三人の夜
「ん・・・・・・」
霧森の館に到着して二時間。
ノーラは温かいベッドの上で目を覚ました。
「あれ・・・・・・ここは・・・・・・」
目は覚めたがまだ頭が働いていないのか、ノーラは不安そうな目で辺りを見渡す。
しかし、そこに見慣れた人間がいたことに安堵し、その名をポツリと呟いた。
「レン、くん・・・・・・」
「ん? ああ、ノーラ。おはよう、っても今は夜だがな」
レンはベッドの近くにある椅子に腰掛けていた。
眠そうに瞼を擦っていたところから、どうやら彼も寝入っていたようだ。
それでも自分の横にいてくれたことが、何故だか嬉しかった。
「私、眠っていたんですか。ごめんなさい、大空洞からの記憶が無くて」
「謝ることは無いよ。ノーラは対現象魔法を放った後、しばらくして倒れたんだ。ツァオが言うには魔力の枯渇によって体力も無くなったらしい」
「ああ、そうだったんですね。魔術士見習いとして恥ずかしいです。そんな初歩的なことで倒れるなんて」
ノーラは苦笑いした。
「いや、あれだけのことをしたんだ。倒れるのは無理もない。誇ることであっても恥ずべきことじゃあない」
レンはノーラの頭を撫でながら、優しく言った。
「ひゃうっ」
するとノーラは間の抜けた声を出した。
「ん、どうしたノーラ。変な声出して」
「どどどどうしたって、レン君が急に頭なんか撫でるからです!」
「うん? だってよくやったやつには頭を撫でてやるもんだってツァオも言っていたぞ? こんなこと褒美にもならないとは思うが、ノーラはよくやったんだ。これくらいのことはしないとな」
「ツァオさん、うう~。う、嬉しいですけど恥ずかしいですよ~」
そう言いつつも、ノーラはそれを受け入れ、暫くレンに頭を撫でられ続けた。
レンは頭を撫で終わると、ノーラに身体の具合を問うた。
「身体、ですか? これといって悪くはないですね。強いていうならまだ少し身体が怠いことくらいでしょうか」
「うん、なら夕飯には出られるな。今日はいろいろ忙しかったからな、碌なものを作っていないが。立てそうなら行こう」
レンはノーラに手を差し出した
「そうですね」
ノーラは自然にその手をとり、起き上がった。
「おお、ノーラ起きたか」
食卓にはすでに夕飯を食べているツァオがいた。
「はい、起きました。ご心配をおかけしました」
「いや? 起きるとは分かっていたから心配はしていないが」
「あはは、は・・・・・・」
キョトンとした顔で素っ気なく言うツァオに、ノーラは笑うしかなかった。
「ノーラ、気にするな。こいつはそういう奴だ」
「はぁ」
「そういう奴だとはなんだ。別に死ぬような傷を負っていたわけじゃあるまいし」
「それでも普通は心配くらいするもんだ」
「いいんだよ、ノーラのことはお前に任せてる。こいつのことで気をもむのはお前だけで十分だろ。なぁノーラ」
「ええ、まぁ、そうなのか、な?」
歯切れ悪くも肯定するノーラに、ツァオは不思議そうに言った。
「ん? 好きな男に気にしてもらって嬉しくないのか、お前は」
「すすす好き!?」
「ああ」
「いや、その、嬉しいとかそうじゃないとかその・・・・・・」
「なんだ、お前はレンのこと好きじゃないのか」
「え・・・・・・」
ノーラと自分の夕飯を運んできたレンはショックを受けたような顔をした。
彼に尻尾が生えていたらそれはそれは沈んでいるように見えただろう。
「レン君、そんな顔しないでください! そ、その嬉しいですよ? レン君が私のことを心配してくれるのは、うん」
「この期に及んで好きとは言わないのか、お前は」
「・・・・・・」
「ああ! レン君落ち込まないで!」
ズーンという音が聞こえそうなくらいに落ち込むレンにツァオは呆れたような視線を送りながら、適当そうな声音で言った。
「まーったく面倒くさいなお前らは。レン、大丈夫だって。この娘はお前に惚れている・・・・・・・・・・たぶん」
