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伝承の狂詩曲《エッダ・ラプソディ》  作者: えすこう
出逢い
21/25

対現象魔法

「なんだ・・・・・・、今のは」

 一見の脅威が去ったことを確認し、レンはノーラ達の下へ急ぎ、問うた。

 しかし問われた当のノーラは唖然として答えられそうにない。

 その代わりとでもいうようにツァオが口を開いた。

「いやぁ、『消滅式・否定世界(パラドクス・ノヴァ)』、とはね。何とも痛い、いや、カッコいい名じゃないか、プフッ」

「ッ!!」

「おい・・・・・・。お前だってあまりセンス変わらないだろ」

 ツァオの的外れな言葉に、ノーラは赤面し、レンは冷静にツッコミを入れた。

「で、一体今のは何なんだ。ふざけてないで答えろ」

「魔術名は『対現象魔術』、いや魔法だから『対現象魔法』か。この世に存在するあらゆる形あるモノを消し去るものだ」

 ツァオはそんな理解に苦しむことをあっさりと言ってのけた。

「対現象魔法・・・・・・?」

「ああ。まぁ魔法としてはさっき見たとおりだ」

「いや、分からないんだが」

「お前が分かっていなくとも構わんよ、馬鹿なんだから。・・・・・・分かった、そんな顔をするな、怒るな。ノーラ、さっきの復習がてら、今の魔法のことをこいつに説明してみろ。それが出来れば今の魔法を獲得できたことにするから」

「は、はい!」

 ノーラは赤面を振り払うように首を振ると、レンに向き直った。

「ええ、とですね、レン君。今のはツァオさんが言ったとおり、『対現象魔法』と分類される魔法です」

 そこからノーラがレンに語ったことはこうだ。

 対現象魔法は、人間界や自然界に人が知覚出来るように形として在る『現象』を遍く消し去ることが出来る魔法だ。

 人が知覚さえ出来れば、それが固体気体液体問わず消滅させる。

 レンの『滅衝獣爪(ヴァナルガンド)』と似通ってはいるが、それからさらに効果範囲が広まったものといえる。

 この世の万物をイデア界に帰す究極の消滅魔法。

 それが『対現象魔法』というものだ。

 ではノーラの対現象魔法、『消滅式・否定世界(パラドクス・ノヴァ)』とは何なのか。

 それは『ここ世に存在しない物質を生み出し、それを世界が無くそうとする修正力を利用した対現象魔法』である。

ノーラは『金色ノ魔女(フレイヤ)』によって神代にのみ存在した物質を生成。

それを対象に設置し、「現代には存在しえないモノは排除しなければならない」という世界の修正力を働かせることで対象諸共この世界から消し去ったのだ。

この現世にある現象を起こすことしか出来ない魔術では神代の物質を再現することは叶わない。

世界が修正力を行使せざるをえない現象を起こすこともだ。

故にこれは神代を体現せし魔法。

ノーラがツァオの知恵によって産み出した対現象魔法『消滅式・否定世界(パラドクス・ノヴァ)』なのだ。


「・・・・・・ということです」

「なるほど、分からん」

「だろうな」

レンの言葉に、ノーラはガックリと肩を落とした。

「ごめんなさい、レン君。私の説明力不足ですね・・・・・・」

「いや、そうじゃない。こいつの理解が及ばないだけだ」

「そ、そうだぞ。ノーラの説明が悪いわけじゃない。要はこの世にあってはならない、という世界の意思を体現させたような魔法なんだろ? すごいじゃないか、ノーラ」

レンは慌ててフォローする。

「そうだぞ、レン。これは凄いことなんだ。ワタシでも真似出来ない。あくまで破壊することが関の山だろう。まぁ破壊力は半端無いがな」

何故かツァオも必死にノーラを持ち上げる。そこで自分の力を示すような言い方をするのは彼女らしいが。

「そ、そうですかね。私、ちゃんとお二人の役に立てたのですか?」

『ああ、勿論だ』 

ハモった。

「それなら良かったです。それに、自信も少し付きました」

ノーラは照れるようにそう言った。

僅かに膝が震えているが、それも大役を仕損じることなく果たした後で来た緊張によるものだろう。

「うん、対現象魔法を獲得したことよりそっちの方が大事なことだよ、ノーラ」

「そうだな。俺が言うには不遜なことかもしれない。ノーラの人生を見てきたわけじゃないからな。でもノーラは今まで相当の苦労や挫折を味わってきたんだ。これからはそれを跳ね返すくらいの自信や成果を得なけりゃならない。そうじゃなければ酷すぎる、今までの道程が嘘になる」

