【1話】異世界転移
念のためR15にしています。
「なぁ、正弘。次の時間割ってなんだ?」
「四限目? 確か日本史だったはず…」
「ゲッ、あの怖いおっさんの授業かよ」
「アハハ……」
いつもと変わらない教室に、友人たちの他愛もない会話が飛び交っている。
俺の名前は清正弘。高校二年生だ。今日もまた、これといって変わったことのない平穏な日常を過ごしていた。
四限目は日本史か。確かに、あの先生の授業は少し憂鬱だな……。
そんなことを考えながら壁掛け時計に目を向けると、間もなくチャイムが鳴る時刻だった。俺は自分の席へと戻り、先生が教室にやってくるのを待つことにした。
――その瞬間だった。
「……え?」
突如、足元に見慣れない模様が浮かび上がった。
それは教室全体を覆い尽くすほど巨大な、紫色の魔法陣だった。複雑怪奇な紋様が床一面に広がり、まるで何かの儀式が始まったかのように、妖しい光を放っている。
「な、なんだよこれ!?」
誰かの悲鳴にも似た叫び声が教室に響き渡った。
俺も突然の出来事に思考が追いつかず、ただ足元で輝く魔法陣を見つめることしかできなかった。
そして、次の瞬間――視界がまばゆい光に包まれた。
◇
「正弘! おい、正弘! 起きろ!」
誰かに肩を揺さぶられ、俺はゆっくりと目を開けた。
霞んでいた視界が徐々に鮮明になると、目の前には見慣れた顔があった。同じクラスの友人、林だ。
「……林?」
「起きたか! よかった……」
林は安堵の表情を浮かべ、ほっと胸を撫で下ろした。
俺はズキズキと痛む頭を押さえながら、ゆっくりと上半身を起こす。
「どうなって……るんだ?」
「俺にもよくわかんねぇんだよ。学校じゃないのは確かだと思うけど……」
学校じゃない?
その言葉に違和感を覚え、俺は周囲へと視線を巡らせた。
目に飛び込んできたのは、重厚なレンガ造りの壁。そして、部屋の中央に堂々と鎮座する巨大な玉座だった。
まるで映画やゲームに登場する、王城の一室を思わせる光景だ。
「……城?」
いったい、何が起きているんだ?
改めて辺りを見渡すと、俺と林だけでなく、クラスメイト全員の姿があった。
数えるまでもない。つい先ほどまで教室にいた四十二人が、一人残らずこの場所に集められている。
ここはどこなんだ?
本当に地球なのか?
いくら頭を巡らせても、納得のいく答えなど見つかるはずもなかった。
そのとき――。
「おはよう、諸君。よく眠れたかな?」
玉座の方から、低く野太い声が響き渡った。
俺は反射的に声のした方へと顔を向ける。
「……嘘だろ」
つい先ほどまで、確かに玉座には誰も座っていなかったはずだ。
それなのに今は、見知らぬ男が悠然と腰掛けている。いつの間に現れたのか、その瞬間を誰一人として捉えられなかった。
俺たちの困惑など意に介さない様子で、男は淡々と言葉を続ける。
「君たちは今、疑問に思っているだろう。ここはどこなのか、どうすれば元の場所に戻れるのか、と」
まるで俺たちの胸中を見透かしているかのような口ぶりだった。
得体の知れない男を前に、胸の奥から嫌な予感が込み上げてくる。
「自己紹介が遅れたね。私の名前は、魔王アシュベルト・バーンだ」
魔王?
今、こいつは魔王と言ったのか?
思考が追いつかない。見知らぬ場所へ連れてこられたかと思えば、今度は自らを魔王と名乗る男が現れた。
冗談にしては、あまりにも突拍子もない話だ。
「早速だけど、君たちには今からゲームをしてもらう」
「ゲーム……?」
誰かが困惑気味に呟いた。
魔王アシュベルトは、俺たちの反応を楽しむかのように口元を緩める。
「ルールはいたってシンプルだ。君たちには今から殺し合いをしてもらう。そして、最後まで勝ち残った一人を元の世界へと帰してやろう」
「……は?」
思わず間の抜けた声が漏れた。
殺し合い?
