魔道具を作る魔技師
北の町で売った調理器は、他に魔道具店がなくなっていた訳で、全て僕たちが作る必要があったのだが、僕たちの町や、南の町には魔道具店が僕たち以外にもあるので、無理をする必要はないと思っていた。
でも、北の町での評判と、今までの調理器を下取りに出すと、そんなに出費にならず、新しい調理器に替えられることから、次々と注文が入ることになったのだが、仕事の量が多くて大変なのと、他の魔道具を作る魔技師さんの仕事を奪ってしまうことになるので、どう対処するかに僕たちは迷った。
僕たちが悩んでいると、職員さんから入れ知恵をしていただいた。
「他の魔道具店に、私の方で声を掛けてあげましょう。
調理器を作るのを、他の魔道具店に下請けに出すのです。
そうすれば、カランプル君たちは魔石の回路の書き込みに専念すれば良くなり、楽になります。
他の魔道具店の魔技師さんは、魔道具を作る手数料が入ります。
どちらにも利益になります。」
「僕らより先輩の魔技師さんが、僕らの仕事の下請けなんてしてくれるでしょうか。」
「きっと大丈夫だと思いますよ。
魔道具なんて、普通は壊れた時に買い換えるだけで、それもそんなに簡単に壊れる訳ではないですから、そんなに数はありません。
今回のカランプル君たちのように、壊れた訳ではなくての買い替え需要なんて、そうそうある事ではありません。
それをただ指を咥えて見ているよりは、そこに一枚噛みたいと思うのは、普通のことだと思いますよ。
それに他の魔技師さんにしてみれば、組合が一枚噛んでいる話ですから、安心して請け負える仕事に見えることでしょうからね。
まあ、私からこの町の魔道具店に声を掛けてみましょう。
王都の魔道具店の支店もありますが、そちらは貴族の子弟のみを相手にしての商売ですし、気位が高いので、そちらカランプル君の言うように、下請け仕事は嫌がると思うので駄目ですけどね。」
職員さんの言う通り、この町の前から魔道具店を経営している魔技師さんは、喜んで下請けをしてくれた。
「良いのですか。 全て自分たちの利益にすることも出来たでしょうに。」
「いえ、僕たちだけでは回らなくなっているので、協力していただけると、僕たちとしてもとてもありがたいんです。
僕たちみたいな若造が下請けを頼むだなんて、なんだか申し訳ない気分なんですけど。」
「いえいえ、君たちが新しく開発した魔道具なんですから、年齢は関係ありません。
しっかりと商取引の相手として対等に考えてくださいね。」
「ありがとうございます。
それで仕事の内容なのですが、魔石の回路は組合から極秘扱いになっているので、教える事が出来ません。 それ以外のミスリルの線による回路などはそんな制限はないので、回路図をお渡ししますので、それに沿って作っていただければ、あとは自由に作ってください。
ですから、使う魔石を買っていただくことと、出来た魔道具はこちらの店に卸していただくことだけが条件になります。
あとは、ミスリルの線も僕たちで作っているのを買っていただくと、安く済むので利益率が上がるかと思います。」
「はい、解りました。 線も買わせていただきます。」
こうして、この町の前から魔道具店を経営している魔技師さんとは、良好な関係を結べることとなった。
そうこうしていたら、どこで話を聞いたのだろうか、南の町の魔道具店の魔技師さんがやってきて、同じように下請けをさせてもらえないかと申し入れがあった。
それも僕たちとしては、面倒が減るので、願ったり適ったりなので、この町の魔技師さんと同じ契約を結んだ。
ただし、南の町にはおじさんの店はないので、おじさんの口利きで、卸して売ってもらったり、前の調理器を買い取ったりをしてくれる店も契約した。
そんな訳で、北の町が終わった後は、その時から比べれば少しは楽になっていたのではあるけど、方が付くまでの半年はとても忙しかった。
それで店の経営がどうなっているかというと、実は僕もアークもリズも全くわかっていなかった。
日々の仕事に追われ、エリスに任せっきりで、時々エリスがどうなっているかを僕たちに説明してくれるのだが、本当に上の空で聞いていて、理解していなかった。
うん、カンプ魔道具店の店長はエリスがした方が良いのではないだろうか。
僕は店の収支がどうなっているのかも知らなかった無責任店長なのだが、自分の収入というか給料がどうなっているのかも、分かってない。
ま、僕の場合はエリスに普段から日常のことも任せてしまっているので、自分でもそれで構わないのだが、リズまでが同じ調子になってしまった。
「だって、エリスの家に住んでいて、食事はみんなでしているから、その分はエリスがまとめて管理してくれているでしょ。
