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第22話 宮殿地下大騒動

第一章章末「エルフ解放編」開始です!

「──へぇ、あの子たちが動いたのねぇ」


誰もいない、どこまでも白い空間が広がる虚空の世界で一人呟いたのは、無機質な白の長髪を弄る女性───神ことルミナリアだった。


「ふふふ、全力であの子の『希望』を潰してあげる。そうしたら───」


彼女の白い双眸が三日月のように細められ、不気味な笑みがその唇に浮かぶ。


「きっと、あの子もまた私の元へ帰ってくるわぁ。ふふ、ふふふ……。またあの頃みたいに、二人きりで、幸せに暮らすのよ」


彼女の手元にあるチェス盤のような盤面で、白の駒が一つ、音を立てて進められた。


「まずは、この駒から。ふふふ、あの子もきっと喜ぶわ───」


今、白に染まる傲慢な悪意が、静かに動き出す────。









翌日の夜───作戦決行の刻が訪れた。


作戦通りリュイは別行動。俺、カノン、ルミナスの三人は、地下階段の下にある結界の前に待機している。だが、俺たちの目前には、昨日俺が確かに解いたはずの、あの純白の結界が再び立ち塞がっていた。


「なんで結界が復活してんだよ?! 俺が解いたはずだろ?」


「ふん、ぬるいなハク。この地下空間自体がシステム管理下にあるのじゃ。時間が経てば結界など自動で再構築されるわ」


「げ、魔法って何でもありかよ……」


それなら、この結界の先にあるあの崩落した石橋も直っている可能性があるな。前日、研究所から引き返す時に橋が壊れたままで、書室に戻るのにどれだけ苦労したことか……。


「──ふむ。リュイから『準備が整った』と連絡が来たぞ」


ルミナスが目を閉じたまま告げる。


二人はエルフの固有能力『思念の鎖』によって、離れた場所でもリアルタイムの通信が可能だ。今回の二正面作戦において、これほど重宝する能力はなかった。


「いよいよ始まるのね。ハク、頼むわよ」


「任せろって。俺を誰だと思ってんだよ?」


「本名すら教えてくれない人に『誰だ』と言われてもね」


「それは……そうだけどもっ!」


肝心なところで出鼻をくじかれ、せっかくのキメ顔が台無しになる。


「喧しい! はよ始めんか小僧!」


「ごめんって、そんな怒んなよ。……そんじゃ、改めて────」


俺は苦笑を消し、純白に染まる結界へと掌を当てた。


囚われのエルフを救い、アリアさんでも叶わなかった、ルミナスの本当の『希望』になってやる。


「──『エルフ救出大作戦』、開始だ!!」


掌に意識を集中したその瞬間、純白の結界がパリンと音を立てて光の粒子へと霧散した。


「コヤツ……いとも簡単に破りおって。我がどれだけ苦難したことか…」


「こんなの朝飯前……って、今は夜だから夜飯前か──!」


軽口を叩いた直後、地下空間の全域に、鼓膜を震わせる轟音の警報が鳴り響いた。とはいえ、実はこのアラートに関してはルミナスから事前に聞いていて想定内なんだけどね。俺たちの計画に一切の狂いはないのさ。


「では、ゆくぞ」


ルミナスの先導の元、俺たちは鳴り止まない警報の中を、一斉に駆け出した。


そして、直ぐに初めの障壁にぶつかる。それは防衛機構の白蜘蛛の大軍だ。すでに奴らは石橋を占拠しており、大空間の壁には前回とは比較にならないほどの無数の眼光が待ち構えていた。


初めの関門の白蜘蛛。実は昨日の作戦会議で、俺たちはこの白蜘蛛をここで完全に殲滅することに決めていた。無視して突っ切る案もあったが、研究所への道中で背後を取られる形になるのはあまりにリスクが高すぎるため却下となったのだ。


「ふん、面倒じゃな────燃えて散りと果てよ、『獄煉華マルス』」


ルミナスの掲げた手から放たれた純紅の業火が、辺り一面の白蜘蛛を瞬時に焼き尽くす。だが、白蜘蛛は底無しの暗闇から、文字通り無限に湧き出してきた。


「私も手伝います! ハク、いつものお願い!」


「おう、派手に暴れてこい!」


俺はカノンと手を繋いで『伝導パス』し、彼女の剣に烈烈たる蒼炎を纏わせる。カノンは力強く頷くと、ルミナスと並んで白蜘蛛の排除へと飛び出した。


戦況は上々。さすがは『魔女』と恐れられるだけあって、ルミナスの戦闘力は桁外れだった。炎・水・雷・氷の広範囲魔法を使い分け一網打尽にしていく。これでも本来の力ではないのだから、余計に恐ろしい。


え? 俺は何をしているのかって? ──もちろん、安全圏からの観戦である。なぜなら、俺の『過去視の追走(ログ・トレース)』は使用時間に制限がある。エルフ解放という、ここ一番の最終局面のために重要な戦力は残しておきたい。よって、「俺は極力戦闘に参加しない」というのが本作戦の基本方針なのだ。決してサボっているわけではない、断じてない。


「……チッ、鬱陶しいの! 小娘、そちらの防衛線は大丈夫か?」


「はい! この調子なら何とか保てます!」


ルミナスとカノンの見事な連携により、白蜘蛛は次々と肉塊へと変わっていく。しかし、これだけ葬ってもなお、敵の数が減る気配が一向に見受けられない。


もしやシステムによる無限湧きか? いや、それは不可能だ。必ず白蜘蛛を生成するためのエネルギーは必要となる。このまま続ければ、白蜘蛛の底も見えてくるはずだ。


「とりあえず、このまま殲滅続行で頼む〜!!」


俺は安全な後方から、激闘を繰り広げる二人に指示を送る。


「あの小僧……我らの苦労も知らずに呑気そうで、無性に腹が立つわ」


「あはは……でも、あれがハクの平常運転ですから」


何やら戦火の向こうから、とても心外な陰口が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。


──その時だった。


突然、地下空間の全体に、全身を揺さぶるような猛烈な衝撃が走った。


「な、なんだ!? この揺れは……っ!?」


あまりの激震に足元をすくわれそうになる。

まさか、ルミナリアがもう直接仕掛けてきたのか?


