時に気づかなかったのかと思うわ。」
「そうだな。 貴族の習う歴史の中では絶対に見る紋章だもんなぁ。
俺も見た時に何となく引っかかる感じはあったんだけど、相手がカンプだし、絶えてしまって随分経っている家の紋章だから、まともに考えようとしてなかったよ。」
「そもそも自分たちが家の紋章を表立って使えない立場になったばかりだったんですもの。 仕方ないわよね。」
黙って聞いていたエリスがちょっと批評した。
「何だかすごい家名だったということだけは分かったわ。 でもまあ、私たちにはあまり関係ないかな。」
「エリス、何を言っているの。 関係あるに決まっているじゃない。
これからはカンプが自分の名前を正式に名乗る時には、カランプル_ブレイズと名乗らなければいけないし、それはエリスも同じことよ、エリス_ブレイズと名乗らなければいけないのよ。」
「えっ、私もなの?」
「当然でしょ。 あなたは正式なカンプの妻なんだから。
それに、国王陛下より家名を名乗ることを許されたということは、逆に正式な場で名乗る時に家名を名乗らないのは不敬に当たるわ。」
やれやれ、褒美として家名を名乗ることを許されたのだけど、これって逆に面倒が増えただけじゃないのかな、と僕は思ってしまったのだが、リズとアークは堂々と家名を名乗れることになったことをとても嬉しがっていたし、この国王陛下の褒美をとても感謝していた。 僕はきっとそれが正しい反応なんだろうなぁ、と思った。
「そうかい、エリスもエリス_ブレイズって名乗ることになるのだね。
何だか貴族様みたいだね。」
「そうですね、あなた。 何だか鼻が高い気持ちですね、娘が家名を名乗ることになるなんて。」
うん、おじさんとおばさんも喜んでいるから、それが普通の感覚なんだと思う。
「あ、一つ問題があった。」
アークが大きな声をあげた。 注目の中アークは言った。
「家名を名乗ることが正式になったということは、今までの契約書や何やらの署名を書き直さなければならない。
俺はそんなに公的な書類はないから大したことないけど、リズは?、カンプとエリスはきっと店の契約関係でかなりたくさんあるよね。」
僕が頭に浮かんだのは、組合に登録した魔道具などの署名なのだけど、エリスはとても渋い顔をしている。 そういえば、エリスに言われるままに、何枚もの紙に名前を書いたような気がする。 もしかして、あれ全部作り直しなのだろうか。 気が重くなった。
というわけで、まあ、僕たちにとって、国王陛下に会うなんてことは、確かに光栄ではあるけれど、面倒なだけのことであったのだけど、そのおかげで一つ良いことがあった。
国王陛下がリズとアークの家を訪ねたことにより、それによって僕たちの店を知ったというか、思い出した、ちょっと違う、意識にのったというのが一番正しいか。
とにかく、それによって二人の女性魔技師が、正確には女性魔技師の卵が僕たちのところを訪ねて来た。
つまりもうすぐ魔法学校を卒業する生徒が、卒業後に僕たちの店で働かせてもらえないかと訪ねて来たのだ。
僕はどうなのだろうと思ったのだが、リズが乗り気だった。
「カンプ、私と同じ貴族の女の子よ。 それに属性が風と水なのよ。 ちょうど良いじゃない。」
「リズ、風はともかく、水属性の方は大丈夫なのか。
それになんでそんなにノリノリなんだよ。」
「うん、カンプには分からないかな、貴族の娘だったら秘密の保持に関しては、その名誉にかけて誓わせれば絶対なのよ。 貴族はそういう名誉にかけてという事に関しては、命を捨てでも守らなければならないということを、子供の頃から厳しく躾けられているわ。 だから、彼女たちを雇って、彼女たちに名誉にかけて秘密を漏らさないことを誓わせたら、それを信じても良いのよ。」
