23.思い、通じて
「え、えええっ!?」
彼の唐突な告白に、声が裏返る。レミュエルは少しすねたような顔になって、口をとがらせた。
「……そこまで驚かれると、さすがに傷つくんだが」
「え、だって、いつから!?」
「ここから、とはっきりと断言はできないが、かなり最初のころからだな」
「気づかなかった……」
「そんなことだろうと思った」
「仕方ないでしょ、恋愛に縁がなかったんだもの」
むっとしながら言い返したら、彼は不意に柔らかく微笑んだ。
「クマを連れた謎の女。それが、君の第一印象だった。ただ、獣人族としての本能が、君は敵ではないと告げていたから、一応信用してみることにした」
その甘く優しい笑みに、見とれてしまう。彼、こんなふうに笑えたのね。
「君と話してみて、すぐに気がついた。君はどうにもお人好しで、すぐ面倒ごとに巻き込まれるくせに、いつも他人のことばかり気にしていて、あきれるくらいに危なっかしかった」
言われてみれば、私はあっちこっちで他人の世話ばかり焼いていたような気もする。でもそれは、単になりゆきでしかなかったのに。
「放っておけなかった。俺がついていなかったら、どこかで手に負えない困りごとを抱えてしまうのでないかと、心配でならなかった」
彼は私の腕から手を放し、代わりに私の手をそっと握りしめてきた。
「だから、ルーチェットに来るよう誘ったんだ。ここでなら、君を守ってやれるから」
「そう、だったの……」
「だが、状況が変わってしまった。ここも、君にとってはもう安全とは言いがたい」
彼の目が、切なげに細められる。その手に、力がこもっていた。
「俺の思いにこたえられないというのなら、それでもいい。ただ、君が安心して暮らせる場所を見つけるまででいい、手を貸したいんだ」
「レミュエル……」
彼が心底私のことを案じてくれているのが、痛いほど伝わってくる。
「……キノコを熱い目で見つめている、おかしな人。私がクマを連れていても、逃げるでもなく叫ぶでもなく、ただぽかんとするだけで」
彼を見上げて、ささやきかける。彼はきょとんとした顔で、こちらを見つめ返していた。
「どうみても、私は不審者でしかなかった。なのに特にとがめてこないし、それどころか頼み事までしてくる。この人は何を考えてるんだろうって、いくど首をかしげたことか」
レミュエルはまばたきをしながら、それでもやはりまっすぐに私を見つめている。
「でも、私の事情をせんさくすることなく、普通に接してくれているのが、ありがたかった。あなたと一緒にあれこれ暴れるの、楽しかった」
これまでのことを思い出したら、自然と笑みが浮かんでいた。
「私も、結構あなたのこと、気に入ってるみたい」
腕を伸ばして、彼の首にからめる。そのまま腕を引いて、彼をかがませた。
そっと頬にくちづけると、レミュエルが身じろぎする気配がした。頬を寄せ合ったまま待ってみたら、やがて彼はそろそろと抱きしめてきた。
「どこまで逃げることになるのかは、分からない。最悪、君はこの国を出ていくことになるかもしれない。けれどそれでも、俺は君とともにある。約束する」
そしてそのまま、耳元にキスを返された。くすぐったさに身じろぎをしたら、さらに力いっぱい抱きしめられてしまう。
「何があっても、守るから……」
切れ切れに聞こえてくる声は、泣きそうに震えていた。
その次の日、私とレミュエルは、ガイアスのみんなに見送られてルーチェットの町をあとにした。
ファリアとガイアス夫妻にだけは、私の事情を打ち明けた。レミュエルを危険にさらす以上、これは最低限の礼儀だと思ったのだ。
彼らは大いに驚いていたけれど、すぐに微笑んで「不器用な息子を、よろしくお願いしますね」と言っていた。子どものレミュエルをひとり旅に出させてしまうくらいだし、ちょっと変わっている……というか、放任主義なのかもしれない。
