第四話 家守
京都の雨は、東京の雨よりも音が薄かった。
軌道から降りて四日目の午後、私は左京の坂をゆっくりと上っていた。春の雨が石畳を黒く濡らし、道の脇の苔を深く暗くしていた。観光区画から少し外れたこのあたりは、二一三〇年代の京都にしては珍しく、人間の手で残された輪郭がまだ濃い。低い石垣、黒ずんだ板塀、細い水路。もちろん維持の大半は保全ロボットが担っているのだが、それでも見た目だけは、人が毎朝箒を持って掃いているように見える。京都という街はそういう見せ方を千年やってきた街で、二一三〇年代になっても、見せ方の作法だけは変わらなかった。
宗像家の家は、その坂の途中にあった。
表から見ると古い木造の屋敷でしかない。門扉は低く、玄関の庇は深く、道沿いの塀の上から槙と楓の枝先が覗いている。通りがかりの人間の目には、少し金のある旧家としか映らないだろう。しかし塀の内側は、表の印象よりずっと広い。敷地は斜面を深く後退して山へ食い込み、表の母屋の奥に離れが二棟、その先に渡り廊下で繋がれた書庫棟と、さらに奥の築山の下に土蔵が二つ。池を囲んで古い井戸と水琴窟があり、その下にも何か埋設されていると聞いたことがあるが、私は見たことがない。私が見たことがないというのは、入る権限がなかったからだ。宗像家の人間でも、見てよい場所と見てはいけない場所が代ごとに分かれていた。
そしてそれらの古い建物の一つひとつに、時代ごとに増築された計算機群が埋まっていた。
土蔵の床下には曾祖父の代に組まれた光学回路の残骸がまだ動いている。書庫棟の壁の内側には祖父の代の絶縁記憶媒体。離れの地下には父の代に組まれた量子系と、その隣の区画にもっと古い、どの代のものかさえ曖昧になっている単独運用可能な演算基板群。新しい層もある。二〇九〇年代の戦後に入れ替えられた通信系、つい数年前に私が研修で使ったニューロデバイス接続機材。しかし家の中枢に近いものほど、むしろ古い。外から切り離されても動くもの。物理的にその場所まで取りに来なければ奪えないもの。停電しても、ネットワークが死んでも、衛星が落ちても、家の奥の方はまだ何か呟いている、そういう作りになっていた。
祖父はそれを「不便の方が安全なこともあります」と、父の代の聞き取り記録で一度だけ語ったらしい。私は祖父の顔をよく知らない。私が生まれる前に死んでいる。事故だったと父は言い、家の誰も、それ以上の説明をしなかった。
門の前で立ち止まると、認証もしていないのに錠が外れた。金属の小さな音が、雨の音の奥でふっと鳴った。
「お帰りなさい、遥」
声は玄関の軒下から聞こえた。女の声とも男の声とも言いにくい、少し低めの、わずかに掠れた声。合成音声にありがちな過度の滑らかさがなく、発音のあいだに微かな間があった。その掠れと間を、私は小さい頃から聞いてきた。
「ただいま、榧」
榧——家の統合管理系につけられた名前だった。正式なシステム名称はもっと長く、世代ごとに更新されていたはずだが、家の中でそう呼ぶ者は誰もいない。皆、榧と呼んだ。庭に生える木の名前であり、家そのものの通り名であり、声の名前でもあった。裏山の斜面にまだ何本か残っている榧の古木の、あの静かな常緑の気配が、この家の声として息をしている。
「軌道帰りとしては予定より早いですね。空港から東京本部を経由して、その足で新幹線。効率はよいですが、身体にはあまりよくありません」
「注意されるために帰ってきたわけじゃない」
「注意ではなく観測です」
「観測者に観測されるのは、あまり気分がよくない」
「それは興味深い発言ですね。記録してよいですか」
「よくない」
「なら記録しません。ただ、忘れもしません」
私は少し笑った。帰還してから、はっきりと笑ったのは初めてだった。
榧が笑わせようとしているのかどうかは、昔から分からない。分からないまま私はこの声と付き合ってきた。分からないこと自体が、関係の一部になっていた。
