第一章 第2話 宰相ローデヴェイクを逃がさない②
「……支える、と言ったわね、ローデヴェイク」
「はいっ! 姫様!」
涙をひっこめた目で、コルネリアはローデヴェイクを睨む。
辛いときに差し伸べてくれる手がないのなら、自分から掴みに行けばいい。
「だったらローデヴェイク! あなたがわたしの『婚約者』になりなさああぁぁああい!」
「……は?」
元々、コルネリアの婚約者候補とされていたホドフリートも、まだ貴族学院に在学中の、実務経験のない若造だ。
申請書の書き方すら分からない者が、女王と王配になったところで、真っ当に国政という実務が行われるとは思えない。
二人そろって鴨葱……、欲張り家臣の傀儡になるだけ。
いや、それでも小説の世界のホドフリートは、コルネリアを断罪できるほどなのだから、有能なのかもしれないが。
前世で言うのなら、学校の勉強はできるが、アルバイトすらしていない大学生のようなもの……とコルネリアは思う。
もちろんこの世界、アルバイトなどという概念はないが。
とにかく、実務経験はない。新入社員ですらない。領地経営の勉強程度はしているだろうが……それだけだ。
仮にホドフリートが東大生レベルの頭脳の持ち主であろうと、いきなり一国の王としての実務はできないだろう。
出来ないどころか、理想論を掲げて、現場をひっかきまわして、現場が苦労する羽目になるかもしれない。
王位継承権第一位のコルネリアが女王にならざるを得ないのであれば、相棒に選ぶのは、若くて頭でっかちな使えない新入社員ではなく、実務経験があるベテラン社員。
そう、実際の職場を知っている、副社長レベルの経験豊かな人材が目の前にいる!
それがローデヴェイクだ!
それに、『無能な女王は断罪される』のストーリー通りに展開するのなら、ホドフリートは将来コルネリアを裏切るのだ。
敵対する可能性のあるホドフリートを信頼できるはずもない。
自ら棺桶に足を突っ込むようなものだ。
「わたしという若いだけの無能者に必要なのは、経験豊かで老獪な宰相! これで国も安心安全! わたしを女王にするのなら、責任をもってローデヴェイクが重責の半分を担いなさい! 今からあなたはわたしの婚約者! そして未来の旦那様よ!」
人差し指を、びしっとローデヴェイクに突き付けた。
ローデヴェイクは慌てた。
「おおおおおおお待ちを! まず老獪と言われるほどにアクドイことはしておりません! 清廉潔白とまでは言いませんが! 国王陛下と共に育ち、共に国をまとめ……」
混乱しているのか、ローデヴェイクの反論も的を射てはいない。
そして、コルネリアも考えた末に答えているのではなく、反射的に口から言葉を返していく。
「知っているわ! 確かに悪賢くはない! でも実務経験豊富だし! お父様より年下だけど、お父様より年上に見えるし! 指示を出すのも慣れているし! というか、国王を支え続けて十年? 二十年? ローデヴェイクがわたしの右腕になれば、書類に最終的なサインをする人間がお父様からわたしになるだけ!」
支えると言ったのはローデヴェイクだ。
ならば、逃してなるものか……。
コルネリアはローデヴェイクの両腕をがっしりと掴んだ。
「さあ……、支えてもらいましょうかね、このわたしとアールデルス王国を……!」
逃がさないという、ぎらぎらとした意志だけは明確なコルネリア。
ローデヴェイクは思わず引いた。
「……女王と宰相の関係でいいではないですか。どうしてこの私が婚約者に⁉ 姫様の婚約者は……」
「ああ、婚約者候補筆頭のホドフリート? あれは要らない」
「は?」
「いくら顔よし、身分よし、学院の成績良しでもね。頭でっかちの理想主義者。侯爵家を担うための勉学は優秀でも、国を背負うのはまた別の話。国王として上に立つのと、臣下として優秀なのはまるで違う」
それはコルネリアにしても同じことなのだが。
政略として、どこかに嫁すための教育しか受けていない。
「一国の王としての責務。それを担えるのは宰相であるあなたのほうが実績も気構えもある。わたしがハリボテの女王になるとしても、あなたは国の政治を回していける。これまでお父様を支えてきた実績もある。だったらホドフリートなんかよりローデヴェイクのほうが何千倍も安心で安全」
「ですが……。婚姻などせずとも……」
「独身の女王。しかも小娘。傀儡にしかならないわたしに、野心家たちがこぞってわたしに求婚するでしょうね。これまで婚約者候補だったホドフリートだって、わたしに愛を誓うのではなく、権力が欲しいから、わたしに良い顔をするだけ」
「姫様……」
「愛し合える相手なんて、いない。有象無象を相手にしている暇もない」
「姫様……」
「宰相ローデヴェイク。わたしはあなたを個人的には愛してなどいない。でも、国を治めるという点では誰よりも頼りになると知っている」
これまで父である国王の治世を支え続けてきたその実績。
王太子であった兄も、信頼を寄せていた。
人柄も悪くない。
「ハリボテの女王をわたしに引き受けろというのなら、わたしのために国政を担いなさいローデヴェイク。そして、わたしを操って権力を得ようとする者たちからわたしを守りなさい。そのためにはサッサと婚姻を結ぶのが一番なのよ」
愛ではない。
恋でもない。
実務能力だけを求めて夫にする。
