第19話 デート四回目(君の瞳はオレンジ)
「健太郎君て、ヘタレだったのねえ」
水曜日の放課後、一週間ぶりに訪れた『うさぎ書房』。
「なあんで、この一週間、一度も来なかったの」
今日は、お父さんの姿をした宇佐美さんから、じろりとにらまれ言われた。
「あんたのキモチなんて、そんなものだったの?」
レジ台の向こうに座り、俺にはたきを向ける宇佐美さん。
少し、考えてから答える。
「……ここに来たいのは、俺のキモチだから……」
「そのキモチが、桃子ちゃんに迷惑をかけるとか思ったの」
「はい」と小さく返すと、はたきを下げて宇佐美さんが言う。
「迷惑なんてね、誰かと関わってたら仕方のないものだし、あんたの迷惑くらいかわいいもんで……ったく、桃子ちゃんがうらやましいっ!」
「私が、どうかしましたか?」
スーパーの大きなビニール袋を両手に、一条さん、桃子ちゃん。
お姉さんが店に入ってきて、俺は近づく。
「あっ、大丈夫だよ、私、結構力あるから」
「車で行ってきたんですよね、メール下さい」
両手の荷物を片手にし、奥へ向かうと、じとりとした両目に見られていた。
「やっぱり、ここに来なくて良かったわよ、見てたらムカつくわー」
首を傾げると、眼鏡を取っている宇佐美さんが立ち上がり、俺から袋を奪う。
「桃子ちゃんー、買い物ありがとう。その、でっかい坊や邪魔だからさっさとどっか連れていって」
お姉さんはぺこりと頭を下げ、俺に「行こうか」と笑みをくれる。
今日は、紺色の足首までのスカートに白い太ももまでのニットを着ている。
一週間ごとに服装が重くなってるのと、今日、ニットの首まわりが開いているのに気づく。
鎖骨が見え、白い肌が見えて、少しかがめば何か見えてしまいそうだ。
「……健太郎君?」
いつの間にか、車に一緒に乗っていた俺は、隣からの声に正面を向く。
「大丈夫?」と聞かれ、「大丈夫です」と返す。
「じゃあ、行くね」と、ばくばくと心臓が鳴っている俺の隣でお姉さんが車を発車させる。
「この辺りって、十月なのに暖かいよね」
「窓、開けてもいい?」と聞かれ、俺は自分の側を全開にする。
「雨が少ないし、洗濯ものが乾きやすくて助かるよ」
「……晴れが、一番多いところですから」
「みたいだね、昨日、夜のお店を手伝ったときにお客様が教えてくれたよ」
「えっ」ともらすと、車が停まり、彼女がこちらを向いた。
「夜のお店って言い方おかしかったね、健全に、大人たちがお酒を飲むバーだよ」
にっと笑った顔に、前を向いてから「知ってます」と返す。
「健太郎君てゲームする? ロールプレイングゲーム」
いくつかゲーム名を言われて、弟がやっていたのを見たことがあると答える。
小学校に入学してから、少し前まで、野球しかやってこなくて。
弟も、小学校高学年から勉強が忙しくなって、うちのゲーム機はリビングのテレビの下でホコリを被ってるはずだと話す。
「そっかあ、じゃあ、『リトルブレイブファンタジー』は知らないね」
「……俺は、スマホを持ってないからしたことありません」
「あ、でも、知ってるんだ。CMめちゃくちゃしてるもんね」
「『リブファン』でしたよね、高校で禁止されています」
「健太郎君の、ところも?」
「親のカードで五十万円課金をした奴が居たらしくて、スマホの所持も禁止されそうになりました」
「そう」と、彼女は言い、少ししてから続けた。
「ロールプレイングゲームに出てくるでしょ、情報を聞く為の酒場とかバーが、あんな感じだから安心して」
「知ってますよ、安心ってどういう意味ですか」
「私、いかがわしいことしてるって、これ以上思わないでって意味」
「思ったことありません」
「私、いきなりこの土地にきた素性が知れない、男子高校生を連れ回してるおばさんだよ」
「そんなこと、思ったことありません」
「健太郎君は思わないだろうけど、普通は思うの」
「普通」が何か聞く前に、静かな声が聞こえた。
「私も、思うの」
「俺は、思いません」
「高校生男子が、『リブファン』に五十万円課金するのがおかしいのと一緒だよ、分かるでしょ」
「分かりません、ゲームと一緒にしないで下さい」
俺は、何でこんなにムキになっているんだと気づき、「ごめんなさい」と聞こえた。
「こういう話、やめよう。しなくても、健太郎君が気づくことだもんね」
