第12話 デート三回目 (うさぎ書房)
この町でひとつだけ、商店街にある本屋。
【うさぎ書房】
いつぶりだろう、一番昔に来たのは小学生に上がる前だ。
扉はなく、幼いときは同じくらいの目線だった、今は腰ぐらいの棚に雑誌が並び。
ぐるぐる回る、小さな絵本がつまった棚が左右にあって。
奥に進むと、左右に天井まで本棚があり、真ん中にも。
図書室とは違う、独特の本の匂いが辺りに漂い。
ひとがひとりしか通れない通路を、数歩進むと、レジがあり。
笑みを浮かべ、「いらっしゃい」と座るお姉さんが居た。
「ちょっと待っててね、宇佐美さん呼んでくるから」
立ち上がり、背中にある扉を開いて、消える。
レジのとても小さなカウンターに寄りかかり、店のなかを見回す。
店の出入り口には児童書があり、奥にいくたび、難しい本になっていき。
レジのそばには、俺の歳では買えない本が並んでいる。
「あーら、そういう本が欲しいなら、着替えて買いに来なさいよね」
声に振り向くと、小さな扉から、大きな身体がのそりと出てきた。
「あたしは、全然売ってもいいんだけど、制服でエロ本を買えるってなったらこの店畳まなきゃならなくなるって、あなたのお父さんに言われちゃったわ」
「よいしょ」と、椅子に座り、一週間経って包帯がとれている頭にニット帽をかぶる。
そのあと、薄い茶色のサングラスをかけ、薄い灰色で長袖の上着を羽織った。
「この格好、見覚えないかしら」
「……ここに居た、……宇佐美さんの、おとうさんと一緒ですよね」
「正解」と言って、宇佐美さんは、思い切り背中を丸める。
一瞬で、俺が、もっと子供の頃にいた本屋のおじいさんになった。
「うふふ、こう見えても、都会では人気舞台俳優だったからね」
とても驚いたことを見抜かれたのか、宇佐美さんは、片目を閉じて楽しそうに言い。
「じゃあ、宇佐美さん、すいませんけどよろしくお願いします」
うしろでひとつに結んでいた髪の毛をほどいている、お姉さんが扉から出てくる。
「はいはーい、少年に、何かされそうになったらすぐ連絡してきなさい」
「健太郎君が、何をするんですか」
「少年、こんな風に信用してくれてる桃子ちゃんに何かしたら、警察の前にお父さんに連絡するわね」
宇佐美さんが両目を細めて言い、彼女は首を傾げたあと、「いってきます」とレジの中から出る。
「宇佐美さん、何か、甘いモノ買って帰りますね」
「果物じゃなくて、何か、おしゃれな洋菓子がいいわ」
「はい」と、とても自然な笑顔で言い、「行こうか」とお姉さんは店の外へと歩き出す。
笑顔だけれど、鋭い視線を向ける宇佐美さんに頭を下げたあと、狭い背中を追う。
「健太郎君、宇佐美さんが言ってたお菓子どこに売ってるかな」
くるりとこちらに向く、今日は、白シャツと白い長いカーディガンに黒いパンツの彼女。
ぱちりと目が合い、前を向いてお姉さんは言う。
「お腹空いてない? 何か、食べに行く?」
「……そんなことより、時計台を見つけにいきましょう」
「そんなことじゃないよ、今日は、この間のおわびに何かおごるよ」
俺が返す前にすたすたと歩きだし、少しうしろを追う。
何を言うか迷っているうちに、商店街を出て、右に曲がり駐車場で止まった。
「これ、宇佐美さんの車なの、この辺りって何もお店ないらしいから」
そう言って、彼女が鍵を開けて扉を開いてくれた。
赤い、外国のだろうか、しゃれたかたちの小さな車に乗る。
「狭かったら、椅子、うしろに引いてね」
うしろに座席はなく、俺が座る助手席とお姉さんが乗った運転席しかない。
俺より、縦に横にもでかい宇佐美さんの車とは思えない。
レバーを探し、見つけれられないでいると、とても強く香ってきたよい匂いに固まった。
「んー、どこかな、あ、これかな」
運転席から身体を傾け、俺の太ももの上にすれすれで上半身を置いて。
さらさらと髪の毛を揺らす。
さっきの、宇佐美さんの言葉を思い出し、とてもうるさい心臓の音がおさまれと思う。
「あ、出来た、じゃあ行こうか」
……今、少し両手を動かせば、抱きしめてしまえる。
笑みを浮かべる彼女を、今だけ、自分のものに。
……今、泣いていないのに、自分が触れたいだけで。
「健太郎君、お腹、空いてない?」
自分の汚い考えを知らないお姉さんが首を傾げ、「空いてます」と嘘を吐く。
空腹どころではない俺に、「すぐ、行こうね」と笑みをくれる。
「少し遠出するけど、門限までには帰すけど、お母さんに夕飯いらないって連絡してくれるかな?」
上半身を起こしたお姉さんが言い、「はい」と返すと、
「あのね、今から言っておくけど、びっくりしないでね」
にっと笑い、彼女は「出発」とエンジンをかけ発車した。