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第十三話 ネタバラシ


「早く、早く、早く……!」


 口の中で何回も言葉を小さくつぶやきながら、俺は電車で盾二の中学校に向かっていた。既に勝呂さんから連絡を受けて三十分は経っている。

 今回の騒動は盾二の思惑通りなのだろうか。いや、そうでなかったとしても盾二絡みの事件なのは間違いない。そうなると気になるのは盾二の安否だ。

 だから俺は焦っていた。あいつに何かあったら。俺のたった一人の弟に何かあったら。そう思うと、いてもたってもいられなかった。

 

 そしてようやく、電車は中学校の最寄り駅に着いた。


「よし!」


 電車の扉が開くと同時に俺は駆けだしていた。中学校は駅から十分ほど歩いたところにあったはずだ。向かう途中の道で、制服を着た何人かの生徒が、教師に連れられて下校している光景を見た。どうやら学校では授業が中断しているようだ。それを確信他俺は、スピードを上げる。

 普段から走りの練習をしているおかげか、俺は六分ほどで中学校にたどり着いた。校門には既に人だかりが出来ていて、その前に勝呂さんがいた。


「剣一さん!」


 彼女は俺を見るなり駆け寄ってきて、息を荒げさせていた。


「遅くなってすまない。状況は!?」

「見ての通り、大騒ぎになっています。枕木くんたちは依然として教室に立てこもったままで、状況は変わっていません」

「そうか……盾二はどうした?」

「盾二くんはまだ姿を見せてません。寮の部屋にもいなかったそうです。それと……」


 勝呂さんは何かを言おうとしてためらっているかのように、顔を背けた。


「……どうしたの?」

「実は……既にSNSでこのことが広まっているんです。盾二くんのことも……」

「なんだって!?」


 俺は勝呂さんからスマートフォンを借り、盾二の中学校の名前で検索をかける。すると勝呂さんの言う通り、SNSでは『中学校立てこもり事件』として、既にこのことが広まっていた。さらに一部では、実名は出てはいないものの、枕木や盾二の存在が事件に関わっているようなことを示唆する書き込みまでされている。

 なんてことだ。このままじゃ、事件が収まったとしても盾二は元通りの生活に戻れない。いや、それどころかあいつのことを非難する動きも出てくるかもしれない。


「くそっ!」

「剣一さん!?」


 俺は校門の人だかりをかき分けて、校内に入ろうとする。


「おい君! この学校の生徒じゃないな!? 中に入ってはダメだ!」


 しかし校門を押さえていた教師に止められる。構わず俺は校門を乗り越えて中にはいろうとするが、教師たちは俺を押さえつけた。


「離してください! 弟がこの学校に通っていて連絡がつかないんです! 何かあったら……」

「だったら君と弟さんの名前を言いなさい! 無事を確認したら、すぐに君に連絡を入れるように伝える!」

「弟の名前は、鵠沼盾二です! 俺はあいつの兄の剣一です! この騒ぎにはあいつが関わっているんです!」

「な、なんだって!?」


 盾二の名を出したことで一瞬怯んだ教師は、俺を押さえつける力を弱めた。その隙に、俺は手をふりほどいて強引に中に入る。


「あ、こら!」


 校庭を全力疾走する俺を必死で教師たちが追いかけてくるが、普段から走りの練習を積み重ねている俺に追いつけるはずもなかった。そして校舎内に入り、三年生のクラスを探す。


「くそっ! どこにあるんだ!?」


 校舎内を走り回り、枕木が立てこもっているであろう教室を探すが、思ったよりも建物が大きく、一向に見つからなかった。

 しかしその時、辺りにマイクを通した声が響きわたった。


『……あ、あー。学校にお集まりの皆さん、聞こえますか?』


「……この声は!?」


 聞いたことのない声だったが、この非常時にマイクを使う人間は限られているはずだ。


『……私は、盾二さんによりよい学校作りを任された選ばれし人間、枕木剛です』


 枕木――! ついに動き出したか!

 廊下の窓から外を見ると、校門では教師や生徒たちが騒いでいるのが見えた。一刻も早く止めないと……!

 俺は声のした方向に走り出し、一つの教室を見つける。三年三組と書かれたその教室は、机と椅子でバリケードが作られ簡単には入れないようになっていた。

 

『私は、いや私たちは、この学校に巣くう悪を排除するために、今回の行動を起こしました。皆さんを驚かせてしまったでしょうが、これはこの学校に必要なことなのです』


 予想通り、教室の中からは先ほどのマイクを通した声が聞こえてきた。それにしても、何が学校のためだ。自分が気に入らない人間を排除したいなんてことのために、盾二を巻き込んだのか。それとも、これも盾二の指示なのか?