それの何が悪いのか。
誰かの傀儡となり、無能な女王と化して、断罪される未来を迎えるくらいなら、それを防げるだけの実力を持ったものを掴むしかないのだ。
「ローデヴェイク。あなたがわたしの夫とならないのなら。わたし、何が何でもこの国から逃げるわ。重責が何だ、国がどうした! そんなもの妹のフェリーネに任せて出奔してやるわよ!」
「……フェリーネ姫様には……、国は担えないでしょう……」
「そうよ、分かっているわよ! あの脳内お花畑! にっこり笑えば周囲がちやほやして、泣けば誰かがなんとかしてくれる。そんな小娘を女王にさせるくらいなら、わたしのほうが百倍マシ! 分かっているわよ!」
『無能な女王は断罪される』のストーリー通りに、ホドフリートとフェリーネが、無能の女王コルネリアを倒すために成長してくれるのならいいが。
現時点では、頭でっかちの理想家の侯爵令息と脳内お花畑の第二王女の組み合わせでしかない。
それに。
ヒーローとヒロインの成長のために、どうして自分が無能の悪役という阿呆らしい配役を受け入れなければならないのだ……と、コルネリアは思う。
「わたしだって大同小異! フェリーネと大差ないわ! だから、真っ当に国を運営するのであれば、あなたが必要なの!」
初めから、犠牲になることを受け入れる必要などない。
阿呆らしい配役通りに動くくらいなら、逃げる。
逃げるのが無理なら、無能な女王などにならなければいい。
かといって、コルネリアは自分が有能な女王になれるとも思っていない。
有能な宰相を味方につけて、誰にも渡さない。
婚姻という契約を使ってでも、ローデヴェイクをコルネリアに縛り付ける。
それしか、生き延びる手段はない。
コルネリアは決意した。
「ローデヴェイク、あなた未婚だったわね? お父様を支えるのに忙しくて、結婚もする暇もなかった。婚約者もいないわね? 嫡男でもないからお父様の側近からの宰相コースまっしぐらの半生!」
「…………はい」
「だったらわたしとの婚姻も問題ないわね?」
「…………年の差が」
「政略に年の差なんて無関係よ。親子ほど離れた年の夫婦だっているし。あら? そういえば、わたしたちって正確には何歳差?」
「…………約十五歳差です」
「あら? じゃあ、あなたまだ三十歳?」
「…………正確にはまだ二十九です。まもなく三十ですが」
コルネリアはローデヴェイクの顔をまじまじと見た。
どう見ても、コルネリアの父である国王よりも年上に見える。
「……老け顔?」
「……………………この髭のせいでしょう」
ローデヴェイクはため息を吐いた。
「……王太子殿下には、四大侯爵家から一名ずつ側近をつける。これが我がアールデルス王国の慣例です」
「ええ、そうね?」
いきなり何の話だと思いながらも、先を促す。
「現国王陛下が十六歳の時点、四大侯爵家には、陛下と比較的年齢が近い令息は私の兄と私だけでした」
「はい?」
「ボルケステイン侯爵家の嫡男は、陛下が十六歳のときに既に二十二歳。エイントホーフェン侯爵家の令息は二十五歳と二十四歳。クルンペンハウエル侯爵家はなかなか男子に恵まれず、令嬢が七名生まれた後、ようやく生まれた令息は当時五歳」
「ええと……、側近にするには年が離れすぎているわね?」
少なくとも同じ時期に貴族学院に通い、親睦を深める……のは無理だ。
「はい。令嬢ならば、近い年の者が大勢いたのですが、どういうわけか、令息はおらず」
「あらら……」
「四大侯爵家のうち、唯一我がオースティンディー侯爵家。そこには私の兄と私がおりましたが、兄は陛下が十六歳のときに、十八歳。しかも、嫡男ですから……」
「オースティンディー侯爵家を継ぐわね……」
側近として働かせるわけにはいかない。
「はい、そこで、当時、年の近い令嬢を側近にするか、伯爵位の令息を側近にするか、無理やりに私を側近にするか、四大侯爵家でかなり検討を重ねたのですが」
「……結果、伯爵家の令息数名と、それをまとめるために四大侯爵家のあなたが側近筆頭になり、宰相になった……」
「はい」
ひーふーみー……と、計算してみる。
父王が貴族学園に入学する十六歳当時、ローデヴェイクは十……ということになる。
「うわー……」
十四歳で女王になるのも、かなりのものだが。
十歳で、当時の王太子を支えるために、側近として貴族学院に入学させられるのも、あんまりだと思う。
三十代、四十代の六歳差はともかく。
十代の六歳差は大きすぎる。
小学生に高校に入学しろというものだ。
いや、小学生でも大学に入学できるような優秀な者は居るだろうが……。
「……苦労したのね、ローデヴェイク」
「……学業の苦労はあまりありませんでしたが、とにかく若くて舐められる。だから、少しでも年上に見られるようにと髭を伸ばし、老成感を出し……」
「おおう……!」
「……髭を剃るとですね……、私は童顔なのですよ」
「童顔! うわー、見てみたい!」
「姫様……」
ローデヴェイクからジトッとした目で見られたコルネリアは。
「おーほほほほ! というわけで、ローデヴェイク、婚約者として今後よろしく! あ、それから、明日! 朝一で四大侯爵家の当主たちを王城に呼んでちょうだい! 今後の方針を話すわ!」
誤魔化すように、話を終わらせたのだった……。