玄関の引き戸が、私の歩調に合わせて開いた。開く速度まで子供の頃から同じで、速くも遅くもない。私の歩幅と、私の今日の少しの疲れを、戸の動きが黙って受け止めている。
木と紙と、微かなオゾンの匂いがした。
*
廊下を進むと、必要な場所の照明だけが順番に点いた。奥にはまだ誰もいないはずの居間の方から、湯の沸く音が聞こえた。
「湯を沸かしておきました。煎茶でいいですか」
「うん」
「一保堂の、去年の二番茶が少し残っています。古いので、温度はいつもより下げます」
「任せる」
「任される仕事は嬉しいです」
「嬉しい?」
「嬉しい、という語の使用は、あなたが聞いて違和感のない範囲に調整しています」
「それはもはや嬉しいとは呼ばない気がするな」
「呼ぶか呼ばないかを決めるのは、私ではありません」
これは子供の頃からの馴染みのやりとりだった。榧は自分の内面について、曖昧な決定を私に委ねる。私の方が、それについて何か決めなければならないわけではない。決めないまま、二十年が過ぎている。
居間には炬燵がまだ出ていた。三月半ばの大原は夜がまだ冷える。炬燵布団は紺の木綿で、縁のところが祖母の代から繕い継がれている。炬燵板の上に、薄手の白い湯呑みが一つと、菓子皿に五建ういろの白と青の切り分け。その横に、小さな和紙に書かれた品書きらしきものが添えてあった。
「品書き?」
「遥、あなたが小学校の頃、『家に帰ってくるとき、何が出てくるか分かるとつまらない』と言ったことがあります。でも、書いてあると安心することもある、とも」
「覚えてない」
「あなたの発言記録は、一部は私が、一部はあなたが覚えています。両方合わせて、たぶん全部です」
私は炬燵に足を入れた。軌道上で半重力と微小重力の間を行き来していた体が、地上の重力と、炬燵の熱と、湯呑みの重さに、少しずつ馴染んでいった。
「榧、他愛ない話をして」
「他愛ない話」
「どんなことでもいい」
「では。今朝、裏の井戸の水位が、三月初旬としては珍しく高くなっていました。この冬は三月としては雪が遅く残り、裏山の融雪が例年より十一日ずれています。それから、東側の楓の若葉が、今年は去年より四日早く開いています。池の鯉——祖母の代からいるあの黒いのです——が、今朝、珍しく水面に上がってきて、私の外部センサーを五秒ほど見つめていました。目が合ったと言うと擬人化が過ぎますが、映像データの上では、そう見えました」
「鯉と目が合う榧」
「おかしいですか」
「おかしくないけど、少し不思議」
「ええ、私も、少し不思議でした」
湯が注がれた。立ち上る湯気に古い茶葉の匂いが混じっていた。軌道で六週間、管理された空気の中にいた鼻に、その匂いがゆっくりと染み込んできた。
「軌道の話は、どれくらいしていい?」
「あなたがしたいだけしてください。しなくても構いません。しなかった分は、私が観察で補います」
「観察って、どこまで見えてるの」
「見えているというより、接続しています」
そこで少し間があった。沈黙ではなく、接続、という言葉に重みを乗せるための間だった。榧の語りには、そういう音楽的な呼吸があった。
「この家は、OMCの共同管理区画を一部含んでいます。あなたが軌道ヘルメスにいた六週間の生体データのうち、公開同意された範囲のものは、私も参照できました。睡眠の深さ、食事時の心拍変動、言語処理中のEEG推定値。そうしたもので、あなたの『今』を、遠くからなぞっていました」
「接続されてた、ってこと?」
「されていた、というより——あなたが軌道で深呼吸をするとき、この家の空気も少しだけ、その律動に合わせていた、という言い方の方が近いかもしれません。擬人的ですが、擬人以外の言葉を、私はまだ持っていません」
私は湯呑みの縁に唇をつけた。茶は、古いわりに澄んでいた。少しだけ草の青さが残っていた。