「うん、確かにそれは俺も保証するよ。 貴族として、それは絶対だし、それがもし破られると、破った本人だけでなく、その家の問題となる。 事によっては爵位が没収される。」
「随分と厳しいんだな。」
「ま、名誉を重んじるのは貴族としては当然のことだからな。 それを傷つける行為に対しては大きなペナルティーが課されるのは当然のことだ。」
「秘密の保持に関しては分かったけど、水属性は良いのか。」
「そうね、水属性の魔技師といっても、さすがに水属性の魔道具を作らせる訳にはいかないわ。
水属性の魔道具は王家専属の物だから、水属性の魔道具を作るなら、王家の魔道具を作る部署に所属しなければならないのは誰でも知っていることだわ。
でも、水属性の魔力を持っている者は、それによって優遇されてはいるのだけど、ほとんど全ての人が王家の支配の中に入っている。 そこでは魔力の少ない魔技師なんて本当の下っ端扱いで辛い思いをするらしいわ。 何しろ一番上が陛下なんだから、陛下御自身のお考えはこの間も聞いた通り全く違っているみたいだけど、そうなってしまうのは仕方ないと言えるかもしれない。
だから、その属性魔力を活用しないでも済んで、単なる魔技師として生きていける私たちの店は彼女にとって魅力的なんだと思う。」
この国は強力な水属性の魔力を持った初代の王が作った国で、逆に言えば強力な水属性の魔法使いだったから、建国ができたのだ。
その伝統は今でも続いている。
僕たちは久しぶりに組合に全員で来ている。 いつもどおりエリスは別室に行き、僕たちは組合長の部屋だ。
「おう、お前ら、何だかご無沙汰じゃないか。
それに魔石を買うのも滞っているぞ。 困るじゃないか。」
「組合長、そうは言っても、僕らも遊んでいた訳じゃなくて、もの凄く大変だったんです。」
「ああ、聞いている。 今のは冗談だ。 流石に俺も国王陛下よりこっちを優先しろ、なんてことは言えねえからな。」
「当たり前です。 何を言い出すのですか。」
職員さんが組合長にかなり強い調子で突っ込んだ。
「それにしてもみなさん、聞きましたよ。 国王陛下から褒美として、家名を名乗ることを許されたとか。 ぜひ、それぞれに名乗ってみてください。」
職員さんは僕たちを喜ばせるためだろう、そんなことを言った。
アークから名乗った。
「アウクスティーラ_ハイランドです。」
「私はエリズベート_グロウヒルです。」
「二人とも良かったですね。 魔技師になっても今まで通り堂々と家名を名乗れることになって。 やはり貴族の方が家名を名乗れないのは、とても辛いことだと聞きます。 ただの慣習ですけど、魔技師になった途端に家名を名乗れないのは、きっとあなたたち二人にとっては耐え難いほどの屈辱的なことがあったと思います。 それが国王陛下のお墨付きで解消されたのですから、本当に良かった。」
ええっ、二人にとっては家名を名乗れないということは、そんなにも大変なことだったのかと僕はびっくりした。
リズは職員さんの言葉に感極まったのか、ポロポロっと涙をこぼすと言った。
「ありがとうございます。 暖かい言葉、胸に沁みます。」
アークも少し上を向いて目を瞬いている。 涙を我慢したのだろう。
組合長か雰囲気を変えるように言った。
「それでカランプル、お前はなんて名乗ることになったんだ。」
「はい、僕はカランプル_ブレイズと名乗ることになりました。」
「その家名はどこから持ってきたんだ?」
組合長のちょっと失礼な言葉に、職員さんの眉がピクピクっと動いた。
「いえ、持ってきたという訳ではなくて、元々の僕の家名らしいです。」
「カランプル君は家名持ちだったのですか?」
職員さんが尋ねてきた。
「僕自身は家名を知らなかったのですが、家紋は伝わっていたんです。 その一部を店の紋章に組み込んであるのですけど、そこから家紋を国王陛下に見てもらう話になり、紋章官の人が、僕の家名を教えてくれました。」
