表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/33

第19話 デート四回目(君の瞳はオレンジ)

「健太郎君て、ヘタレだったのねえ」


 水曜日の放課後、一週間ぶりに訪れた『うさぎ書房』。


「なあんで、この一週間、一度も来なかったの」


 今日は、お父さんの姿をした宇佐美さんから、じろりとにらまれ言われた。


「あんたのキモチなんて、そんなものだったの?」


 レジ台の向こうに座り、俺にはたきを向ける宇佐美さん。

 少し、考えてから答える。


「……ここに来たいのは、俺のキモチだから……」


「そのキモチが、桃子ちゃんに迷惑をかけるとか思ったの」


 「はい」と小さく返すと、はたきを下げて宇佐美さんが言う。


「迷惑なんてね、誰かと関わってたら仕方のないものだし、あんたの迷惑くらいかわいいもんで……ったく、桃子ちゃんがうらやましいっ!」


「私が、どうかしましたか?」


 スーパーの大きなビニール袋を両手に、一条さん、桃子ちゃん。

 お姉さんが店に入ってきて、俺は近づく。


「あっ、大丈夫だよ、私、結構力あるから」


「車で行ってきたんですよね、メール下さい」


 両手の荷物を片手にし、奥へ向かうと、じとりとした両目に見られていた。


「やっぱり、ここに来なくて良かったわよ、見てたらムカつくわー」


 首を傾げると、眼鏡を取っている宇佐美さんが立ち上がり、俺から袋を奪う。


「桃子ちゃんー、買い物ありがとう。その、でっかい坊や邪魔だからさっさとどっか連れていって」


 お姉さんはぺこりと頭を下げ、俺に「行こうか」と笑みをくれる。

 今日は、紺色の足首までのスカートに白い太ももまでのニットを着ている。

 一週間ごとに服装が重くなってるのと、今日、ニットの首まわりが開いているのに気づく。

 鎖骨が見え、白い肌が見えて、少しかがめば何か見えてしまいそうだ。


「……健太郎君?」


 いつの間にか、車に一緒に乗っていた俺は、隣からの声に正面を向く。


「大丈夫?」と聞かれ、「大丈夫です」と返す。


  「じゃあ、行くね」と、ばくばくと心臓が鳴っている俺の隣でお姉さんが車を発車させる。


「この辺りって、十月なのに暖かいよね」


 「窓、開けてもいい?」と聞かれ、俺は自分の側を全開にする。


「雨が少ないし、洗濯ものが乾きやすくて助かるよ」


「……晴れが、一番多いところですから」


「みたいだね、昨日、夜のお店を手伝ったときにお客様が教えてくれたよ」


 「えっ」ともらすと、車が停まり、彼女がこちらを向いた。


「夜のお店って言い方おかしかったね、健全に、大人たちがお酒を飲むバーだよ」


 にっと笑った顔に、前を向いてから「知ってます」と返す。


「健太郎君てゲームする? ロールプレイングゲーム」


 いくつかゲーム名を言われて、弟がやっていたのを見たことがあると答える。

 小学校に入学してから、少し前まで、野球しかやってこなくて。

 弟も、小学校高学年から勉強が忙しくなって、うちのゲーム機はリビングのテレビの下でホコリを被ってるはずだと話す。


「そっかあ、じゃあ、『リトルブレイブファンタジー』は知らないね」


「……俺は、スマホを持ってないからしたことありません」


「あ、でも、知ってるんだ。CMめちゃくちゃしてるもんね」


「『リブファン』でしたよね、高校で禁止されています」


「健太郎君の、ところも?」


「親のカードで五十万円課金をした奴が居たらしくて、スマホの所持も禁止されそうになりました」 


 「そう」と、彼女は言い、少ししてから続けた。


「ロールプレイングゲームに出てくるでしょ、情報を聞く為の酒場とかバーが、あんな感じだから安心して」


「知ってますよ、安心ってどういう意味ですか」


「私、いかがわしいことしてるって、これ以上思わないでって意味」


「思ったことありません」


「私、いきなりこの土地にきた素性が知れない、男子高校生を連れ回してるおばさんだよ」


「そんなこと、思ったことありません」


「健太郎君は思わないだろうけど、普通は思うの」


 「普通」が何か聞く前に、静かな声が聞こえた。


「私も、思うの」


「俺は、思いません」


「高校生男子が、『リブファン』に五十万円課金するのがおかしいのと一緒だよ、分かるでしょ」


「分かりません、ゲームと一緒にしないで下さい」


 俺は、何でこんなにムキになっているんだと気づき、「ごめんなさい」と聞こえた。


「こういう話、やめよう。しなくても、健太郎君が気づくことだもんね」