 ともかく枕木を止めるためにバリケードを崩そうとするが、机は頑丈なロープで扉の横にある柱に括りつけられ、容易には崩せそうになかった。

 仕方なく、俺は中にいるであろう枕木たちに声をかける。


「おい! 開けろ枕木!」


 バリケードを叩きながら叫ぶと、中からマイクを通さない枕木の声が聞こえてきた。


「……誰だよ?」

「俺は盾二の兄、鵠沼剣一だ! お前らの目的が何であろうと、こんなバカげたことに盾二を巻き込むんじゃない!」

「盾二さんにお兄さんがいるなんて聞いたことがないな。そんなハッタリで俺たちの動揺を誘うつもりか?」

「そんなことはどうだっていい! 早くこのバリケードを崩して投降しろ! こんなことをしたってお前らの目的は果たされっこないだろ!」

「黙れよ。それにこっちには人質がいるんだ。下手なことをすれば、お前が人質を殺すことになるぞ?」

「あ……!」


 そうだった。そういえば勝呂さんが枕木は人質を捕まえていると言っていたんだった。下手に動けば人質の命も危ない。

 そうなると、俺は大人しく行動を止めるしかなかった。


「大人しくなったか。アンタが本当に盾二さんの兄だとしても、俺たちは盾二さんの意志に沿って動いている。邪魔をされる謂われはないよ」


 ふざけるな。何が『盾二の意志』だ。例え本当に盾二がこんなことを望んでいたとしても、だからこそ兄である俺が止めなくちゃならないんだ。

 だけどどうする? 枕木の行動を見るに、あいつは文字通りの狂信者だ。下手をすれば本当に人質を殺すかもしれない。そうなったらまずい、枕木が盾二の名前を出している以上、死人が出たらそれこそ盾二の名声は地に落ちる。いや、そうでなくとも、死人が出る事態は何としても避けるべきだ。

 そうなるともう、俺にここで打つ手はない。


『さて、少し邪魔が入りましたが、話を戻しましょう。まずは私たちの要求を言います』


 俺が硬直したのを確認したらしい枕木は、再びマイクで校庭に向かって呼びかける。


『要求は一つです。今日をもってこの学校から盾二さんに仇なす生徒たちを一人残らず追放すること』

「なんだと!?」


 枕木の要求に、思わず驚愕して叫んでしまう。

 盾二に仇なす生徒を一人残らず追放する? それも今日中に? そんなの、無理に決まっている。

 だけど枕木はそれをやれと言っている。そしてそれを正義だと思っている。勝呂さんの言った通りだ。枕木は、いやこの学校は異常だ。


 鵠沼盾二というたった一人の生徒のために、これほどまでの騒ぎを起こしてしまうこの学校が異常ではなくて何なんだ。


 これが……これがお前の望んでいたことなのか、盾二? お前はこんなバカげた混乱を起こすことが目的だったのか? やっぱり俺に『座り込んでいろ』と言っていた、あの姿こそがお前の本性だと言うのか?

 違うと言ってくれ。いつも通りの魅力的な笑顔を浮かべて、この混乱を収めてくれ。俺はまだお前を信じているんだ。俺はまだお前に勝ちたいんだ。

 

 気づけば俺は、両手の拳を握りしめて、叫んでいた。


「盾二! お前はどうしてこんなことをしたんだ!」


 しかし、この場にいない者に対して叫んでも、言葉が返ってくるはずがない。


 ――そのはずだった。



「呼んだかい?」



 だけど、あいつは返事をした。この非常時においてもいつも通りに、何も不思議なことなどないかの如く。


「じゅ、ん、じ……?」

「やっぱり来たんだね、この学校に」


 俺の弟、鵠沼盾二は爽やかな微笑みを浮かべて、まるで初めからそこにいたかのように、廊下に立っていた。


「さてさて、予想以上に大事になったみたいだね」

「盾二! 今までどこにいたんだ! この騒動もお前の計算のうちなのか!? お前は……!」

「待ってよ。そんなに一度にたくさん質問されても答えられないよ」


 声を荒げる俺に対して、盾二はあくまで冷静だった。まるで自然に、それでいて優雅に、いつもこいつは俺を超えてくる。

 そして盾二は俺の横に立ち、バリケードが張られている教室に向かって声をかけた。


「枕木くん。聞こえるかい?」

「え!? じゅ、盾二さん!?」

「そうだよ。ちょっとね、君と話したいことがあるからここを開けてくれるかな?」

「は、はい! わかりました!」


 中から枕木の返事が聞こえると、中から机を動かす音が聞こえてきた。同時に隣の教室から枕木の仲間らしき男子生徒が数人現れて、教室の前にあったバリケードを大型のハサミなどを使い、取り去っていく。