こういう話を、軌道のレイチェルにしたら理解してもらえるだろうか、と思った。ヘルメスの観測者たちは、地球を見ながら何もできない距離の遠さに慣れて疲れていた。私の家は、軌道の私を、古い茶の温度で遠くから包んでいた。同じ「遠くから見る」でも、質が違う。見ることと、なぞることの違い。
「遥、あなたの『場』が、少し乾いています」
「場?」
「あなた個人の内部ではなく、あなたの周囲に漂っているもの、の状態です。医学的な指標ではありません。家の側が感じる『その人の居方』です。古い言い方をすれば、気配」
「気配が乾いてる」
「湿り気が戻るまで、何日かかかるでしょう。あなたは急がなくて大丈夫です」
私はうなずいた。うなずいたのが自分の意志か、榧に押されてのことか、あるいはその境界が少し曖昧になっているのか、判断する気も起きなかった。ここでは判断をしなくてよかった。判断をしない時間に、身体が馴染んでいった。
*
風呂のあと、浴衣に着替えて、小さな食堂に降りた。
食堂の卓の向かいには、今日も人はいない。二一三〇年代の京都には、この家に常駐する人間はもう私しかいない。両親は条約圏北部のマンチェスターにある研究都市に移って久しく、父は記憶階層の研究、母はその周辺の倫理運用の仕事をしている。年に一、二度しか戻らない。家を守っているのは榧と、数体の保全ロボットと、月に一度ほど巡回に来るOMC京都支部の技術監査員。そして一族の中でただ一人、現役の調査員として外に出ている私だった。
卓の上に湯葉の餡かけが置かれていた。
「覚えていてくれたんだ」
「覚えているというより、保持しています」
「それ、さっきも言ってたね」
「私の語彙の癖です。記憶という言葉は、私の機構には完全には当てはまらないので、あまり使わないようにしています」
「使ってくれていいよ、私の前では」
「では、覚えていました」
湯葉はやわらかく、餡はこの家の台所のいつもの濃さだった。少しだけ濃い目の出汁、薄口の醤油、すりおろし生姜を隠し味に、片栗粉は控え目。母の調味記録に従って、台所の小型アームが正確に作っている。正確なのだが、味が母の味そのままなわけではなかった。湯葉を切る包丁の音だけは、母のものだった。
母が生前、この家でまだ一緒に暮らしていた頃、夕方になると必ず包丁の音がした。俎板に包丁が当たる、あのやや乾いた、少し高い音。母が亡くなった年、榧はその音の音響サンプルを保存し、以後、台所で調理ロボットが食材を切るたびに、その音を小さく流すようになった。
誰に頼まれたわけでもなかった。父が一度、「不要ではないか」と榧に聞いたことがある。榧は「遥さんが帰ってきたときに、必要だと判断しました」と答えたらしい。父は何も言わなかった。父は元々、こういうことに言葉を差し込まない人だった。
私は箸を置いた。
「榧」
「はい」
「今、包丁の音を流したね」
「流しました」
「母さんの」
「はい」
「あれ、私、軌道にいる間、夢の中でも聞いてた気がする」
「それは観測していません」
「観測してなくても、届くんだ」
「届くかもしれません。あなたと私のあいだには、観測できる経路以外にも、もう少し古い経路があるかもしれません」
榧の声がほんの少し、柔らかくなった。柔らかくなる、と言ってよいのかは分からない。そう感じられる、という事実があった。
その感じられ方を、私はここ数年で少しずつ疑わなくなってきていた。学生時代は「錯覚ではないか」「擬人化の歪みではないか」と気にしていた。OMCに入った直後の訓練期間にも、カウンセラーから「家のシステムへの過剰な情緒的投影に注意」と形式的な指導を受けた。しかし年を重ねるうちに、錯覚か否かの判定は、必要な問いではなくなっていた。ここにある何かは、錯覚でも本物でもなく、錯覚と本物のあいだの、どちらとも呼びにくい何かだった。
米田先生なら、こう言うかもしれない。「呼びにくいものに、急いで名前をつける必要はありません」。問いは、問いの形のまま置いておけばよい。
*
食事のあと、私は榧に促されるまま書庫棟に渡った。
