第一章 第1話 宰相ローデヴェイクを逃がさない①
本編全6話。
約3万文字くらいのお話です。
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番外編追加。
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リクエストをいただいたので、第二章連載開始。多分7話くらい。
暗闇の中、手を伸ばす。
だけど、それが精いっぱい。
熱でもうろうとした体を起こすことは、もう……できない。
誰か助けて。
心の中で何回も叫んでいるけど、その「誰か」なんて、わたしには……いない。
ああ……、どうか、神様。
伸ばした手を掴んでくれる「誰か」を。
わたしが辛いときに、わたしに手を差し伸べてくれる「誰か」を。
どうか。
お願い
わたしに下さい。
だけど、いくら願っても、その「誰か」は居ない。
暗闇の中、わたしは、一人。
一人きりで、わたしは死んだ……はず、だった。
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何日も嵐が続いた後、ようやく晴れた今日。
アールデルス王国の第一王女であるコルネリアは、窓の外の青空を見てほっと息を吐いた。
「晴れた……。これでお父様たちが帰ってこられるわね……」
父である国王、母である王妃、そして兄である王太子。
三人は、近隣諸国数か国との会談のため、隣の国まで赴いていたのだ。本来であればもうとっくに帰国していたはずなのではあるが、嵐のために帰城が遅れに遅れていた。
国王不在、しかも嵐。
コルネリアは不安だった。
「さいわいにしてこの嵐で我が国の被害はあんまりなかったけど……」
アールデルス王国よりも低地にある近隣諸国では、洪水や川の氾濫が起こり、農作物や建物に相当な被害が出たはずだ。
「お父様たちがお帰りになったら、すぐに支援策を検討しないといけないかも……」
近隣の国への災害支援。相互扶助の考えから当然行うべきものだが、コルネリアの妹、第二王女のフェリーネなどは「新しいドレスが作れなくなるじゃないのよ!」と頬を膨らませるだろう。
そこまで考えたときに、突然、コルネリアの部屋のドアが開いた。
ノックもせずに第一王女の部屋のドアを開けるとは不敬な……と、ドアのほう睨む。
入ってきた男は宰相であるローデヴェイクだった。
「ローデヴェイク?」
「姫様!」
常であれば、このような失礼なことをする男ではない。
それに……いつもならきっちりと撫でつけられている紺色の髪も、整えられている髭も、ぼさぼさのままで。
「……何かあったの?」
ローデヴェイクはコルネリアに礼も取らずに言った。
「帰城途中、陛下がたの乗った馬車が……、土砂崩れに巻き込まれたとの報が……」
コルネリアはひゅっと息を飲み込んだ。
土砂崩れ。
巻き込まれた馬車。
「嘘……」
「嵐で伝令も遅れに遅れ……、ようやく今朝第一報が届き……。これから騎士団を派遣して……」
宰相であるローデヴェイクの言葉はこれ以上もなく沈痛だった。
「……崩落は、いつのこと?」
「七日前です」
土砂崩れに巻き込まれて七日。
「……生きているわよね?」
「恐れながら、可能性は低いかと……」
コルネリアは手にしていた扇を開いて、閉じた。何度も何度も繰り返し、開き、閉じ、開き、閉じ……。
「田舎の小国とはいえ、一国の国王と王妃と王太子が揃って……」
死んだのならば。
ずしん……と、コルネリアの胃が重くなる。
扇を開いたり閉じたりしていた動きをぴたっと止め、ふううぅぅぅ……と、コルネリアは、肺の中の空気をすべて吐き出した。
「……我が国はお終いね」
その国王と王妃と王太子が揃って事故で死んだのなら、残されたのは第一王女であるコルネリアと、第二王女であるフェリーネのみになる。
「いいえ、姫様。まだあなたがいらっしゃいます! 第一王女殿下でいらっしゃいますあなたが!」
ずしん……と、また胃が重くなる。胃だけではなく、頭が、肩が……全身が。
第一王女、コルネリア。
それが、自分だ。
「……妹のフェリーネもいるわよ」
咄嗟に逃げの発言をこぼした。
父が、母が、兄が……今までは居た。だから、のほほんとした王女でいられた。
そのうちどこかに嫁ぐ。
政略のための王女。
今の今までは、そのはずだった。
なのにいきなり。
第一王女のコルネリアが国を継ぐ?