 ひとり、納得した彼女は口を閉じて、俺は何も言えなくなった。

 車は、先週、焼き肉やからの帰りの様に海沿いを走り。

 ふたり、口を開かないままで、端へ着いた。


「この灯台、来たことある?」


 車を降りるよう促され、外に出ると言われた。


「いえ、こんなところにあったの、初めて知りました」


 小さな港から少し離れた場所にある、四階建ての校舎より低いだろう灯台。

 お姉さんに言ったとおりの俺は、見るからに古い姿をまじまじと見つめる。


「いい子は知らないんだって、宇佐美さんが言ってた」


「あの、いいんですか」


「うん、宇佐美さんがいいって」


 灯台の出入り口の重そうな扉を開き、彼女は中に入り、俺も続く。


「どうして、鍵、持ってるんですか」


「親戚がここを管理してたって、健太郎君て高いところ嫌い?」


 「いえ」と答えると、キョロキョロとお姉さんは見回し、電気のスィッチを入れる。


「扉閉めて鍵閉めてくれるかな、勝手に入ってきちゃうんだって」


 言われたとおりにすると、「行こうか」と、扉からすぐの階段の電気を入れて上がる。


「扉を重くして鍵をつけたのは、勝手に入ってくるからなんだって」


 先に上がる狭い背中に、「誰がですか」と聞くと、少しして返ってきた。


「高校生とか、中学生とか、大体は学生のカップルが入ってくるんだって」


「こんなところに来て、何をするんですか」


 少しして、お姉さんは答えてくれた。


「ふたりきりになるために、ここに来てたと思うよ」


 なるほどと、俺は納得する。

 この町で付き合うことになっても、デートする場所などない。

 家から自転車で三十分かかる駅に着き、一時間二本の電車に乗り、二十分かけてやっとモールや映画館のある大きな駅に着ける。

 休みの日ならなんとかなるが、平日は、女子は門限があるから無理だろう。


「健太郎君が思うぐらいのことなら、見て見ぬフリしてたって宇佐美さんが言ってた」


 言葉に、あれと思う。


「未成年が大人数でお酒飲んだりしてたの見つけて、禁止にしたんだって」


「そうですか、あの、今、ふたりですけど」


「私と健太郎君は、今、探しにきてるだけだから」


 俺は止まり、言った。


「俺は、こういうの、一緒だと思ってますから」


 彼女は止まらず、答えた。


「一緒じゃないよ、君とは、探しモノが見つかったら会わない」 


 どごんっと、頭を殴られた様に感じた。

 俺は、少し迷ってから階段を上がり、光に包まれる。


「これは、ふたりきりで、見たくなる景色だねえ」


 狭い階段のあとに、開けた視界。

 床から天井までのガラスの壁、向こうにある景色を見渡せてくれる。

 雲ひとつない青空、少し傾いている日に照らされた穏やかな海。

 薄い青がどこまでも見える、この町で初めて見る景色だ。


「あのひと、これを、誰かと見たのかな」


 とても小さな声が聞こえ、俺は隣に立つ。


「だから、ここを、はじまりの場所にしたのかな」


 俺には言ってない、ひとりごとだろう。


「私、より、これを一緒に見た誰かの為にここへ戻ったのかな」


 まぶしいくらいの光に照らされた横顔は、とても綺麗だけれど、見ていると胸が痛くなる。


「健太郎君、離して」


 細く小さな手から、グローブみたいだと園田に言われる手を離す。

 彼女は背中を向け、右へ、ガラスではない壁づたいに歩く。

 ついていくと、少しして、『管理人室』という札がついた扉が現れた。


「私、泣いてしまっていても、ほおっておいてね」


 そう言い、彼女は、扉を一度ノックして開いた。

 小さな姿が吸い込まれ、俺はその場で待つ。

 目に見えない、時計の針の音が耳に聞こえはじめ、しばらくして名前が呼ばれた。

 「失礼します」と、中に入ると、ほこりの匂いが強くした。


「ははっ、私、ここにあのひとが居るって勘違いしてた」


 力なく言う彼女は、俺に背を向け壁に向いている。

 磨りガラスの窓がひとつ、俺の部屋より狭い。

 畳が敷かれちゃぶ台がひとつ、あとは押し入れの扉しかない。

 「もうひとつあるよ」と教えてくれる様に、彼女がふり向いて指さす。


「時間、五時七分だった、あのひともここには居なかったよ」

 

 壁掛け時計は針が止まっているけれど、彼女の言うとおりで。

 俺に向いている顔は、俺を見ていなくて。

 潤んでいるけれど水を流していない瞳は、何も映しておらず。

 彼女の瞳はオレンジ色に照らされていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