「──っ! 小僧、作戦変更じゃ、貴様らは我を置いて先に進め!」


ルミナスが弾かれたように振り返る。その顔は、今までに見たこともないほど蒼白に豹変していた。その黄金の瞳は信じられないものを見たかのように激しく揺れている。


「え……!? もうルミナリアが来ちゃったってことですか!?」


カノンが剣を構え直して身構える。だが、ルミナスは首を横に振った。


「否、ルミナリアではない。……我の『客人』じゃ。故に、貴様らは先に行け」


「客人……? で、でも、私たちがここにいた方が──」


「要らぬ」


カノンの提案を、ルミナスは一言で突っぱねた。その横顔には、一切の妥協を許さない魔女の威厳が戻っている。


「彼奴が相手では、今の貴様らなんぞ足手まといにしかならん。故に、まずは二人で研究所へ向かうのじゃ。──安心せよ、片付け次第、我もすぐに追いつく」


「……なるほどね。それじゃ、お言葉に甘えて俺たちは先に行くわ」


俺はすぐにカノンの元へと駆け寄り、ルミナスの提案に即座に同意した。


「ちょ、ちょっとハク! そんな簡単に……っ!」


「大丈夫だって。ルミナスは馬鹿強えよ」


俺は戸惑うカノンの背中を押し、前方の通路へと視線を向けた。


「それに、この揺れ方だ。いつ地下空間が崩落してもおかしくない。研究所へ繋がる唯一の道が瓦礫で塞がったら、その時点で俺たちの作戦はゲームオーバーだろ。ここは役割分担だ」


「……っ、分かったわよ! ルミナスさん、絶対に無事で、後で追いついてくださいね!」


「うむ」


背後からは、なおも無数に湧き上がる白蜘蛛の不快な足音が迫っている。

俺は最後に一瞬だけ振り返り、かつてない強敵を前に引き攣った表情を浮かべる魔女へ、ニヤリと口元を上げて声をかけた。


「おいルミナス! また昔みたいに負けんなよ〜!」


「舐めるでないわ、この不遜極まりない小僧が!! 貴様は疾くと失せよ!」


ルミナスの激しい叱責を背中で受けながら、カノンが蒼炎の剣を振るい、それに俺が追従して白蜘蛛が蔓延る石橋を全力で駆け抜けたのだった。








「ハク、こっちの道であってるの……っ!?」


白蜘蛛を振り切った俺たちを待っていたのは、複雑な分岐路だった。昨日下見した一本道が、侵入者を惑わす巨大な迷路へと変貌している。


───っ!!


その時、脳内に強烈なノイズが走る。久しぶりに味わうあの感覚。頭の中に流れ込んできたのは、かつて英雄アリアがこの迷路を迷いなく駆け抜けていく、鮮明な記憶だった。


「───問題ない、想定内だ! システムが稼働すれば構造が変わるって、ルミナスから聞いてたからな。……それに、今流れた記憶ログで確信が持てた」


この迷宮の構造は、今見た記憶ログの道順と完全に一致している。脳裏に焼き付く記憶の残滓を感じながら、俺はカノンの手を強く握り締めた。


「アリアさんも昔、この迷路を通って研究所へ向かったんだ」


「それはそうよね……っ!、てことは?」


「あぁ、このアリアさんの記憶ログにある道順を辿れば、自ずとゴールに行けるってわけ。先を急ぐぞ!」


「うん!」


俺の視界に、過去にアリアさんが通った道に一条の輝かしい『光の足跡』が浮かび上がる。エルフの未来を救うためにここを駆け抜けた、英雄アリアの歩行記憶だ。


「右だ! 次の分岐点を左!!」


普通なら数時間は彷徨う迷宮を、俺たちは速度を落とさずに突っ切る。行き止まりも隠された罠も、すべてアリアさんの記憶ログが事前に教えてくれた。


「───抜けるぞ!!」


最後の角を猛スピードで駆け抜ける。

たどり着いたのは、それまでの狭い通路とは打って変わった、少し開けた丸いドーム状の空間だった。壁も床もすべてが無機質な白。装飾も遮蔽物も一切ない、文字通り「何も無い」奇妙な広場。


だが、その中央に───『それ』は佇んでいた。


「……っ、ハク、あれ……!」


そこにいたのは、人間とも機械とも似つかない、圧倒的なプレッシャーを放つ異形の存在。鈍い光沢を放つ、灰色の鋼の外骨格。それはまるで洗練された鎧のようだ。加えて、強靭な四肢にはあらゆるものを切り裂きそうな鋭利な刃が備わっている。さらに悍ましいことに、その背中からは、不気味に蠢く六本の鋼の節足が禍々しく生え出ていた。


ルミナスが言っていた、自動迎撃システム───『守護者』だ。


侵入者を感知し、キィィィンと耳障りな駆動音と共に、守護者の全身が不気味な白の光を放ち始めた。

次回第23話「二人の天才」です!

お楽しみに〜

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