「たぶん・・・・・・」
再再度落ち込むレンに、ツァオは心底面倒くさそうな顔をしてため息混じりに言う。
「なぁノーラ。こいつはな、お前の為に頑張ったんだ。こんなこと直接言うのも何だが、こいつは気に入った人間に褒められたい気質なんだ。まぁありがとうの言葉を貰ったんだから十分だろとワタシも思うが、やっぱりもう一つくらい何かしてやってくれないか」
「え、ええ~。何かって言われても・・・・・・」
「・・・・・・」
レンは不安そうに、だがどこか期待するような目でノーラを見つめている。
「そ、そんな目で見られても」
しかしレンが自分の為に文字通り身を削ってくれたことは確かだ。
頑張ってくれた、というのはおこがましいと思うが何か感謝の気持ちを示すのは必要なことだと思う。
だが何をすればその感謝を示し、尚且つレンが喜んでくれるのだろうか。
物を送る? いや、即物的なのは何か違うし、それに今の自分には何かを買うような余裕はない。
言葉を伝えるだけでは少し足りない。
「う~ん・・・・・・あっ」
そうだ、とばかりにノーラは声を上げると、少し恥ずかしそうにレンに手招きをした。
「?」
レンは不思議に思いながらも素直に近づいた。
「少し、しゃがんでください。それじゃあ届きませんから・・・・・・そう、そうです」
ノーラはレンを自分の胸の辺りの高さまでしゃがませると、その頭にそっと手を乗せ、優しく撫でた。
「ありがとう、レン君。私を助けてくれて」
「ノーラ・・・・・・」
「ほぅ・・・・・・」
優しく、優しく。
だけれど想いを詰め込んで。
「ありがとうねって、なんでこんなありきたりな言葉しか出てこないんだろう。・・・・・・でも、その分たくさんこうしてあげるからね」
「・・・・・・」
レンはされるがまま、しかし尻尾があれば際限なく振っていそうな雰囲気でいた
「な、なんか言ってよ・・・・・・」
「ん、なんか、な。ノーラに俺がそうした時に恥ずかしがったのが分かる気がすると思ってな」
「あ、そうなんだ・・・・・・」
ナデナデ、ナデナデ。
ノーラは照れ隠しをするように、レンは言葉ほど恥ずかしそうには見えないが、それぞれそのままだ。
「いいのう、若いっていうのは」
その均衡は二人が嫌な笑顔をする魔女の姿に気づいたことで崩れた。
「な、なんですか、ツァオさん」
「なんだ、ツァオ」
「いや、もっと続けていいんだぞ? 何ならハグでもしてやれ、いやもっと進んでワタシをお邪魔にさせてくれてもいいんだぞ?」
「その先!?」
「馬鹿か、お前は」
「なんだ、特に明言してないのにその先ってなんだか知っているのかノーラ。レンはまぁ、教えてあるからな」
「ししし知らないですよっ」
「ふーん、そのデカい胸は飾りか」
「なぁ!?」
「・・・・・・私怨が入っていやすみませんでした」
不穏な雰囲気を感じ取ったレンはすぐさま謝った。
「しかしまぁ、うちも一人増えただけだが賑やかになったものだ」
「そうなんですか?」
夕飯後のお茶を啜りながらツァオが言った。
「ああ。今まではレンと二人だけだったからな」
「二人だけの時ってそんなに静かだったんですか? 何か二人でしたりとか」
「二人で、か。・・・・・・知りたい?」
何やら蠱惑的な目をするツァオ。
思わず女のノーラも見とれてしまうようなその目と意味深な問いかけに、ノーラは慌てたように首を振った。
「い、いえ結構です!」
「おい、何も無いからなノーラ。ツァオも変な真似するんじゃない」
「なんだ、つまらん。まぁこいつ相手でもそう気安くはしてやらんけどなっと。・・・・・・それはそれとしてむっつりめ」
「っ!!」
ノーラは分かりやすいぐらいに赤面した。
「まぁこいつといても特に何かするわけでもなかったからな」