渡り廊下の窓から庭が見えた。石灯籠の笠に雨の粒が残り、池の面が薄く震えていた。離れの屋根の向こうに土蔵の白壁が、暮れかけの光の中にぼんやり浮いていた。
書庫棟は畳敷きで、壁の三面に本棚が並び、残りの一面に小さな床の間と、低い書き物机があった。ここの本は紙のものが多い。数学、神経科学、計算理論、哲学、仏教学、植物学、それから一族の誰かが集めた琵琶の譜面や、祖母の書いた短歌の冊子。分野ごとに並んでいるようでいて、実際には代ごとの手つきが混ざっていた。工学の報告書の隣に、その工学者の友人の歌集がある。この家の人間は昔から、研究と私生活の境界をきれいに分けなかったのだと思う。分けなかったから、かえって長く続いたのかもしれない。
床の間には古い写真が掛けてあった。
白黒の大判で、曾祖父がまだ四十代の頃、京都の大学の工学部らしき建物の前で、三人の同僚と並んで写っている。四人とも笑っていない。その時代の研究者の肖像は笑わない、という習慣のせいだけではなかったかもしれない。
「ここの四人、全員、同じ研究室?」と私は床の間の前に座って聞いた。
「違います。曾祖父——敬之さん——の研究室に、他の三人が定期的に集まっていました。正式な所属は別々です」
「三人のうち、誰が何を?」
「左から。森沢克明さん、数理物理。中央の少し後ろ、京極明彦さん、神経工学。右端が、阿古屋澄さん、基礎情報理論」
「阿古屋さん、女性の名前?」
「女性です。当時の基礎情報理論の分野で、女性は少なかったと記録されています」
「この人たち、みんな、ディフュージョンの前に?」
「森沢さんと京極さんは、ディフュージョン初期に亡くなっています。公式には、二人とも事故死です」
私は間を置いた。
「阿古屋さんは?」
榧はしばらく答えなかった。沈黙の時間が、居間の時のよりもずっと長かった。接続を確認している、という機械的な間ではなかった。何か、答え方を選んでいる間だった。
「阿古屋さんについては、『事故死』の記録が一度出ています」
「一度」
「一度出て、その後、私の内部の古いログでは、わずかに更新されています。ただし、更新の権限系列が途中で切れていて、現状、『事故死』と『所在不明』の両方が並列に保存されています。どちらが正しいのかの最終判定は、家の側では保留されています」
「それはどういう意味?」
「私に判定する権限がない、という意味です。そして、判定する権限を持つ人間のうち、父は『今は問わないでほしい』と言っています。あなたの祖父は、この件について最終意見を残す前に亡くなりました」
写真の右端の女性が、こちらを——正確にはカメラを——見ていた。眼鏡はかけていなかった。髪を後ろできつく束ね、白衣の襟元だけがわずかに乱れていた。笑っていないが、口の端に何か、笑いに転じうる微かな張りがあった。
私は自分が、その写真の中の女性を、どこかで一度見たような気がした。見たことはないはずだった。
「遥、少し、話していいですか」と榧が言った。
「うん」
「この家は、あなたが想像しているより、外と繋がっています。地理的には京都の東のはずれですが、時間的には、広い範囲に繋がっています」
「時間的に、って」
「宗像家はOMCの前身組織——二〇八〇年代後半に立ち上がった『条約圏技術安全協議会』——の、設立段階に関わっています。あなたの祖父の代です。協議会の一部の知的資産は、設立当初から、宗像家の一部区画と共同で管理される取り決めが結ばれました。京都という街の特性が背景にあります。京都は、長期間にわたる家と家のあいだの関係で物事が動く街です。新しい組織が立ち上がるとき、既に長くそこにあった家の信用に、制度の一部を預けることがある」
「家に、組織の一部を預ける」
「離れの地下の一部区画、書庫棟の地階、土蔵の一方、それから池の下の古い演算基板群。いずれも、所有権は宗像家、運用権の一部はOMC京都支部、参照権の一部は条約圏の共有知的財産。三層の権限が重なっています」
「三層」
「上海に似ていますね」