 そして完全にバリケードが取り去られると、中から髪を短く刈り込んだ大柄の生徒が出てきた。


「盾二さん、お待たせしました! さあ、お入りください!」

「うん、ありがとう」


 どうやら声からして、この大柄の生徒が枕木らしい。俺の言葉には全く耳を貸さなかったこいつが、盾二の一声だけであっさり扉を開けた。その事実がまた、俺と盾二の差を証明する結果となっている。


「さてと、枕木くん。僕を中に入れてくれるついでに、この人も入れてやってくれないかな?」


 盾二は俺を手で指し示し、枕木に問いかける。


「え、でも……」

「この人は僕とは関係が深い。それでもダメかい?」

「……わかりました」


 そして俺は盾二と共に、枕木が立てこもっていた教室に入る。

 そこには枕木の他に数人の男子生徒。それに椅子にガムテープで拘束されている気の強そうな女子生徒がいた。


「盾二さん!」

「盾二さん、僕たちに協力してくれるんですね!?」


 男子生徒たちが盾二を見て一斉に歓声を上げる。対して拘束されている女子生徒は盾二を見て顔をしかめる。どうやら彼女は盾二の『敵対者』であり、今回の人質のようだ。


「……飯島いいじまさん。君が今回の人質か」


 盾二は飯島と呼んだ女子生徒の方を向いた。


「何の用ですか? こんなバカげた騒ぎを起こして、タダで済むと思ってるんですか? それとも、自分は天才だから何をしても許されるとでも?」


 飯島はあからさまな敵意を盾二にぶつける。


「おい飯島。お前、自分の立場がわかってるのか? お前は盾二さんに告白して振られたことを逆恨みして、盾二さんに嫌がらせをしようとした悪党だ。だから俺たちにはお前をこの学校から追い出す義務がある。いや、お前だけじゃなく、盾二さんに敵対する生徒全員を、だ」

「それがバカげてるって言ってるんだよ! 私が盾二に振られたとか関係ない! アンタたちは狂ってる!」

「言葉を慎め!」


 枕木は反論した飯島を平手で叩く。俺から見れば飯島の言う通り、狂っているのは枕木たちの方だ。こんな大事件を起こして、自分が気にくわないだけの相手を悪党と決めつけ平然と暴力を振るう人間がまともとは思えない。

 だけど飯島が清廉潔白というわけでもない。かつては彼女も盾二に好意を抱いていた。それを振られたという理由で憎しみに変えてしまうこの女も正常とは思えない。

 どっちもどっち。そんな言葉が俺の頭に浮かんだ。


「枕木くん。乱暴はダメだっていつも言っているよね?」

「すみません盾二さん。でも、こうでもしないとこいつは……!」

「まあいいさ、とりあえずそのマイクを貸してくれるかな? ちょっと僕も言いたいことがあるからね」

「え!? ……は、はい!」


 盾二は枕木からマイクを受け取る。いや、ちょっと待て。どうしてここで盾二がマイクを受け取る必要があるんだ? あいつは何をしようとしているんだ?


 ――まさか!


「おい盾二! まさかお前、この騒動に荷担する気じゃないだろうな!?」

「……」

「お前、本当に自分に敵対する者をこの学校から追い出すつもりなのか!? そんなバカげたことが、お前の目的なのか!?」


 そんなわけがない。仮にそうだとしても、盾二ならもっとスマートな方法が取れたはずだ。間違ってもこんなことが盾二のやり方なわけがない。

 だけどこの状況は、盾二がマイクを手に取り、学校にいる人間たちに呼びかけようとしている状況は、それを指し示している。


「やめろ! そんなことをしたらお前は……!」

「黙ってろ!」


 制止しようとするが、枕木をはじめとする男子生徒に押さえられた。


『あ、あー……聞こえますか? 私は鵠沼盾二です。今回の騒動について、言及したいことがあります』


 盾二がマイクを通して話を始めると、外からどよめきが起こる。この騒動に盾二が関わっていることがわかり、皆が驚いているのだろう。

 外に呼びかける盾二を見て、枕木が歓喜の表情を浮かべる。


 これが……本当にこれがお前の望みだと言うのか? こんなことをしてまで、お前はこの学校を手に入れたいのか? そんなことに意味があるのか?