最後の一人?
何を言っているんだ、こいつは。
クラスメイト同士で殺し合えだって? そんなこと、できるわけがない。
しかし、魔王アシュベルトの表情には、冗談を口にしているような素振りなど微塵もなかった。
「もちろん、ただの殴り合いでは何も面白くない。私から君たちに、ささやかなプレゼントを贈ろう」
そう告げた直後、俺たちの目の前に半透明のウィンドウが出現した。
そこには、見慣れない文字が浮かび上がっている。
【ユニークスキル 統合を獲得しました】
「スキル……? 統合……?」
いったい、何なんだよ、これ。
俺が困惑しながらウィンドウを見つめていると、魔王アシュベルトは満足げに頷いた。
「では、健闘を祈る」
「おい、ちょっと待っ――」
俺が言い終えるよりも早く、目の前の景色がぐにゃりと歪んだ。
次の瞬間、視界は再び一変していた。
◇
「……森?」
目の前に広がっていたのは、先ほどまでの禍々しい城内とは打って変わった、緑豊かな森林だった。
辺りを見渡してみるが、林の姿はおろか、ほかのクラスメイトの姿さえ見当たらない。
「どうなってるんだ……?」
そのとき、目の前に浮かぶウィンドウに新たな文字が表示された。
【ランダムテレポート完了】
「なるほど……。全員、ランダムな場所に飛ばされたってわけか」
どうやら、俺たちはそれぞれ異なる場所へと転移させられたらしい。
「これから、どうすればいいんだよ……」
魔王を名乗ったあの男は、確かに殺し合いをしろと言っていた。
つまり、本当にクラスメイト同士で争い、最後の一人になるまで生き残れということなのか?
「嘘だろ……」
俺には、人を殺す度胸なんてない。
けれど、ほかのクラスメイトが元の世界へ帰るために、俺を殺そうとする可能性だってある。
そう考えると、いつまでも立ち尽くしているわけにはいかなかった。
どうにかしないと……。
俺は目の前に浮かぶウィンドウへと視線を落とした。
【ユニークスキル 統合】
・魔物を倒した際、ごく稀にスキルを吸収することができる。
・スキルを合成し、進化させることができる。
「スキルを吸収して、合成する……?」
まるでゲームの世界だ。
だが、残念ながらこれはゲームではない。俺は今、紛れもなく現実の世界に立っている。
つまり、このスキルを駆使して生き残れということなのだろう。
「ていうか、魔物を倒した際って……この世界には魔物がいるのか!?」
思わず声が飛び出した。
人間同士の殺し合いだけでも十分すぎるほど恐ろしいというのに、魔物まで存在するとなれば、いつ何が起きてもおかしくない。
まずは、最初の行動が重要だ。
俺は死にたくないし、元の世界にだって帰りたい。そのためには、少しでも早く強くなる必要がある。
何とかして魔物を倒し、スキルを手に入れないと……。
そんなことを考えながら周囲を見渡していると、少し離れた場所に奇妙な生き物がいることに気づいた。
「……スライムか?」
そこにいたのは、水色の液体がそのまま生き物になったような存在だった。地面を這うようにして、のそのそと移動している。
俺は近くに落ちていた石を拾い、恐る恐るそいつに向かって投げつけた。
ボシュンッ!
石が命中した瞬間、スライムは奇妙な音を立てて溶け崩れた。
【スライムを倒しました】
「……今ので、倒したのか?」
ウィンドウには、確かにそう表示されている。
なんというか、拍子抜けだった。
とはいえ、肝心のスキルは何も手に入っていない。
俺は改めてスキルの説明を読み返した。
「ごく稀、か……」
一度倒しただけでは、そう簡単に手に入るものでもないらしい。
それなら、数をこなすしかない。
俺は周囲を探し回り、スライムを見つけるたびに石を投げつけた。
そんな作業を十五回ほど繰り返した、そのときだった。
【スキル 噴射を吸収しました】
「……!?」
思わずウィンドウを二度見した。
今、スキルを手に入れたのか?