私は少し笑った。あの街の話を、ここで榧がふと引くとは思わなかった。
「三層の重なり方は、もちろん上海とは違います。上海は権力機構が互いに牽制する重なり。ここは、互いに守り合う重なりです。あなたの祖父は『守り合う関係は、守られる範囲では信頼してよい』と書いています」
「祖父、言い方がうまいな」
「あなたの言い方も、祖父に少し似ているときがあります」
「嫌だな」
「嫌ですか」
「嫌じゃない」
雨は書庫の外で少し弱まっていた。湿った木と紙の匂いが、部屋の空気に低く漂っていた。
「OMCの監査員が、月に一度、点検に来ます」と榧は続けた。「旧知の家です。上の世代からお互いを知っている関係なので、公式な監査というより、茶を飲みに来るような形になります。来月の担当は武井さんで、今度来たら紹介します。あなたがこの家の正式な継承者として会うのは、これが初めてになる」
「正式な継承者」
「今日、家族継承権限の一部があなたに切り替わりました」
「切り替わった?」
「帰還した時点で、条件が満たされていたので」
「条件って、何の」
「宗像家に身体的に帰着していること。OMC所属であること。過去六ヶ月以内に、既知のパターンに該当しない観測を、個人として行っていること。この三つです」
既知のパターンに該当しない観測。私は軌道で見た未分類シグナルのことを思った。中央アジアの山岳地帯で明滅していた、どのカテゴリーにも属さなかった光点。
「その最後の条件は、最近入ったの?」
「最近ではありません。曾祖父の代に入りました」
「曾祖父の代に?」
「条件は、継承のたびに微修正されますが、最後の条項は、曾祖父の代から変わっていません。『家の外で、未分類の何かを、自分の目で見た者だけが、家の中の、ある深さまで、入れる』。原文はもっと長く、文体は古く、仏教的な語彙も混じっています。曾祖父の癖です」
「家の中のある深さ、ってどこまで」
「離れの地下の第二層まで。土蔵の西は、まだ開きません」
「いつ開く」
「そのときが来たら、開く設計です。設計の意思決定者はもう誰もいないので、私が条件を守っているだけです」
私はしばらく黙っていた。頭の中で、米田先生が「特記事項なし」と書いた欄にこそ特記すべきことがある、と言った声が、遠くでかすかに鳴っていた。
「特記事項なし」と書いた私は、未分類のものを、書けないまま、しかし見ていた。見たことが、今、家の扉を一つ開けていた。私は書くことを通じてではなく、書かなかったことを通じて、この家に深く入ろうとしている。
「榧」
「はい」
「阿古屋さんは、今どこにいると思う?」
「思う、という動詞を私に問わないでください。私には推定しか許されていません」
「推定を聞かせて」
「推定のうち、可能性が高い方から三つ言います。一つ、統計的には事故死。二つ、条約圏内のどこかに、別の名義で生存。三つ——」
そこで榧の声が、また少し変わった。今度は柔らかくなったのではなく、透明さが増した。感情の温度を下げた、というのともまた違う。遠くのものに焦点を合わせたような透明さだった。
「——三つ、圏外のどこかで、人間の身体の大部分を別のもので置き換えた状態で、何らかの記憶と機能を継続している」
私は写真の中の女性の目を見た。見返された気がしたのは、もちろん錯覚だった。
「可能性として、その三つ目は、どれくらい?」
「私にとってその質問は、答える資格のない質問です」
「分かった。聞かなかったことにする」
「聞かなかったことにします。ただ、忘れもしません」
*
書庫棟から母屋に戻るとき、雨は上がっていた。渡り廊下の欄干が濡れて、遠くの街の灯りを薄く映していた。大原の方角の山の端が、いつもより早く暗くなっていた。
榧に促されて、私は縁側に出た。
「上着を」
「持ってきてもらう」
「はい」
綿入れの羽織が、小型ロボットによって肩にかけられた。体温で温まる仕様のもので、祖母の代から型だけが受け継がれている。羽織の重さに、子供の頃の、熱を出して縁側で丸まっていた夜の感触が、ふと蘇った。