ひとり、納得した彼女は口を閉じて、俺は何も言えなくなった。
車は、先週、焼き肉やからの帰りの様に海沿いを走り。
ふたり、口を開かないままで、端へ着いた。
「この灯台、来たことある?」
車を降りるよう促され、外に出ると言われた。
「いえ、こんなところにあったの、初めて知りました」
小さな港から少し離れた場所にある、四階建ての校舎より低いだろう灯台。
お姉さんに言ったとおりの俺は、見るからに古い姿をまじまじと見つめる。
「いい子は知らないんだって、宇佐美さんが言ってた」
「あの、いいんですか」
「うん、宇佐美さんがいいって」
灯台の出入り口の重そうな扉を開き、彼女は中に入り、俺も続く。
「どうして、鍵、持ってるんですか」
「親戚がここを管理してたって、健太郎君て高いところ嫌い?」
「いえ」と答えると、キョロキョロとお姉さんは見回し、電気のスィッチを入れる。
「扉閉めて鍵閉めてくれるかな、勝手に入ってきちゃうんだって」
言われたとおりにすると、「行こうか」と、扉からすぐの階段の電気を入れて上がる。
「扉を重くして鍵をつけたのは、勝手に入ってくるからなんだって」
先に上がる狭い背中に、「誰がですか」と聞くと、少しして返ってきた。
「高校生とか、中学生とか、大体は学生のカップルが入ってくるんだって」
「こんなところに来て、何をするんですか」
少しして、お姉さんは答えてくれた。
「ふたりきりになるために、ここに来てたと思うよ」
なるほどと、俺は納得する。
この町で付き合うことになっても、デートする場所などない。
家から自転車で三十分かかる駅に着き、一時間二本の電車に乗り、二十分かけてやっとモールや映画館のある大きな駅に着ける。
休みの日ならなんとかなるが、平日は、女子は門限があるから無理だろう。
「健太郎君が思うぐらいのことなら、見て見ぬフリしてたって宇佐美さんが言ってた」
言葉に、あれと思う。
「未成年が大人数でお酒飲んだりしてたの見つけて、禁止にしたんだって」
「そうですか、あの、今、ふたりですけど」
「私と健太郎君は、今、探しにきてるだけだから」
俺は止まり、言った。
「俺は、こういうの、一緒だと思ってますから」
彼女は止まらず、答えた。
「一緒じゃないよ、君とは、探しモノが見つかったら会わない」
どごんっと、頭を殴られた様に感じた。
俺は、少し迷ってから階段を上がり、光に包まれる。
「これは、ふたりきりで、見たくなる景色だねえ」
狭い階段のあとに、開けた視界。
床から天井までのガラスの壁、向こうにある景色を見渡せてくれる。
雲ひとつない青空、少し傾いている日に照らされた穏やかな海。
薄い青がどこまでも見える、この町で初めて見る景色だ。
「あのひと、これを、誰かと見たのかな」
とても小さな声が聞こえ、俺は隣に立つ。
「だから、ここを、はじまりの場所にしたのかな」
俺には言ってない、ひとりごとだろう。
「私、より、これを一緒に見た誰かの為にここへ戻ったのかな」
まぶしいくらいの光に照らされた横顔は、とても綺麗だけれど、見ていると胸が痛くなる。
「健太郎君、離して」
細く小さな手から、グローブみたいだと園田に言われる手を離す。
彼女は背中を向け、右へ、ガラスではない壁づたいに歩く。
ついていくと、少しして、『管理人室』という札がついた扉が現れた。
「私、泣いてしまっていても、ほおっておいてね」
そう言い、彼女は、扉を一度ノックして開いた。
小さな姿が吸い込まれ、俺はその場で待つ。
目に見えない、時計の針の音が耳に聞こえはじめ、しばらくして名前が呼ばれた。
「失礼します」と、中に入ると、ほこりの匂いが強くした。
「ははっ、私、ここにあのひとが居るって勘違いしてた」
力なく言う彼女は、俺に背を向け壁に向いている。
磨りガラスの窓がひとつ、俺の部屋より狭い。
畳が敷かれちゃぶ台がひとつ、あとは押し入れの扉しかない。
「もうひとつあるよ」と教えてくれる様に、彼女がふり向いて指さす。
「時間、五時七分だった、あのひともここには居なかったよ」
壁掛け時計は針が止まっているけれど、彼女の言うとおりで。
俺に向いている顔は、俺を見ていなくて。
潤んでいるけれど水を流していない瞳は、何も映しておらず。
彼女の瞳はオレンジ色に照らされていた。