 答えてくれ盾二。お前は……


『さてと、まずは枕木くん、一ついいかな?』

「は、はい!」


 枕木に呼びかける盾二は、いつも通りの爽やかな笑顔で息を吸い込む。


 そして――



『お前ら、バカかよ』



 先ほどまでの表情を崩し、人を見下すような目でそう言った。


「……え?」


 一瞬、俺を含むその場にいた全員が。いや、外で騒ぎを見守っていた教師や生徒たちまでもが言葉を失っていた。兄である俺ですら見たことがない、盾二の軽蔑した視線。それが今、枕木たちに向けられている。

 当然、盾二を信奉する彼らがそれを受け入れるはずがなかった。


「あ、あの、盾二さん?」

『……』

「い、今なんて……?」


 枕木が俺から手を離し、盾二に縋るように問いかける。

 『きっと、何かの冗談だろう。そうだと言ってくれ盾二さん』、そんなことを言いたげに、盾二に近づいていく。

 だが盾二は無情にも言葉を続けた。


『聞こえなかったの? 頭だけじゃなくて耳までバカなのかよ』


 枕木に止めを刺すかのように紡がれる言葉。言われた方は、文字通り固まっていた。


『あのなあお前ら、僕のために動くのならもっと上手くやれよ。こんなことしたら、せっかく積み上げた天才・鵠沼盾二の名声が地に落ちるに決まってるだろ。何考えてんの?』


 ……耳を疑った。これがあの盾二なのか? あいつは確かに天才だが、名声にこだわるようなヤツではなかった。あいつは能力が高いが、その能力に溺れることもなかったはずだ。


『全く、せっかく今までお前らバカの相手をして点数稼ぎをしてたのに。これで全部おじゃんだよ。どうしてくれんの枕木くん?』

「……うそだ」

『うん?』

「うそだ! 盾二さん、あなたは誰かに脅されてそんなことを言ってるんですよね!そうに決まってる!」


 枕木は既に涙目になっていたが、尚も盾二を信じ続けていた。


『脅されてなんていないよ。これが鵠沼盾二だ。僕はお前らが思うほどにお人好しでも聖人でもないの。お前らが利用しやすかったから利用してただけ。だけどもう飽きたからネタバラシしたってこと』

「そんな……そんな……」

『わかった? この世に身も心も清い人間なんていないんだよ』


 ……これが、本当に盾二の本性なのか? 俺に勝負を諦めろと言った時も、ここまで冷たい表情はしていなかった。本当に盾二は俺を含めた全ての他人を利用していただけだったのか?

 いや……違う。盾二は俺の背中を押してくれた。俺に挑む心を教えてくれた。俺は、まだあいつを信じたい!


「盾二!」


 だから俺はもう一度、盾二に問いかけた。


「答えてくれ! お前の目的は何なんだ!? 兄である俺にすら言えないことなのか!? 俺は頼りない兄貴かもしれない! だけど、それでもお前を……!」

「うるさいよ」


 盾二は俺の方を見ずに、目を伏せた。そしてポケットから一枚の紙を取り出す。


「何が兄だよ。笑わせないでよ」


 紙を広げながら、今度こそ俺を見る。その顔は何か口の中に異物があるかのような、不自然な表情だった。



「兄でも何でもないくせにさ」



「……!?」


 え? 今、何を言ったんだ? 盾二は俺に……?


「いいこと教えようか? 剣一さん(・・・・)。この紙に書いてあると思うけどさ……」


 盾二は手にした紙を裏返して、俺に見せる。それは、俺たち家族の戸籍謄本だった。父さんと盾二、そして俺の名前が書いてある。

 そして俺の名前の欄には――


「……『養子』?」


 そう書いてあった。


「理解した? 今まで僕の兄貴面して色々言ってきたけどさ。あなたは……」


 じゃあ、俺は……


「僕の兄なんかじゃない、赤の他人なんだよ」


 ……ちょっと待て。俺は盾二の兄じゃない?

 じゃあ俺は、何だ? 必死に盾二の背中を追いかけてきた俺は……


「さてと、全部バラしたところで、僕はもう……ぐっ!?」


 だが俺が状況を理解する前に。


「ぐ、う、う……」

「え、盾二!?」


 枕木が盾二のわき腹に、小さなナイフを突き刺していた。


「盾二!? おい、お前何してるんだ!?」

「違う……こんなものは盾二さんじゃない……こんなものは……」

「どけ! おい盾二! しっかりしろ!」


 俺は枕木を強引に押しのけ、倒れた盾二に駆け寄る。そしてそばにあったマイクを手に取り、外に呼びかけた。


『誰か! 救急車を呼んでください! 盾二が! 盾二が大変なんです! 早く!』


 俺は無我夢中で助けを呼び、数分後に到着した救急車に乗り込んだ。

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