「それは素晴らしい偶然ですね。」
「それじゃあ、カランプル、お前も元貴族なのか。」
「僕がではなく、僕の先祖が貴族だったらしいです。」
「そうなのか、お前の先祖が貴族の端くれだった訳か。」
「組合長、お言葉ですが、カンプの祖先は端くれなんてものではありません、俺たちの家と同じく最初からの4伯爵家の一つですから。」
「おいアーク、俺たちの家と同じくって、お前たちの家もその何だ、最初からの4伯爵家という家柄なのか。」
「あれっ、話したことなかったか。 俺のハイランド家もリズのグロウヒル家もその一つだぞ。 そしてもう一つは風属性のブレディング家だ。 それにお前の祖先のブレイズ家を加えて最初からの4伯爵家というんだ。」
「へぇ、由緒正しいんだな。」
「まあ、由緒正しいと言えばそう言えなくもないけど、お前の家名もその一つなんだから自覚しろよ。」
「いや、俺はお前らとは違って、貴族ではなくて由緒正しい庶民だから。」
僕とアークのやり取りを聞いていた職員さんが言った。
「みなさん、とても由緒正しい血筋の人だと分かったのですけど、カランプル君、君の認識違いを一つ指摘しておきますね。
家名を名乗ることを国王陛下から許されたということは、アーク君やリズさんはもちろん元から貴族ですから、家名を名乗ることで貴族の扱いを受けますが、カランプル君もエリスさんも家名を名乗ることで、貴族でなくても貴族に準じる扱いを受けることになるのですよ。
もう由緒正しい庶民という位置付けではないのですよ。」
「ええっ、そんなことになるんですか。」
「ま、そういうことだな。
例えばだ、もしどこかのパーティーかなんかに俺とお前が出席することになったら、俺よりもお前の方が上席を用意されることになる。
ま、その程度のことだ。」
「その程度のことって、僕それ、すごく嫌なんですけど。」
「嫌でもそれは仕方ない、諦めろ。 それに今回のことで、お前はともかくアークとリズはこれからは嫌な思いをしないで済むようになったんだ。 それを考えれば、大したことじゃないだろ。」
「ま、確かに、それを考えれば大したことではない気もしますけど。」
「そういうこった。 世の中、上手いことだけというモノはない。 プラスのことがあればそれには何かしらのマイナスはあるものだ。 潔く受け入れろ。」
「はい、確かにこの件に関してそうですね。」
僕は渋々だけど、仕方ないと納得することにした。
「それで、今日の用は何なの?」
職員さんが真面目に仕事の話を始めようとした。
「はい、そのもう一つのマイナス面なんですけど、僕らの署名を全て家名入りに直さないとまずいのではないかと思って。」
「ああ、そうですね。 公式書類となりますから、家名持ちが家名が入っていないのは問題ですね。 わかりました、すぐに用意しますから、全部家名を書き足してください。」
「それから、これは報告なんですけど、貴族の女の子の魔技師を2名店で雇うことにしました。
この二人にはキーを教えて、魔石を作ってもらおうと考えています。
もう僕たち3人だけではちょっと間に合わないので、それと今は主にお知らせライトを作ってもらっているラーラにもキーを教えようと思っています。
貴族の二人はキーの秘密を貴族の名誉にかけて守ってもらうことを誓ってもらいますし、ラーラに関してはこれまでの実績から十分守ってもらえると判断しました。」
ラーラに関しては僕の独断だったのだけど、チラッとアークとリズを見たら、二人とも異論はないみたいだった。
「ああ、良いんじゃないか。
お前らだけしか魔石が作れないと、今回みたいな時には滞るしな。 キーの秘密が保持できるなら、作れる者が増えるのは組合としても歓迎だ。」




