第二章 第4話 切ないときに抱きしめてくれる腕を④
あまりに突然で、対応が遅れた。
晩さん会会場に配置されている護衛騎士たちも、相手がフェリーネとあって、コルネリアの指示なしに動いていいのかどうか、判断に迷った。
それはローデヴェイクもだった。
「あのね、今は、晩さん会の……」
「うるさいわっ! ずるいったらずるい! そんな美しい男にエスコートされて! どこから連れてきたのよ!」
コルネリアはきょとんとした。
「ローデヴェイクよ? 髭がないだけ」
「はあ⁉ 宰相⁉ こんなきれいな顔を隠していたというの⁉」
「隠したというか、髭を剃っただけ……」
「酷いわ! ずるいわ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐフェリーネ。
コルネリアは何が何だか分からない。
「お姉様! フェリーネを騙したのね!」
「騙したって……、何のこと?」
「こんなきれいな顔を隠して! フェリーネに宰相かホドフリート様かどっちかを選べなんて言って! この顔を知っていて、黙っていたなんて! ずるいわ!」
フェリーネの文句は止まらない。
「ずるい! ずるい! ずるい! こんなに綺麗な顔の男なら、フェリーネが貰ったっていいでしょう! お姉様にはもったいないわ!」
コルネリアの胸に湧き上がる嫌悪感。
思い出す、前世の妹。
『おねーちゃん、ずるい。こんなイケメンを恋人にしていたなんて。ねえ、おねーちゃんにはもったいないから、アタシがもらうね』
同じ。
前世の妹も、今の妹も……、欲しいものは奪う。
ふざけるな。
コルネリアはエスコートをしてくれていたローデヴェイクを見た。
ローデヴェイクの額には青筋が立っていた。
自分が妹姫を処していいですか? そう言わんばかりの、強い目線。
コルネリアは一度だけ、ローデヴェイクの手をぎゅっと握り、そして、一歩前に出た。
「わたしがずるいのではないわ。あなたが強欲なだけよ、フェリーネ」
「はあ⁉」
「二年前、お父様とお母様とお兄様が事故に遭ったとき。あなたは自分でゾンネンベルフ侯爵家令息ホドフリートを選んだ。宰相であるローデヴェイクを選ばなかった」
「だって! そのときは髭の顔しか知らなかったもの! 髭の下がこんなに綺麗だと知っていたら……」
「ふうん? ホドフリートを捨てて、ローデヴェイクを選んだっていうの?」
「そ、それは……」
「それとも……、ホドフリートは捨てない。ローデヴェイクも欲しい。そういうことね?」
フェリーネは返事が出来なかった。
コルネリアに指摘されたとおりだった。
ホドフリートを捨てる気などない。
でも、今、見たばかりの美男も欲しい。
コルネリアは冷笑した。
「何て強欲なのかしらね!」
「う……」
「悪いけど、わたしはあなたにローデヴェイクを渡す気なんてないわ……などという争いはこの場に相応しくはないんだけど……、そうね、せっかくの機会だから」
コルネリアはもう一度、会場内の貴族たちを見た。
「余計な乱入者がいるけれど、ちょうどいいかもしれないから、告げてしまうわ。もう知っているでしょうけれど、今日、この晩さん会は、我がアールデルス王国が王政から議会制の国に変わるという公示を行うためのもの」
ほとんどの貴族たちは、静かに頷いた。
「は?」
などと、呆けた顔をしているのはホドフリートやフェリーネくらいしかいない。
「今日が公布で、施行は二年後。わたしとローデヴェイクが婚姻を結び、わたしが王族ではなくオースティンディー侯爵家の一員となったときからとなります。その時点で、我が国から王族は居なくなるわ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 王族は居なくなるって! フェリーネは王女よ!」
場違いに叫ぶフェリーネに、コルネリアは冷めた目線を向ける。
「いいえ、あなたはもう王族でもなく王女でもない」
「はあ⁉ 何を言っているのよお姉様!」
「二年前、あなたは自分でゾンネンベルフ侯爵家令息ホドフリート選んだ。だから、降嫁させた」
「降嫁って何よ! 確かにフェリーネはホドフリート様と婚約したけど!」
「婚約届と同時に婚姻届も書いたでしょ」
「なにそれ! 知らないわよ!」
「自分でサインをした書類も知らないの?」
「自分でって……」
記憶を探る。
思い出そうとしても分からない。
「何枚かの書類にサインはしたのは確かよ! でも、全部婚約届だと思ったんだもの!」
「婚姻届もあったわよ。だから、わたし、言ったのよ。『しばらくは白い結婚でお願いね』って」
「あ……」
確かに言われた。
「そ、それだけで分かるはずはないじゃない!」
「どうして? 婚約届も婚姻届も、ちゃんと文書をあなたに見せた。それに持参金も金貨五千枚。常識的に考えて、婚約程度でそんな大金渡さないわ。それに金貨だけじゃないし、嫁入り道具としてドレスに儀礼用の馬に銀器、国宝級の宝石の類も持たせたでしょう?」
知らないで済むかと、コルネリアは睨む。
「だから、フェリーネは二年前から王族ではないの。もうとっくにゾンネンベルフ侯爵家令息ホドフリートの妻。だから、身分は侯爵位」
だから、席次も。王族扱いではなく、侯爵家扱いなのだ。
「侯爵家の嫁の身分に不満があるなら、これから発足する議会に申請をしたらいいわ。フェリーネだけじゃなく、皆にも伝えるわね。貴族からの細かな申し立ては、これから発足する議会制では下院に申請書を。ああ、下院は現状の宰相府をそっくりそのまま移行する形にするから、申請先の名称が宰相府から下院に変わるだけ。大きく混乱はないでしょう」
そのあたりは手元の冊子にきちんと明記してあるし、議会制になった後の詳しい法律などは、別途皆に配布をします……と付け加えるコルネリア。
「もういいわね、フェリーネ。あなたは侯爵家の嫁。まだ王女であるわたしに話しかける権利もないの。大人しく座って晩さん会に参加するか、それともこの場から去るか、自分で選びなさい」




