第二章 第5話 切ないときに抱きしめてくれる腕を⑤
唇を噛んだまま、動かないフェリーネ。
そのフェリーネにローデヴェイクは静かに聞いた。
「この二年間、あなたは何をしていましたか、ゾンネンベルフ侯爵令息夫人」
ローデヴェイクはフェリーネを姫様とは呼ばなかった。名前でも呼ばず、侯爵令息夫人という肩書で呼んだ。
「何って……」
フェリーネはのろのろと顔を上げる。
「コルネリアは国を支え、王家の男子がいなくなったのを憂い、今後百年の国家を考え、王政から議会制へと国を変える決断をした。その実行のために奔走した。今日はその公布の日」
何をしていたのか、この二年間。
ただ、しあわせに、ホドフリートと観劇をして、ドレスを選んで……学びもせずに、遊んでいた。
「あなたは、何をしていたのか、答えなさい、元王女、フェリーネ」
「フェリーネは……」
何もしていない。
「で、でもっ! 親を亡くしたばかりのかわいそうな女の子をそんなに責めなくてもいいじゃない! 意地悪よ!」
何もしていないと言えずに、ただ反発した。
ローデヴェイクは冷笑した。
「親を亡くしたばかりのかわいそうな女の子は、あなただけではない。コルネリアもあなたと同じ条件だ」
「で、でも……」
「それでもコルネリアは、歯を食いしばって、涙を請えらえ、国をけん引した。当時まだ十四歳。今だって十六歳に過ぎないコルネリアが……だ」
フェリーネは再び唇を噛んで俯く。
何も言えない。
言えないが、ただ悔しい。
「辛くないはずがない。それでも前を向いたコルネリアを私は愛している! キサマなど、相手にする価値もない!」
怒鳴られて、体がビクリと震えた。
「出て行きなさい。あなたはこの場に相応しくない」
出口を指さされても、フェリーネは動けない。
きょろきょろと、視線を彷徨わせる。
そして、ホドフリートを見た。
ホドフリートは、フェリーネの視線から顔を逸らした。
「ホドフリート様……、助けてよ……」
憐憫を誘う細い声。
だけど……。
『ずるい! ずるい! ずるい! こんなに綺麗な顔の男なら、フェリーネが貰ったっていいでしょう! お姉様にはもったいないわ!』
フェリーネが言った言葉。そして。
『ホドフリートは捨てない。ローデヴェイクも欲しい。そういうことね?』とのコルネリアの言葉に、答えなかったフェリーネ。
「フェリーネ姫様は……、俺だけを好きではなかったのか……」
よろよろとした足取りで、ホドフリートは一人、会場から出て行こうとした。
「待って! 待ってよ! ホドフリート様!」
フェリーネが慌てて駆け出した。追いついて、腕を掴むが、ホドフリートはフェリーネの手を振り払った。
その場にしゃがみ込むフェリーネ。
そのフェリーネに、コルネリアは淡々と告げた。
「安心しなさい、フェリーネ。婚姻契約書には『離縁はできない』と書いてあるから」
「え……?」
フェリーネがコルネリアをのろのろと見上げる。
「アールデルス王国から王家はなくなる。最後の直系男児であったお兄様はもういない。あなたの戸籍も王家からゾンネンベルフ侯爵家に移してある。わたしの戸籍も二年後にはオースティンディー侯爵家に移す」
「な、何を言っているの、お姉様……」
「戻るべき実家がないと言っているの。だから、離縁を不可にした。どうしてもフェリーネがホドフリートと離縁をしたいのなら、下院に申請して。でもその場合、あなたの面倒をみてくれる実家はない。つまり、フェリーネは貴族ではなくなり、平民になるわ」
「嘘……」
「嘘なんて言わないわ。法律に則って説明しているの。離縁したらあなたは平民。だから、王族のうちに、離縁不可なんて特別な条項をあなたとホドフリートの婚姻届に組み入れたのよ。だけどもう、その特権を行使できる王族は居なくなる」
「う、そ……」
「ついでに言うのなら、わたしがあなたを面倒見る法律上の責任はない。仮にホドフリートと離縁をしても、わたしを頼らないでね。頼られても修道院に放り込むだけよ」
「酷い……」
「酷くはないわよ? 血縁はあっても法律上、わたしがあなたを扶養する義務はないの。わたしだって、貴族学院を卒業する年でもなく、あなたと同じく親がいない。そして、まだ誰かの保護を必要とする年若い娘なの」
そういうふうに、法を制定してある。
まあ、現状に即さなければ、そのうち変えてもいいが。
下院で話し合い、上院で可決されれば、法を変えることも可能なのだ。
ただし、フェリーネにそこまでは説明してやるつもりはない。
大事なローデヴェイクを奪おうとした女に与える温情などはない。
「もう一度聞くわ。大人しく席に座って晩さん会に参加するか、それとも出て行くか。自分で決めなさい。どちらも嫌なら摘まみだすわ。騒乱罪適用。まだ王族であるわたしに対する不敬罪もつけましょうか。しばらく牢屋で頭を冷やしたいというのなら、それもいいわね」
居た堪れずに、フェリーネはのろのろと会場を出て行った。