ツァオとレンはそう真面目な顔で言った。

彼らはノーラの人生を知っている訳ではない。

出会って一緒に暮らして、でもそれは僅か数日のことなのだから。

でも人間としての損得は語ることが出来る。

悲しいこと、辛いことが沢山あったのなら同じくらい楽しいこと、幸せなことが起きなければ、その人生は間違っている。

悲運と幸運は全く異なるようで実は紙一重だ。

辛苦があったから幸福を噛み締めることが出来るし、その逆も然り。それ無くしてその逆を得続けるというのは虚構の人生でしかない。

ノーラは今まで多くの苦しみをその身で味わってきた。

心折れることも、膝をつくこともあっただろう。

その度に涙し、自分を責め、また運命を責めることもあったのだろう。

「だけどノーラは運命を呪うより、それに抗う強さや行動力を持っていた。それが伝承刻印や対現象魔法に結実していったんじゃないか? 弛まぬ努力と強さが実を結び、大きな成果に繋がった。それもまた運命だと言うやつがいるかもしれない。だけど俺はそう思わない。運命に翻弄されるだけの奴が、本気で悲しんだり喜んだりすることは無い。実際に自分の手で掴むからこそその喜びは本当に大きなものになるんだから」

レンは笑って言った。

「わ、私そんなに大した人間じゃありません。・・・・・・でも、そうですね。あなたの言葉を否定することだけはしません。それは私に付いた自信をも否定することですから」

ノーラもはにかみながら言葉を紡ぐ。

その目には今までの何かに怯えるようなノーラはもういない。

「そうか、ノーラ。お前はもう運命を恐れないのだな。うん、それは正しいことだ」

 ツァオも満足そうに言った。

「さて、これで今回の件は落着だ。レン、ノーラに言うことがあるんじゃないか?」

「ああ、そうだな」

 レンはツァオの言葉に従い改まったようにノーラに向き直った。

「?」

 ノーラは不思議そうにレンを見やった。

「ノーラ、帰ろう。帰ろう、俺達の家に」

「あ・・・・・・」

 レンのそんな言葉に、ノーラは目を見開いた。

「うん、ノーラ。お前はあそこに帰る義務がある。なにも魔法を得たからじゃあないぞ。お前はあの家・・・・・・いや、違うな。お前を欠けさせたままではいけない関係をお前は作ってしまった。故に帰る義務がある」

「いや、そこまで大仰なものではないと思うが、そうだな。・・・・・・ノーラ、俺もノーラがいなくちゃ嫌になった。きっとドゥリンの人達もそうだ。だから帰ろう」

 レンはそう言って手を差し出した。

 ノーラは恐る恐る手を差し出し、しかししっかりと、噛み締めるようにレンの手を握った。

「私は自信を得ました、でもまだ皆さんに私がお返しできるものはありません。でもロイスに来て得た出会いをもう手放したくはないと思ってしまいました。・・・・・・そんな身勝手な私です。そんな私でも皆さんがいる場所に戻ってもいい、ですか?」

 そんなノーラの切実な問いに、レンとツァオは笑顔で言った。

「ああ、当たり前だ。皆それを望んでいる」

「いいとも! だがその程度で身勝手だというなら魔術士なんてやってられんぞ?」 

「・・・・・・あは」

 その言葉にノーラは一瞬俯き笑いを零し、すぐに顔を上げ

「はい! ありがとうございます!」

 二人と出会ってから一番の笑顔を、鼻声混じりの感謝とともに向けた。

 

 こうして三人は魔馬に跨り帰途についた。

 しかし、ノーラはレンの背中に身を預けながら寝息を立てていた。

 あの笑顔の後すぐ、事切れたように倒れてしまったからだ。

 慌てたレンにツァオが言うには、莫大な量の魔力を使った事により体力を消耗してしまったらしい。

「まぁあれだけのことを成したし緊張もあったんだ。ここいらで休ませてやってもいいだろう。レン、お前の後ろに乗せてやれ」

 ツァオは優し気にそう言ったのだ。

 そんなこんなで道半ば。

 ゆっくりと歩く魔力の馬に揺られながら、後ろのノーラを気にしつつレンは口を開いた。

「なぁツァオ、結局あの邪竜は何だったんだ? 聖教騎士達は伝承刻印と言っていた。だが俺の直感から言わせてもらえばあれは違う。確かに俺達の力と似た雰囲気も感じたが、積み重ねられたものが無いと思った」