表示された文字を確認すると、そこには確かに『噴射』と記されている。
「噴射……。一見、強そうには見えないけど……」
だが、俺のユニークスキルは、スキルを合成し、進化させることができる。
単体では大した力を持たなくても、ほかのスキルと組み合わせれば、強力な能力へと変化するかもしれない。
そう考えた俺は、引き続きスライム狩りに励むことにした。
それから、さらに八体ほど倒した頃だった。
【スキル 水を吸収しました】
「おぉ!」
今度は『水』のスキルを獲得した。
ということは、先ほど手に入れた『噴射』と合成できるんじゃないか?
期待に胸を膨らませながら、俺は統合のウィンドウを開いた。
【ユニークスキル 統合】
【スキル 噴射】+【スキル 水】+
スキル名の横には、見慣れないプラスマークが表示されている。
試しにそこを押してみると――。
【スキル 水噴射に進化しました】
「おぉ! 本当に進化した!」
思わず声が弾んだ。
手に入れたスキルを合成することで、新たな能力を生み出せる。しかも今回は、二つのスキルが組み合わさり、一つの能力へと進化したのだ。
これなら、工夫次第でとんでもないスキルを生み出せるかもしれない。
「早速、使ってみるか!」
とはいえ、使い方まではわからない。
俺はひとまず、頭の中で『水噴射』を発動させるイメージを思い描いてみた。
すると――。
プシュッ!
指先から勢いよく水が噴き出した。
放たれた水は一直線に飛び、目の前の木へと直撃する。
すると、水が命中した部分には、小さな穴が穿たれていた。
「す、すげぇ……!」
ただの水とは思えない威力だ。
「なるほど……。こうやって魔物を倒しながらスキルを集めて、どんどん強くなっていくのか」
もしこれがゲームだったら、きっと楽しかっただろう。
新しいスキルを手に入れ、それらを合成し、さらに強力な能力を生み出していく。考えるだけなら、これほど面白い仕組みもない。
だが、今の俺はゲームを楽しんでいるわけじゃない。
これは紛れもない現実なのだ。
一歩間違えれば、命を落としかねない。どれだけ強くなったとしても、元の世界へ帰ることができるのは最後の一人だけ。
「生き残るためだ……。なんだってやってやる!」
俺は再びスライムを探し、スキルを獲得するために歩き始めた。
そのときだった。
ピピッ!
突然、ウィンドウから電子音が鳴り響いた。
「な、なんだ!?」
驚いて視線を向けると、そこには信じられない文字が表示されていた。
【浅野隆 死亡 残り41人】
死因:殺害
「……浅野?」
その名前には見覚えがあった。
浅野隆。クラスでも比較的人望のあるやつだ。
つい先ほどまで、同じ教室で何気ない会話を交わし、笑い合っていたクラスメイト。
「……あいつが、死んだのか?」
思考が停止した。
ほんの少し前まで、俺たちは同じ場所にいた。いつもと変わらない学校生活を送っていたはずなのに、今はもう、浅野はこの世界のどこにもいない。
しかも、表示された死因は――殺害。
「まさか………クラスメイトに殺されたのか?」
その可能性に思い至った瞬間、全身に悪寒が走った。
俺たちは全員、元の世界へ帰るために競い合わなければならない。最後の一人だけが帰れるというのなら、誰かがほかのクラスメイトを手にかけようとする可能性だって十分にある。
そして、すでに一人の命が失われた。
これは、ゲームなんかじゃない。
本当に、命を懸けた殺し合いなのだ。
俺は震えそうになる手を強く握り締め、ゆっくりと顔を上げた。
恐怖を感じずにはいられない。
それでも、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。
「……絶対に、生き残ってやる!」
固い決意を胸に刻み、俺は再び森の奥へと足を踏み出した。
よければ、感想や評価をいただけると嬉しいです!
次回もよろしくお願いします!