「確かに。一緒にいても飯を食うぐらいだからな。会話と言ってもその時に少しするか、仕事を押し付ける時くらいだもんな」
「そうだったんですか。そういえばレン君、レン君のお仕事ってどういうものなんですか?」
ノーラがそう問うと、レンは暫し考え込むとバツが悪そうに言った。
「まぁ、なんだ、俗に言う裏仕事。汚れ仕事とも言うのか。そんなところだ」
「え・・・・・・?」
「その反応が自然だな」
レンは自嘲気味に言った。
「ノーラ、勘違いしないでほしいんだがそれはワタシが押し付けていることだ。レンが進んでやっていることじゃあない。それに死人が出るのはたまにだ、たまに」
ツァオはフォローかそうでないのか分からないことを言うが、ノーラはそれでも信じられないというような表情のままだ。
「・・・・・・でも、それでもレン君は暗くないですよね」
「ああ、もちろんだ。俺にとっては仕事の内容よりもツァオの役に立っているかが重要だからな。別にそういう仕事だからやっているわけじゃない」
「ふふ、レン君らしいですね」
やがてノーラはすっきりしたような顔で静かに笑った。
「嬉しいです、そんなことでも包み隠さず私に打ち明けてくれて。でも聞いた私が申し訳けなかったです。レン君のデリケートな部分に触れてしまって」
「いいんだ。いずれノーラにも知られてしまうだろうからな。それに、そんなことをしていたって俺は変わらない。ノーラが望む限り俺は俺のままでいる」
「はい。レン君は私の思うままです。強くて、かっこよくて・・・・・・優しい」
「そんな、出来たモノじゃないさ」
レンは照れくさそうに言った
「・・・・・・(ニヤニヤ)」
そんな二人の甘酸っぱいような空気は、やはり嫌な笑顔をした魔女の気配によって打ち消された。
「なんだ、ツァオ」
「いやぁ本当にノーラが来てくれて良かったと思ってな」
「私?」
「ああ。何というか、レンが人間らしい反応をするようになったからな」
ツァオは今までと打って変わって、親のような優しい声音でそう言った。
「昔のレンはなぁ、本当に言葉数が少ないし表情もほとんど無いしで人形、いやそれ以下なやつだったんだよ」
「・・・・・・おい何時の話してんだ」
「まぁいいじゃないか、ノーラの知らないお前を教えてやっても。損はないと思うぞ?」
「はい、私も知りたいです。小さい頃のレン君のこと」
ノーラもツァオの話に興味津々だ。
レンもツァオが話されてマズいものは話さないと踏んだのだろう。自分にとってマズい話というのには大抵彼女も絡んでいるのだから。
故に特に話を止めることなく二人の会話に耳を傾けることにした。
「こほん。と言っても特に面白い話は無いぞ? 人形というのは何も起こさない物だからな。強いて言えば持ち主の心を満たすことぐらいだが、ワタシはこいつを持っていても特に心動かされることは無かった」
「そんな、レン君を物みたいに」
「物さ、物。魔術士にとって知的好奇心を沸かせないものはつまらん物だ。・・・・・・まぁそんなことはどうでもいいんだ。つまり幼少期のこいつは本当に何も無いやつだったんだよ」
「伝承刻印はどうだったんですか?」
「ああ拾った時にはもうあった。だがその時発動させても体を壊すだけだからな。ホムンクルスの肉体もそこまで安定したものじゃなかったからな。流石にワタシといえどもその身体で実験じみたことをするのは非情なことだと躊躇ったさ」
「へぇ、ツァオさんにしてはよく踏みとどまりましたね」
「ワタシにしてはとはなんだ」
ツァオは不満げに頬を膨らました。
年甲斐もない、とレンは思ったが我が身大事なのでだんまりを続けることにした。
「・・・・・・まぁいい。そんなレンがいくつくらいだったか、十歳くらいの頃か? それぐらいの時に急に『なにか自分に出来ること、お前の役に立てることはないか?』と聞いてきたんだ。その頃にはだいたいの家事は任せていたんだが、それ以外で役立てることはないかとな」