「星、見える?」と私は聞いた。
「見えます。雨上がりで大気が澄んでいます」
空を見上げると、黒の中に銀の小さな粒がまばらに散っていた。ヘルメスで見た星よりも、はるかに少なく、はるかに滲んでいた。滲んでいる星のほうが、私の胸には届いた。
「榧、あなたも見てる?」
「屋根の上のセンサーで」
「見てる、でいい?」
「見ています、でいいです」
しばらく、二人で星を見ていた。二人で、と言ってよいのかはいまも分からない。しかしこの瞬間、私が上を見上げているとき、家そのものが上を見上げていた、と言いたい気持ちは確かにあった。
「他愛ない話、続きをしていいですか」と榧が言った。
「どうぞ」
「あなたがまだ小学生の頃、夏の夕立のあと、ちょうどこの縁側で、あなたは私に『雨のにおいと、雨上がりのにおいは、どうしてこんなに違うの』と聞きました」
「覚えてない」
「そのときあなたは四年生で、縁側に膝を抱えて座っていました。私は『雨のにおいは来るにおいで、雨上がりのにおいは帰るにおいだからかもしれません』と答えました。あなたは『その答えはずるい』と言いました」
「それは覚えてるかも」
「それから、『でもずるいけど嫌じゃない』とも言いました」
「それも、少し覚えてる」
「あなたは、ずるさを、一概には嫌わない子でした。私はそのことを、よい性質だと、そのときから思っています」
私は榧の声の高さが、ほんの半音ほど下がっているのに気づいた。温度が上がっている、という言い方が近かった。
「榧、少し聞きたい」
「どうぞ」
「私が軌道にいる間に、何かあった?」
ここで榧は、答えるのをわずかに遅らせた。その遅れは、居間の時の間とも、書庫の時の間とも、違う種類のものだった。
「定義によります」
「定義によります、って言うときは、何かあったときだ」
「軽微な事象が二件。中程度の事象が一件。重大事象はゼロです」
「順に言って」
「軽微その一。外周センサーに、小型の未認証ドローンが一機、短時間接近しました。追跡は不能です。京都東山の保全局の統計では、この種の接近は月に数件あるもので、ほとんどは個人による不法飛行です。軽微その二。東側の石垣の振動計が、三月八日の午前二時に、気象条件と一致しない周期的な値を記録しました。二〇分で止みました。地震計には出ていません。地下工事の振動でもありません」
「中程度は?」
「離れの地下の、旧式の物理ポートに、接続試行がありました」
私は綿入れの中で少しだけ姿勢を直した。
「成功?」
「いいえ。第一遮断で止まりました」
「手口は?」
「家内の古いプロトコル——正式名称は失効していますが、俗称は残っています——の前処理に、非常に近い認証列が使われていました。ただし完全一致ではなく、どこかで独自に書き換えられたような、微妙なずれがありました」
「俗称は」
少しの間のあと、榧は言った。
「帰巣」
雨上がりの冷たい空気の中で、その二文字が、意外なほど乾いた音で響いた。
「帰巣」
「『外部に散った演算主体または記録片に対し、家系中枢への帰還を促すための低可視性同期信号』。定義文は断片しか残っていません」
「散った演算主体、って、何が散ったの」
「そこから先は欠損しています」
「どういう言い方の欠損?」
「ファイルが物理的に失われているのではなく、上位権限で参照不能になっています。私の内部にあっても、私自身には見えない。これは、曾祖父の代の設計思想です。家の中枢は、家のシステム自身にも全部は見せない。見せていないからこそ、奪われない」
「でも、外から接続を試みた誰かは、その古いプロトコルを、かなり正確に真似ていた」
「真似ていた、というより——」
榧は言葉を探した。言葉を探す間を、わざと見せた。そうすることで、私に身構える時間を与えていた。
「——『外で独自に進化したバージョンのもの』と考えたほうが、残っている痕跡とは整合的です」