そうして、通りを並んで歩く。ハンナと獅子が、並んで私たちの後ろに続いていた。その異様な光景に、見送りの人たちはちょっとひるんでいた。
というかこれ、ものすごく目立つわね。他にも暗殺者がいるのなら、いい目印になってしまいそう。
まあ、私がもうルーチェットにいないのだということをはっきりさせたほうが、ガイアスのみんなに迷惑がかからなくていいだろう。そう開き直って、胸を張って歩き続けた。
町を出て、街道を進む。ルーチェットの町からも、私の故郷の村からも、できるだけ遠ざかれるように。
ふたりと二頭で歩きながら、隣のレミュエルに声をかける。
「ところで、この子に名前を付けてあげようかと思うの」
「獅子にか?」
「ええ。こうなった以上、この子にもいてもらったほうが心強いし、それに愛着もわいてきちゃったの……あ、決して、あなたが頼りないとか、そういうのじゃないから!」
「はは、分かってる。それで、どんな名前にするんだ?」
「ブラン……でどうかな、って」
すると後ろで、獅子がぐあんと小さく吠えた。同意してくれているらしい。
「ふふ、よろしくね、ブラン」
今度はハンナが、ぶもうと楽しげな声を上げていた。
私たちの新たな旅は、予想通りすぐに困難に行き当たった。
二回目の野宿のさなか、また暗殺者がやってきた。今度は毒使いだけでなく、剣の達人までいた。私がハンナやブランから少し離れた隙をついて、同時に襲いかかってきたのだ。
けれどそこに、オオカミの姿になったレミュエルが突っ込んできて、あっという間にふたりまとめて片付けてしまった。
気絶した暗殺者たちを丈夫な草のつるでぐるぐる巻きにして、ふたりでため息をつく。ハンナがざかざかと土を掘り、ブランが暗殺者の首根っこをくわえてその穴に放り込んでいた。埋めるつもりらしい。
「最初に暗殺者がきてから、まだたった数日……これって、いよいよ本格的に私のことを消そうとしている、ってことよね」
これではもう、うかつに人里に近寄れない。必要なものは、レミュエルに頼んで買ってきてもらうことはできるだろうけど……。
「何、見てのとおり俺たちは強い。ほら、ハンナとブラン、息ぴったりじゃないか」
落ち込みがちな私を励ますように、レミュエルが明るく声をかけてくる。
「それでも心配なら、またクマを呼んでもいいと思うぞ。既に相当目立っているのだし、クマが増えたところでどうということはない」
「……そうね」
けれど私の心は、少しも晴れることがなかった。
暗殺者は返り討ちにしたとはいえ、このままでは野宿どころではない。私たちは夜通しぶっ続けで歩き、次の日の夕方にたまたま見つけた小屋で休むことにした。
どうやらこの小屋は、狩人たちが狩りのときの拠点にしているものらしい。小屋の中には古びた毛皮が何枚かあるだけで、他には家具のひとつもない。
ふたりでひとつの毛布にくるまって、壁にもたれて座る。少し離れたところでは、ハンナとブランが並んで寝息を立てていた。すっかり仲良しだ。
窓をきっちりと閉め、ランタンの弱い光をぼんやりと眺める。暖炉に火はないけれど、レミュエルがいてくれるおかげでとても温かかった。
「どこまで逃げれば、安心できるのかしら……」
頼りない明かりと、頼もしい温もり。それらを感じていると、自然と弱音がこぼれ落ちてしまう。
「私、何もしていないのに……血筋なんて、どうだっていい……私はただ平民として、のんびり暮らしていたいだけなのに……どうして、放っておいてくれないんだろう……」
つぶやいていたら、涙がにじんできてしまった。袖口で拭っていたら、レミュエルがハンカチを渡してくれた。そうして、しっかりと抱き寄せてくれる。
泣きたいときに寄り添ってくれる人がいるのって、こんなに心強いことだったんだ。そう思いながら、彼の胸にもたれていた。
そのまま、じっと彼の腕の中でおとなしくしていた。ハンナたちの寝息だけが、部屋に響いている。
ふと、レミュエルがつぶやいた。
「……ベリンダ。王宮に、行ってみないか」