外に出る事が制限されているから、使うこともあまりないし、根本的にその暇もないじゃない。
今は管理をエリスに任せる方が楽だわ。
必要な時に、必要なだけ出してもらえればそれで十分。」
「あ、俺もそれで。」
アークも便乗した。
もともと貴族の子弟だった二人は、金銭管理などということは学校を出て魔技師になり、家との関係がほとんど切れてからしなければならなくなったということらしい。
人任せでしないで良いなら、その方が良いというスタンスなのだ。
エリスになら安心して任せておけるから、自分で管理するより余程楽ということらしい。
「もう、なんで私に押し付けるのよ。
それぞれに帳面を作って管理しているし、組合にそれぞれの口座を作って入金しているけど、たまには確認してくれないと困るじゃない。
せめて、みんな定期的に確認くらいはしてよ。」
「うん、でも僕が見ても、ああそうなんだ、で終わっちゃうから、エリスに任せるよ。」
アークがそう言った。
僕は少し心配になった。
「えーと、店としてもだけど、個人としても儲かってないのかな。
これだけ働いて、利益が上がってないと、ちょっとショックかも。」
「カンプ、何を言っているのよ。 利益はもちろん上がっているに決まっているじゃない。
今は調理器の売り上げだけで、十分な収入になっているから、組合との話し合いで交換の魔石の利益を2/3組合にではなく、全額組合に回しているわ。 なるべく早く負債になっている魔石の数を減らしたいからね。」
「えっ、それじゃあ、今組合で売られている交換の魔石って、僕たちには全く利益になってないの。」
僕はちょっとショックな気がした。
「利益になってないんじゃないの。 負債の返済に充てられているの。
負債になっている魔石が少しでも減っていけば、その減るスピードもどんどん上がっていくわ。 そうして負債分が少なくなれば、急に利益が大きくなっていくわ。」
「ま、どうであれ、経営としては順調なのよね。」
リズがエリスに確認した。
「うん、とても順調よ。」
「それなら、とにかく少しゆっくりしたペースにしましょうよ。
あまりに働きすぎだと思うの。」
全員が賛成した。
それで少しはゆっくりにすることになったのだが、まだ僕たちはやりたいことは出来ないでいた。
まだ交換の魔石の予備の数が圧倒的に足りていなかったからだ。
それと、組合長に言われていて頭では理解していた事態も起こり始めた。
交換の魔石の破損が起こり始めたのだ。
パン焼き窯に使っている魔石は、一番使用頻度が高い最初のベークさんのところだと、2ヶ月で3回交換するようなペースに今はなっている。
そうすると半年を過ぎて、交換の魔石も繰り返し10回以上使った物が出始めた。
どうやら繰り返し使っていると、10回を超えたあたりから、破損してしまう魔石が出るようだ。 物によっては12回まで使えたが、今のところ13回目というのは出ていない。
まあ、予想されていた事態ではあるので、狼狽えることはなかったのだが、その壊れた分は補充しなければならない訳で、仕事量が増えてしまうのだ。
組合は今はとっても活気があるという。
交換の魔石は組合が直接売ることになったから、まずは以前に比べてずっと人の出入りが多くなった。
その上僕たちがどんどん魔石を入手したため、組合では魔物狩りをどんどん冒険者にリクエストした。
だから冒険者たちの出入りも増えたし、冒険者の懐も暖かくなった。
「まあ、組合としてもちょっと資金繰りが大変だったがな。
そこでまあ、お前さんところとの話し合いで、とりあえず交換の魔石の利益を全部こっちに回してもらって、なんとかやりくりが出来たというところだ。」
組合長はウチに遊びに来て、いや本当は様子に見に来たんだろうけど、そんなことを言った。
「僕はその話は知らなかったんですよ。
ある時聞いたら、利益分が全部組合に入っているということだったんで、タダ働きさせられているのかと思っちゃいましたよ。」
「そんなわきゃないだろ。
それに、この話をした時は、ちゃんとエリスから話をしたはずだ。
お前まともに話を聞いてなかったんじゃないか。」
「そう言われると、そうかも知れないって、否定できないところが辛いんですけど。」
「お前なぁ、お前とエリスの仲だからそれでも良いけど、仮にも店長なんだから、店の経営に関することくらいちゃんと理解していろ。」
「はい、すみません。
でも本当に忙し過ぎたんですよ。」
「ま、それは理解しているけどな。」
そんなこんなで色々大変だったけど、やっと少しは落ち着いてきたのかな、と思ったら、
もう学校を卒業して、一年が経とうとしていた。
あっと言う間だったけど、今までとは違ってとても密度の濃い一年だった気がする。