「・・・・・・ツァオさん、十歳の子供に家事を任せていたんですか?」
ノーラは何やら非難するような目でいた。
「そんな目で見るなよ。手伝いだと思え。ワタシは子守は得意でないからな」
「ああ、ツァオの飯は酷かった。パンを切って、それを料理だと言い張るレベルだったからな」
「ああ・・・・・・」
「む、お前もその程度なんだろノーラ。なに憐れむような目でこちらを見るんだ」
「わ、私はキッチンを使わせてもらえないだけです!」
それってツァオ以下なのかもしれないとレンは思った。
「話がそれたな。そんなことを言ったレンなんだが、家事以外でやらせられるものと言ったらやはり魔術に関わることしか無くてな。それでも構わない、お前の役に立てるならなんでもやる、と聞かないもんだから仕方なく任せてみることにしたんだ」
「でも魔術に関わるとなると危険なことが多かったんじゃ」
「いや、最初に頼んだのは確か魔術道具の材料を買わせにいくことだったしそこまで難しいものじゃなかったよ。だがそれを終えたレンを褒めてやった時な、レンは初めて嬉しそうに笑ったんだ」
その事を語るツァオの表情は、いつの間にか優しいものになっていた。
「その時のレンをよく覚えている。ようやく人並みの|表情<かお>をしてくれたのだからね」
「そんなにツァオさんの役に立てたのが嬉しかったんでしょうか」
「ふむ、どうだろうね。あの頃のレンはワタシに対して何かと役に立とうとしていたから。でも笑ったのはその時が初めてだった。その時が初めて、本当の意味でワタシの役に立てたのだと思ったんだろうね。・・・・・・どうなんだレン?」
「あー・・・・・・どうだったかな」
「なんだ、歯切れの悪い。どうせ救ってもらった恩を返そうとして必死だったんだろう。くだらない。そんなことばかり気にして。年相応に遊び倒していれば必要以上にこちらに踏み込むこともなかっただろうに」
「くだらないとはなんだ、くだらないとは。確かにあの頃はお前に恩を返そうとしていた。だがその手段で魔術世界に足を踏み入れたことを後悔なんかしていない。お前に恩を返す、というのがあの頃の俺にとっては一番重要だったんだからな」
レンは頑としてそう言いきった。
しかし、ツァオはその言葉に彼女には珍しい辛そうな顔を、それと分かるように浮かべた。
「だがな、そのせいでお前が傷つくこともあっただろう」
「それは俺がしくじったせいだ。お前が気に病むことじゃない」
「だがな・・・・・・」
「ふふっ」
そんなやり取りを見ていたノーラは不意に笑った。
「いえ、すみません。二人とも、お互いのことを大切に思ってるんだなぁって」
「「いや、そんなことはない」」
「ハモって否定されても・・・・・・」
「まぁこいつはワタシのモノだからな。自分の所有物を傷つけたくないというのは当たり前のことだ」
「誤魔化してるようにしか聞こえませんよ」
「俺はツァオの小間使いだ。こいつの為に身を粉にするのは当たり前のことだ」
「レン君、それってツァオさんに尽くしているってことですよ」
「「・・・・・・」」
「ほら、二人ともお互いを想い合っているってことじゃないですか」
「むぅ、そう思われるのは心外なんだがな」
ノーラの言葉にツァオは唇を尖らせてごちた。
「でも、羨ましいです。そういう間柄って、とても得がたいものじゃないですか。なんか、私には付け入る隙がないように思えちゃいます」
ノーラは寂しそうに言った。
「なに、付け入ろうという気があるのならお前にだってチャンスはあるさ。それに、ワタシとレンの関係は家族か主従だ。お前がレンに望むような関係ではないよ」
「わ、私が望む関係、ですか?」
「ああ、恋仲ってやつだ」
その単語に、ノーラは赤面しながら慌てふためいた。
「こここ恋仲!! あの、その、いや・・・・・・」