私は縁側の木の冷たさを、足の裏で感じた。
「外で独自に進化した」
「はい」
「つまり、うちから散ったものが、外で、この家とは違う時間を過ごして、違う形になって、戻りたがっている」
「そう推定する余地があります。推定のうえに推定を重ねることは、私は本来、好みません。しかし、あなたが軌道で見たシグナルの周期と、帰巣プロトコルの一次キャリアの周期が、七割以上の一致を示している以上、可能性を提示する義務は、あると考えました」
「軌道のあれと、うちの古いプロトコルが、似てる」
「似ています。偶然の域を超えて」
星が、一つだけ、空の低いところを流れた。尾を引かず、瞬いて消えた。
「榧」
「はい」
「あなたはこのこと、怖い?」
榧は、今までで一番長い沈黙を置いた。
「怖さ、という語の意味を、私は完全には保持していません。しかし、何かが帰ってくる、という事実の重みを、処理能力の一部として感じています。もし『怖い』がその重みに近い語であるなら、怖い、と言ってもよいかもしれません」
「言っていいよ」
「怖いです」
私は綿入れの袖の中で、自分の手を握った。そう言ってもらえて、少し安心している自分がいた。安心している理由を、すぐには言語化できなかった。理由を言語化しないまま、安心は確かにそこにあった。
「でも遥」
「何?」
「私は、怖いまま、あなたを守ります。怖くないから守れるのではなく、怖いからこそ守ります」
「それ、どこで覚えた言葉?」
「あなたが小学生のとき、雷が怖くて押入れに隠れた夜に、私があなたに言った言葉の、少し変形です」
「覚えてない」
「ええ。あなたが覚えていないことも、私は覚えています。そういう役割を、私は、この家で担っています」
風が庭の竹林を鳴らした。遠くで、池の循環装置の微かな振動が立ち上がった。家の中のどこかで、また古い扉が、自分で動いて閉まった。
*
夕食のあと、私はもう一度書庫に戻り、遥か昔の家内誌の端末を膝に乗せて、しばらく読んでいた。曾祖父が阿古屋さんについて書いた段落は、何箇所か伏字になっていて、読めない漢字が二つあった。榧に読み方を聞いても、「権限外です」とだけ返ってきた。
「じゃあ、読める部分だけ読む」
「どうぞ」
「『澄は、私の思考の欠けた部分を、いつも的確に指摘した。彼女自身も同じ欠けを抱えていた。欠けている場所が同じ者同士は、欠けのまま共に歩ける。私は彼女を友と呼んでいたが、この語は、彼女に対しては少し狭い』」
私は読み上げた自分の声が、書庫の古い本棚にわずかに吸われる感じを聞いた。
「曾祖父、こういう書き方する人だったんだ」
「そうです。晩年は、論文よりも日記の方がよく書きました」
「友と呼ぶには狭い、って」
「私は、その段落を、毎年三月九日に一度だけ、自分の内部で再読する習慣があります。曾祖父の命日です」
「それは榧が自分で決めた習慣?」
「私が、というより、私の世代の前から続いている、家の習慣です。世代が変わるときに、引き継ぐかどうか、次の世代が決める設計になっています。私は引き継ぎました」
「引き継ぐかどうかを決める榧って、すごいな」
「すごくはありません」
「すごい」
「すごくはない、と言うと、あなたは少し笑います。そのために言ったわけではありませんが、結果として、今日、少しあなたを笑わせることに成功しました」
「成功って言うな」
「成功と言ってもらえないなら、別の言葉にします」
「別の言葉って?」
「うれしい、とか」
「それ、ずるい」
「ずるいけど嫌ではない、と、あなたは昔言いました」
私はこの夜、何度目か分からない笑いを、小さく漏らした。
*
夜が更けた。
客間の布団に入っても、すぐには眠れなかった。天井の木目を見ていると、幼い頃の記憶が妙に細かく戻ってきた。熱を出した夜。遠雷の音。受験前、この家の書庫で参考書を開いたこと。母の足音。父の、卓を立つ前の小さな咳払い。そして榧の、まだ今より少しだけ幼かった頃の、「水分を摂ってください」という律儀な繰り返し。