「・・・・・・」

 レンの問いに、ツァオは暫し考え込み、やがて重々しく口を開く。

「ああ、お前の直感は正しいと思う。確かに生物などではなく、大地に刻まれる伝承刻印はある。ガラル大空洞は刻印が根付くにふさわしい場所だ。だが、ふーむ・・・・・・あれは自然に根付いたというには少し人の気配があった。それに起動させたのは騎士の奴らだ。あの竜穴にそのまま在ったものならば、ああも意図的に起動させるのは不自然だ。不可能とは言い切れないが、それ相応の知識と技術が必要なんだからな」

「という事はその知識と技術があれば可能なのか?」

 レンの疑問に、ツァオは首を横に振る。

「いや、理論的には可能というだけで実際は不可能に近いな。人に例えるなら自分じゃない奴の刻印魔術を勝手に起動させるようなことだからな。そんなことは無理だ」

「何故だ? 催眠とかを使えば操ることが出来るんじゃないか?」

「お前なぁ、前に教えたことがあっただろう。術者の刻印魔術はその術者本人の魔力にしか反応しないんだ。仮に催眠魔術を使ったとしても他の術者の魔力があるってことだからな、不純物を認識して魔術は起動しない」

「ふむ。さっきの話に戻すとつまり、大地そのものの魔力にしか刻印魔術は反応しない故に騎士達が意図的に刻印を起動させることは出来ないのか」

「ああ、そうだ。・・・・・・ということはあの刻印は大空洞に元から宿っていた物ではない。奴らが何らかの方法によって刻んだ、刻印魔術だ」

 ツァオはその事実を告げたが、懐疑的な表情をしていた。

 レンもその意図を汲んでいたのか、率直に意見をした。

「たかだか刻印魔術であんな強力なモノを召喚できるものか? 実際に間近で相対した俺が感じたモノだが、あれは確かに竜種、ドラゴンそのものだったぞ」

「うむ、確かに竜種を召喚する召喚魔術はある。だが出来たとしても蛇竜(ワイバーン)程度しか召喚できないはずだ。それに刻印魔術となると竜種の召喚という話は聞いたことが無い」

「魔術に疎い帝国、それに魔術を嫌う聖教ではそんなことは出来ない、か。・・・・・・いや、待て。確か帝国には流浪翁という凄腕の、そしてツァオの師匠だとかいう魔術士がいるって話じゃないか。そいつの仕業って言う線はないのか?」

「流浪翁か・・・・・・。ああ確かに奴ならやりかねん。やりかねん、が。レン、お前はあまりそいつに関わらない方が良い」

 ツァオは緊張するように言った。

「? どういうことだ、ツァオ」

「なに、そのままだ。流浪翁のことはあまり知らない方が身の為だということだ」

「何故だ」

「・・・・・・」

「ツァオ」

「まぁ、その話はいずれ、な」

 ツァオはそう言ってはぐらかしたが、レンは鋭敏にその声音から感じ取っていた。

 それは拒絶だと。

 今はまだ自分は本当に知るべきではないことなんだと。

 それだけ流浪翁という人物は強大な何かを秘めているものなのだということを。

「今は別にいいじゃないか、この三人で館に帰ることが出来る以外に気にすることはない」

 ツァオのそんな言葉に、レンはそれもそうかと自分の背に身を預け、気持ちよさそうに眠るノーラをチラリと見た。

 背中に感じる温もりは、これまででは得られなかったものだ。

 大切なもの。

 手放したくないもの。

 それを得ることが出来ることを今は嬉しく思おう。

「なぁツァオ」

「ん?」

「俺、長生きしたい」

 レンは何でもないように、そんなことを言った。

「そうか」

 ツァオも素っ気なく返した。

「じゃあ分別という物を身に付けなければならないな。それもこの世界で生きていく上で必要な物だ」

「ああ」

 それ以上二人の会話が続くことは無かった。

 沈みゆく夕日を背に三人はゆっくりと、この時間を噛みしめるように家路へとつくのであった。 

  



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