「なんだ、違うのか」
「違っ、くは、ないですけどぉ・・・・・・!?」
「ははは、本当にお前は面白い」
「ツァオ、あまりノーラを困らせてやるな」
「なんだ、怒ったか?」
「怒ってはいないが。ノーラはこれからもここで暮らすんだ。そんなやり取りがずっと続くならノーラが疲れ果ててしまうだろう」
「つってもなぁ、こいつがいい加減覚悟を決めてしまえばいいだけだろ」
ツァオはため息を吐きつつ、未だ赤面しているノーラを見やった。
「まぁ人間のそういう機微にはワタシは疎いからなぁ。これからゆっくり認めていくしかないだろうな。レンよ、気長に待つことだな」
「ん、俺はさっき頭を撫でてくれたことだけでも今は十分だがな」
「安いもんだな、お前もつくづく」
こうして姦しい三人の夜はツァオの再度のため息で締めくくられたのであった。
その後、ノーラが寝静まった後ツァオの工房にて。
「で、調子はどうだ、レン」
「ん、少し刻印が疼く程度でそれぐらいか」
施術台に横たわったレンは、ツァオの言葉にケロッと答えた。
「まったく、その程度で済ますか。刻印に変化があるってことは何かしら異変があるってことだろうが。見せて見ろ」
今日何度目か分からないため息を吐きつつ、ツァオはレンに上着を脱ぐように言った。
レンの身体全体に張り巡らされた伝承刻印はなるほど、少しだが赤黒く光っていた。
「顔の部分は灯っていないんだな」
「ああ、ノーラに変な心配をかけさせないようにそこは意識して鎮めといた」
「そういう所をあえて見せるのも信頼の証だとワタシは思うがな」
そう言いつつ、ツァオはレンの身体に手をかざし、前も行った詠唱を今回は少し長めに唱えた。
すると淡く灯っていたレンの刻印は鳴りを潜めるように何の反応もしなくなった。
「どうだ?」
「ああ、何ともなくなった」
レンは肩を回しながら自らの身体を確認するようにした。
「しかし凄いな、お前の魔術は。たた数節の詠唱で伝承刻印をも鎮めるとは」
「バーカ、ワタシの魔術は麻酔のようなモノだ。鎮めた、という感じはあっても治したわけじゃあない。だから、だから・・・・・・」
「だから、なんだ?」
「・・・・・・ああ! だから無理を、するな」
ツァオは悲痛な顔でそう言葉を絞り出した。
こんな顔をするのはまだレンの前だけだろう。
これも信頼の証なのだろうか、とレンは的外れなことを考えた。
「無理をしているつもりはないんだが」
「いや、お前の場合魔術、伝承刻印を使うというだけでその身体には多大なダメージが入るんだ。分かるだろ? |戦狼種<ベルセルク>は本来その類を見ない身体能力を以って戦闘を行う者であって、魔術には適さない身体だということくらい」
「ああ。オーディンによって人間から造られた戦狼種は、その時点で魔術的施術を受けている。故にそれ以上の魔力を受け付けなくなったんだろ」
「そうだ。すでに神の魔術を受けてそのキャパシティーはパンパンになっている。だからそれ以上の魔術をその身に施したり使おうとすると肉体が耐えられずに壊れてしまうんだ」
それが戦狼種が魔術を扱えない理由だ。
戦狼種は魔術が使えないのではなく、魔術を使う余裕が無いのだ。
「だがお前はホムンクルスの肉体がその身の五割以上を賄っている。純粋な戦狼種の肉体を失った代わりに、魔力で構成された肉体を得た。それ故にお前は魔術を扱える容量を持っている」
持っているが、と言葉を付け加えツァオはレンに釘を刺す。
「それはお前が魔術に長けているという訳ではない、お前は所詮戦狼種なんだ。魔術をその身に修めることは出来ても、それを安定して扱うことは出来ない。使う度に残っている戦狼種の肉体が拒絶反応を起こし、お前の身体にダメージを与え続ける」
それは今回もそうだ。
目に見える形では目からの出血や刻印の微々たる暴走。
