箸休め
「あー負けたー!」
クルシュは水溜りで溢れた地面に倒れ伏せる。前には今にも倒れそうなのをハンスに支えてもらっているルナの姿があった。
「いやー、意思を持った杖だなんてちょっとずるくなーい?」
「一応武器だからオッケーなんですー」
「いやいやー、それでもルナちゃんが馬鹿みたいに魔力使うからこっちの魔力はもうゼロですよ。ゼ、ロ」
「けど、クルシュさん。貴方も大概ですよ。あの不意打ちにもしっかり反応はしていたじゃありませんか」
「あー、ハンスだっけ? やっぱ気付いてた? けど仮に間に合ったとしても多分受けきれなかったよ」
などと、二人と一 杖が呑気に話している。
「でも、ルナちゃんのおかげでびしょ濡れだよー」
と、クルシュは濡れた髪を触って言うと、
「そうだ、温泉行こう」
と、唐突に切り出した。
場所は変わって、ここは温泉施設ヒカランド。人々が癒しを求める場所で老若男女問わず人気のある場所である。ルナ達は特訓の疲れを取る為にやってきた。
「いやー、久しぶりだなーここも」
「私は初めてだなー。ハンスは?」
「初めてに決まってるだろうが。しかし、中々の規模だな」
ヒカランドは王国で一番の名所でもあり、王城の次に大きい建物としても有名である。
「とりあえず入ろっか」
クルシュは中に入るとスタスタと女湯の方へと直行していく。
「それじゃあ私も……」
「おい、俺は置いてけ」
女湯の方に入ろうとするルナをハンスは止める。
「えー、ハンスも入ろうよー」
「前にも言ったが、お前はもう少しこっちの気持ちも考えろ。とりあえず、その辺の杖置きの所にでも掛けてくれれば――」
「でも、やっぱりハンスも楽しもうよっと!」
ルナはハンスの言葉を無視してハンスを男湯の方に投げる。
「それじゃ、また後でー」
そう言ってルナは女湯の方へ駆けて行く。
「話聞けよ……」
取り残されたハンスは仕方ないので、フェアリー・フレンズを使い浴場へと向かう。浴場はハンスが想像していたよりも広く、沢山の人がいるが窮屈という感じはしない。
「すごいな……ん?」
ハンスはガラス越しに外から強い光が出ているのが分かった。気になって外に出てみると、中央の浴槽から光が乱反射しているのが分かる。そして、ハンスはこの光が誰のものか想像がついた。
「何してるんだ、お前?」
「おやおや、これはルナの杖君じゃあーりませんか」
浴槽で光輝き存在感を放つ、マーレイが居た。と言っても、光が邪魔して顔はよく見えない。
「こんな場所で魔力放って、周りに気を使った方がいいぞ」
「風呂場で動き回る杖の方がよっぽど気を使った方がいいけどね」
「……それもそうだな」
「まあ、杖君も入りなさい。温まるよ」
ハンスはマーレイが居る浴槽に入る。
「いやはや、まさか喋る杖がいるとは僕以上に目立ってしまうではないか!」
「気にする所そこかい」
周りからは光る男が杖に喋りかけているという異様な光景である。
「ははっ。それでハンス、だっけ? つまり、君はルナと同棲しているということかね?」
「ん? まあそういうことになるのか」
「つまり、見たのかい? あの素晴らしい身体を」
ハンスはマーレイの足の小指に向かって杖の先端を当てた。
「アウフッ! もう、冗談に決まってるじゃないかー。それはさて置き、ハンス、君はどうして杖なんだい?」
足を抑えながらマーレイはハンスに聞く。
「さあな、俺にも分からん。しかし、最初よりも何かが変わった気がするんだ。こう、縛られていたものが緩んだ感じで」
「それはつまり、元の姿に戻りそうってことかい?」
「分からない。だから確証が持てない内にルナに話すとあいつはこっちの用件を先に済まそうとするだろう。だからまだルナには話していない」
ハンスがそう言うと、マーレイは浴槽から出る。そして少し歩くとハンスの方へ振り向いた。
「それじゃあ、それまでルナを頼むよ。彼女は一人にはしてはいけない」
「……? どういうことだ?」
「僕はルナをずっと見てきたからね。彼女が何かを隠していることは何となく分かるんだ」
「何かとんでもない発言をしたようだが、それくらい分かっているさ。しかし、それは俺達には関係無い。隠し事を暴こうとする趣味は無いんでね」
ハンスがそう言うと、マーレイは再び前を向き、背中を向けたまま手を振る。
「それもそうか。悪かったね、こんな事を言って」
マーレイは浴場から立ち去る。ハンスは湯船に深く浸かる。
「ま、あいつの秘密を知るよりも先に俺がここを立ち去るのが先だと思うけどな」
一方、ハンス達が居た浴槽より少し離れた場所にある水風呂に入っている男が静かに立ち上がる。
「まさかあんな姿に変わっているとはおじさん驚いた。しかし、元気そうで良かった」
男はハンスを見て暖かい目で見る。
「ヘックシ! しかし風呂にしては少し冷たかったな。この世界はこれが普通なのか?」
男は冷え切ったまま浴場を出る。
「遅い!」
男が男湯から出るとアルレシアが腹を立てながら待っていた。
「ははは、すまない、ちょっと長風呂をし過ぎたようだ」
「その割には足が震えてるけど?」
「さ、さあなんでだろうね」
アルレシアは頭を抱えながら出口に向かう。
「はあ、付き合ってられないわ。めんどくさいからさっさと行くわよ。ダイール」
「昔みたいにダイおじちゃんって言ってもいいのに」
「言わない!」
アルレシアとダイールは色々と言いながらも外へ出た。
「ヴィライダが戻ってこいってさ」
「ああ、もうそんな時間か」
「ま、ここには特に無かったしなんの心残りも無いけどね」
「……そう、だな」
二人は誰にも気づかれる事なくこの世界から去って行った。
女子風呂の描写は禁術なのだ……。