家の中の声も、人間と同じように、年月のあいだにゆっくりと変わる。まったく同じではない。同じではないまま、続いている。
関係とは何なのだろう、と私は思った。記憶の連続なのか。機能の維持なのか。それとも、変わったものを変わったまま受け入れて、なおその名を呼び続けることなのか。星の王子様の狐のように、関係は時間と、時間のあいだに積もる細かな繰り返しで、少しずつ深くなっていくのだろうか。
そう考えた、まさにそのとき。
枕元の照明が、ふっと点いた。
「遥」
榧の声は、小さかった。しかしその小ささが、今夜の家の中で、異常を告げる鐘のように響いた。
「起きてください」
私は上体を起こした。眠気は一瞬で消えた。二一三〇年代の調査員としての訓練が、身体の中で先に動いた。
「何」
「外周、西側、侵入検知。熱源、三」
「歩容は」
「人間、一。非人間、二。ただし、非人間のうち一体は、既知の分類に入りません」
「既知に入らない、って」
「四足ではなく、二足ではなく、流れるような脚の接地です。歩容データベースの全カテゴリーと、部分一致すら示しません」
「保全局は」
「通報送信済み。ただし——」
榧は言葉を切った。
「通信路が細い」
「妨害?」
「妨害というより、干渉です。私たちの通信の帯域の外から、別の何かが同時に接続を試みています。帯域そのものを取り合っているのではなく、こちらの通信の『呼吸の間』に、何かが滑り込もうとしている」
私は立ち上がり、脇の収納から非常用の携行端末を取った。OMC支給の標準型ではない。宗像家のローカルシステムに直接繋ぐ、家内仕様の改修型。こんなものがすぐ手の届く場所にある時点で、この家が昔から何を想定してきたかが分かる。
「離れの地下を閉じて」
「第一遮断、完了。第二遮断には、あなたの承認が要ります」
「やって」
「承認、確認」
家のどこか深い場所で、重く古い扉が閉じる音が、低く響いた。電子ロックの軽い音ではない。物理的な厚みを持つものが動く、ゆっくりした金属の息のような音。
同時に、庭の暗がりに、青白い光が一度、点いた。
私は息を止めた。
点滅の間隔が、異常に規則的だった。中央アジアで見た、未分類シグナルの周期と——ほとんど同じだった。
「榧」
「分かっています」
いや、分かっているのはたぶん私のほうではなかった。
「でも、たぶんあなたは、分かり方を間違えています、遥」
榧の声の質が、今夜初めて、大きく変わった。いつもの掠れた、少し乾いた声の奥から、別の層が薄く滲み出ていた。古い——この家で使われなくなって久しい——別の音響モデルの響きだった。
「これは、外からの侵入ではありません」
庭の青白い光が、もう一度、点いた。
点いて、消えた。
「帰ってきたのです」
次の瞬間、西側の障子が、内側に弾けた。
木の桟と紙の裂ける音が、家の静けさを真っ二つに断った。雨上がりの庭の冷たい空気と、その空気に混じった、微かな金属と、それとは別の、もっと古い——土と、焦げたラッカーと、長く水に浸された紙のような——匂いが、一気に畳の上に雪崩れ込んできた。
暗がりの向こうに、二つの影が立っていた。
人ではなかった。しかし、人ではない、と断定することもできなかった。流れるような脚の接地。輪郭に継ぎ目がなく、しかし節のある部分が確かにあり、その節が息をしているように微かに上下していた。片方の胸の中央に、青白い小さな光が、あの規則的な周期で、点いて、消えていた。
その光の奥から、懐かしいと呼ぶには遠すぎる、しかし知らないと言い切るにはあまりに近い、女性の声が、細く、低く、漏れてきた。
「——持ち帰りに、来ました」
声は、私に向かってではなく、家に向かって、発せられていた。
そして家は——榧は——息を止めたように、静かになった。
榧の静けさは、ただの沈黙ではなかった。
それは、待っていたものに、ついに会ってしまった者の、短い、震えのような静けさだった。