死を、悲しむよりなによりも、重責に沈み込みそうだった。
無理だ。
そんな教育は受けていない。
重責を担うのは、自分ではなく妹でもいいではないか。
逃げの発言であることは、コルネリア自身にも分かっていた。
「妹殿下は御年十二歳でございます。しかも政治には無関心。興味をお持ちなのはドレスと装飾品……」
知っている。
王女教育もまともに受けずに、きゃっきゃと毎日楽しく過ごしているだけの妹。
いや、さすがにダンスだけは好きと見えて、きちんと練習をしているが……、できるのはそれだけだ。
分かっている。
そんな妹に、国政は担えないということくらい。
父と母と兄がいなくなれば、妹を抱えて、自分が国を背負わざるを得ないということくらい。
コルネリアにはよく分かっている。
だけど。
「わたしだってまだ十四歳なのよ! 兄のように王太子教育も受けていないし、ごく普通の王女教育をこなしてきただけ! 貴族が通う義務もある学院にだって、二年後にようやく入学なの! 政治? 知らないわ! そんな小娘に国が背負えるわけがないでしょおおおおお‼」
「それでもっ! 姫様に背負っていただかねばなりません‼ もしもの場合は姫様がアールデルス王国の新しい国王です‼」
「無理無理無理無理無理! 無理ゲーすぎる!」
重責から逃げたい一心で叫んだコルネリア。
「ゲーはお止めください! 嘔吐の擬音ですか⁉」
「いえ、そうじゃなくて、無理ゲーっていう……の……は……」
『「無理ゲー」は「無理」と「ゲーム」を組み合わせた言葉であり、攻略がほぼ不可能なゲームを指すインターネットスラング。特にファミコン時代には、操作や条件が極端に難しいゲームが多く存在し、クリアが困難な作品に対して使われるようになった』
何故だかネットの辞書の説明文のようなものが、コルネリアの脳裏に浮かんできた。
「あ……?」
更に、小説と思しき文章も。
『「コルネリア! 無能な女王よ! 俺はキサマを許さない! 愛するフェリーネと共に、俺が、このホドフリートが国を担う!」
婚約者であるホドフリートからの断罪に、悪の女王コルネリアは崩れ落ちた。
「わ……、わたしは……」
フェリーネが、神に祈るように胸の前で手を組んだ。
「お姉様。どうかご自分の罪をご理解ください。アールデルス王国はホドフリートと共にフェリーネが守ります!」』
これは……、以前、読んだ……本の……。
すうっと、背中に汗が流れた。
もしや、これは、この記憶は……。
「わたし、コルネリア……」
「姫様。一人称は『わたし』ではなく『わたくし』にするように家庭教師がさんざんお伝えしたと……」
「あなたは宰相のローデヴェイク……」
「……そうでございます」
「国の名前はアールデルス王国……」
「どうしましたか?」
コルネリアは手にしていた扇をぼとっと床に落とした。そして、明るく華やかな金の長い髪をぐちゃぐちゃと手で掻きまわす。
琥珀にも似たオレンジ色の瞳もカッ! と見開かれて。
そして、叫んだ。
「マジか―――――――⁉ ここってば『無能な女王は断罪される』の世界⁉ そんでもって、断罪される女王が、このわたし―――――――⁉ つまり異世界転生いいいいいいい⁉」
「姫様! 言葉遣いを! きちんと!」
「それどころじゃない!」
グラグラとした脳に浮かぶ、前世で読んだライトノベルのストーリー。
そう、『無能な女王は断罪される』という小説の世界で、確かにコルネリアは女王だった。父王と母と王太子である兄を、突然に亡くし。わずか十四歳で即位した悲劇の女王。
肉親の死を悲しむ暇もなく、また、右も左も分からないうちに、父王たちの葬儀をし、女王として即位し……、欲張りな家臣たちの傀儡となった。
しかも、婚約者候補であるホドフリートは、妹のフェリーネと恋仲になり、フェリーネを女王にしてホドフリートは王配となって、アールデルス王国を牛耳ろうとする。
いや、牛耳るというのは表現はコルネリアの視点であって、小説内では真逆。
そう、小説ではホドフリートが無能なコルネリアを断罪するヒーロー、そして、フェリーネはヒーローから愛されるヒロインだ。
彼ら二人は愛によって、無能で怠惰な女王コルネリアを倒し、アールデルス王国を平和に導く……。
それが『無能な女王は断罪される』の大まかなストーリー。
「姫様は無能ではございません! 断罪されるような女王にはなりませんとも!」
「無能に決まってんでしょおおおおぉ! 王太子教育も受けていないザコ王女よわたしは! それがいきなり女王なんて! 無茶言わないで!」
コルネリアは必死だ。
「他国に嫁がせるのか、国内の誰かに娶らせるのかって、父上だって、わたしの使い方を決めかねていた! その他いろいろ思惑もあったけど、ホドフリートだって、正式な婚約者ではなくて候補止まりで保留にさせていたし! その程度のザコ王女がいきなり女王になって、国が治められるはずがない!」
「し、しかし! こうなった以上、アールデルス王国の第一王女であるあなた様にお覚悟をしていただかなくては……」
「う、ううううう……。無理よぉ!」
突っ伏して泣きたい。
まだ死んだと確定したわけではないが、生きていたところですぐに王と王妃と王太子が国政に復帰するのは無理。
土砂崩れに巻き込まれたのであれば、大怪我をしているかもしれない。怪我がなくとも、心の傷は……重いだろう。
コルネリアがやらなくてはならない。
分かっている。
たとえ、無能と分かっていても。
たとえ、その先にあるのが無能として断罪される未来だとしても。
王女としての責任はある。
だが、本音では。
嫌だああああああ! と叫びたい。
重責だけでも嫌だというのに。
欲張り家臣の傀儡になり、ヒーロー役から断罪される未来など、誰が選びたいと思うのか。
いっそ逃げるか……と、コルネリアは思った。
しかし、逃げたところで、追手が掛かり、連れ戻される。女王の椅子に無理やり座るしかなくなるか、心神喪失による幽閉か病死だろう。
マジ無理ゲー。
涙目になったコルネリアの肩を、ローデヴェイクががっしと掴んだ。
「僭越ながら。このローデヴェイクも、宰相として姫様をお支えして……」
そのとき、ローデヴェイクの言葉の途中で。
コルネリアの脳裏に天啓ともいうべき考えが閃いた。