「それにお前は黙っているつもりだろうが、内出血も起こしているだろう。目に見える形、そうでない形だろうがお前はその身を削っているに他ならないんだ」
「お見通し、だったか」
「阿呆。それくらい分からずして何が|銀色の魔女<ズィルバーヘクセ>か。魔術による損傷くらい簡単に分かるわ」
そう言ってツァオはレンの額を小突いた。
「だがお前の場合言って聞かせても無駄だろう。ノーラのこともあるしな。無理をするな、ということがそもそも無理だろう」
「ああ、そうだな」
悪びれも無く即答するレンに、ツァオはため息を吐く。
「ああ、そうだな、じゃない。じゃあお前はこれからも無理をし続けるのか? 断言してやるが、今回のような事を続けるようならお前の身体は一年ともたんよ」
「一年か」
「ああ一年だ。まぁ今回のような事件が頻繁に起こるとは限らん。だが聖教騎士が今回限りでノーラを諦めるかもしれないし、そうでないかもしれない」
「・・・・・・」
「襲われる度にお前が一人で戦っていては、それが限界だな。・・・・・・だがまぁ、この言い方で分かるだろう?」
「ああ。一人で駄目なら二人でってことだな」
ツァオはそれに頷いた。
「ノーラのことも頼ってやれ。お前は気に入った奴に尽くすことで自分を確立している節があるが、これからはノーラもそうなるかもしれん」
「ノーラも?」
「ああ。男に惚れる、というのはそういうものだ」
「・・・・・・」
「なんだその嬉しそうな目は。別に奴が直接言っていたわけじゃないから分からんぞ」
「・・・・・・」
「・・・・・・目に見えて落ち込むな、面倒くさい。大丈夫だよ、あいつもお前のこと好きだって・・・・・・まぁ今はそんなことを言っているんじゃない」
いや、そう無関係でもないか、とツァオは呟きながら言葉を続ける。
「頼る、というのは信頼することだ。好くということもまた信頼する、という事だよ。守るだけ、守られるだけじゃあ信頼し合っているとは言えない。分かるか?」
「支え合って初めて信頼し合っている、ということか?」
「そうだ。どちらか一方の恩恵だけに与ろう、なんてのは信頼の搾取にも等しい。真に信じ合っているのなら互いの為になる行動をするべきさ。だからお前たちもそう在るべきなんだ」
「俺はノーラを助ける。それだけじゃ駄目か?」
「駄目だな」
ツァオは首を振った。
「ノーラは今何も自分が拠るべきものがない状態だ。だからお前がノーラを頼ったりしてお前の為に自分が在る、ということが必要なんだ。まぁワタシはあいつじゃないからな、本当にそれがあればいいとは言い切れんが」
ノーラは今までロイスで一人で生きてきた、という事をプライドに、拠り所にしていた。
しかしレンに頼ることを決めたことで、言葉を悪く言えばそれが奪われる結果となってしまったのだ。
「だから俺が新たにノーラの拠り所となる必要が出てきたわけか」
「そうだな。それに、それはお前にとっても利があることだ。ノーラと共にこれからの壁に向かっていけば、お前の負担が割かれることになるんだからな」
何かノーラを利用しているようだ、とレンは複雑そうな顔でツァオに言った。
「そうかもしれない。だがお前が一人で困難にぶち当たっていけば僅かしかノーラを守ることが出来なくなるんだ。それでは本末転倒。結局ノーラは傷つくことにしかならないんだぞ? なら困難は分かち合って、互いを支え合っていく方が何倍も良いと思うがな」
「・・・・・・」
「まぁ今すぐにそうしろとは言わない。だが限界はすぐ来るし、何よりノーラの為にならないんだからな。その事をよく考えることだ」
そう言って、ツァオはそれ以上は何も言わず魔術道具の片付けに入った。
レンは施術台から起き上がりながら、ツァオの言葉を反芻していた。
こうして霧森の館の夜は喜びに浸ること許さず、レンの胸にこれからの課題を残しながら更けていくのであった




